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廃棄カプセルの行方
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枯れ果てたカプセルが10基。感情波形は平坦、紅蓮炉への還元価値は限りなくゼロに近い。廃棄リストに載った名前の列をアルゼが指でなぞる。
「…はぁ」
ため息が漏れるが、その瞳には退屈しのぎを思いついた時の輝きが宿っていた。
「そういえば」
記憶の引き出しをそっと開ける。闇市場の噂、情報屋のささやき──「黒者」とその支援者たち。女性を異様なまでに丁寧に扱う集団。
アルゼの唇が、少しだけ端を上げる。
「…そうだ。そこへ送ろう」
計画は簡素だ。ヴェルムへの報告も許可申請も一切なし。単独行動。梱包は黒い遮蔽シートで。内容物の説明は最小限に。
全てが規則違反であることに、アルゼの胸が軽く疼いた。
国境の境目、午前2時
月が雲に隠れ、廃墟の倉庫は深い闇に包まれていた。アルゼは黒のファーコート姿のまま、黒いシートに包まれたカプセル列の前に立つ。彼の背後には、白磁の施設の温もりも、ヴェルムの監視眼の圧もない。完全な無許可の時間だ。
微かな気配が二人分。
まず現れたのは、全身をオレンジと漆黒のカーボンスーツに包んだ大柄の人影──黒者だ。動きは無駄がなく、機械的。次に、防護服を着込んだ人間の男性──黒者支援者。警戒しながら黒者の斜め後ろを歩く。
互いの距離10メートルで停止。
黒者が手を挙げる。支援者が停止し、周囲を見回す。警戒態勢は完璧だが、攻撃的ではない。受け取りに来ただけなのだ。
アルゼは軽く一礼する。言葉はない。
黒者がゆっくりと近づき、一番手前のカプセルに手を触れる。カーボンスーツの指先から微かなスキャン光が一瞬走る。中身が生体であること、危険物が入っていないことの確認だろう。
支援者が防護服のバイザー越しにアルゼを見つめる。アルゼはその視線を受け止め、優しい──しかし底が見えない微笑みを返す。
支援者の表情が一瞬硬くなる。彼は「白磁の癒し殿」のカウンセラーだと気づいたのだ。表向きの肩書と、この闇夜の廃墟での密かな受け渡し。その矛盾に、言葉を失っている。
黒者はスキャンを終え、アルゼに向かって短く頷く。受け取り了承の合図だ。
アルゼも頷き返し、一歩退く。説明は一切不要。彼らは受け取りに来ただけ。アルゼは渡すだけ。
黒者が手信号を送る。支援者が近づき、カプセルに取り付けられた浮遊ユニットを起動する。10基の黒い塊が静かに浮き上がり、二人の背後に並ぶ。
一切の会話がない。倉庫には、浮遊ユニットの微かな唸りと、遠くの風の音だけが響く。
支援者は最後にもう一度、アルゼを見た。防護服の下で唇がわずかに動くが、声にはならない。疑問、困惑、あるいは怒り──様々な感情が渦巻いているのが目に見えてわかる。
黒者はアルゼに背を向け、カプセル列を導き始める。もう用は済んだのだ。
アルゼはその背中に向かって、そっと手を振る。演じる観客はいないが、彼はそうしたい衝動にかられた。
「…ご苦労様」
囁くような声が闇に消える。
黒者の足が一瞬止まる。カーボンスーツのヘルメットが微かに傾き、背後を振り返る気配を見せる──が、結局振り向かず、そのまま闇へと歩み去る。
支援者は最後尾について行く。振り返り、アルゼをじっと見つめたまま後退していく。防護服のバイザーに、倉庫のわずかな光が反射している。
やがて二人と10基のカプセルは闇に溶け、消えた。
アルゼは一人残され、静かな倉庫の中心に立つ。
