8 / 22
8 コーヒー・メーカーやトースターは特別な主人を求めたりしない
しおりを挟む
「鈴木 泉」
それが、僕が教習所で同じ車で試験を受けた女の子の名前だ。
同じ教習車で試験を受けて、合格をして、そしてしばらくして二人でビールを飲みにいった。
暑さのまだ残る夏の終わりだったと思う。
液体窒素を使った特別なビール・サーバーで、氷点下までキンキンに冷やしたビールが飲める銀座のカフェに彼女を誘った。
僕はこの日、少しがっかりしていた。
理由は二つある。
その二つの理由はよく考えると相反し矛盾するのだが、とにかく僕を残念な気分にさせたことだけは確かだ。
一つは彼女に付き合っている男性がいたこと。
二つ目は、銀座駅に現れた彼女に会ったときに・・・なんというのだろう。
非常に失礼なことで大変申し訳ないのだが、ときめきのようなものをまったく感じなかったのだ。
なにが原因だったのかはよく分からない。
僕はできれば彼女に尋ねたかった。
君は後ろ姿だけで、僕の男性器を固くした女の子ですよね、と。
ただ、彼女とビールやワインを飲みながらチーズの話しをしたり、バーニャカウダ・ソースに新鮮でカラフルな人参をべたべた浸けるのは、そんなに悪くなかった。
きっと育ちが良いのだろう。
人として好感をもてたのだと思う。
食事が終わると僕は「あまり遅いと君の彼が心配するだろう」と良識のある男性を演じ、駅の改札まで彼女を送った。
そして、そのあと僕は金で女を抱きに行った。
人として好感がもてるのと、その日にどうにかしなければならなかった性的な欲求の解消を求めるのは、当たり前だがまったく別のことなのだ。
これは僕の致命的な欠点だ、と僕は思う。
数種類の欲求を解消するために、数種類の人間を求める。
"特定の誰か"にたくさんのことを求めるようなことはしない代わりに、欲求を解消さえしてくれれば誰でもいいのだ。
これがキッチンならば問題はない。
コーヒーを沸かしたいときは、コーヒー・メーカーに頼めばいいし、トーストを焼きたいときはトースターに頼めばいい。
僕はいつだって僕を唯一の存在として求めてもらうことを必要としていたのだ。渇望しているといってもいい。
しかし、当時の僕はまだ気づいてすらいなかった。その致命的なまでの死角に。
コーヒー・メーカーやトースターは、誰に仕事を頼まれても拒否をしたりしないけれど、その代わりに特別な主人を求めたりしないのだ。
つまり、キッチンでコーヒーやトーストを頼むように人と関わっている僕を、愛してくれる人など誰もいないということだ。
そして厄介なのは理解はしていても未だに僕はそれを止められないでいる。
話しをもとに戻そう。
それは秋というには少し寒く、冬というには少し暖かい11月の終わりだった。
4か月ぶりに僕はまた泉を食事に誘った。
それは格別に意味をもたない誘いだった。
例により、僕はそのとき"横浜のビュッフェ・レストランに食事に付き合ってくれる女の子"を求めていただけだったのだ。
しかし、横浜駅に現れた彼女はなぜかとても素敵だった。
なにがそう魅せたのかは、やはりよく分からない。
いや・・・そうじゃない。
僕はもうそのときには感じていたのかもしれない。
冷たい深海で啜り泣くように小さな、彼女の助けを求める声を。
だから僕は食事のあとで自然に彼女を部屋に誘えたのかもしれない。
だって僕は本来そんなこと器用にできないのだ。
僕はおそらくそういう男なのだ。
それが、僕が教習所で同じ車で試験を受けた女の子の名前だ。
同じ教習車で試験を受けて、合格をして、そしてしばらくして二人でビールを飲みにいった。
暑さのまだ残る夏の終わりだったと思う。
液体窒素を使った特別なビール・サーバーで、氷点下までキンキンに冷やしたビールが飲める銀座のカフェに彼女を誘った。
僕はこの日、少しがっかりしていた。
理由は二つある。
その二つの理由はよく考えると相反し矛盾するのだが、とにかく僕を残念な気分にさせたことだけは確かだ。
一つは彼女に付き合っている男性がいたこと。
二つ目は、銀座駅に現れた彼女に会ったときに・・・なんというのだろう。
非常に失礼なことで大変申し訳ないのだが、ときめきのようなものをまったく感じなかったのだ。
なにが原因だったのかはよく分からない。
僕はできれば彼女に尋ねたかった。
君は後ろ姿だけで、僕の男性器を固くした女の子ですよね、と。
ただ、彼女とビールやワインを飲みながらチーズの話しをしたり、バーニャカウダ・ソースに新鮮でカラフルな人参をべたべた浸けるのは、そんなに悪くなかった。
きっと育ちが良いのだろう。
人として好感をもてたのだと思う。
食事が終わると僕は「あまり遅いと君の彼が心配するだろう」と良識のある男性を演じ、駅の改札まで彼女を送った。
そして、そのあと僕は金で女を抱きに行った。
人として好感がもてるのと、その日にどうにかしなければならなかった性的な欲求の解消を求めるのは、当たり前だがまったく別のことなのだ。
これは僕の致命的な欠点だ、と僕は思う。
数種類の欲求を解消するために、数種類の人間を求める。
"特定の誰か"にたくさんのことを求めるようなことはしない代わりに、欲求を解消さえしてくれれば誰でもいいのだ。
これがキッチンならば問題はない。
コーヒーを沸かしたいときは、コーヒー・メーカーに頼めばいいし、トーストを焼きたいときはトースターに頼めばいい。
僕はいつだって僕を唯一の存在として求めてもらうことを必要としていたのだ。渇望しているといってもいい。
しかし、当時の僕はまだ気づいてすらいなかった。その致命的なまでの死角に。
コーヒー・メーカーやトースターは、誰に仕事を頼まれても拒否をしたりしないけれど、その代わりに特別な主人を求めたりしないのだ。
つまり、キッチンでコーヒーやトーストを頼むように人と関わっている僕を、愛してくれる人など誰もいないということだ。
そして厄介なのは理解はしていても未だに僕はそれを止められないでいる。
話しをもとに戻そう。
それは秋というには少し寒く、冬というには少し暖かい11月の終わりだった。
4か月ぶりに僕はまた泉を食事に誘った。
それは格別に意味をもたない誘いだった。
例により、僕はそのとき"横浜のビュッフェ・レストランに食事に付き合ってくれる女の子"を求めていただけだったのだ。
しかし、横浜駅に現れた彼女はなぜかとても素敵だった。
なにがそう魅せたのかは、やはりよく分からない。
いや・・・そうじゃない。
僕はもうそのときには感じていたのかもしれない。
冷たい深海で啜り泣くように小さな、彼女の助けを求める声を。
だから僕は食事のあとで自然に彼女を部屋に誘えたのかもしれない。
だって僕は本来そんなこと器用にできないのだ。
僕はおそらくそういう男なのだ。
0
あなたにおすすめの小説
橘若頭と怖がり姫
真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。
その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。
高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる