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第三章 沈黙の果て
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光が、すべてを呑み込んだ。
工場は白一色に染まり、音は消え、時間の感覚さえ歪んでいく。
リブリウスは腕で顔を覆いながらも、必死に目を凝らした。
「モクマ……!」
叫びは、光の海に溶けて消える。
その中心に、彼はいた。
胸に深く突き刺さった短剣。
そこから無数の光の糸が伸び、工場の外へ、ベルリンの街へ、そして点在するすべての沈黙胎へと繋がっている。
――共鳴処理、最終段階。
モクマの意識は、深海へ沈んでいった。
(……これで、終わりか)
胸の内側で、卵が砕け始めている。
エレナの声――沈黙したまま形を持った、最後の想いが、光の粒子となってほどけていく。
「モクマ……」
「ありがとう……」
「愛していたよ……」
「僕もだ……エレナ……」
零れた涙は、光に混じって輝いた。
彼は感じる。
ベルリン中に散らばっていた十九の沈黙胎が、次々と消えていくのを。
共鳴の連鎖が、彼を起点に逆流している。
すべての卵が、彼の卵とともに砕け、光となって昇華していく。
「……成功、か」
だが、代償はあまりにも大きかった。
生命そのものが、卵と一緒に削り取られていく。
「やめろ……!」
リブリウスは光の壁を押し分け、モクマへと突進した。
「こんな形で終わらせるな! まだ方法があるはずだ!」
肩に触れた瞬間――
衝撃が、世界を裏返した。
無数の記憶が、リブリウスの脳裏へ雪崩れ込む。
出会い、静かな公園、病床の白い天井。
そして、沈黙を選んだ決定的な瞬間。
「……これが……お前の……」
沈黙胎の真実。
それは災厄ではなく、語られなかった愛の最終形だった。
「……全部、愛だったのか……」
モクマの目が、かすかに開く。
「リブ……ウス……」
「聞こえるか!」
「装置を……止めるな……」
「死ぬぞ!」
「それで……いい……」
リブリウスは歯を食いしばった。
だが、その瞬間、ひとつの可能性が閃く。
「……語れ」
「……何?」
「語れ、モクマ。言えなかった言葉を、今ここで!」
彼は叫ぶ。
「卵は沈黙の形だ! なら、語れば――変えられる!」
公平さは、もうなかった。
そこにあったのは、ただ一人を救いたいという衝動だけだった。
モクマは、深く息を吸った。
「……エレナ」
その名を口にした瞬間、光が揺らぐ。
「僕は……君を愛していた」
光の粒子が、静かに回転を始める。
「初めて会った日から、ずっと。君が笑うと、世界が少し明るくなった」
空気が変わる。
圧力が、確かに弱まっていく。
「病気だと知った時……僕は逃げた。君の最後を見る勇気が、なかった」
涙が落ちる。
「ごめん……本当に、ごめん……」
渦は、ゆっくりと勢いを失う。
「それでも……君は笑ってた。『悲しまないで』って……」
胸の奥で、卵が最後の脈動をする。
「この形でもいい。君の最後が、こんな無機質な塊でも……僕は愛する」
その言葉が響いた瞬間――
パキィン。
それは破壊ではない。
変容の音だった。
光が集まり、人の形を成す。
細い腕。
長い髪。
優しい微笑み。
「……エレナ……?」
「ようやく、言ってくれたね」
幻影は微笑む。
「もう沈黙しなくていい。あなたの想い、確かに受け取った」
「さようなら、モクマ」
光は粒子に戻り、今度は彼の胸へと還っていく。
傷が塞がる。
刃から血が消える。
工場に、静寂が戻った。
モクマは、ゆっくりと立ち上がった。
胸の痛みはない。
卵の感触も、もうない。
「……消えた」
「語ったからだ」
彼はそう答えた。
「破壊ではなく……語ることで、救える」
夜明けの光が、工場に差し込む。
「僕は……方法を変える。
殺すのではなく、語らせる」
オーダー本部。
沈黙の後、老人が言った。
「……許可しよう」
条件付きの承認。だが、確かな一歩だった。
「私はもう、公平ではありません」
リブリウスは言う。
「だが、それでいい。新しい時代には、新しい倫理が必要だ」
ベルリン郊外のカフェ。
『沈黙胎観察日記 第一日目』
モクマは記す。
――破壊ではない。
――語りを促す。
それが、新しい処理だ。
語られる想い、溢れる涙、消えていく重み。
卵は、形を失った。
『第一例、成功』
沈黙は止まり、語りが始まる。
「感情は管理するものじゃない。理解するものだ」
語る夜、変わり始める組織。
公園のベンチ。人々の笑顔。
「処理者ではない。語り部だ」
『私はもう、処理者ではない。私は――語り部だ』
星空に、十三番目の星座が静かに加わる。
沈黙は終わった。