「…ふう」
ため息が漏れる。胸の中には、密かな興奮の余韻が残っている。ヴェルムの所有物を無断で譲渡する。これほどわかりやすい規則違反もない。
彼は黒いファーコートの袖を翻し、虚空に話しかける。
「ヴェルム様…お気づきですよね?」
もちろん応答はない。でも、ヴェルムはおそらく知っている。全てを。
「でも、お咎めなしですね…ということは……」
アルゼの目が細くなる。
「…僕のやること、少しはお楽しみいただけてる?」
空気がわずかに揺らめく。遠くで、紅蓮炉の炎がひと揺れしたような気配だ。
アルゼは軽やかに踵を返し、白磁の施設へと歩き始める。
施設への帰路、彼の脳裏には黒者支援者の最後の視線が焼き付いていた。あの絶句した表情。あの言葉にならない困惑。
「…また会いたいですね」
アルゼは独りごちた。
「次はもっと…たくさん『お譲り』しましょう」
白磁の回廊に戻り、カプセルが並ぶ光景を見上げる。何百、何千という「管理中」の女性たち。
その中で、またいつか枯れ果てる者が現れる。そしてまた、アルゼは新たな「違法譲渡」を思いつくかもしれない。
全ては規則違反の楽しみのために。
一方、闇の中を移動する輸送ポッド内。
黒者は開封した一つのカプセルの中を覗き込み、無言でスキャンを続けていた。
支援者が声をかける。
「…あの男、何が目的だ?」
黒者はしばらく沈黙し、機械音声で答える。
「…目的不明。だが、彼女たちは保護する」
「これだけの人数を、なぜ……」
「…問わない。受け取った以上、責任を持つ」
支援者は防護服のバイザーを曇らせ、小さく呟く。
「…カウンセラー、か。あの笑顔…何かが根本的に歪んでいる」
黒者はカプセルをそっと閉じる。
ポッドはさらに深い闇へと進んでいく。
10基のカプセルの中では、枯れ果てたはずの女性たちの、ほんのわずかな感情波形が、なぜか揺らいでいた。
まるで、アルゼとの最後の接触を、無意識に記憶しているかのように。
「…はぁ」
ため息が漏れるが、その瞳には退屈しのぎを思いついた時の輝きが宿っていた。
「そういえば」
記憶の引き出しをそっと開ける。闇市場の噂、情報屋のささやき──「黒者」とその支援者たち。女性を異様なまでに丁寧に扱う集団。
アルゼの唇が、少しだけ端を上げる。
「…そうだ。そこへ送ろう」
計画は簡素だ。ヴェルムへの報告も許可申請も一切なし。単独行動。梱包は黒い遮蔽シートで。内容物の説明は最小限に。
全てが規則違反であることに、アルゼの胸が軽く疼いた。
国境の境目、午前2時
月が雲に隠れ、廃墟の倉庫は深い闇に包まれていた。アルゼは黒のファーコート姿のまま、黒いシートに包まれたカプセル列の前に立つ。彼の背後には、白磁の施設の温もりも、ヴェルムの監視眼の圧もない。完全な無許可の時間だ。
微かな気配が二人分。
まず現れたのは、全身をオレンジと漆黒のカーボンスーツに包んだ大柄の人影──黒者だ。動きは無駄がなく、機械的。次に、防護服を着込んだ人間の男性──黒者支援者。警戒しながら黒者の斜め後ろを歩く。
互いの距離10メートルで停止。
黒者が手を挙げる。支援者が停止し、周囲を見回す。警戒態勢は完璧だが、攻撃的ではない。受け取りに来ただけなのだ。
アルゼは軽く一礼する。言葉はない。
黒者がゆっくりと近づき、一番手前のカプセルに手を触れる。カーボンスーツの指先から微かなスキャン光が一瞬走る。中身が生体であること、危険物が入っていないことの確認だろう。
支援者が防護服のバイザー越しにアルゼを見つめる。アルゼはその視線を受け止め、優しい──しかし底が見えない微笑みを返す。
