・グレー・クレイ

くれいん

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第8話 ネクロマンサー・オジョウサマ ①

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 シノさん曰く、人狼と会い、戦い、生き残った魔術師というのは今の時代、相当に珍しいものらしい。
 とはいえ、僕はただ廉価銀をトップの元に届けただけ。実際に戦ったと言えるのはハトさんとトップの二人だ。僕は、あの場において、役には立てたかもしれないが、戦力にはなれなかった。

 別に、それでいい。
 『明星』のメンバーが欠けることはなかった。消耗した分の補給は確保できた。情報も手に入った。
 ただ、胸の内に一抹の悔しさ……とも言えない、曖昧で微妙な感情が渦巻いているのは確かだった。
 役に立ちたかった?一緒に戦いたかった?申し訳が無い?
 上手く言語化ができない、こうして文字に起こしてみても判別しない、暗いのか明るいのかも分からない感情。
 と、胸の中の、どこか懐かしい部分を撫でる、感情。

 それは、テスさんに叱られた時に感じたものと似ていた。
 記憶は無くとも、確かに「かつての僕」が感じたそれと同じだと確信できる
 どんな状況で、どんな人に、あるいは物に覚えた感情だろうか。
 少し、目を閉じて考えてみるが、てんで思い出せない。

 だが、それは希望だった。
 このまま、色んなことに対して「感情」を覚えていけば、いつかは何かを思い出せるのではないかという希望。現状、記録での情報が何も出てこない以上、それは記憶を取り戻す手がかりだった。

 色んな所に行き、色んなことをする。
 ……できれば、魔術関係ではない、普通のことを。でないと、思い出せるキッカケも何も無いだろう。
 ……今の廉価銀まわりの事件や任務が終わったら、どこか出かけられるだろうか。
 記憶は無いから始めて行く感覚だが、遊園地や、博物館なんかいいかもしれない。
 
 ……もっとも、普通に行くより先に任務で行く可能性が高いが。

 
 ……以上。
 2049.5.11.MON.PM9:00。今日の日記、終わり。


 灰色の雲が空を覆い、今にも雨が降り出しそうな空模様の下、僕とシノさんは ほとんど獣道のような山道を歩いていた。木々は高く伸び、太陽も出ていないにも関わらず、空気はぬるく湿っている。記憶が無いため、「夏」がどういう季節だったのかの経験も失くしたが、この湿度と気温。じっとりと浮かぶ汗。
「これが夏っぽい天気、ということでしょうか?」
「これを夏だというのならお前は数か月後に死ぬな。ちなみに私も死ぬ」
 隣を歩くオレンジ髪の少女……シノさんは手で自身を扇ぎながら答えた。
 いつもの白衣……は流石に暑かったのか、今は僕が畳んで持っている。そのため、今の彼女の服装は、子どもサイズのサスペンダー付きのシャツとネクタイ、ズボンといった形だ。そのサスペンダーには銃のホルダーのようにポーチを装着している。白衣の下に着ている衣服を見るのは、これが初めてだった。
「しかし……とんでもない山奥ですね。過ごしにくそうだ……」
 見渡してみても、ただただ青い自然が広がるだけ。昨日訪れた森林公園は、それこそ放置の果てにただの森と化していたが、この山は違う。まるで人の手が入った気配が無い。今歩いているのも、目当ての死霊術師ネクロマンサーや動物が通り道としていると思われる獣道だ。
 近くに店も何も無い……どころか、道路すら存在していない。それは、人間の世界との関りを一切断っているかのようで、その様は正直、今まで見たどの魔術師よりも「魔術師っぽい」と思った。
「そうだな、魔術師っぽい……世間的な知識で言えば、こうした環境に潜んでいる方がらしいかもな」
「あ、また心読みましたね? 思ってたんですけど、それ、何かの魔術ですか?」
「ただの読心術だよ。お前の考えてることなんて大抵わかる」
 フッと、少し自慢げに笑うと、シノさんは何かに反応したように素早く顔を上げた。
「?……どうしました?」
「ああ……どうやら着いたようだ」
 それを聞いて、辺りを見回してみるが……ただ青々とした光景が広がっているだけで、何も無い。それらしい建物は一つも……と、そこまで考えたところで、『明星』のことを思い出した。
「『工房ラボ』の魔術ですか!」
 シノさんは満足げに笑う。
「正解だ。ちゃんと覚えていて偉いぞ」

