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第四章「ストルゲ仏 ― 優しさの停滞」
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ベルリン旧市街。
そこに、ストルゲ仏は立っていた。他の仏とは異なり、その全身は柔らかな布に覆われている。
まるで誰かを包み込むためだけに存在しているかのように、攻撃性はない。
ただ、過剰なほどの温もりだけが、周囲に満ちていた。
仏の前に立つのは、キャンサルとスコリス。
「……これが、ストルゲ仏か」
キャンサルが低く呟く。
「家族愛。変化を拒む優しさ……」
仏は動かない。
だが、その静けさが、かえって不気味だった。
「……厄介ですね」
スコリスが、穏やかな微笑みを浮かべる。
「優しさは、時に残酷ですから」
「……どういう意味だ?」
キャンサルが視線を向ける。
「独り言です」
スコリスはそう言って、毒影刃を構えた。
ナイト・ヴェノム。
影術と毒を融合させた、暗部仕様の刃。
「……スコリス」
キャンサルが問いかける。
「お前は、暗部出身だったな」
「はい」
「どんな任務を?」
「……人を殺す任務です」
一瞬、空気が止まる。
「気にしないでください」
スコリスは微笑んだ。
「私は、殺すことに慣れています。今日も、その延長です。それで、この仏を、殺します」
「待て」
キャンサルが制止する。
「俺たちの使命は、人々の感情を守ることだ。……殺すことじゃない」
「……では」
スコリスが首を傾げる。
「どうやって、倒すのですか?」
キャンサルは一拍考えた。
「接近して、核を探す。そして……癒しの力で浄化する」
「癒す、ですか」
スコリスが小さく笑う。
「敵を?」
「歪んだ恋の集合体だ」
キャンサルは真っ直ぐに仏を見る。
「歪みを癒せば、消える可能性はある」
「……なるほど」
スコリスは刃を下げた。
「では、私は補助に回ります。影で、仏の動きを封じます」
「ああ、頼む」
キャンサルが一歩、踏み出す。
その瞬間──
身体が、動かなくなった。いや、正確には違う。
動きたくなくなった。
温もりが、全身を包み込む。母の腕の中にいるような、錯覚。
「……ここにいていい」
どこからともなく、優しい声が響く。
「もう、戦わなくていい」
「疲れたでしょう?」
「休みなさい」
膝が、自然と折れかける。
確かに──疲れていた。
「……違う」
キャンサルは歯を食いしばる。
「これは……癒しじゃない」
温もりを、必死に振り払う。
「癒しは、前に進むためのものだ。休息は、歩き続けるためのものだ」
仏を見上げる。
「でも、これは……。止まれと、強制している」
その時、影が動いた。
スコリスの影が地面を這い、仏の足元に絡みつく。
「……拘束」
影が、確かに仏を縛った。
「今です、キャンサル!」
「……ああ!」
キャンサルは走った。
だが、ストルゲ仏が初めて動く。
両腕を広げる。抱擁するように。
「来なさい」
「すべて、受け入れてあげる」
光が、キャンサルを包もうとする。
「クソッ……ごめん」
キャンサルは、手を伸ばした。
「それじゃ、ダメなんだ」
癒しの光が、拒絶の光へと変わる。
「守りすぎることは、縛ることだ。お前は、誰も前に進ませない。だから……お前を、拒む」
光が衝突する。
癒しと癒し、優しさと優しさ。
「……ああああッ!」
涙が溢れる。
「ごめん……! でも……これしかない!」(もう…謝るの嫌だな……相手…敵じゃんかよ……)
仏の身体に、ひびが入る。だが、崩れきらない。
キャンサルの力が、限界に近づく。
「キャンサル!」
スコリスが叫ぶ。
その瞬間、スコリスの目が変わった。
暗部の粛清官の目。
「待て、スコリス!」
「殺すな!」(……何考えてるんだ……俺は……)
だが、彼女は止まらない。
影を裂き、背後へ。
一瞬、刃が、突き刺さる。
毒が流れ込む。静かに、確実に。
「何を……!」
「……無理です」
スコリスは冷静だった。
「もう、戻れない。だから、終わらせます。これが、私の役割です。私は、殺す者です」
仏が、崩れ始める。
「……ありがとう」
その声は、穏やかだった。
「優しさに、縛られていた」
「止められなかった」
「だから……感謝します」
灰となり、消える。
「……生きているのか、分からなくなります」
スコリスが呟く。
「生きてる」
キャンサルは即答した。
「……なら、良かった」
スコリスは、わずかに笑った。
キャンサルの手の光が、弱まっている。
「……俺の癒しが、不完全になった」
代償だった。
本部へ報告。
