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美合にて
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「降りるか? なんか飯でも食べようや」
突然目の前に現れた朱音と名乗る女優の鈴木桜花。彼女を後部座席に乗せて車を走らせた男は、「美合」と書かれた看板の立つサービスエリアに車を停めた。太陽が完全に沈み切った中でのサービスエリアの光は、虫だけでなく多くの車を吸い寄せる。
男が朱音を乗せたのは浜松の海岸通り。高速道路の料金所をくぐったのを見届けて眠った朱音は、男が声をかけた今の今まで、完全に眠り込んでいた。
「どこ?」
起きたばかりの声とは思えない程、芯の通った声で尋ねる朱音に、男は「美合」という地名を伝えた。
「どこかわかるか?」
「うん、昔ロケで来たことがある。小さな地方のテレビ番組」
時間の流れすらも越えるほどに遠い目をした朱音は、固まった体をほぐすためか伸びやかに体を捻った。
「あそこにおったのも撮影か何かか?」
男の雑な言い方でもその場所が特定できるほどに、二人が出会ってからの時間は短い。
「そうね、夏のシーンを撮ってたの。だからこんな格好をしてるってわけ」
白いワンピースには袖が無く、手元にある麦わら帽子がその季節感の無さに拍車をかけている。
「なるほどな」
「さすがにこの格好じゃ目立つよね。私は車で待ってるよ」
「俺の替えでもいいんやったら着るか? 後ろに積んでるけど」
「えっ?」
朱音は喉から飛び出そうになった言葉の代わりに唾を飲み込む。
「そうね、お願いしようかしら」
「わかった、ちょっと待っとき」
男が一度外に出る。そのまま車の後ろへと回ると、バックドアを開いた。
積んであったキャリーケースから、厚手のパーカーと男物のズボンを取り出して朱音へと手渡す。
「これでいいか?」
朱音は首を縦に動かし、男から差し出された衣類を受け取る。
「ありがと、しばらく借りるね」
「それは別にいいけど、この車カーテンとか付けてないんよな。どこかトイレで着替えてくるか?」
そう尋ねる男に朱音は質問を返す。
「周りに人、いる?」
年末年始の帰省シーズンをとうに過ぎたとはいえ、長距離トラックや夜行バスなど、意外利用する車が多い。
「今はおらんけど」
「そう」
男の声を合図に、朱音がワンピースの上からパーカーを被る。
「おいおい、ここで着替えんの? 俺、ちょっと先行っとくわ」
慌てた男は、開いたままになっていたバックドアを閉めようとする。その動きを朱音の声が止めた。
「待って! サングラスとマスク買っといてくれない? なるべく顔を隠しときたいの」
話しながらも朱音は既にズボンも掃き終えていた。中に着たワンピースがところどころはみ出している。
「わかったわかった、すぐ戻ってくるわ」
男はそう言うとバックドアを閉め、建物内に入っているコンビニエンスストアへと向かっていった。
「さすが芸能人様。それも大女優ときたら、こんなサービスエリアで顔をさらすこともできひんか」
悪態のような賞賛を白い息と共に寒空に吐き出す。土産物屋やフードコートが集まる建物は、ひと際強い輝きを放っていた。
「えーと、サングラスっと。別にどれでもいいよな。後はマスクやな」
大して迷うことなくマスクとサングラスを手にした男は、その二つを年老いた店員に手渡す。
「おっ、また助っ人外国人いれるんか。今年こそ頼むで」
天井から吊られたテレビモニターに、男が贔屓にしている球団のスポーツニュースが流れてくる。その画面上部に現れたのは、男にとっていちばん身近なニュースだった。
『ニュース速報。女優の鈴木桜花が失踪』
事実だけを伝える無機質な白い文字。普段なら一目見ただけで数分後には忘れてしまう男だったが、その時ばかりは画面から目を逸らすことが出来ないでいた。
「千四百二十円です」
