6 / 11
第五章「プラグマ仏 ― 計算された正義」
しおりを挟む
ニューヨーク、タイムズスクエア。
プラグマ仏は、そこに立っていた。
体表には、無数の数式と天秤の紋様。浮かび上がっては消え、また別の式へと書き換わっていく。
計算、効率、等価交換。
この仏は、それだけで構成されていた。
ソレの前に立つのは、リブリウスとアクアリウム。
「……これが、プラグマ仏か」
リブリウスが低く呟く。
「打算愛。条件と効率、そして正解だけを求める存在」
仏からは、感情が一切感じられない。
あるのは、冷え切った論理の圧力だけだった。
「……興味深い」
アクアリウムが演算晶杖を構える。
アクア・コード。
未来を演算するための杖。
「この仏は、我々と同質だ」
「何だと?」
リブリウスが視線を向ける。
「論理的。効率的。計算的」
アクアリウムは淡々と続ける。
「ゾディアックオーダーの理念と、酷似している」
リブリウスは言葉を失った。
「……確かに」
「我々は感情を管理する」
「論理と計算によって」
ゆっくりと、仏を見る。
「ならば……」
「この仏は、我々の鏡か」
「可能性、87.3%」
アクアリウムが即答する。
「プラグマ仏は、我々の理念が極限まで純化した存在」
「すべてを計算し、すべてに対価を求める」
「それは、我々が目指す世界の終着点だ」
リブリウスは拳を握り締めた。
「……では、俺たちは間違っていたのか」
「不明」
アクアリウムは首を振る。
「データ不足。結論は出せない」
リブリウスが一歩、前に出る。
その瞬間──
プラグマ仏の声が、空間に響いた。
「条件を提示せよ」
機械のように無機質な声。
「……条件だと?」
「お前が求めるもの。お前が支払えるもの。提示せよ」
リブリウスは、わずかに考える。
「俺が求めるのは、世界の平和だ」
「対価は?」
「……何だ、それは」
「対価なき要求は、不公平である」
リブリウスは歯を食いしばる。
「お前は公平を掲げる者だ。等価交換を理解しているはずだ」
プラグマ仏が、一歩迫る。
「世界の平和。それに見合う対価は何だ?」
「……」
「お前の命か? 仲間の命か? それとも──」
「お前の理念か?」
「……理念、だと?」
リブリウスが顔を上げる。
「そうだ。公平と中立。それを捨てれば、世界は平和になる」
「……ふざけたことを」
「感情を持て。好き嫌いを持て。不公平になれ」
「そうすれば、お前は人を救える」
「……ふざけるな!」
リブリウスが叫ぶ。
「公平を捨てたら、俺は俺じゃなくなる!」
「ならば、お前は何も救えない」
プラグマ仏は、断言した。
「公平な者は、誰も選べない。誰も救えない」
「ただ、眺めるだけだ」
リブリウスは言葉を失う。
その時──
アクアリウムが一歩、前に出た。
「待て、リブリウス」
「アクアリウム?」
「私が、対話する」
アクアリウムは、仏を見据える。
「プラグマ仏。質問がある」
「何だ」
「お前は、すべてを計算する。すべてに対価を求める。ならば、問う」
静かに、しかし明確に。
「愛に、対価はあるのか?」
「……」
プラグマ仏が沈黙した。
初めて、演算が止まる。
「愛は、等価交換ではない」
アクアリウムが続ける。
「与えても、返ってこないことがある」
「それでも、人は与える」
「それが、愛だ」
「……理解できない」
「非効率だ。非論理的だ」
「その通りだ」
アクアリウムは頷く。
「愛は、非効率で、非論理的だ」
「だが、それでいい」
「……アクアリウム」
リブリウスが目を見開く。
「お前が、そんなことを言うのか」
「未来を演算する者が」
アクアリウムは、静かに視線を返す。
「私は未来を知ることができる」
「だが、そのせいで今を生きられない」
「常に先を見て、現在を見失っていた」
「だから、分かった」
「計算だけでは、人は生きられない」
「非効率でも、非論理的でも」
「それでも、人は感情で生きる」
「それが、人間だ」
「……ならば、お前たちは矛盾している」
プラグマ仏が告げる。
「感情を管理すると言いながら、感情で生きると言う」
「矛盾だ」
「ああ、矛盾してる」
リブリウスが認める。
「人間は、矛盾だらけだ」
「でも、それでいい」
地面を、強く蹴る。
「お前は正解を求める」
リブリウスが仏を指差す。
「条件と対価に縛られる」
「だが、人生に正解なんてない」
「間違えて、矛盾して、それでも前に進む」
「それが、人間だ」
リブリウスが肉薄する。
「待て。対価を──」
「対価なんて、知るか!」
リブリウスは──
