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5 いつだって私たちは監視されているんです
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そうなのだ。
僕はとにかく、あのときから前に進もうとしているのだ。
決意をして、行動をして、その結果として今ここにいる。
どこまでも続く大きな道と、その両側に立ち並ぶ淡く輝くポールの風景のある白い部屋に。
それにもかかわらず、僕は未だに過去に囚われている。
整理するのだ。
6月10日までの彼女との、あるいはここまでの僕の物語のすべてを。
そして、記憶とそこに宿る感情を移すのだ。何に?この小説にだ。
クルッポー。
朝は数羽の鳩の羽が擦れる音で、よく目が覚める。
僕はドバイでも飲食業で働いている。
ピラミッドの形をした巨大なホテルの中にある日本料理のレストランだ。
曾右衛門邸のときのように、庭掃除や食器を洗うことは、ここでは僕の仕事ではない。
お客様とフィリピン人のウエイトレスの間に問題が発生したら解決をする、あとは地味な事務仕事とニコニコしながらお客様と会話を楽しみ、レストランの空気を正しく保つこと、それがこの場所での僕の仕事だ。
要は中間の管理職なのだ。
ある午後に日本人の中年夫婦が来店された。
ドバイはこのとき、ラマダンという断食の時季でレストランのランチは極端に暇だった。
この国の和食レストランの客層は大体決まっている。
ドバイに駐在している一流企業の会社員か、ドバイから距離が近い国の会社や大使館で働いている人々だ。
日本から観光に来ている人たちは、わざわざ日本料理を食べに来たりはしない。来店するのは、いずれも裕福なのに、和食に飢えている人たちなのだ。
その夫婦も多分に漏れず、近くの国の大使館で働いているということだったが、国名は聞きなれないものだった。
「××××××××ですか?」
「ええ、×××××の×××と検索をしてみてください。すぐに見つかりますよ」
旦那さんの方がそう答えた。
「そこは独裁国家なのです。きっと想像するのは、難しいでしょう」
物騒な言葉と対称に夫婦の表情は穏やかだった。
「まずはインターネットが自由に使えません。メールやSNSは常に内容をチェックされていて、おかしなワードが発見された瞬間に電源が落ちます」
「××××××××にも何人か日本人はいます。
稀にですが、集まって酒を飲んだりもします。しかし、いつでも尾行がいるのを感じます。おそらく会話も盗聴されているのでしょう」
まるで小説の中の話を聞いているようだ。確かに現実として想像をするのは難しい。
「私たちはいつでも監視されているのです。
そんな国から数ヶ月に一度ドバイに来るのです。日本料理を食べたり...心を休めに」
僕は衝撃でうまく相槌すら打てなくなってしまっていた。
世界には僕の知らないことがたくさんあるのだ。
「きょうはとても楽しかったわ。どうもありがとう」
奥さんが笑顔でお礼を言った。
おそらく、本当に楽しんでくれたのだろう。
しかし、僕の心は彼らの瞳の鈍い光と、最後の言葉に揺さぶられる。
「あの国にいるとね、たくさんの人が鬱になるのよ。自殺しちゃった友達もいるわ」
「自ら死を選べる人はまだ運がいい。ネクタイで天井から吊るされて、遺書をあとから足元に置かれる人だっているのだから」
「だからね、あなたは精一杯やりたいことをここでやるのよ。ここも日本も自由の国なのだから」
僕は元気よく返事をして、ふたりを見送った。
そう、僕は自由なのだ。恵まれ過ぎるほど恵まれている。それなのに、道に迷っている。甘えている。
私たちはいつでも監視されているのです。
僕もそうだ。
危険がないように、過ちを犯さないように、監視されている。
誰に?
僕自身にだ。
なんとかしなければいけない。
解決するのだ。この小説はそのための整理なのだ。
僕はとにかく、あのときから前に進もうとしているのだ。
決意をして、行動をして、その結果として今ここにいる。
どこまでも続く大きな道と、その両側に立ち並ぶ淡く輝くポールの風景のある白い部屋に。
それにもかかわらず、僕は未だに過去に囚われている。
整理するのだ。
6月10日までの彼女との、あるいはここまでの僕の物語のすべてを。
そして、記憶とそこに宿る感情を移すのだ。何に?この小説にだ。
クルッポー。
朝は数羽の鳩の羽が擦れる音で、よく目が覚める。
僕はドバイでも飲食業で働いている。
ピラミッドの形をした巨大なホテルの中にある日本料理のレストランだ。
曾右衛門邸のときのように、庭掃除や食器を洗うことは、ここでは僕の仕事ではない。
お客様とフィリピン人のウエイトレスの間に問題が発生したら解決をする、あとは地味な事務仕事とニコニコしながらお客様と会話を楽しみ、レストランの空気を正しく保つこと、それがこの場所での僕の仕事だ。
要は中間の管理職なのだ。
ある午後に日本人の中年夫婦が来店された。
ドバイはこのとき、ラマダンという断食の時季でレストランのランチは極端に暇だった。
この国の和食レストランの客層は大体決まっている。
ドバイに駐在している一流企業の会社員か、ドバイから距離が近い国の会社や大使館で働いている人々だ。
日本から観光に来ている人たちは、わざわざ日本料理を食べに来たりはしない。来店するのは、いずれも裕福なのに、和食に飢えている人たちなのだ。
その夫婦も多分に漏れず、近くの国の大使館で働いているということだったが、国名は聞きなれないものだった。
「××××××××ですか?」
「ええ、×××××の×××と検索をしてみてください。すぐに見つかりますよ」
旦那さんの方がそう答えた。
「そこは独裁国家なのです。きっと想像するのは、難しいでしょう」
物騒な言葉と対称に夫婦の表情は穏やかだった。
「まずはインターネットが自由に使えません。メールやSNSは常に内容をチェックされていて、おかしなワードが発見された瞬間に電源が落ちます」
「××××××××にも何人か日本人はいます。
稀にですが、集まって酒を飲んだりもします。しかし、いつでも尾行がいるのを感じます。おそらく会話も盗聴されているのでしょう」
まるで小説の中の話を聞いているようだ。確かに現実として想像をするのは難しい。
「私たちはいつでも監視されているのです。
そんな国から数ヶ月に一度ドバイに来るのです。日本料理を食べたり...心を休めに」
僕は衝撃でうまく相槌すら打てなくなってしまっていた。
世界には僕の知らないことがたくさんあるのだ。
「きょうはとても楽しかったわ。どうもありがとう」
奥さんが笑顔でお礼を言った。
おそらく、本当に楽しんでくれたのだろう。
しかし、僕の心は彼らの瞳の鈍い光と、最後の言葉に揺さぶられる。
「あの国にいるとね、たくさんの人が鬱になるのよ。自殺しちゃった友達もいるわ」
「自ら死を選べる人はまだ運がいい。ネクタイで天井から吊るされて、遺書をあとから足元に置かれる人だっているのだから」
「だからね、あなたは精一杯やりたいことをここでやるのよ。ここも日本も自由の国なのだから」
僕は元気よく返事をして、ふたりを見送った。
そう、僕は自由なのだ。恵まれ過ぎるほど恵まれている。それなのに、道に迷っている。甘えている。
私たちはいつでも監視されているのです。
僕もそうだ。
危険がないように、過ちを犯さないように、監視されている。
誰に?
僕自身にだ。
なんとかしなければいけない。
解決するのだ。この小説はそのための整理なのだ。
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