 『工房ラボ』。
 古くから魔術師は独自の拠点である工房を作り、その中で魔術の研究などを行っていたそうなのだが、現代のそれは古のものとは違う。
 現代の『工房』は、魔術師にとって必須である魔力を供給するガソリンスタンドのようなものであり、他の魔術師から自身の財産である魔術資源を保管する倉庫であることがメインであるとされ、魔術の研究や開発を行う鍛冶場・研究室のような要素はそこまで重要視されていないという。
 その入り口は大抵巧妙に隠されており、入口を開錠すること以上に、見つけることの方が難易度が高いらしい。
 だが、シノさんはそれを見つけられたようだ。
 
 しかし、その表情は些か硬い。
 こんなにも早く見つけられたのだから、もう少し喜んでもいいのではと思ったが、
「どうやら、私達よりも先に何者かが入ったようだ。……結界が破られた跡がある」
 その言葉を聞いて、納得がいった。
「……僕達以外に死霊術師を尋ねてきた人でしょうか?」
「いや……どこぞの刺客が私達を邪魔しようと来たのかもしれんぞ。情報はしっかりと秘匿してあったハズだが……まぁ、相手も魔術師だからな。バレる奴にはどうしてもバレる」
 うんざり といったように肩を落とすと、彼女は指先に魔力を貯め、そのまま空間を斬るかのように縦に振った。
 
 すると、まるで紙が裂かれたかのように景色が。まるで、「山の景色を描いた紙」が破れ、その向こう側が見えるかのような、奇妙な光景。
 そこで見えたのは、曇天の下、様々な花が咲き乱れる庭園と、その奥にある大きな西洋風の屋敷だった。
 恐らく、これが死霊術師のいる『工房』なのだろう。正直、こんな山奥にあるのだから、寂れた小屋や神社仏閣のようなものとイメージしていたため、これにはかなり驚いた。

「やっぱり、先に誰かが来てるな……そして、先客ではなく刺客であることが確定した」
「何故ですか?」
「まずは入ろう。……急がねば、死霊術師が危ない」
 結界の向こう側へと進むシノさんの後を追って、僕も開かれた空間の中へと入る。
 すると、整備され、均された土の地面の上に立った。確かに、誰かが入ったようだった。
 外側から庭へと続く足跡がある。そして……、

 踏み荒らされた花壇。巨大化したイバラ。砕けた石膏像が視界に入った。
 一部の地面は凹み、あるいは魔術によって焼けており、散った花の香と掘り起こされた土と焼け跡に臭いが混ざり合っている。地面には僅かに血が飛び散っており、それが洋館の入口へ点々と続いていた。

 それは、明らかに戦闘の跡だった。
 
「なるほど。先んじて死霊術師を始末して、私達に情報を渡さないつもりか。……行くぞ」
 通常、こういう時は魔術的な罠を警戒すべきだが、既に侵入している刺客に罠は使われているらしい。僕達は荒れた庭を駆け抜け、無理やり破壊されたのか、半開きになった扉に手をかけ、開いた。



「オーッホホホホホ! さぁ、さぁ! 逃げ惑いなさいませ、お刺客の方!」
「くそっ! ふざけやがって! てめぇ、数の暴力とか卑怯だろ!」
 ──扉を開けると、そこには混沌が広がっていた。

 まず耳に届いたのは、甲高い女性の高笑い。そして、ドカドカと館内を走り回る足音と、魔術が空を裂く独特の破裂音。館内は薄暗く、壁に懸けられたランプと吊るされたシャンデリアが光源となっているようだ。今僕達がいるのは、エントランスホールに当たる部分で、奥には二階へと上がるための階段や他部屋に繋がると思われる扉が幾つかあった。
 
 ……その空間の中で、黒いフードを目深に被った男が、大量の人間……のようなものに追われていた。男は背後に迫る人影に対して素早く魔力を放ち、大勢いるそれらの内の一体を吹き飛ばすが、多勢に無勢。人型の群れは恐れも何も無いかのように、両腕を前に突き出して ぞろぞろと男に迫った。
「これは……!?」
「死霊術師と刺客が交戦しているな。現状、刺客の方が不利か……」
 
 その呟きが耳に届いたのか、男は縋って来る それ の首をゴキリと捩じりながら、
「『明星』のヤツらか!? おい、助けてくれないか! イカれた女に殺されそうなんだ!」
 と、こちらに向けて叫んできた。
 途端、男に群がろうとしていた人型の群れがピタリと動きを止め、首だけをこちらに向けた。

