ZODIAC ORDER the over world 第二部

桂圭人

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最終章 星座の物語

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沈黙が終わってから、一年が経った。
世界は、確かに変わっていた。
ベルリンのカフェでは人々が胸の内を語り合い、パリの公園では詩人たちが愛の詩を朗読し、東京のオフィスでは「語りの時間」と呼ばれる短い対話の場が設けられていた。
感情は、隠すものではなく、共有するものへと変わりつつあった。
ゾディアックオーダーは、その変化の中心にあった。
本部に新設された「語りの間」。
円形の部屋には十二の椅子が並び、その中央には、ひとつ多い第十三の椅子が置かれている。
リブリウスは全員を見渡し、静かに口を開いた。

「一年前、我々の使命は変わった。感情を管理することから、感情を理解し、表現を支援することへ」

隣に座るモクマは、かつての処理者ではない。
今は“語り部”として、この円の一員だった。

「この一年で、沈黙胎の発生率は九八パーセント減少した」

スクリーンに映る数値。
自殺率の低下、うつ病発症率の減少、地域コミュニティの回復。

「数字がすべてではない。だが……世界は、確実に良くなっている」

アリエスが腕を組んだ。

「で、俺たちは何をする? 話を聞くだけか?」

「違う」

答えたのはモクマだった。

「まず、語る。自分たちが」

視線が集まる。

「癒しは、与えるものじゃない。共有するものだ」

彼は立ち上がり、円の中心へ進んだ。

「私はエレナを語った。愛も、後悔も、彼女が教えてくれたことも」

胸に手を当てる。

「その時、初めて癒された。沈黙胎も消えた」

ヴァルゴリアが小さく息を吸う。

「……私たちも?」

「語るかどうかは自由だ」

モクマは微笑んだ。

「だが、提案したい。今日ここで、十二の星座が、それぞれの物語を語ることを」

最初に立ち上がったのはアリエスだった。

「……じゃあ、俺からだ」

掌に、微かな炎が灯る。

「俺の炎は、今でも時々暴れる」

師の言葉が脳裏をよぎる。
――炎は感情だ。

「師匠が死んだ時、俺は泣かなかった。情熱を見せろって教えられてたからな。でも……本当は、死ぬほど悲しかった」

炎が揺れる。

「その感情を押し殺した。それが、今の暴走の原因だった」

拳を握る。

「ごめん、師匠。悲しんでよかったんだな」

炎が、静まった。
荒々しさを失い、温かな揺らぎへと変わる。

「……制御、できてる?」

「感情を認めたからだ」

モクマが頷く。
アリエスの目から零れた涙が、炎の中で蒸気になった。

タウルスは小さく息を整え、立ち上がった。

「私は……守ることだけを考えてきた」

手の中の盾のペンダント。

「でも、守ることは、ときに縛る」

スコリスの背中が浮かぶ。

「彼女は、守られるより、理解されたかった」

タウルスは顔を上げる。

「だから私は変わる。理解してから、守る」

盾が淡く光る。
堅牢さを保ったまま、柔らかな輝きを帯びていた。

ジェミニアは二人同時に立ち上がった。

「私たちは、完全な同期を求めてきた」
「でも、それは怖れだった」

声が、少しずつずれる。

「違っていていい」
「衝突していい」

「だって、二人だから」
「二つで、一つだから」

完全な一致ではない。だが、深い理解がそこにあった。

キャンサルは写真を胸に抱いた。

「俺は、他人を癒すことで、自分を癒そうとした」

だが、傷は深くなるばかりだった。

「娘は言ってた。『ママ、自分も大切にして』って」

涙が落ちる。

「今ならわかる。自分を癒さなければ、人は癒せない」

癒しの光が、彼女自身を包み込んだ。

レオニスは堂々と立つ。

「俺は、もう王じゃない」

だが、声に迷いはない。

「力じゃない。理解で導く」

剣が、温かな光を放った。

ヴァルゴリアは光の球を掲げた。

「純粋であろうとした。でも、それだけじゃ足りなかった」

白と虹色、二つの光。

「欲望も、純粋さも、どちらも私」

彼女は、初めて自分を許した。

リブリウスは天秤を置いた。

「公平とは、感情を切り捨てることじゃない」

「すべてに耳を傾けることだ」

冷たさは消え、温かな光が残った。

空席。

「スコリス……」

モクマが語る。
彼女の罪と、愛と、選択を。

「語る機会があれば、彼女は消えずに済んだかもしれない」

沈黙の後、全員がうなずいた。
射手座は自由を語り、山羊座は真実を語り、水瓶座は未来を、魚座は夢を語った。
物語は、重なり合っていく。
モクマは言った。

「私は星座じゃない。ただの人間だ」

愛し、傷つき、癒された男。

「星の光より、胸の中の光を信じる」

十三の声が重なる。

「すべての沈黙に耳を」
「すべての物語を受け止める」

光が満ちた。
世界は、静かに変わった。
ゾディアックオーダーは、前に出なくなった。
人々が、自分で語れるようになったからだ。
図書館、語られる声、書き留められる物語。
沈黙は、完全には消えない。だが、破る勇気が生まれた。
星空の下、沈黙は語りへと変わる。
物語は、誰かの心で輝き続ける。
世界は静かで、優しい光に包まれる。
それが――
星々が紡いだ、たった一つの真実の物語。
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