短編集

桂圭人

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百人一首は悪くない

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松原結茅(まつばら ゆうち)は、仕事帰りにいつものように闇市場の怪しげなカフェに寄った。そこは、普通の街では手に入らない珍しい飲み物が揃う場所だ。今日の気分はコーヒー。カウンターで注文すると、バリスタがニヤリと笑って「特別なブレンドだよ」と渡してきた。結茅は気にせず一口飲む。味は少し金属っぽいけど、悪くない。ところが、中に銀血(異物混入で白血が混ざったもの)が紛れ込んでいたなんて、知る由もなかった。
その夜、結茅は居酒屋をハシゴしてベロベロに酔っ払って帰宅。兄の海晟(かいせい)がリビングで待っていた。

「おい、結茅。今日も遅いな。なんか変な匂いがするぞ?」

海晟が声をかけると、結茅はへらへら笑いながら全てを話してしまった。

「兄貴、闇市場のカフェで銀血入りのコーヒー飲んじゃったよ。んで、居酒屋で飲んだくれてさ……」

海晟の顔が青ざめた。

「バカ野郎! そんな危ないもん飲むなよ!」

怒鳴りながら、結茅の頰をビンタ。痛みに結裕が目を覚ます間もなく、海晟はキッチンから2リットルの胃薬を引っ張り出して、無理やり飲ませた。

「これで少しはマシになるはずだ。吐け!」 

数日後、海晟は結茅の異変に気づいた。弟の青い髪が、根元から徐々に白く変わっていく。瞳も、青みが薄れて白っぽくなっている。

「結茅、お前…髪と目が白くなってるぞ!?」

慌てて結茅を病院に連れて行き、検査を受けた。医師の診断は「原因不明の白化現象。ストレスか何かだろう」と、大量の精神安定剤を処方された。海晟は家に帰るなり、結茅にそれを無理やり飲ませた。

「これで治るはずだ。飲めよ、全部!」

結茅は渋々従ったが、白化は止まらない。髪はさらに白く、瞳はほとんど白銀色に近づいていた。
海晟は徹夜でネットを検索しまくった。「白化 治す方法」「銀血 中毒 解毒」…ありとあらゆるキーワードを試す。ようやく、怪しいフォーラムで「嘘か本当か分からないけど、一か八かの方法」を見つけた。それは、特定の「専用歌」を歌うと白色が消えるというもの。海晟は必死にその歌を探すが、詳細が見つからない。そんな中、結茅が横から口を挟んだ。

「歌って言ったら、百人一首だよ。古今和歌集みたいに、きっとそこにヒントがあるはず!」

海晟は止めようとしたが、ふと閃いた。

「待てよ…百人一首の中に隠されてるんじゃねえか?」

二人で協力してネット検索を続けた。すると、2chの古い掲示板にヒット。

「百人一首のそれぞれの一首から一語だけ抜き出して繋げると、専用歌になるらしい。白化を止める呪文みたいなもんだよ」

そんな書き込みだ。結茅の目は輝いた。

「百人一首! 僕の得意分野だよ。やってみよう!」

海晟は音痴の自覚がある。超弩級の音痴で、歌えば周りが耳を塞ぐレベルだ。でも、弟のためだ。まずはボイトレアプリをダウンロードして、死にものぐるいで練習。結茅も興味本位で付き合い、二人で声を合わせる。

秋の田の かりほの庵の 苫をあらみ
わが衣手は 露にぬれつつ
秋のかりほに苫を敷き、わが露に濡れし白を消せ。

海晟の声は最初ガラガラだったが、練習を重ねるうちに少しマシに。結茅は百人一首愛好家らしく、完璧にメロディーを乗せた。
ついに、夜中のリビングで大合唱。海晟が低く、結茅が高く声を合わせる。

「秋のかりほに苫を敷き、わが露に濡れし白を消せ!」

音痴の海晟が必死に歌い、結茅がリードする。部屋中に不思議な響きが広がった。
歌が終わった瞬間、結茅の体に変化が起きた。白く変わっていた髪が、根元から青みが戻り始め、まるで逆再生のように元の青髪へ。瞳も、銀色が溶けるように青く輝きを取り戻す。白化が即座に消え、結茅は鏡を見て驚いた。

「兄貴! 治ったよ…本当に!」

海晟は安堵の息を吐き、弟を抱きしめた。

「よかった…もう二度と危ないことすんなよ」

こうして、二人はこの奇妙な出来事を乗り越え、絆を深めた。結茅はこれを機に、百人一首の魅力をさらに語るようになったけど、海晟はもう歌いたくないと言っている。
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