全力で、敵の顔面を蹴り上げた。
「うおおおおッ!」
鉄仮面が砕ける。
プラグマ仏が後退する。
「……計算外」
「当たり前だ!」
リブリウスが叫ぶ。
「人間は、計算通りになんて動かない!」
再び、蹴り。
体にひびが入り、数式が消えていく。
アクアリウムも、演算晶杖を振る。
「演算終了」
「結論。プラグマ仏は、論理の暴走」
「よって、削除する」
光の刃が、仏を貫いた。
「理解できない……」
プラグマ仏が崩れていく。
「なぜ……対価なしで……」
「対価はある」
リブリウスが答える。
「俺が、支払う」
最後の一撃。
リブリウスの蹴りが、胸部を貫く。
「これが、人間だ!」
「絶対に許さない」
プラグマ仏は、灰となり、砂となり、消えた。
「……ハァ……ハァ……」
リブリウスは荒く息をつく。
「……勝った、か」
だが──
「……ぐっ」
胸に、鋭い痛み。
「……そうか」
胸の奥で、何かが傾いている。公平の天秤が、崩れていた。
プラグマ仏との戦い。
感情に身を委ねた代償。リブリウスは、中立を失った。
「……議長」
アクアリウムが静かに告げる。
「お前の公平は、もう戻らない」
「……ああ」
リブリウスは頷いた。
「俺は、もう議長じゃない」
「しかし──」
「いいんだ」
リブリウスは、わずかに笑う。
「長じゃなくてもいい。仕事が出来れば、それで良し」
アクアリウムも、自分の手を見る。
演算晶杖が、微かに揺らいでいた。
「……私も、代償を負った」
「未来が、見えにくくなっている」
「今を選んだからか」
「……そうだ」
アクアリウムは頷く。
「未来を知ることで、今を失っていた」
「その矛盾が、形になった」
本部へ連絡。
「プラグマ仏、消滅を確認」
二人は、確かに勝った。
だが同時に、何かを永遠に失っていた。
プラグマ仏は、そこに立っていた。
体表には、無数の数式と天秤の紋様。浮かび上がっては消え、また別の式へと書き換わっていく。
計算、効率、等価交換。
この仏は、それだけで構成されていた。
ソレの前に立つのは、リブリウスとアクアリウム。
「……これが、プラグマ仏か」
リブリウスが低く呟く。
「打算愛。条件と効率、そして正解だけを求める存在」
仏からは、感情が一切感じられない。
あるのは、冷え切った論理の圧力だけだった。
「……興味深い」
アクアリウムが演算晶杖を構える。
アクア・コード。
未来を演算するための杖。
「この仏は、我々と同質だ」
「何だと?」
リブリウスが視線を向ける。
「論理的。効率的。計算的」
アクアリウムは淡々と続ける。
「ゾディアックオーダーの理念と、酷似している」
リブリウスは言葉を失った。
「……確かに」
「我々は感情を管理する」
「論理と計算によって」
ゆっくりと、仏を見る。
「ならば……」
「この仏は、我々の鏡か」
「可能性、87.3%」
アクアリウムが即答する。
「プラグマ仏は、我々の理念が極限まで純化した存在」
「すべてを計算し、すべてに対価を求める」
「それは、我々が目指す世界の終着点だ」
リブリウスは拳を握り締めた。
「……では、俺たちは間違っていたのか」
「不明」
アクアリウムは首を振る。
「データ不足。結論は出せない」
リブリウスが一歩、前に出る。
その瞬間──
プラグマ仏の声が、空間に響いた。
「条件を提示せよ」
機械のように無機質な声。
「……条件だと?」
「お前が求めるもの。お前が支払えるもの。提示せよ」
リブリウスは、わずかに考える。
「俺が求めるのは、世界の平和だ」
「対価は?」
「……何だ、それは」
「対価なき要求は、不公平である」
リブリウスは歯を食いしばる。
「お前は公平を掲げる者だ。等価交換を理解しているはずだ」
プラグマ仏が、一歩迫る。
「世界の平和。それに見合う対価は何だ?」
「……」
「お前の命か? 仲間の命か? それとも──」
「お前の理念か?」
「……理念、だと?」
リブリウスが顔を上げる。
「そうだ。公平と中立。それを捨てれば、世界は平和になる」
「……ふざけたことを」
「感情を持て。好き嫌いを持て。不公平になれ」
「そうすれば、お前は人を救える」
「……ふざけるな!」
リブリウスが叫ぶ。
「公平を捨てたら、俺は俺じゃなくなる!」
「ならば、お前は何も救えない」
プラグマ仏は、断言した。
「公平な者は、誰も選べない。誰も救えない」
「ただ、眺めるだけだ」
リブリウスは言葉を失う。
その時──
アクアリウムが一歩、前に出た。
「待て、リブリウス」
「アクアリウム?」
「私が、対話する」
アクアリウムは、仏を見据える。
