ZODIAC ORDER the over world

桂圭人

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第五章「プラグマ仏 ― 計算された正義」

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ニューヨーク、タイムズスクエア。
プラグマ仏は、そこに立っていた。
体表には、無数の数式と天秤の紋様。浮かび上がっては消え、また別の式へと書き換わっていく。
計算、効率、等価交換。
この仏は、それだけで構成されていた。
ソレの前に立つのは、リブリウスとアクアリウム。

「……これが、プラグマ仏か」

リブリウスが低く呟く。

「打算愛。条件と効率、そして正解だけを求める存在」

仏からは、感情が一切感じられない。
あるのは、冷え切った論理の圧力だけだった。

「……興味深い」

アクアリウムが演算晶杖を構える。
アクア・コード。
未来を演算するための杖。

「この仏は、我々と同質だ」

「何だと?」

リブリウスが視線を向ける。

「論理的。効率的。計算的」

アクアリウムは淡々と続ける。

「ゾディアックオーダーの理念と、酷似している」

リブリウスは言葉を失った。

「……確かに」

「我々は感情を管理する」

「論理と計算によって」

ゆっくりと、仏を見る。

「ならば……」

「この仏は、我々の鏡か」

「可能性、87.3%」

アクアリウムが即答する。

「プラグマ仏は、我々の理念が極限まで純化した存在」

「すべてを計算し、すべてに対価を求める」

「それは、我々が目指す世界の終着点だ」

リブリウスは拳を握り締めた。

「……では、俺たちは間違っていたのか」

「不明」

アクアリウムは首を振る。

「データ不足。結論は出せない」

リブリウスが一歩、前に出る。
その瞬間──
プラグマ仏の声が、空間に響いた。

「条件を提示せよ」

機械のように無機質な声。

「……条件だと?」

「お前が求めるもの。お前が支払えるもの。提示せよ」

リブリウスは、わずかに考える。

「俺が求めるのは、世界の平和だ」

「対価は?」

「……何だ、それは」

「対価なき要求は、不公平である」

リブリウスは歯を食いしばる。

「お前は公平を掲げる者だ。等価交換を理解しているはずだ」

プラグマ仏が、一歩迫る。

「世界の平和。それに見合う対価は何だ?」

「……」

「お前の命か? 仲間の命か? それとも──」

「お前の理念か?」

「……理念、だと?」

リブリウスが顔を上げる。

「そうだ。公平と中立。それを捨てれば、世界は平和になる」

「……ふざけたことを」

「感情を持て。好き嫌いを持て。不公平になれ」

「そうすれば、お前は人を救える」

「……ふざけるな!」

リブリウスが叫ぶ。

「公平を捨てたら、俺は俺じゃなくなる!」

「ならば、お前は何も救えない」

プラグマ仏は、断言した。

「公平な者は、誰も選べない。誰も救えない」

「ただ、眺めるだけだ」

リブリウスは言葉を失う。

その時──
アクアリウムが一歩、前に出た。

「待て、リブリウス」

「アクアリウム?」

「私が、対話する」

アクアリウムは、仏を見据える。

「プラグマ仏。質問がある」

「何だ」

「お前は、すべてを計算する。すべてに対価を求める。ならば、問う」

静かに、しかし明確に。

「愛に、対価はあるのか?」

「……」

プラグマ仏が沈黙した。
初めて、演算が止まる。

「愛は、等価交換ではない」

アクアリウムが続ける。

「与えても、返ってこないことがある」

「それでも、人は与える」

「それが、愛だ」

「……理解できない」

「非効率だ。非論理的だ」

「その通りだ」

アクアリウムは頷く。

「愛は、非効率で、非論理的だ」

「だが、それでいい」

「……アクアリウム」

リブリウスが目を見開く。

「お前が、そんなことを言うのか」

「未来を演算する者が」

アクアリウムは、静かに視線を返す。

「私は未来を知ることができる」

「だが、そのせいで今を生きられない」

「常に先を見て、現在を見失っていた」

「だから、分かった」

「計算だけでは、人は生きられない」

「非効率でも、非論理的でも」

「それでも、人は感情で生きる」

「それが、人間だ」

「……ならば、お前たちは矛盾している」

プラグマ仏が告げる。

「感情を管理すると言いながら、感情で生きると言う」

「矛盾だ」

「ああ、矛盾してる」

リブリウスが認める。

「人間は、矛盾だらけだ」

「でも、それでいい」

地面を、強く蹴る。

「お前は正解を求める」

リブリウスが仏を指差す。

「条件と対価に縛られる」

「だが、人生に正解なんてない」

「間違えて、矛盾して、それでも前に進む」

「それが、人間だ」

リブリウスが肉薄する。

「待て。対価を──」

「対価なんて、知るか!」

リブリウスは──
全力で、敵の顔面を蹴り上げた。

「うおおおおッ!」

鉄仮面が砕ける。
プラグマ仏が後退する。

「……計算外」

「当たり前だ!」

リブリウスが叫ぶ。

「人間は、計算通りになんて動かない!」

再び、蹴り。
体にひびが入り、数式が消えていく。
アクアリウムも、演算晶杖を振る。

「演算終了」

「結論。プラグマ仏は、論理の暴走」

「よって、削除する」

光の刃が、仏を貫いた。

「理解できない……」

プラグマ仏が崩れていく。

「なぜ……対価なしで……」

「対価はある」

リブリウスが答える。

「俺が、支払う」

最後の一撃。
リブリウスの蹴りが、胸部を貫く。

「これが、人間だ!」

「絶対に許さない」

プラグマ仏は、灰となり、砂となり、消えた。

「……ハァ……ハァ……」

リブリウスは荒く息をつく。

「……勝った、か」

だが──

「……ぐっ」

胸に、鋭い痛み。

「……そうか」

胸の奥で、何かが傾いている。公平の天秤が、崩れていた。
プラグマ仏との戦い。
感情に身を委ねた代償。リブリウスは、中立を失った。

「……議長」

アクアリウムが静かに告げる。

「お前の公平は、もう戻らない」

「……ああ」

リブリウスは頷いた。

「俺は、もう議長じゃない」

「しかし──」

「いいんだ」

リブリウスは、わずかに笑う。

「長じゃなくてもいい。仕事が出来れば、それで良し」

アクアリウムも、自分の手を見る。

演算晶杖が、微かに揺らいでいた。

「……私も、代償を負った」

「未来が、見えにくくなっている」

「今を選んだからか」

「……そうだ」

アクアリウムは頷く。

「未来を知ることで、今を失っていた」

「その矛盾が、形になった」

本部へ連絡。

「プラグマ仏、消滅を確認」

二人は、確かに勝った。
だが同時に、何かを永遠に失っていた。
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