岐れ路

nejimakiusagi

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7 そのリスは他人の巣穴の前で立ち尽くす

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小雨は夜中まで降り続いたが、それ以上強くなったりもしなかった。
一つの傘の下に二人でいても肩が濡れるのが、そんなに気にならなかった。
中目黒は深夜であっても人が少なくない。
春であれば目黒川の桜並木に提灯がぶら下がりいつまでも明るい。
ワインで体が暖まっているせいか、あまり寒さは感じなかった。僕らは、ほのかの部屋に向かっていた。

もちろん、そうなるための台詞の交換はあった。僕が意図的にそれを始めた。
ただ、それでも何かがそうさせたのだと僕は確信している。冬の小雨と暖かい体温の中に潜む何かだ。

ほのかは同じ布団で寝ることから先のことを、始めは拒んだ。

「私、ちがうんです。」

彼女はそう言った。

「私、***さんが思ってるような女じゃないんです。」

「私、ずっと寝ているヒトがいます。」

もちろん僕は彼女が本当に僕とそうなることを望んでいなかったり、決まった愛している人がいるならば、むしろ僕がそうなることを望まない。

しかし、そのときの彼女の瞳は留守番をしている幼い子供のような不安を帯びていた。

「その人は奥さんも赤ちゃんもいます。でも私、それを止められないんです。」

「私も普通のことだとは思ってません。でも制御できないんです。」

「私、***さんが思ってるような女じゃないんです。」

彼女は暗闇の中で淡く光る星のような瞳で、もう一度そう言った。

僕は彼女と視線を合わせたまま、ひとりぼっちのリスのことを想像していた。

それは本格的な冬が森に訪れる季節だ。春はいいのだ。たくさんのリスが暖かい陽射しの下でドングリを齧ったり、求愛をしている。
それが、粉雪が舞い、冬の訪れが知らされると、どのリスも自分の巣穴に帰っていく、そして寒さを防ぐために落葉やら枯れ木の枝やらで、入り口を塞いでしまう。

どの巣穴にも帰ることができないひとりぼっちのリスがいる。

少しの時間、そのリスは他人の巣穴の前で立ち尽くす。
そして、彼女は心臓が凍えてしまわないように、走り出す。
それでも、彼女はどこにも行けないのだ。

僕はそこまで想像したところで、ああ、そうかと思った。

"泉"だ。彼女が僕のベッドで、初めて泣いた日に同じ表情をしていたのだ。

はぁ。一体、僕は何を思い出しているんだ。

そして、そこから僕は何かに憑依されたかのように、強引にほのかに迫った。

「この夜だけでいい。君は僕に愛されるんだ。この夜だけだとしても、君は暖かい、雪が身体に積もらない巣穴に入るんだ。」

彼女は一瞬呆気にとられた表情をして、あまりのわけの分からなさに、最後には笑った。

そして、暫しの時間、僕らは互いを夢中で求めた。

翌朝、冷静になり、自分のしたことが本来の数値から大幅にずれていることに気づき、それでも何が間違いだったのかももう分からなくなり、自分が正しいと思った行動すら信じられなくなるそのときまで。

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