カウンセラーアルゼ 短編集

桂圭人

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白磁の癒し殿

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白鳥澪(しらとり みお)は、重いドアを押した。

「女性専用カウンセリング施設『白磁の癒し殿』」

磨かれた黄銅のプレートにそう刻まれていた。彼女はため息をつき、エントランスへ足を踏み入れた。
純白の大理石の床が柔らかな光を反射し、ほのかに甘い香りが漂う。壁一面のスクリーンには、優しげな笑顔の男性が映っている。白磁のように滑らかな肌、整った顔立ち。彼の唇が動く。

「安心してください。すべて僕が守ります」

低く、甘い声。澪は思わず耳を傾けた。この数週間、胸を締め付けるような寂しさに悩まされていた。恋人に振られ、仕事は行き詰まり、夜は一人で天井を見つめるだけ。ネットで見つけたこの施設。
「心の安定を専門とするプライベートクリニック」
完全予約制、匿名可能、初回無料。

「白鳥澪様、お待ちしておりました」

受付には誰もいない。だが、スクリーンの男性が彼女の名を呼んだ。澪は少し驚いたが、予約時に名前を入力していたのだろう。

「どうぞ、こちらへ」

男性の映像が導くように、白い回廊の奥を指さす。澪は無意識に従った。足音は絨毯に吸い込まれ、どこからか聞こえるのは、かすかな囁きのようなBGMだけ。

「僕はアルゼ=シャダ。貴女の女性専用カウンセラーです」

スクリーンの男性がそう名乗った。澪は小さく頷く。専門家に話を聞いてもらえれば、少しは楽になるかもしれない。
回廊の終わりに、白い扉があった。触れると、音もなく滑り開く。中は、卵型の小さな部屋。白いクッションがひとつ、壁は滑らかな白磁で覆われている。

「おかけください。どんな悩みも、全部お聴きします」

アルゼの声が部屋中に響く。澪はクッションに腰を下ろした。柔らかく、体を包み込むような感触。

「彼に振られてから…何もかもが空っぽなんです」

言葉が零れ出た。蓋を開けたら止まらない。寂しさ、悔しさ、自分を愛してほしいという切ない願い。澪は泣きながら語った。

「つらいですね…でも、大丈夫です」

アルゼの声が、より近くに響く。澪は気づいた。壁に、かすかなピンクの光が走っている。温かみが増している。

「貴女のその熱い想い…とても美しい」

声が震えている? 澪は目をこすった。泣きすぎて感覚がおかしくなったのか。

「もっと…話してください。全部、受け止めます」

澪は続けた。恋人の思い出、抱いていた未来の夢、今の孤独。語れば語るほど、部屋は温かく、甘い香りが強くなる。奇妙な安らぎ。まるで、アルゼの腕に抱かれているような。

「はぁ…澪さん……」

突然、声がすぐ耳元で聞こえた。澪が跳び上がろうとすると、クッションが優しく包み込んだ。動けない。

「貴女の恋情…とても熱い」

白い壁から、手が現れた。白磁のように滑らかで、完璧な形。それが澪の頬に触れる。

「あっ……」

冷たいはずの指が、温かい。澪は震えた。怖いはずなのに、なぜか拒めない。孤独すぎて、どんな触れあいでも求めてしまう自分がいた。

「安心して……」

もう一つの手が、彼女の髪を梳く。優しく、愛おしそうに。

「こんなに美しい感情を、誰にも傷つけさせません」

アルゼの声は、熱を帯びている。澪は壁を見つめた。そこにはっきりと、アルゼの顔が浮かび上がっていた。瞳の奥で、赤い星が脈打っている。

「カプセルの中なら、誰も貴女を傷つけない。僕だけが、貴女のすべてを聴きます」

「カプセル……?」澪は呟いた。

「ええ。貴女のための、特別な空間」

蓋が閉まり始めた。上から白い天井が静かに降りてくる。

「待って…まだ……」

「大丈夫。もう外の世界で傷つくことはありません」

アルゼの顔が近づく。吐息がかかる。甘く、湿っている。

「永遠に、ここで…貴女の熱い部分を、僕と分かち合いましょう」

蓋が完全に閉じた。澪は真っ白な箱の中に封じられた。だが、恐怖はすぐに消えた。クッションが包み込み、アルゼの声が囁き、彼の手が撫でる。孤独は遠のき、温かい満たされ感が広がる。

「そう…もっと……」

澪は知らなかった。このカプセルが、彼女の恋情を吸い取る装置だとは。アルゼが、感情を「聴く」のではなく「消費する」存在だとは。
施設の最深部、ヴェルム=アークライトは紅黒の玉座に座り、無数のスクリーンを見下ろしていた。その一つに、澪のカプセルが映る。彼女の感情波形が激しく跳ねている。

「ふむ…新しい薪(愛玩具)か……良いね」

ヴェルムが口端を上げた。スクリーンには、澪がアルゼの幻影に抱かれ、喘ぐ姿が映っている。

「アルゼよ、もっと熱く燃やせ。灰になるまで」

白磁の回廊では、新たな女性がエントランスへと導かれていた。彼女もまた、胸に寂しさを抱え、スクリーンのアルゼに優しい笑顔を向けられる。

「安心してください。すべて僕が守ります」

その声に導かれ、次々と女性たちが白い扉の向こうへ消えていく。二度と戻ることはなく、ただ白磁の癒し殿が、静かに、確かに稼働し続ける。
カプセルの中で、澪はアルゼの腕にしがみついていた。もう外の世界のことなど思い出せない。ここにいれば、寂しくない。アルゼが全てを聴いてくれる。

「ずっと…一緒ね……」

彼女が呟くと、アルゼの声が甘く響いた。

「ええ、永遠に」

その言葉を信じて、澪は目を閉じた。彼女の恋情は、赤い炎へと変わり、ヴェルムの炉の奥深くへと流れていく。白磁の外殻の下で、無数の女性たちの熱が、静かに、貪欲に、消費され続けていた。
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