「ストルゲ仏、消滅を確認」
「……何かを隠しているな」
リブリウスは、スコリスの背を見つめた。
そこに、ストルゲ仏は立っていた。他の仏とは異なり、その全身は柔らかな布に覆われている。
まるで誰かを包み込むためだけに存在しているかのように、攻撃性はない。
ただ、過剰なほどの温もりだけが、周囲に満ちていた。
仏の前に立つのは、キャンサルとスコリス。
「……これが、ストルゲ仏か」
キャンサルが低く呟く。
「家族愛。変化を拒む優しさ……」
仏は動かない。
だが、その静けさが、かえって不気味だった。
「……厄介ですね」
スコリスが、穏やかな微笑みを浮かべる。
「優しさは、時に残酷ですから」
「……どういう意味だ?」
キャンサルが視線を向ける。
「独り言です」
スコリスはそう言って、毒影刃を構えた。
ナイト・ヴェノム。
影術と毒を融合させた、暗部仕様の刃。
「……スコリス」
キャンサルが問いかける。
「お前は、暗部出身だったな」
「はい」
「どんな任務を?」
「……人を殺す任務です」
一瞬、空気が止まる。
「気にしないでください」
スコリスは微笑んだ。
「私は、殺すことに慣れています。今日も、その延長です。それで、この仏を、殺します」
「待て」
キャンサルが制止する。
「俺たちの使命は、人々の感情を守ることだ。……殺すことじゃない」
「……では」
スコリスが首を傾げる。
「どうやって、倒すのですか?」
キャンサルは一拍考えた。
「接近して、核を探す。そして……癒しの力で浄化する」
「癒す、ですか」
スコリスが小さく笑う。
「敵を?」
「歪んだ恋の集合体だ」
キャンサルは真っ直ぐに仏を見る。
「歪みを癒せば、消える可能性はある」
「……なるほど」
スコリスは刃を下げた。
「では、私は補助に回ります。影で、仏の動きを封じます」
「ああ、頼む」
キャンサルが一歩、踏み出す。
その瞬間──
身体が、動かなくなった。いや、正確には違う。
動きたくなくなった。
温もりが、全身を包み込む。母の腕の中にいるような、錯覚。
「……ここにいていい」
どこからともなく、優しい声が響く。
「もう、戦わなくていい」
「疲れたでしょう?」
「休みなさい」
膝が、自然と折れかける。
確かに──疲れていた。
「……違う」
キャンサルは歯を食いしばる。
「これは……癒しじゃない」
温もりを、必死に振り払う。
「癒しは、前に進むためのものだ。休息は、歩き続けるためのものだ」
仏を見上げる。
「でも、これは……。止まれと、強制している」
その時、影が動いた。
スコリスの影が地面を這い、仏の足元に絡みつく。
「……拘束」
影が、確かに仏を縛った。
「今です、キャンサル!」
「……ああ!」
キャンサルは走った。
だが、ストルゲ仏が初めて動く。
両腕を広げる。抱擁するように。
「来なさい」
「すべて、受け入れてあげる」
光が、キャンサルを包もうとする。
「クソッ……ごめん」
キャンサルは、手を伸ばした。
「それじゃ、ダメなんだ」
癒しの光が、拒絶の光へと変わる。
「守りすぎることは、縛ることだ。お前は、誰も前に進ませない。だから……お前を、拒む」
光が衝突する。
癒しと癒し、優しさと優しさ。
「……ああああッ!」
涙が溢れる。
「ごめん……! でも……これしかない!」(もう…謝るの嫌だな……相手…敵じゃんかよ……)
仏の身体に、ひびが入る。だが、崩れきらない。
キャンサルの力が、限界に近づく。
「キャンサル!」
スコリスが叫ぶ。
その瞬間、スコリスの目が変わった。
暗部の粛清官の目。
「待て、スコリス!」
「殺すな!」(……何考えてるんだ……俺は……)
だが、彼女は止まらない。
影を裂き、背後へ。
一瞬、刃が、突き刺さる。
毒が流れ込む。静かに、確実に。
「何を……!」
「……無理です」
スコリスは冷静だった。
「もう、戻れない。だから、終わらせます。これが、私の役割です。私は、殺す者です」
仏が、崩れ始める。
「……ありがとう」
その声は、穏やかだった。
「優しさに、縛られていた」
「止められなかった」
「だから……感謝します」
灰となり、消える。
「……生きているのか、分からなくなります」
スコリスが呟く。
「生きてる」
キャンサルは即答した。
「……なら、良かった」
スコリスは、わずかに笑った。
キャンサルの手の光が、弱まっている。
「……俺の癒しが、不完全になった」
代償だった。
本部へ報告。
「ストルゲ仏、消滅を確認」
「……何かを隠しているな」
リブリウスは、スコリスの背を見つめた。
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