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オルフェウスVSラスト
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白徽警衛団の本拠、最上階の回廊。
大理石の床一面に、砕けた宝石みたいな薔薇の花弁が散っている。
甘く重い香りが空気を支配し、息を吸うたび肺の奥まで絡みついた。
「隊長を……ここまで近づけさせはしない」
オルフェウス=マクレインは、一歩も引かない。
肩から腕へ一体化した重厚な金属製の盾を構え、白い制服の胸で金将の紋章がかすかに震えている。
それは忠誠の証。
そして、彼がまだ“人間”であることの証でもあった。
彼の正面に立つのは、色欲の権現《ラスト》
白金の髪がゆらめき、薔薇の花弁のような瞳孔が妖しく光る。
深紅のドレススーツの裾からは、無数の光のコードが蛇の群れのように這い出していた。
薔薇フェロモンコード――
触れた者の感覚を奪い、欲望を増幅し、理想の幻を脳内に直接描き込む。金血で強化された禁忌の武装。
「……キミは、本当に頑なね」
ラストは艶やかに笑い、指先をひらりと振る。
その軌跡に合わせて空気が歪み、甘い香りが濃度を増してオルフェウスの鼻腔を侵した。
瞬間、視界が揺らぐ。
(……隊長?)
そこに立っているのは、確かに隊長だった。
いつもより柔らかな表情で、微笑みを浮かべ、こちらに手を差し伸べている。
「オルフェウス……もういい。キミは十分に戦った。ここに来て、ボクの側に」
幻だ。
分かっている。分かっているはずだ。
それでも、胸の奥が熱くなる。
忠義と、別の感情がないまぜになり、盾を握る手がわずかに震えた。
ラストの声が、耳の奥、直接脳に触れるみたいに響く。
「ねえ、キミの望みは、なに?」
甘く囁く声が、思考の隙間に滑り込んでくる。
「ずっと守り続けてきたその人を、ただの“主君”として見ているだけか? 果たして、触れたいか? はたまた抱きしめたいか? それとも…独占したいか? キミはどれなんだろう?」
(恐らく全てだと思う。そしてキミは銀血しかないから、ボクの判定からすれば…「見ているだけ」になる。触れたい、抱きしめたい、独占したい。この3つは金血を入れれば生まれるのだ。入れてやるか……)
フェロモンコードが、音もなくオルフェウスの腕に絡みつく。
金属の盾に触れた瞬間、コードは金色の光を弾けさせ、盾の表面に薔薇の紋様を焼き付けた。
《デザイア・ドミナンス》発動。
魅了と恐怖が同時に脳を貫く。
逃げたい。
だが、逃げられない。
意思と無関係に、足が前へ出そうになる。
「くっ……!」
オルフェウスは歯を食いしばり、盾を床に叩きつけた。
重い衝撃音と共に、盾から放たれた衝撃波が周囲のフェロモンコードを一時的に吹き飛ばす。
「僕は……金将の剣であり盾だ! 君の幻ごときに、揺らぐものか!」
咆哮と共に、オルフェウスは盾を振り上げ、全身の力を込めて突進した。
重厚な金属が空気を裂き、一直線にラストの胸元を目指す。
だが、ラストは微笑を崩さない。
ただ、一本の指を立てて見せただけだった。
「遅い」
刹那、フェロモンコードが爆発的に増殖する。
光の蔓が四方から殺到し、オルフェウスの四肢を一気に拘束した。