店員が金額を告げる声で我に返る。財布を開いた男は、その大きい口の部分からお札を二枚取り出した。
「これでお願いします」
「はい、ありがとうございます。えーっと、お釣りが五百八十円になります」
男は手渡されたお釣りをそのままポケットに突っ込むと、品物が入った袋を手に取り素早く体を反転させる。
「何バタバタしてるの?」
「うおっ」
男が振り向いた先に立っていたのは、まさに先ほど流れてきたテロップの本人だった。朱音はパーカーのフードを深くまで被っている。
「あれを見ろ」
朱音のフードを更に深く被らせた男は、さっきまでテロップの出ていたテレビを指差す。
「何?」
朱音が画面を見上げた時にはもうテロップは消えており、画面にはスポーツニュースが流れているだけだった。
「ねえ、何なのよ」
「バカ、あんまりジロジロ見るな」
男は朱音の袖を引っ張る。
「何よ、あんたが見ろって言ったんじゃない」
不平を漏らす朱音の言葉には答えず、男はそのまま建物の外へと朱音を連れて行った。
「ねえ、待って。ねえってば!」
朱音は男の手を振りほどくと、フードの奥からでも伝わる鋭い眼光で男のことを睨みつける。
「いきなりなんなのよ! 説明してくれないとわからないじゃない! 何? 私のことがニュースになってたりでもしたの?」
朱音の声がだだっ広い駐車場を駆け巡る。男は朱音の両肩に手を置くと、その目を真っすぐに見返した。
「ああ、ニュースになってた。『鈴木桜花失踪』ってな」
「嘘、そんなわけない。あるはずがない」
「嘘なわけあるか。とりあえず、すぐにここを出るぞ」
男に手を引かれるままに、今度は朱音もおとなしくついていく。車に戻るやいなや、男は買ったばかりのマスクとサングラスを取り出した。
「これ付けとけ。捕まったら、俺は誘拐犯か?」
話しながら男は既に車のエンジンをかけている。朱音は未だに信じられないと言った様子で男の声に従い、特に返答することは無かった。二人を乗せた小さな車は、まばゆい光を放つ建物を後にして暗闇の中へと発信する。
突然目の前に現れた朱音と名乗る女優の鈴木桜花。彼女を後部座席に乗せて車を走らせた男は、「美合」と書かれた看板の立つサービスエリアに車を停めた。太陽が完全に沈み切った中でのサービスエリアの光は、虫だけでなく多くの車を吸い寄せる。
男が朱音を乗せたのは浜松の海岸通り。高速道路の料金所をくぐったのを見届けて眠った朱音は、男が声をかけた今の今まで、完全に眠り込んでいた。
「どこ?」
起きたばかりの声とは思えない程、芯の通った声で尋ねる朱音に、男は「美合」という地名を伝えた。
「どこかわかるか?」
「うん、昔ロケで来たことがある。小さな地方のテレビ番組」
時間の流れすらも越えるほどに遠い目をした朱音は、固まった体をほぐすためか伸びやかに体を捻った。
「あそこにおったのも撮影か何かか?」
男の雑な言い方でもその場所が特定できるほどに、二人が出会ってからの時間は短い。
「そうね、夏のシーンを撮ってたの。だからこんな格好をしてるってわけ」
白いワンピースには袖が無く、手元にある麦わら帽子がその季節感の無さに拍車をかけている。
「なるほどな」
「さすがにこの格好じゃ目立つよね。私は車で待ってるよ」
「俺の替えでもいいんやったら着るか? 後ろに積んでるけど」
「えっ?」
朱音は喉から飛び出そうになった言葉の代わりに唾を飲み込む。
「そうね、お願いしようかしら」
「わかった、ちょっと待っとき」
男が一度外に出る。そのまま車の後ろへと回ると、バックドアを開いた。
積んであったキャリーケースから、厚手のパーカーと男物のズボンを取り出して朱音へと手渡す。
「これでいいか?」
朱音は首を縦に動かし、男から差し出された衣類を受け取る。
「ありがと、しばらく借りるね」
「それは別にいいけど、この車カーテンとか付けてないんよな。どこかトイレで着替えてくるか?」
