その聖女、脳筋につき取扱注意!!

月暈シボ

文字の大きさ
40 / 47
閉ざされた街

40 決戦その2

しおりを挟む
 アルディアは自身の衝動に耐えていた。
 魔族の思念の声は彼女にも届いている。出来る事なら苦戦するダレスの下に馳せ参じ、自分のメイスで加勢したかった。『だが・・・』と彼女はその衝動を自分でも驚くほどの自制心で抑えつけた。
 敵がダレスに嘲笑を浴びせているのは、単に彼を愚弄するためではない。自分とミシャをダレスの助けに呼び戻させようとしているのである。
 今、彼の救援に駆けつけるのは魔族の策にまんまと嵌(はま)ることでもあり、任せろと請け負ったダレスを信頼していない証明でもあった。
「・・・あ、アルディア様?!」
 隣を走るミシャが泣き出しそうな顔でアルディアに問い掛ける。彼女も孤立したダレスの身が心配で迷っているのだ。
「大丈夫・・・ダレスさんは・・・私達を信じて任せろと危険な役目を請け負った!! その私達が彼を信じなくてどうするの!!」
「は、はい!!」
 アルディアはミシャだけでなく、自分自身にも言い聞かせるように告げると広間の壁際に設置された四つの祭壇の一つに急ぐ。
 これらこそが魔族の力を増幅させている魔法陣の根源に違いなかった。

「これは・・・」
 祭壇に駆け寄ったアルディアは短い悲鳴を漏らす。
 魔族が待ち構えていたため、広間の細部まで調べる余裕がなかったからだが、そこにはかつて神殿に務めていたと思われる神官達の亡骸が晒されるように置かれていた。しかも敢えて多くの血を流させるためだろう。首と腹が斬り割かれた凄惨な死体だ。
 魔族はユラント神に仕える神官の血で穢し、邪神ダンジェグに捧げる祭壇に変えていたのだ。
「ミシャ! 死者達は私が弔います。あなたは祭壇に流れる血を拭き取って!!」
 アルディアは祭壇に置かれた神官の死体を降ろすとミシャに指示を与える。死者を正式に弔うことでダンジェグ神への生贄にされた彼らの魂を救済するのである。
 それでも流れ出た血には力が宿っている。完全を排除するには物理的に取り除くしかないのだ。
「はい!!」
 吐き気を催す凄まじい臭気が辺りに漂っているが、指示を受けたミシャは自身の短剣を使って既に乾き掛けた血溜まりを削ぎ落しに掛かる。まだ乾いていない血糊はマントで拭いた。
 アルディアの弔いのための祈りが終わり、ミシャが祭壇を拭き清めると足元に描かれていた魔法陣が放つ光が微かに弱くなる。ダンジェグ神からの影響力が弱まった証拠である。
「やった!!」
 魔法には疎いミシャにもそれがわかったのだろう。歓声の声を上げる。
「でも・・・これをあと三か所も・・・」
 一時は喜びの声を上げたミシャだったが、直ぐに絶望を含んだ呟きを漏らす。一つ目の祭壇を浄化するのにも、それなりの時間を割いている。全ての祭壇を回り終えるまでにダレスが健在だとは思えなかったのだ。
「大丈夫!! ダレスさんなら耐えてくれる!! 次の祭壇に!!」
 アルディアはミシャを励ますと、今すぐにでもダレスの下に駆けつけたい自分の衝動にも改めて耐えて、壁際に沿って走り出した。

 当然ながらダレスは苦しい戦いを強いられていた。
 敵は圧倒的に体格で勝り、それでいて〝ヘイスト〟を使うダレスに匹敵する素早さを持っている。更に口から衝撃波を放ち、こちらが与えたダメージもほぼ一瞬で癒してしまう。まさに〝魔族〟の名に相応しい実力だ。  
 そんな強敵にダレスは幾度となく積極的に攻撃を仕掛けていた。
 彼の役目は魔法陣の無力化を図るアルディアとミシャのために時間を稼ぐことだ。防戦に徹していては、魔族が彼女達の背後に襲い掛かるだろう。それを阻止せねばならないのだ。
 魔族が振り上げる巨腕を掻い潜り、衝撃波を避け、効かぬとわかっていてもダレスは長剣を振るい斬撃を浴びせかける。
 敵に負わせた傷が癒える度に彼は〝切り札〟を解き放つ衝動に駆られるが、今はまだ早いと必死に耐える。〝切り札〟はダレスといえど何度も使える代物ではない。それで魔族を完全に滅ぼすことが出来なければ、敗北は避けられない。
 アルディア達を信じて〝その時〟を待つしかなかった。

「しまった!!」
 これまで辛うじて直撃を避けていたダレスだが、魔族の強烈な蹴りを受けて吹き飛ばされる。
 激しい衝撃に意識を失いそうになるが、彼はそれを抑え込むと魔法陣が描かれた床に叩きつけられる寸前に受身を取って身体を起き上がらせる。
『とどめだ!!』
 蹴りの手応えとダレスの悲鳴によって好機を判断した魔族は、距離を詰めると上段から腕を振り下ろす。まともに喰らえば彼の身体は跡形も無くなって床を汚す〝染み〟になるのは明白だ。
 朦朧とする意識の中でダレスは身体を捻るように回転させて、攻城槌のごとき一撃を紙一重で躱す。
 そのまま衝撃と風圧を頼りに敵の位置を推定すると、彼は反撃の剣を突き出しつつも後退する。これらはダレスの持つ戦士の本能が成した行動だった。
 頭を軽く振るいながらダレスは意識的に目を大きく開く。蹴りの衝撃からやっと頭と身体が正常を取り戻しつつあった。
 その彼の瞳に映ったのは、必殺の一撃を躱された魔族が床に叩きつけた腕と上半身を起こそうとする姿だ。
「あ、あれは?!」
 その中にダレスは二つの違和感を見つける。心なしか魔法陣が放つ赤い光が薄くなったような気がするのと、魔族の腕を流れ出る血の存在だった。
 これまで彼が魔族に与えたダメージは見る間に塞がってしまい、斬った直前を抜かすと敵がその身体を血で濡らしたことはない。
 この二つの事実は魔族の治癒能力が落ちたことを知らしめていた。

「アルディア達が・・・ならば決着を!!」
 ダレスは魔法陣の弱体を担当していたアルディアが目的を果たしたことを知り〝切り札を〟解放しようとするが、その瞬間意識を失う。魔族が放った衝撃波が彼の身体に直撃したのだった。
 血飛沫を撒き散らしながらダレスの身体は彼の背丈の四倍程の距離を舞った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……

タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。

処理中です...