今、語りの時代が始まる。
そして星空には、新たな星座が静かに輝いていた。
工場は白一色に染まり、音は消え、時間の感覚さえ歪んでいく。
リブリウスは腕で顔を覆いながらも、必死に目を凝らした。
「モクマ……!」
叫びは、光の海に溶けて消える。
その中心に、彼はいた。
胸に深く突き刺さった短剣。
そこから無数の光の糸が伸び、工場の外へ、ベルリンの街へ、そして点在するすべての沈黙胎へと繋がっている。
――共鳴処理、最終段階。
モクマの意識は、深海へ沈んでいった。
(……これで、終わりか)
胸の内側で、卵が砕け始めている。
エレナの声――沈黙したまま形を持った、最後の想いが、光の粒子となってほどけていく。
「モクマ……」
「ありがとう……」
「愛していたよ……」
「僕もだ……エレナ……」
零れた涙は、光に混じって輝いた。
彼は感じる。
ベルリン中に散らばっていた十九の沈黙胎が、次々と消えていくのを。
共鳴の連鎖が、彼を起点に逆流している。
すべての卵が、彼の卵とともに砕け、光となって昇華していく。
「……成功、か」
だが、代償はあまりにも大きかった。
生命そのものが、卵と一緒に削り取られていく。
「やめろ……!」
リブリウスは光の壁を押し分け、モクマへと突進した。
「こんな形で終わらせるな! まだ方法があるはずだ!」
肩に触れた瞬間――
衝撃が、世界を裏返した。
無数の記憶が、リブリウスの脳裏へ雪崩れ込む。
出会い、静かな公園、病床の白い天井。
そして、沈黙を選んだ決定的な瞬間。
「……これが……お前の……」
沈黙胎の真実。
それは災厄ではなく、語られなかった愛の最終形だった。
「……全部、愛だったのか……」
モクマの目が、かすかに開く。
「リブ……ウス……」
「聞こえるか!」
「装置を……止めるな……」
「死ぬぞ!」
「それで……いい……」
リブリウスは歯を食いしばった。
だが、その瞬間、ひとつの可能性が閃く。
「……語れ」
「……何?」
「語れ、モクマ。言えなかった言葉を、今ここで!」
彼は叫ぶ。
「卵は沈黙の形だ! なら、語れば――変えられる!」
公平さは、もうなかった。
そこにあったのは、ただ一人を救いたいという衝動だけだった。
モクマは、深く息を吸った。
「……エレナ」
その名を口にした瞬間、光が揺らぐ。
「僕は……君を愛していた」
光の粒子が、静かに回転を始める。
「初めて会った日から、ずっと。君が笑うと、世界が少し明るくなった」
空気が変わる。
圧力が、確かに弱まっていく。
「病気だと知った時……僕は逃げた。君の最後を見る勇気が、なかった」
涙が落ちる。
「ごめん……本当に、ごめん……」
渦は、ゆっくりと勢いを失う。
「それでも……君は笑ってた。『悲しまないで』って……」
胸の奥で、卵が最後の脈動をする。
「この形でもいい。君の最後が、こんな無機質な塊でも……僕は愛する」
その言葉が響いた瞬間――
パキィン。
それは破壊ではない。
変容の音だった。
光が集まり、人の形を成す。
細い腕。
長い髪。
優しい微笑み。
「……エレナ……?」
「ようやく、言ってくれたね」
幻影は微笑む。
「もう沈黙しなくていい。あなたの想い、確かに受け取った」
「さようなら、モクマ」
光は粒子に戻り、今度は彼の胸へと還っていく。
傷が塞がる。
刃から血が消える。
工場に、静寂が戻った。
モクマは、ゆっくりと立ち上がった。
胸の痛みはない。
卵の感触も、もうない。
「……消えた」
「語ったからだ」
彼はそう答えた。
「破壊ではなく……語ることで、救える」
夜明けの光が、工場に差し込む。
「僕は……方法を変える。
殺すのではなく、語らせる」
オーダー本部。
沈黙の後、老人が言った。
「……許可しよう」
条件付きの承認。だが、確かな一歩だった。
「私はもう、公平ではありません」
リブリウスは言う。
「だが、それでいい。新しい時代には、新しい倫理が必要だ」
ベルリン郊外のカフェ。
『沈黙胎観察日記 第一日目』
モクマは記す。
――破壊ではない。
――語りを促す。
それが、新しい処理だ。
語られる想い、溢れる涙、消えていく重み。
卵は、形を失った。
『第一例、成功』
沈黙は止まり、語りが始まる。
「感情は管理するものじゃない。理解するものだ」
語る夜、変わり始める組織。
公園のベンチ。人々の笑顔。
「処理者ではない。語り部だ」
『私はもう、処理者ではない。私は――語り部だ』
星空に、十三番目の星座が静かに加わる。
沈黙は終わった。
今、語りの時代が始まる。
そして星空には、新たな星座が静かに輝いていた。
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