秘密と自殺と片想い

松藤 四十二

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部外者とせんべい

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 寝正月は素晴らしいものだと思うのだが、テレビの向こう側ではそうでもないらしい。神社の境内では、ものすごい量の人間がところせましと右往左往していた。見ているだけで、重箱に盛り付けられたおせちの美しさが分かった。
 父と母と弟も人混みが大好きなようで、二日連続の雑煮とおせちの残りを食べたあと、意気揚々と出て行った。弟は中学生になったのにもかかわらず、女の子にさほど興味はないらしい。その頃、俺と幼馴染はすでに付き合っていたというのに。
 俺はたまにくる宵月のメールに付き合いながら、テレビを見続けた。宵月も女友達と初詣に行っている。アリバイのように写真も送ってきた。隣にいる女友達とやらも可愛かったが、宵月と比べるとやはり劣った。そう考えると下半身が疼いたが耐えた。我慢はいいことだ。
 紅根からもメールが届いていた。新年の挨拶と、犯人を捕まえろ、という意味の言葉が並んでいた。
「誰も悪いやつなんていないよ」
 俺はあくびをして、カラダを伸ばした。
 新年を迎えるうちに、確かに存在した怒りはどこかに消えていた。雪の中に埋もれたのか、鎮火したのか、出し尽くしたのか、どれかだった。宵月に欲望を放出したら、またそれも顔を出すかもしれないが。
 そんな俺の気持ちに勘付いたのか、紅根から、また、メールが届いた。
「まだ終わってないからね? 頼むよ」
 俺はそれを音読し、携帯を閉じた。
 果たして解決するのやら。
 1月5日。俺は宵月と神社で待ち合わせた。鳥居の前で待っていると、彼女が三十メートル先くらいから手を振ってやってきた。二人組の男たちが、すれちがいざまに彼女の顔と体を見たが、そこに嫉妬や優越感はなく、ただただ俺は、ああ可愛い、と思って早く抱きしめたくなった。本当に宵月は俺の恋人なのだろうか。もっと違う代名詞が必要な気がしてならない。
「ごめん。待ったでしょ」
「大丈夫、大丈夫」
 俺たちはさっそく手を繋ぎ、参道を歩いた。参拝客はまだ多く、たまに避けなければいけなかった。
 カップルよりも家族連れが割合を占めていた。クラスメイトや知人を見かけなかったのは幸運だ。
「今年2回目? 神社」
「そうそう。天満宮の方、人多かったー」
「どうだった?」
「あのね、おみくじで大吉が出たの。実は初めてで、めっちゃうれしかった」
 俺の手を振って喜びを表現する彼女は可愛かった。
「よかったね。なんて書いてあったの?」
「仕事運がいいって」
「仕事?」
「うん。だからバイトでも始めようかな」
 バイトか。看板娘としては満点だろうな。
「なんのバイトがいい?」
「おしゃれなカフェとか、バーとか?」
 カフェなら一発合格だろう。バーは、ない。未成年だし、高校生を雇うところなんてないな。
「いいね。始めたら行こうかな」
「来て来て」
 上機嫌な彼女を繋ぎとめながら、境内を進んだ。手水舎で手と口を清め、賽銭箱に五円を入れて、神様に挨拶をする。お願い事は考えていなかった。彼女が頭を上げるのを見て、思わず浮かんだのは友達の冥福だった。そして、自分自身も友達の恋敵になっているのに今さらながら気づいた。
 そこに興奮や罪悪感はなかった。ただ、友達が死んでいることに感謝した。俺のせいであいつが苦しまずに済むのは、とても楽だった。俺は卑怯な人間かもしれない。
「お願い長かったね」
 ようやく真っ直ぐになった俺を見て、宵月は笑った。
「みんなの健康を祈った」と俺は嘘をついておいた。
 おみくじは吉だった。中身は大したことない。待ち人は年長者で、よく敬い倣えばよし。恋愛については、出会いはあるが正直にならなければ意味がない。そう書かれていた。
「私、また大吉」
 彼女のおみくじには、遠方に縁あり、とあった。携帯でそれを写真に収めているのを見ると、本当にうれしいらしい。
 俺たちはそれを紐に結び、来た道を引き返した。人は相変わらず多かった。
「これからどうする? ヒロくんお腹空いてる?」
「まだ空いてないなあ。とりあえず駅まで歩こうか」
「うん」
 神社を出ると、寒さと暖かさ分け合うように2人で腕を組んだ。途中、俺たちと同じように腕を組んだ老夫婦とすれ違った。彼女も、俺も何も言わなかった。その瞬間、俺たちは、少なくとも俺は別れを感じた。冬の風が顔を強くなぞり、腕の力が少し抜けた。これは恋愛ごっこであり、性欲の成れの果てだった。宵月が明日、俺の電話をとってくれる保証はどこにもない。
「ねぇ、あいつに本を教えてないんだよね?」
 彼女は何も答えなかった。
「ねぇ?」