支援者の表情が一瞬硬くなる。彼は「白磁の癒し殿」のカウンセラーだと気づいたのだ。表向きの肩書と、この闇夜の廃墟での密かな受け渡し。その矛盾に、言葉を失っている。
黒者はスキャンを終え、アルゼに向かって短く頷く。受け取り了承の合図だ。
アルゼも頷き返し、一歩退く。説明は一切不要。彼らは受け取りに来ただけ。アルゼは渡すだけ。
黒者が手信号を送る。支援者が近づき、カプセルに取り付けられた浮遊ユニットを起動する。10基の黒い塊が静かに浮き上がり、二人の背後に並ぶ。
一切の会話がない。倉庫には、浮遊ユニットの微かな唸りと、遠くの風の音だけが響く。
支援者は最後にもう一度、アルゼを見た。防護服の下で唇がわずかに動くが、声にはならない。疑問、困惑、あるいは怒り──様々な感情が渦巻いているのが目に見えてわかる。
黒者はアルゼに背を向け、カプセル列を導き始める。もう用は済んだのだ。
アルゼはその背中に向かって、そっと手を振る。演じる観客はいないが、彼はそうしたい衝動にかられた。
「…ご苦労様」
囁くような声が闇に消える。
黒者の足が一瞬止まる。カーボンスーツのヘルメットが微かに傾き、背後を振り返る気配を見せる──が、結局振り向かず、そのまま闇へと歩み去る。
支援者は最後尾について行く。振り返り、アルゼをじっと見つめたまま後退していく。防護服のバイザーに、倉庫のわずかな光が反射している。
やがて二人と10基のカプセルは闇に溶け、消えた。
アルゼは一人残され、静かな倉庫の中心に立つ。
「…ふう」
ため息が漏れる。胸の中には、密かな興奮の余韻が残っている。ヴェルムの所有物を無断で譲渡する。これほどわかりやすい規則違反もない。
彼は黒いファーコートの袖を翻し、虚空に話しかける。
「ヴェルム様…お気づきですよね?」
もちろん応答はない。でも、ヴェルムはおそらく知っている。全てを。
「でも、お咎めなしですね…ということは……」
アルゼの目が細くなる。
「…僕のやること、少しはお楽しみいただけてる?」
空気がわずかに揺らめく。遠くで、紅蓮炉の炎がひと揺れしたような気配だ。
アルゼは軽やかに踵を返し、白磁の施設へと歩き始める。
施設への帰路、彼の脳裏には黒者支援者の最後の視線が焼き付いていた。あの絶句した表情。あの言葉にならない困惑。
「…また会いたいですね」
アルゼは独りごちた。
「次はもっと…たくさん『お譲り』しましょう」
白磁の回廊に戻り、カプセルが並ぶ光景を見上げる。何百、何千という「管理中」の女性たち。
その中で、またいつか枯れ果てる者が現れる。そしてまた、アルゼは新たな「違法譲渡」を思いつくかもしれない。
全ては規則違反の楽しみのために。
一方、闇の中を移動する輸送ポッド内。
黒者は開封した一つのカプセルの中を覗き込み、無言でスキャンを続けていた。
支援者が声をかける。
「…あの男、何が目的だ?」
黒者はしばらく沈黙し、機械音声で答える。
「…目的不明。だが、彼女たちは保護する」
「これだけの人数を、なぜ……」
「…問わない。受け取った以上、責任を持つ」
支援者は防護服のバイザーを曇らせ、小さく呟く。
「…カウンセラー、か。あの笑顔…何かが根本的に歪んでいる」
黒者はカプセルをそっと閉じる。
ポッドはさらに深い闇へと進んでいく。
10基のカプセルの中では、枯れ果てたはずの女性たちの、ほんのわずかな感情波形が、なぜか揺らいでいた。
まるで、アルゼとの最後の接触を、無意識に記憶しているかのように。
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