瞬く間に宙づりにされ、コードが皮膚に食い込み、熱を帯びた金血の香りが直接脳髄へと流れ込む。
視界が、真っ赤に染まる。
そこに映るのは、もはや隊長ではなかった。
ラスト自身の姿だ。だが、その表情はあまりにも優しく、あまりにも愛おしそうで――
「…もういいかい? キミはボクのものだ、オルフェウス」
コードが首筋をなぞり、顎のラインを這い、唇に触れようとした、そのとき。
オルフェウスの瞳に、最後の理性の光が灯る。
「…………隊長は、僕に“守れ”と命じた」
低く、掠れた声。
次の瞬間、オルフェウスの盾が、不穏な機械音を立てて変形を始めた。
装甲板が展開し、紋章が回転し、光の陣形が組み替わる。
盾の表面から純白の光がほとばしり、周囲のフェロモンコードを一瞬で焼き払う。
甘い香りごと、高熱の浄化光が薙ぎ払っていく。
拘束が解け、オルフェウスは重力に引き戻されるように床へと落ちた。
膝をつき、荒く息を吐き、込み上げる吐き気をなんとか飲み下す。
それでも、盾だけは離さない。
初めて、ラストの微笑がわずかに歪んだ。
「……あ。つまんない奴だな」
「それはこっちの台詞だ」
オルフェウスは、ふらつく膝を抑え込みながらゆっくりと立ち上がる。
盾の表面に焼き付いた薔薇の紋様が、金将の紋章と重なり合い、奇妙な共鳴光を放っていた。
「僕は、隊長ただ一人をお守りする。それだけだ」
二人の間に、再び沈黙が落ちる。
甘い香りはまだ漂っている。
だが、もはやオルフェウスの心を揺らすには足りない。
次の衝突は、一瞬だった。
オルフェウスの身体が、きしむ筋肉を無理やり叩き起こして前に出る。
ラストがコードを展開するよりも早く、盾の一撃が一直線に突き刺さった。
重い衝突音。
盾の先端が、ラストの胸元を貫く。
深紅のドレスに、黄金の血がじわりと広がった。
「キミ……本当に、欲望がなかったんだ……」
ラストは、微笑んだまま膝をつく。
その瞳には、敗北よりも興味に近い色が浮かんでいた。
「それとも……ボクでは、キミの“理想”になれなかっただけ?」
オルフェウスは、答えない。
ただ、盾を静かに下ろし、踵を返す。
背後で、ラストの身体から零れ落ちるように、薔薇の花弁が静かに散っていく。
甘い香りが、少しずつ薄れていく。
白徽警衛団の護衛官は、振り返らない。
金将のいる方角だけを見据え、ひたすらに歩を進めた。
大理石の床一面に、砕けた宝石みたいな薔薇の花弁が散っている。
甘く重い香りが空気を支配し、息を吸うたび肺の奥まで絡みついた。
「隊長を……ここまで近づけさせはしない」
オルフェウス=マクレインは、一歩も引かない。
肩から腕へ一体化した重厚な金属製の盾を構え、白い制服の胸で金将の紋章がかすかに震えている。
それは忠誠の証。
そして、彼がまだ“人間”であることの証でもあった。
彼の正面に立つのは、色欲の権現《ラスト》
白金の髪がゆらめき、薔薇の花弁のような瞳孔が妖しく光る。
深紅のドレススーツの裾からは、無数の光のコードが蛇の群れのように這い出していた。
薔薇フェロモンコード――
触れた者の感覚を奪い、欲望を増幅し、理想の幻を脳内に直接描き込む。金血で強化された禁忌の武装。
「……キミは、本当に頑なね」
ラストは艶やかに笑い、指先をひらりと振る。
その軌跡に合わせて空気が歪み、甘い香りが濃度を増してオルフェウスの鼻腔を侵した。
瞬間、視界が揺らぐ。
(……隊長?)