そう尋ねる男に朱音は質問を返す。
「周りに人、いる?」
年末年始の帰省シーズンをとうに過ぎたとはいえ、長距離トラックや夜行バスなど、意外利用する車が多い。
「今はおらんけど」
「そう」
男の声を合図に、朱音がワンピースの上からパーカーを被る。
「おいおい、ここで着替えんの? 俺、ちょっと先行っとくわ」
慌てた男は、開いたままになっていたバックドアを閉めようとする。その動きを朱音の声が止めた。
「待って! サングラスとマスク買っといてくれない? なるべく顔を隠しときたいの」
話しながらも朱音は既にズボンも掃き終えていた。中に着たワンピースがところどころはみ出している。
「わかったわかった、すぐ戻ってくるわ」
男はそう言うとバックドアを閉め、建物内に入っているコンビニエンスストアへと向かっていった。
「さすが芸能人様。それも大女優ときたら、こんなサービスエリアで顔をさらすこともできひんか」
悪態のような賞賛を白い息と共に寒空に吐き出す。土産物屋やフードコートが集まる建物は、ひと際強い輝きを放っていた。
「えーと、サングラスっと。別にどれでもいいよな。後はマスクやな」
大して迷うことなくマスクとサングラスを手にした男は、その二つを年老いた店員に手渡す。
「おっ、また助っ人外国人いれるんか。今年こそ頼むで」
天井から吊られたテレビモニターに、男が贔屓にしている球団のスポーツニュースが流れてくる。その画面上部に現れたのは、男にとっていちばん身近なニュースだった。
『ニュース速報。女優の鈴木桜花が失踪』
事実だけを伝える無機質な白い文字。普段なら一目見ただけで数分後には忘れてしまう男だったが、その時ばかりは画面から目を逸らすことが出来ないでいた。
「千四百二十円です」
店員が金額を告げる声で我に返る。財布を開いた男は、その大きい口の部分からお札を二枚取り出した。
「これでお願いします」
「はい、ありがとうございます。えーっと、お釣りが五百八十円になります」
男は手渡されたお釣りをそのままポケットに突っ込むと、品物が入った袋を手に取り素早く体を反転させる。
「何バタバタしてるの?」
「うおっ」
男が振り向いた先に立っていたのは、まさに先ほど流れてきたテロップの本人だった。朱音はパーカーのフードを深くまで被っている。
「あれを見ろ」
朱音のフードを更に深く被らせた男は、さっきまでテロップの出ていたテレビを指差す。
「何?」
朱音が画面を見上げた時にはもうテロップは消えており、画面にはスポーツニュースが流れているだけだった。
「ねえ、何なのよ」
「バカ、あんまりジロジロ見るな」
男は朱音の袖を引っ張る。
「何よ、あんたが見ろって言ったんじゃない」
不平を漏らす朱音の言葉には答えず、男はそのまま建物の外へと朱音を連れて行った。
「ねえ、待って。ねえってば!」
朱音は男の手を振りほどくと、フードの奥からでも伝わる鋭い眼光で男のことを睨みつける。
「いきなりなんなのよ! 説明してくれないとわからないじゃない! 何? 私のことがニュースになってたりでもしたの?」
朱音の声がだだっ広い駐車場を駆け巡る。男は朱音の両肩に手を置くと、その目を真っすぐに見返した。
「ああ、ニュースになってた。『鈴木桜花失踪』ってな」
「嘘、そんなわけない。あるはずがない」
「嘘なわけあるか。とりあえず、すぐにここを出るぞ」
男に手を引かれるままに、今度は朱音もおとなしくついていく。車に戻るやいなや、男は買ったばかりのマスクとサングラスを取り出した。
「これ付けとけ。捕まったら、俺は誘拐犯か?」
話しながら男は既に車のエンジンをかけている。朱音は未だに信じられないと言った様子で男の声に従い、特に返答することは無かった。二人を乗せた小さな車は、まばゆい光を放つ建物を後にして暗闇の中へと発信する。
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