水彩画の名前にちなんで

松藤 四十二

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チーモ

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 彼と男は、私たちのベッドに裸でいた。単純な驚きと、悲しみという言葉では表現できない、重いのか軽いのかわからない感情と、自尊心を崩された屈辱が、同時に私の体をかけめぐった。
「なにしてるの?」
 声を出したのは、第六感的に不安で、一緒に帰ってきてもらったハルカ先輩だった。私はいつの間にか、先輩の腕を握っていた。そこでようやく、めまいがしているのに気付いた。
「なにも」と男が返事をした。
「裸でなにもって……」
 先輩が言うと、男が私たちの布団で下半身を隠しながら座った。
「とりあえず服着るんで」と男は冷静に言って頭を掻いた。「出て行ってもらえます?」
「あんた、何言ってるの?」
「だって、そうしなきゃ、話もできないし」
 私は近くに何か投げられるものがないか探した。でも、何もない。
「大丈夫。あんたのなんか見ても、どうも思わないから」
「いや、俺が嫌だって言ってんのよ」
「言える分際?」
「そんくらいは言っていいでしょ」
 さらに反論しようとした先輩の腕を引っ張り、私は制止した。
「先輩いいです。行きましょう」
 玄関に行くと、ドアの向こうから衣擦れの音がした。私は逆再生をイメージしてしまい、胃がむかむかしてきた。本当なら外に飛び出したい。
「あいつら最低」と先輩は憤っていた。クライアントからの無茶振り以上に、腹が立っているようだった。
「この場合、誰が悪いんでしょう」
「あの二人ね」
「彼と男、どっちが」
「両方、最低」
 私は男の方が最低だと思った。人のものに手を出すなんてありえない。もちろん、それを望み、許してしまった彼にも怒りを感じる。
「どちらにしても」と先輩はさっきよりも静かに言った。「ここにいたくなかったら、私のところに少しの間だけでも来ればいい。それか、彼氏に、ホテル代出させな」
 私は頷きつつ、なぜ男には出させないのだろうかと思った。
「これは戦争よ、戦争」先輩はまた言葉に怒りを込めて言った。まるで銃に弾を込めるようだった。「反撃しなきゃ」
「戦争じゃないですよ」私は先輩に反論しつつ、続けた。「ただの浮気です」
「確かにそうだけど、ここはカコちゃんの家だよ? 知らない人を彼氏は勝手に上げて」
 ため息が出る。私の全ての感情が奪われている感覚がある。彼に、男に、先輩に。おかげで冷静さを保てているのかもしれないけど、落ち着かない。
「……明日から、少し、休んでもいいですかね」
「もちろん。仕事は任せて」
「……そういえば、彼氏が言ってたんです。山脈の見える場所に、隠れ家みたいなホテルがあるって。そこに一度でいいから泊まってみたいって。夢だって。そこでゆっくり過ごすのが、絶対に人生で叶えたいことの一つだって。だから、彼の夢を先に私が叶えて、奪ってやろうと、今、思いました。これは永続的な復讐になるかもしれません。ずっと傷が残るものです。それで、許します。付き合い続けるかは、わかりません。でも、それで彼を許そうと思います」
「それだけ? 本当にそれで許すの?」
「はい。それでいいです。感情のまま、ふと思ったことだけど、腑に落ちました」
「入っていいですよ」
 聞き馴染みのない男の声が聞こえた。
 少しずつ腹が立っているのが、わかった。黙っている彼にも腹が立つ。でも、彼は許す。
「浮気相手の男の方はどうするの?」
「それは……」と私は出かけた考えを飲み込んだ。「彼の夢を、奪ってから考えます」
 そう言いつつ、頭の中では銃に実弾を込めていた。それが現実になるのかどうかは、私にもわからない。
 もしかしたら、連なる山を見たら、消えるくらいの感情かもしれないし、眠るマグマのように密かに燃えたぎる計画になるかもしれない。
 とにかく夢の場所でワインをしこたま飲んで、美味しいごはんを食べて、泣いて、ゆっくり過ごす。それだけで頭をいっぱいにする。話はそれからになる。
 男が謝っても、言い訳をしても、開き直っても関係ない。
 同音異義語のような私を、今日は見せてやらない。
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