【完】キスのその先

ぷりん

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 ――――――――――――


 『離婚しよう』

 今にもそんなセリフが聞こえてきそうな雰囲気の寝室。
 差し迫った話がないにも関わらず、飼っている猫達を義両親に預けたこの人は、今からきっと、私に『離婚』という二文字を突き付けてくるに違いない。

 「スージー」

 朝、仕事に行くときは普通の格好をしていたのに、家に帰ってきてから何故かいつにもまして型にハマったようなよそ行きの格好に彼は着替えたようだ。きっと浮気相手のところにでも行くのだろう。緊張した声色で私を呼ぶその声は、ようやくついに決心がついたかのような、そんな声だった。

 「なにかしら」
 「・・・実は―――」

 

  ―――――――――


 
 
 幼い頃からずっと一緒に居た彼の名は、カイ・ルシアスという。
 ずっと一緒だったにも関わらず、10代半ばまで恋心なんて生まれず、ただ仲のいいお隣さんの男の子という感じだった。私の方がふたつ年上でお姉さんだったけど、身体が大きかった彼のほうが知らない人からは年上に見えていたらしい。

 年を一つとるごとに、少年から青年に変わっていく彼を隣で見ていた私は、『いずれ、綺麗なお嫁さんをもらって、私の隣から巣立って行くのね』と、だんだんと寂しい気持ちになっていった。
 学園では女の子にモテて、告白もよくされていた。特別容姿がいいというわけではなかったけど、優しい気遣いに、いつも穏やかで決して声を荒げない、周りに敵を作らないタイプの彼だったから、女の子は彼に惹かれる子が多かった。それでもなかなか誰かと付き合うということはせず。そしてその理由が分かったのは、ある日パーティーに呼ばれて、2人で帰路に着く途中のことだった。
 
 
 『スージー』
 『なに?』
 
 友達とたくさん話して、ダンスも踊って、身内だけで集まった穏やかなパーティー。馬車に揺られながら、楽しかったと彼と話していた時、急に深刻そうな顔をするもんだから、体調でも悪いのかと思ったら、顔を真っ赤にしたカイ。

 『・・・僕と、結婚を前提に付き合ってほしい』

 と、そんなことを突然、前触れもなく言った。
 あまりにも急すぎて私は口をあんぐりと開けたまま、彼の問いに返事ができず。
 
 『スージー』
 『・・・・』
 『僕のこと、嫌いかい?』

 彼を見つめたまま、そんなバカな、と横に首を振り。冗談でもこんなことを言わない彼の真剣で、それでいて緊張した表情に、『嫌いじゃない』と蚊の鳴くような声で私は返事をした。

 『そ、そうか。なら・・・僕のことは好き?・・・あぁ、ごめん。無理に答えなくてもいいんだ。そこは・・・もちろん聞きたいけど・・・いや、ただ、僕がスージーのことをずっと好きだったから、君が他の誰かと付き合って、キスして、その先もって考えると・・・なんだか凄く嫌で』
 『・・・』
 『だから、もし今好きな人が居ないなら』

 そして爆弾発言とも言えそうな、決して彼の口から出るとは思わなかった言葉達が次々と発せられるのを聞いていた私は、つられて顔を赤くしてしまった。

 『僕と結婚を前提に付き合ってほしい』

 雰囲気も何も無い、突然の彼からの告白。
 後で思い返せば、ああいう状況に慣れてないカイの精一杯の告白だったのだろう。
 恥じらいもほどほどに、私は視線を少し落として、彼の告白にコクンと頷いた。
 
 それから時は流れ、穏やかにゆっくりと2人で温めてきた愛。
 激しい燃えるような恋心なんてなかったけど、ゆっくり時間が流れる、とても居心地の良い関係で、家族と大切な友達だけを呼んで開かれた結婚式もそんな感じだったから、横に並ぶ彼を見て、『あぁ、この人とこれからも一緒に生きていくんだ』ってそう思った時、自然と心が満たされたのを覚えている。
 