 ──青ざめた肌に、剥き出しになった筋肉と骨。その瞳は虚ろで、口元からはダラダラと涎を垂らしている。その身に纏う服はどれもボロボロの布切れのようなもので、辛うじてメイド服や執事服と分かる程度だ。
 それは、記憶を失った僕でも知っていた。記録としての知識には、それを表す名があった。

っ……!?」
 その言葉に反応したかのように、

「まぁ~~っ! 失礼ですこと! ワタクシのバトラー達をお腐れ死体扱いだなんて!」

 その声に、天井を仰ぎ見た。真上から聞こえてきたからだ。


「オーッホホホホホ! ご機嫌よう、お刺客の皆様方!」


 ホール中央、天井から吊り下げられたシャンデリアの上に、その声の主はいた。

 黒く、フリルが大量についた豪華なドレスを身に纏った女だった。その顔にはまるで御簾みすのような黒く薄い布がかかり、素顔は判別としない。髪は黄金を思わせる金髪で、縦にロールさせる珍しい髪形をしていた。その派手な髪色・髪型が無ければ、ゴシック調の服に身を纏った未亡人のように見えたかもしれない。
 
「ワタクシはこの館の主にしてお嬢様~! 名を『ジュリエッタ』と言いますの! よろしくお願いいたしますわ~!」

 そう名乗る彼女は、シャンデリアの上でさも楽しそうに、しかし舞台にいるかのように恭しく挨拶をすると、パチンッ と指を鳴らした。
 途端、僕達の背後で開いていた扉がバタリと閉まった。
「なっ!?」
 僕は急いで扉を開けようとしたが、取っ手はビクとも動かない。さっきまで半壊していたはずなのに、二枚の扉はガッチリと閉まり、どんなに叩こうと蹴ろうと破壊することさえできない。
「おい、クレイン。今は扉よりこいつらをどうにかした方がよさそうだぞ」
 シノさんの冷静な声にハッとして振り返ると、そこには僕達を取り囲むようにして迫るゾンビの群れがあった。その正確な数は分からないが、恐らくは30体はいそうだ。その内、10体程は先程の刺客を追いかけている。

「よし! クソ死体の数が減った! そのまま引き付けとけよ! 俺はこの間に、あのクソ女を始末する!」
 刺客の男はそう言うと二階へと続く階段へ向かおうとした。
 しかし、どういう魔術なのか。その行く手を阻むようにして床から、壁から無数の手が伸び、頭が、肩が這い出てくる。脚を掴もうとしたそれらを、男は寸でのところで跳躍して躱した。

「『土』と『闇』!『属性融合』!──屍歩かばねあるきですわ~!」

 這い出たそれは、新たなゾンビとなって、男に迫る。男の表情は見えないが、脚運びや肩で息をするような動きからして、相当に消耗しているようだった。魔術もそこまで放たないところを見ると、魔力も残り少ないのかもしれない。

「アイツも最終的には絞めなければならないが、まだ生きている以上、拘束して拷問インタビューを行いたいところだ。勿論、死霊術師のあの女を殺して脱出というのもダメだ。あの女が本来の目的だからな」
「どっちも生かした状態で無力化しろと!?」
「ああ。私を守るのも忘れずにな。一応自衛の手段は持っているが、残弾回数が限られている」
 シノさんはそう言うと、僕の方に体を寄せた。
「頼むぞ。今はお前が私の騎士だ」

 途端、包囲していた群れが殺到するように向かってくる。追加で出てきたゾンビが他のゾンビの背を押し、さながら雪崩のように迫ってきたのだ。ゾンビの膂力や耐久力など、その能力がどのようなものかは知らないが、このまま戦わなければ喰い殺されるか絞殺されるか、あるいは集団で群がられた末に窒息死するかもしれない。
 
 死霊術師を倒さず。刺客を倒さず。シノさんを守りながら、死なないように戦う。
 全員生存。それがこの場における勝利条件。
 この中の誰かが死んだ時点で、今回の任務は失敗に終わる。

(どうする!? シノさんを連れて上へ逃れるか!? ……正面を突破するのが正解か!?)

 濁流のように迫る死者の群れを、どう突破すればいいのか。
 そう考えている時に、死霊術師の楽しそうな声が耳をついた。

「ワタクシが死霊術師お嬢様ですわ~~っ!」
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