「またその話? どうしたの?」
 言葉の底に針が潜んでいた。
「あいつ、失恋して、あの本読んで、死んだのかもと思って」
「失恋? 紅根さんと別れたの?」
 ああ、そうか。まだそういうことになっていた。いや、待て。宵月はあいつの気持ちに気付いているよな。その上でしらばっくれているのか? 違う。紅根の存在がその気付きを勘違いにしているのかもしれない。
「ふと思ったんだけど、あいつは実季のことが好きだったんじゃないかって」
 何かを言おうとした彼女に、覆い被さるように俺は続けた。
「だって、突然メールが途切れたんだよね? 失恋して、悲しくなって、連絡しなくなったのかも」
「それはないよ」彼女はそう言って俺から腕を離し、「それはないよ」と繰り返した。
「なぜ?」
「とにかく、それはないし、紅根さんと付き合っていたんでしょ」
 紅根の嘘をここでバラすことは、俺にはできない。
「紅根とは付き合っていた。でも、それについて疑問に思っている」
「どうして?」
「だって、二人の関係を知らなかったから。実季も驚いたでしょ。俺なんて同じ教室にいたのに全く分からなかった」
「そう」
 彼女は何も付け加えなかった。沈黙と寒さがそこにいた。何かを言うには怖かった。だが、言わなければ。
「本は実季が教えたの?」
「私じゃない。私じゃないし、彼は私のことなんか好きじゃなかった」
 そうか、と俺が言いかけたとき今度は彼女が覆い被さってきた。
「だいたい、ヒロは身勝手だよ。彼が死んだあとに、彼の秘密を知ろうとするなんて意味がないよ。あと、何にも知らないのなら、あなたは部外者。このことには関係ない」
 彼女は一呼吸置くと、俺の正面に立ち、俺の顔を両手で掴んだ。
「あなたは私だけを見るの。私だけを見て」
 くりくりの大きな目で、そう命令された。
 ああ、なんて可愛いのだろう。どこかのドラマから盗んできたシーンみたいだ。さぞ、俺たちは絵になっていることだろう。お返しに、キスするのが台本通りかもしれない。それにキスはいつだってしたい。しかし、それは馬鹿のやることだ。
 俺は理性と性欲を刹那のうちに戦わせ、単純明快な性欲を支持した。黙って宵月を見つめ、キスをした。
「それでよし」
 彼女はお似合いの台詞を笑顔で言った。
 機嫌がよくなった彼女の体温を感じながら、俺たちは歩いた。そして、年始にも関わらず運良く開いていたイタリアンレストランでパスタを食べ、ラブホテルに夕方までいた。お年玉が少し消えた。
 それにしても彼女は女優気取りの高嶺の花風女子だったが、俺と同じ性欲主義者という中途半端な位置にいた。おかげで俺は満足だが、彼女はいいのだろうか。彼女はメリーゴーラウンドから世間に手を振り、俺は腰を振っている。気付いてしまえばなんて愚かで滑稽な世界で過ごしているんだろうと落胆する。全て出し切ると毎度ながら思うことだが、今日はいつもよりそれが強い。あの老夫婦を見て、自分たちの恋が偽物だと言われているかのようだ。性欲解消だけの関係ならと思うこともあるが、それは俺に残る少しの誠実さと、彼女のプライドが許さないだろう。アニメキャラのシャワーシーンに照れていた子どもの頃が懐かしく、うらやましい。
 俺はそんなことを考えつつ、下腹部のすっからかんを感じながら、帰路についた。手洗いを済ませると、夕飯を遠慮し、部屋にこもった。夕飯をとらない俺を心配したのか、しばらくすると弟がやってきた。
「これでも食べな」
 せんべいを捨てゼリフと共に投げてよこすと、弟は満足気に去っていった。そこにどんな意味があるのか。とりあえず俺は「ありがとう」と言っておいた。
 歯を磨き、日記を書き終えた俺は、机に向かったまま、宵月について考えていた。これが、会いたいとかせつないとか、恋愛絡みならステキだと思うが、そうではない。
「あなたは部外者」
 その言葉が引っかかっていた。彼女の言う身勝手の意味はなんとなく分かる。遺書も残さず死んだ人の、自殺の動機を探す行為は泥棒に近いかもしれない。しかも、宝探しのような興奮がなかったと言えば嘘になる。結局は自己満足で、それが紅根のためにもなるというくらいだ。
 しかし、部外者の方は納得できない。俺は友達だ。宵月も友達だろう。なんの違いがある。
「何にも知らないのなら」
 彼女はそう言っていたが、俺は何を知らないというのだろう。もう一度掘り返すか。いや、宵月は激怒し、俺に愛想をつかすだろう。どうしたらいい。
 いや、どうせずともいい。しばらく休みをとろう。
 俺は知らず知らずのうちに、せんべいの袋を開けていた。せんべいは意外にもうまかった。もう一度歯を磨く馬鹿馬鹿しさもあったが、せっかくならもう一枚食べておこうと、キッチンへ向かった。
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