 「スージー」
 「・・・何かしら」

 それなのに…。
 
 唇を噛んで、泣きそうになるのを耐えた私は、
声が震えないように小さく呼吸してから、言葉を発した。

 「じ、実は・・・今日は僕の父と母に2匹とも預かってもらったんだ」
 「そんなの知ってるわよ」
 「そ、そうか」

 私は、何処で間違えたのだろうか。
 多分、もっと彼にたいして愛情表情をしていれば良かったのかもしれない。
 

 「スージー」
 「・・・・」
 「泣いているのかい?こっちを向いてくれないか」
 「泣いてなんか・・・ないわ」

 どうしてこうも残酷な終わり方を迎えるのだろうか。結婚してからもちろん楽しいことも、辛いこともたくさんあった。その度に2人で喜んで、涙して。
 たくさん支えてもらって、たくさん抱き締めてもらったのに。

 「じゃあなんで泣い」
 「もういいのよ」
 「・・・なにが?」
 
 
 知っているわ。
 貴方が、職場で出会った年下の女の子に好かれていることを。

 知っているわ。
 貴方が、その女の子とデートをしていたことを。

 知っているわ。
 貴方が、私に愛想を尽かしていることを。

 もう何年も、知っていたわ。

 「スージー、」

 私が貴方に会ったのは、貴方が0歳の時だった。18歳で、16歳のあなたと恋人になって、22歳で20歳の貴方と結婚して。
 それからもう8年も経って、私はとうとう30歳を迎えてしまった。

 最後の最後まで、優しく私の名前を呼んでくれる貴方のことを、もう何年も知っていた。

 「お願いだから、こっちを向いてくれないか」
 「・・・・っ」

 もう何年も知っていたわ。
 貴方が、子どもがなかなか出来ない私に飽き飽きしていたことを。

 「スージー」
 「っ・・・なにっ・・・」

 背を向けていた私の腕を掴んだカイ。そんな彼からは、香水のいい香りがした。今まで嗅いだことのない、スッキリとした少し甘い香り。

 「体調が悪いのかい?ごめん、それなら」
 「悪くないわ・・・。ごめんなさいね。これから出掛けるのよね。大丈夫よ。私が家事全部しておくから」

 聞きたくない。
 自分の耳を塞ぐ代わりに、言葉で彼の口を塞ごうとした。

 「うん」
 「・・・・」
 「出掛けようとしてるんだけど、君は本当に大丈夫かい?体調が」
 「大丈夫よ」

 あの時、聞けて嬉しかった二文字は、今はもう聞きたくない二文字に変わろうとしている。

 いつしか、熱い視線に少しずつ溶かされて、長い年月をかけて、深く、深く恋に落ちていったのは、紛れもなく私の方だった。
 
 「じゃあ・・・」

 少しの会話で、終わりを迎える。そうだと思っていたのに、何故か腕を掴んで離さない彼。
 あくまでも『離婚』という言葉を言うまでは、寝室から出ていかないつもりなのだろうか。

 「スージー・・・君が、嫌ならいいんだ・・いや、違うんだ。そういうことじゃなくて・・・明日は休みの日だろ?だから・・・」
 
 早く彼女のところに行ったほうがいいのではないか。モタモタしている彼に対して、そんなことが浮かんでしまった。早くこの部屋から出ていって。これから惨めに泣く私の姿を貴方の目に映したくない。
 そう思って、私なら大丈夫だと言おうと、意を決して振り返った。
 
 「・・・え?」
 「スージー、やっぱり少し泣いてたの?」
 「・・・なに・・・・してるの」
 「えっと・・ごめん、今日は・・あぁ・・・・僕は、君のことを好きになってから、何回誘ったかな。いつから好きだったか記憶がないけど、結婚してからは明確に誘ったことがなかったから」
 「・・・・」
 「父さんと母さんにお膳立てしてもらったんだ。ケミとアルは明日の夕方まで彼らが預かってくれる、明日は休みだから・・・」
 
 キチッとした服装に、髪型。
 突然なに言い出すかと思えば、緊張した顔に、少し喉を鳴らして改まった姿勢で、カイは口を開いた。
 
 
 「これから君に、デートを申し込んでいいかな」
 

 
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