「プラグマ仏。質問がある」
「何だ」
「お前は、すべてを計算する。すべてに対価を求める。ならば、問う」
静かに、しかし明確に。
「愛に、対価はあるのか?」
「……」
プラグマ仏が沈黙した。
初めて、演算が止まる。
「愛は、等価交換ではない」
アクアリウムが続ける。
「与えても、返ってこないことがある」
「それでも、人は与える」
「それが、愛だ」
「……理解できない」
「非効率だ。非論理的だ」
「その通りだ」
アクアリウムは頷く。
「愛は、非効率で、非論理的だ」
「だが、それでいい」
「……アクアリウム」
リブリウスが目を見開く。
「お前が、そんなことを言うのか」
「未来を演算する者が」
アクアリウムは、静かに視線を返す。
「私は未来を知ることができる」
「だが、そのせいで今を生きられない」
「常に先を見て、現在を見失っていた」
「だから、分かった」
「計算だけでは、人は生きられない」
「非効率でも、非論理的でも」
「それでも、人は感情で生きる」
「それが、人間だ」
「……ならば、お前たちは矛盾している」
プラグマ仏が告げる。
「感情を管理すると言いながら、感情で生きると言う」
「矛盾だ」
「ああ、矛盾してる」
リブリウスが認める。
「人間は、矛盾だらけだ」
「でも、それでいい」
地面を、強く蹴る。
「お前は正解を求める」
リブリウスが仏を指差す。
「条件と対価に縛られる」
「だが、人生に正解なんてない」
「間違えて、矛盾して、それでも前に進む」
「それが、人間だ」
リブリウスが肉薄する。
「待て。対価を──」
「対価なんて、知るか!」
リブリウスは──
全力で、敵の顔面を蹴り上げた。
「うおおおおッ!」
鉄仮面が砕ける。
プラグマ仏が後退する。
「……計算外」
「当たり前だ!」
リブリウスが叫ぶ。
「人間は、計算通りになんて動かない!」
再び、蹴り。
体にひびが入り、数式が消えていく。
アクアリウムも、演算晶杖を振る。
「演算終了」
「結論。プラグマ仏は、論理の暴走」
「よって、削除する」
光の刃が、仏を貫いた。
「理解できない……」
プラグマ仏が崩れていく。
「なぜ……対価なしで……」
「対価はある」
リブリウスが答える。
「俺が、支払う」
最後の一撃。
リブリウスの蹴りが、胸部を貫く。
「これが、人間だ!」
「絶対に許さない」
プラグマ仏は、灰となり、砂となり、消えた。
「……ハァ……ハァ……」
リブリウスは荒く息をつく。
「……勝った、か」
だが──
「……ぐっ」
胸に、鋭い痛み。
「……そうか」
胸の奥で、何かが傾いている。公平の天秤が、崩れていた。
プラグマ仏との戦い。
感情に身を委ねた代償。リブリウスは、中立を失った。
「……議長」
アクアリウムが静かに告げる。
「お前の公平は、もう戻らない」
「……ああ」
リブリウスは頷いた。
「俺は、もう議長じゃない」
「しかし──」
「いいんだ」
リブリウスは、わずかに笑う。
「長じゃなくてもいい。仕事が出来れば、それで良し」
アクアリウムも、自分の手を見る。
演算晶杖が、微かに揺らいでいた。
「……私も、代償を負った」
「未来が、見えにくくなっている」
「今を選んだからか」
「……そうだ」
アクアリウムは頷く。
「未来を知ることで、今を失っていた」
「その矛盾が、形になった」
本部へ連絡。
「プラグマ仏、消滅を確認」
二人は、確かに勝った。
だが同時に、何かを永遠に失っていた。
0
あなたにおすすめの小説
ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~
桂
ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。
そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。
そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
サディストの私がM男を多頭飼いした時のお話
トシコ
ファンタジー
素人の女王様である私がマゾの男性を飼うのはリスクもありますが、生活に余裕の出来た私には癒しの空間でした。結婚しないで管理職になった女性は周りから見る目も厳しく、私は自分だけの城を作りまあした。そこで私とM男の週末の生活を祖紹介します。半分はノンフィクション、そして半分はフィクションです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる