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秋の日

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 冷房をすっかり消してしまった頃、彼は彼女になり、恋人である彼女は、彼になった。
 お互いの性は、おそらく体と一致していた。彼は女性が好きだったし、彼女は男性が好きだった。しかし、自分が男性であろうが、女性であろうが、どっちでもよかった。
 彼らは服を交換し、彼はスカートを穿いて、彼女はいつもは穿かないチノパンを穿いた。彼はウィッグをして、彼女は短く切った髪の毛をワックスで整えた。彼は長身の美人となり、彼女は女顔のハンサムとなった。
「勇気がいるね」と彼女となった彼は、鏡を見ながら言った。
「誰も気にしないよ。もしくは気にしないふりをしてくれる」と彼になった彼女は言った。
 部屋を出た。新しい空気だった。
 彼女は彼の手を握り、彼はそれを握り返した。涼しい風と、暖かな光陽が気持ちよかった。
 駅に向かう途中に、サラリーマンと、ベビーカーを押す女性と、犬を散歩させている老人と、同い年くらいの若いカップルとすれ違った。誰とも目が合わず、何も言われなかった。
 大きな一軒家の角を曲がると、その狭い一本道には誰もいなかった。そこで、彼女は彼の手を引き、顎を持ち上げてキスをした。彼はそれに応えた。
「女にキスされるってどんな感じ?」と彼女は言った。
「ドキドキする」と彼は彼女を見上げて言った。
「俺たちは、どっちがどっちなんだろう」
「わからない。どっちでもいい」
「この格好で、親に挨拶に行ったら何て言われるだろうね」
「私が、娘さんをくださいって言うよ」
 その冗談に、二人で笑った。
 彼女は男であり、女だった。彼は女であり、男だった。
 秋の日は、そんなふうに靡いていった。
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