そこに立っているのは、確かに隊長だった。
いつもより柔らかな表情で、微笑みを浮かべ、こちらに手を差し伸べている。
「オルフェウス……もういい。キミは十分に戦った。ここに来て、ボクの側に」
幻だ。
分かっている。分かっているはずだ。
それでも、胸の奥が熱くなる。
忠義と、別の感情がないまぜになり、盾を握る手がわずかに震えた。
ラストの声が、耳の奥、直接脳に触れるみたいに響く。
「ねえ、キミの望みは、なに?」
甘く囁く声が、思考の隙間に滑り込んでくる。
「ずっと守り続けてきたその人を、ただの“主君”として見ているだけか? 果たして、触れたいか? はたまた抱きしめたいか? それとも…独占したいか? キミはどれなんだろう?」
(恐らく全てだと思う。そしてキミは銀血しかないから、ボクの判定からすれば…「見ているだけ」になる。触れたい、抱きしめたい、独占したい。この3つは金血を入れれば生まれるのだ。入れてやるか……)
フェロモンコードが、音もなくオルフェウスの腕に絡みつく。
金属の盾に触れた瞬間、コードは金色の光を弾けさせ、盾の表面に薔薇の紋様を焼き付けた。
《デザイア・ドミナンス》発動。
魅了と恐怖が同時に脳を貫く。
逃げたい。
だが、逃げられない。
意思と無関係に、足が前へ出そうになる。
「くっ……!」
オルフェウスは歯を食いしばり、盾を床に叩きつけた。
重い衝撃音と共に、盾から放たれた衝撃波が周囲のフェロモンコードを一時的に吹き飛ばす。
「僕は……金将の剣であり盾だ! 君の幻ごときに、揺らぐものか!」
咆哮と共に、オルフェウスは盾を振り上げ、全身の力を込めて突進した。
重厚な金属が空気を裂き、一直線にラストの胸元を目指す。
だが、ラストは微笑を崩さない。
ただ、一本の指を立てて見せただけだった。
「遅い」
刹那、フェロモンコードが爆発的に増殖する。
光の蔓が四方から殺到し、オルフェウスの四肢を一気に拘束した。
瞬く間に宙づりにされ、コードが皮膚に食い込み、熱を帯びた金血の香りが直接脳髄へと流れ込む。
視界が、真っ赤に染まる。
そこに映るのは、もはや隊長ではなかった。
ラスト自身の姿だ。だが、その表情はあまりにも優しく、あまりにも愛おしそうで――
「…もういいかい? キミはボクのものだ、オルフェウス」
コードが首筋をなぞり、顎のラインを這い、唇に触れようとした、そのとき。
オルフェウスの瞳に、最後の理性の光が灯る。
「…………隊長は、僕に“守れ”と命じた」
低く、掠れた声。
次の瞬間、オルフェウスの盾が、不穏な機械音を立てて変形を始めた。
装甲板が展開し、紋章が回転し、光の陣形が組み替わる。
盾の表面から純白の光がほとばしり、周囲のフェロモンコードを一瞬で焼き払う。
甘い香りごと、高熱の浄化光が薙ぎ払っていく。
拘束が解け、オルフェウスは重力に引き戻されるように床へと落ちた。
膝をつき、荒く息を吐き、込み上げる吐き気をなんとか飲み下す。
それでも、盾だけは離さない。
初めて、ラストの微笑がわずかに歪んだ。
「……あ。つまんない奴だな」
「それはこっちの台詞だ」
オルフェウスは、ふらつく膝を抑え込みながらゆっくりと立ち上がる。
盾の表面に焼き付いた薔薇の紋様が、金将の紋章と重なり合い、奇妙な共鳴光を放っていた。
「僕は、隊長ただ一人をお守りする。それだけだ」
二人の間に、再び沈黙が落ちる。
甘い香りはまだ漂っている。
だが、もはやオルフェウスの心を揺らすには足りない。
次の衝突は、一瞬だった。
オルフェウスの身体が、きしむ筋肉を無理やり叩き起こして前に出る。
ラストがコードを展開するよりも早く、盾の一撃が一直線に突き刺さった。
重い衝突音。
盾の先端が、ラストの胸元を貫く。
深紅のドレスに、黄金の血がじわりと広がった。
「キミ……本当に、欲望がなかったんだ……」
ラストは、微笑んだまま膝をつく。
その瞳には、敗北よりも興味に近い色が浮かんでいた。
「それとも……ボクでは、キミの“理想”になれなかっただけ?」
オルフェウスは、答えない。
ただ、盾を静かに下ろし、踵を返す。
背後で、ラストの身体から零れ落ちるように、薔薇の花弁が静かに散っていく。
甘い香りが、少しずつ薄れていく。
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