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小学校高学年のエンジェル系名誉娘
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昭和が終わり、平成もまだ始まったばかりの1993年。どこか垢抜けない、けれどどこか温かい時代の空気が、この街にはまだ満ちていた。
地方都市の片隅にある公園で、国民性調査員の男性、大吾郎は手帳を広げていた。彼の仕事は、人々の生活習慣や価値観を調べること。だが、今日も今日とて、子供たちの調査は難航している。彼らに「将来の夢は?」と聞いても、「アイドル!」「サッカー選手!」といった、ありふれた答えしか返ってこない。
「あの、おじさん、なにしてるの?」
背後から、透き通るような声が聞こえた。振り向くと、そこに立っていたのは、この街の名誉娘として知られる少女、アリスだった。白いフリルのワンピースに、リボンで丁寧に結ばれた髪。まるで絵本から抜け出してきた天使のような姿に、大吾郎は思わず目を細める。
「ああ、僕はね、君たちのことを知りたいんだ。この街の子供たちが、どんなことを考えているか、どんな夢を持っているかをね」
アリスは首をかしげた。
「みんなの、どうして?」
大吾郎は苦笑いしながら答える。
「国民性を知るためだよ。みんなが何を大切にしているか、何を目指しているか。それが分かれば、この国の未来が見えてくるんだ」
アリスは、大吾郎の手帳を覗き込んだ。そこには「夢」「将来」「価値観」といった、大人びた言葉が並んでいた。彼女の小さな指が、文字を辿る。
「私ね、将来の夢、まだないの」
突然の告白に、大吾郎は驚いた。名誉娘として、きっと輝かしい夢を語るだろうと勝手に想像していたからだ。
「でもね、フリルがいっぱいついた服を着て、お花畑を歩いてみたい。それから、リボンをたくさん集めて、大きなリボンで雲を飾ってみたいの」
アリスは目を輝かせ、無邪気に笑った。それは、データには決して現れない、純粋で、柔らかい夢だった。大吾郎は、彼女の言葉にハッとした。彼は今まで、目に見える大きな夢ばかりを追い求めていたのだ。しかし、アリスが語ったのは、ささやかで、けれど誰にも真似できない、彼女だけの世界。
その時、風が吹き、アリスの髪のリボンがひらりと揺れた。大吾郎は、その揺れるリボンを、そしてそこに詰まった小さな夢を、手帳に書き留めた。
大吾郎は、アリスとの出会いをきっかけに、調査の方針を大きく変えた。彼は、子供たちに「将来の夢」ではなく、「今日楽しかったこと」や「好きなもの」を尋ねるようになった。
ある少年は「かぶとむしの角の感触」を語り、ある少女は「雨上がりの虹の色」について熱心に語った。彼らの言葉一つ一つが、大吾郎の手帳を、今までになく温かく、そして色鮮やかに彩っていった。
「アリスちゃん、ありがとう」
大吾郎は、もう一度公園を訪れた。アリスは、ブランコに揺られながら、楽しそうに歌を口ずさんでいる。
「どうして?」
「君のおかげで、大事なことに気づけたんだ。この街の、日本の、そしてこの国の子供たちの本当の宝物は、まだ言葉になっていない、心の中にある小さな夢だってこと」
アリスはにこりと笑った。
「そんなの、当たり前だよ」
そう言って、彼女は白いフリルの裾を揺らしながら、空に浮かぶ雲をじっと見つめている。その瞳は、いつか大きなリボンで雲を飾る日を夢見て、キラキラと輝いていた。
大吾郎は、新しい手帳を広げ、一番最初に「アリスの夢」と記した。それは、国民性調査員としての彼が、初めて見つけた、特別な宝物だった。彼の心は、統計データでは測れない、人間性の温かさで満たされていた。それは、未来への希望に満ちた、新しい時代の始まりを告げるようだった。
地方都市の片隅にある公園で、国民性調査員の男性、大吾郎は手帳を広げていた。彼の仕事は、人々の生活習慣や価値観を調べること。だが、今日も今日とて、子供たちの調査は難航している。彼らに「将来の夢は?」と聞いても、「アイドル!」「サッカー選手!」といった、ありふれた答えしか返ってこない。
「あの、おじさん、なにしてるの?」
背後から、透き通るような声が聞こえた。振り向くと、そこに立っていたのは、この街の名誉娘として知られる少女、アリスだった。白いフリルのワンピースに、リボンで丁寧に結ばれた髪。まるで絵本から抜け出してきた天使のような姿に、大吾郎は思わず目を細める。
「ああ、僕はね、君たちのことを知りたいんだ。この街の子供たちが、どんなことを考えているか、どんな夢を持っているかをね」
アリスは首をかしげた。
「みんなの、どうして?」
大吾郎は苦笑いしながら答える。
「国民性を知るためだよ。みんなが何を大切にしているか、何を目指しているか。それが分かれば、この国の未来が見えてくるんだ」
アリスは、大吾郎の手帳を覗き込んだ。そこには「夢」「将来」「価値観」といった、大人びた言葉が並んでいた。彼女の小さな指が、文字を辿る。
「私ね、将来の夢、まだないの」
突然の告白に、大吾郎は驚いた。名誉娘として、きっと輝かしい夢を語るだろうと勝手に想像していたからだ。
「でもね、フリルがいっぱいついた服を着て、お花畑を歩いてみたい。それから、リボンをたくさん集めて、大きなリボンで雲を飾ってみたいの」
アリスは目を輝かせ、無邪気に笑った。それは、データには決して現れない、純粋で、柔らかい夢だった。大吾郎は、彼女の言葉にハッとした。彼は今まで、目に見える大きな夢ばかりを追い求めていたのだ。しかし、アリスが語ったのは、ささやかで、けれど誰にも真似できない、彼女だけの世界。
その時、風が吹き、アリスの髪のリボンがひらりと揺れた。大吾郎は、その揺れるリボンを、そしてそこに詰まった小さな夢を、手帳に書き留めた。
大吾郎は、アリスとの出会いをきっかけに、調査の方針を大きく変えた。彼は、子供たちに「将来の夢」ではなく、「今日楽しかったこと」や「好きなもの」を尋ねるようになった。
ある少年は「かぶとむしの角の感触」を語り、ある少女は「雨上がりの虹の色」について熱心に語った。彼らの言葉一つ一つが、大吾郎の手帳を、今までになく温かく、そして色鮮やかに彩っていった。
「アリスちゃん、ありがとう」
大吾郎は、もう一度公園を訪れた。アリスは、ブランコに揺られながら、楽しそうに歌を口ずさんでいる。
「どうして?」
「君のおかげで、大事なことに気づけたんだ。この街の、日本の、そしてこの国の子供たちの本当の宝物は、まだ言葉になっていない、心の中にある小さな夢だってこと」
アリスはにこりと笑った。
「そんなの、当たり前だよ」
そう言って、彼女は白いフリルの裾を揺らしながら、空に浮かぶ雲をじっと見つめている。その瞳は、いつか大きなリボンで雲を飾る日を夢見て、キラキラと輝いていた。
大吾郎は、新しい手帳を広げ、一番最初に「アリスの夢」と記した。それは、国民性調査員としての彼が、初めて見つけた、特別な宝物だった。彼の心は、統計データでは測れない、人間性の温かさで満たされていた。それは、未来への希望に満ちた、新しい時代の始まりを告げるようだった。
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