ZODIAC ORDER the over world 第二部

桂圭人

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第二章 共鳴の連鎖

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スコルノの死から、一週間が過ぎた。
ベルリンの街は、何事もなかったかのように日常を続けている。
古書店の主人が「あの物静かな修復師さん、最近見ないね」と呟く程度で、彼の不在を気に留める者はいない。
だが、水面下では確実に異変が進行していた。
ゾディアックオーダー本部、地下監視室。
セイ=モクマは、スクリーンに映る数値を見つめ、眉をひそめていた。

「……ありえない」

感情波動検出システムのリアルタイムマップ。
通常、沈黙胎の兆候を示す個体は、数百キロ圏内に一人いるかどうかだ。
しかし今、マップには赤い点が無数に点滅している。
検出数:47
感情凝縮度平均:58%
卵形成予測時間:24~168時間

「一週間で……ここまで増えるとは」

モクマはキーボードを叩き、詳細データを呼び出した。
対象者の共通点。
・六恋仏事件の生存者、もしくはその家族
・事件後の心理カウンセリングを拒否
・感情表現が著しく抑制されている
・睡眠中、特定周波数の脳波を観測

「……共鳴か」

処理の瞬間、何かが起きた。
沈黙胎の破壊が、同質の感情を持つ個体と共鳴し、活性化させた。

「《サイレント・ファング》の残留効果……?」

腰の短剣に視線を落とす。
刃には、処理した沈黙胎の“余韻”が微量に残る。それが媒介となっている可能性は否定できない。
そのとき、胸の奥に鋭い痛みが走った。

「……っ」

机に手をつき、息を詰める。
昨日から続く痛み。今では一日に何度も、胸骨の裏を締めつけるように襲ってくる。
上着を脱ぎ、鏡の前に立つ。
心臓の位置――肋骨の間に、わずかな隆起があった。
触れると、確かな硬さがある。

「……遅かったか」

彼自身の卵が、静かに、しかし確実に育っていた。
同日午後、オーダー本部・議長室。
リブリウスは書類の山に埋もれていた。
六恋仏事件後の組織再編、世論対策、新たな感情管理システム――すべてが彼の肩にのしかかっている。
眼鏡を外し、こめかみを揉んだ、その時。

「入ってくれ」

現れたのはアクアリウムだった。無表情のまま、データパッドを差し出す。

「異常報告だ」

「どんな?」

「感情波動検出システムに、不可解な集中反応が出ている」

画面には、赤い点で埋め尽くされたベルリンのマップ。

「感情抑制度が異常に高い個体。密度は通常の十倍以上だ」

「……場所は、ベルリン中心部」

リブリウスの視線が止まる。

「スコリスが最後に戦った地点の近くだな」

「正確には半径五キロ圏内。統計的有意差は99.7%」

「関連は?」

「不明。ただ、一つだけ気になる点がある」

画面が切り替わり、死亡届が表示された。

「この増殖は、一週間前から始まっている。同時刻に記録された“孤独死”が一件」

「……スコルノ?」

記憶がつながる。
スコリスの個人ファイルにあった、曖昧な“関係者”。

「彼女の実兄だ」

「記録上、スコリスは孤児院出身だったが」

「事実は違ったということだ」

沈黙の後、リブリウスが口を開く。

「モクマを知っているか?」

「へびつかい座の処理者。記録は存在しない」

「彼は一週間前、任務に出ていた。戻った時、明らかに疲弊していた」

窓の外で、雨が降り始める。

「……何かが、つながっている」

雨のベルリン郊外。
モクマは黒い傘の下、一軒の家を見つめていた。
庭には三輪車。窓の奥にはテレビの光。

対象No.4377
エリカ・ヴェーバー/32歳/看護師
六恋仏事件で恋人を失った女性。

感情凝縮度:67%
卵形成:92時間経過
排出予測:4時間以内

「……早すぎる」

共鳴による加速。
モクマは影の中へ溶け込み、家の裏へ回った。
室内では、エリカが写真立てを見つめていた。
涙はない。ただ、虚ろな目。

「……来たのね」

「夢で見た」と彼女は言った。

胸が裂ける夢。
訪ねてくる男の夢。
モクマは事実を告げる。
想いではなく、形を持とうとしている“概念”の危険性を。

「それでも……彼の最後の形かもしれない」

彼女の言葉は、モクマの胸を抉った。
彼自身の卵もまた、同じ問いを突きつけている。

「……時間がない」

卵は、触れられた瞬間に暴走した。
共鳴。
彼と彼女の沈黙が、互いを呼び合う。
半透明の卵が姿を現し、光を放つ。

「美しい……」

エリカの手が伸びた、その瞬間。
衝撃波が走った。
卵は覚醒した。
光の触手がモクマを拘束し、空間が歪む。

「愛が……足りない……」

感情を集めるため、卵は周囲を侵食し始めた。
警告音。
影響範囲、拡大。
小さな六恋仏の誕生。
モクマは決断する。
自らの感情を、解放することを。
処理者は感情を封じる。
だが今、モクマはそれを破った。
長年、胸の奥に沈めていた想い。
語られなかった愛。
刃が、虹色に輝く。
卵は砕け、光は霧散した。
エリカは眠りにつき、街は静けさを取り戻す。
だが――
彼自身の卵は、なおも育ち続けていた。
翌朝。
ベルリン郊外の乱流は収束し、感情抑制個体数は、減少に転じていた。

「モクマが処理した」

リブリウスは確信する。

「彼に会わなければならない」

非公式調査が、始まった。
廃工場。
スコリスがかつて使っていた安全地帯。
モクマの胸には、直径四センチの卵。

排出予測:48~72時間。

「……自分を処理するしかないか」

そのとき、声がした。

「語って……」

卵を通じて聞こえる、彼女の声。
エレナ。
三年間、名を呼ばなかった人。

「こんな形で、覚えないで」

涙と共に、彼は初めて愛を語った。
夜明け前、モクマは装置を組み上げる。
自分を起点に、すべてを処理するために。
リブリウスが駆け込む。
止めようとする声。
だが――

「これは、私の選択だ」

短剣が、胸に突き立てられる。
光が工場を包む。
沈黙は伝染する。
だが時に、沈黙を破る勇気が、すべてを変える。
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