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番外編2
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暫く行く当てもなく歩いていると、あるお店のショーウィンドウの前で足が止まった。
暗い夜に街灯で照らされたそのショーウィンドウには、可愛らしい白い靴が一足。赤いリボンをつま先の上にお行儀良く乗せて、カラフルな箱の上にちょこんと飾られていた。
「可愛い」
惹きつけられるかのようにショーウィンドウの方へと歩いて行った私は、顔を前に出して思わず覗き込むようにして前のめりになった。値段こそ分からなかったが、それ相当の金額に違いない。こんな大きさでも、待ちわびた瞬間を祝ってなのだから安いもんだ。
そしてしばらくその靴を見つめていると、ふと視線を上にずらした時、見慣れた人影が一つそこに映り込んでいるのが分かった。ハッとした私はその人影を見て思わず顔を伏せてしまった。
「・・・はぁ・・・私は何をしてるんだろう」
映し出されていた人影は、ほかの誰でもない私自身で、なんとも情けない顔をしているように見える。一人でほっつき歩いていても、楽しければいいのだが生憎そんな気持ちにはなれなくて、もやもやした何とも嫌な感情が私の顔に乗り移ったかのように口角は下に下がっていた。
「帰りたくない・・・」
ショーウィンドウに明かりが灯っているからお店はまだ営業中だ。店内に入って温まりたいけど、明らかに場違いな私の今の年齢では好奇な目にさらされてしまいそうだ。これ以上自分の顔と見つめ合いたくなくなった私は、違うお店を見ようと体を起こした。
「スージー・・・?」
そして突然どんなタイミングなのか、雪を踏み潰す人の足音の合間を縫って私の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。最初はただの空耳かと思ったけど、その聞き慣れた声とショーウィンドウに写った影のシルエットを見て、私は慌てて振り返り声の主を見上げた。
「カイ・・・ど、どうしたのこんなところで」
「それは僕のセリフだよ。スージーこそこんなところで何してるの?」
「えっ・・・・と」
どうしよう、なんて言おうと目を泳がせた私は、言葉に詰まってしまった。何から話せばいいのか、そもそもあの女の子が言っていたことは本当なのか。いや、最早確認したところで何になるのだろう。
「パーティーから帰ってくる時間に合わせてスージーの家に行こうとして行ってみたんだけど、家からいなくなったってなんか騒ぎになってたから」
「・・・え?」
「何かあったの?慌てて探しに来てみたんだけど」
「・・・」
「良かった。見つかって」
そう言えば、名前を呼ばれた時、少し息が上がっていたように聞こえた。だから余計に空耳かと思ったのかもしれない。
「雪が積もってるから歩きにくいしね。雪道はいつまでも慣れないね」
少し照れたように白い息を吐きながら笑ったカイは、深刻そうな顔をしていない。『慌てて』と言っていたがそんな様子も感じなかった。
彼が何処まで知っているのか、パーティーでちょっとした騒ぎになっていたから私の家に来た時に事情をすでに聞いているかもしれない。
「何か・・・用?」
そんなことを考えると、なんだか一気に恥ずかしくなってしまった私は、ぶっきらぼうに彼から視線を外して問いかけた。
「いや、特には」
「・・・・」
じゃあなんで来たのだろう。こんな寒い中、わざわざ探しに来なくても良かったのに。
「会いたかっただけだよ。特に用事があるわけではないかな」
「・・・・そう」
「うん。それより何見てるの?」
「え?」
ごちゃごちゃした頭の中、いつものような会話ができるわけでもなく一人焦ってイライラしていた私は、カイにしてみたらこの時多分相当冷たく感じていたかもしれない。それでもカイのいつもと変わらない声色と雰囲気に、一人頭の中で忙しかった私は、自分勝手にも少しほっとした。
「・・・あ・・・く、靴を」
「靴?」
「うん。たまたま目に入って・・・可愛いなって」
私より2つ下のカイは12歳だ。
年齢からしたらまだ子どもだから、こんなのを見たところで何とも思わないだろう。こういう話題は恐らく話が噛み合わないから、あまり長引かせたくない。早くここから立ち去って場所を移動するか、仕方ないが家に帰ると言ってしまったほうがいい。
(・・・今更遅すぎるけど別のお店の前で立ち止まっておけば良かった)
少しため息をつきながら中途半端に言葉を終わらせた私は、すぐにショーウィンドウから離れようとした。
「スージーは誰か好きな人でもいるの?」
「・・・え?」
思ってもない質問に眉をひそめた私は、いったい何のことを話してるの?と首を傾げてカイに聞き返そうと口を開いた。
でもそれと同時にお店のドアのほうからカラカラと鈴の少し高い音が鳴る音とともに、畏まった綺麗な声が聞こえてきた。
「ありがとうございます。お気をつけてお帰りくださいませ」
(・・・あ)
視線をそちらに移すと、ちょうどお店から老夫婦が出てきたところだったようだ。男性が両手に抱えていたものは先ほど見ていた可愛らしい靴がはいるほどの大きさの箱で、その男性の左腕に軽く添えるようにして腕を組んでいる婦人がいる。
「「・・・・」」
意識をそちらに取られてしまった私は、カイの質問に対して口を開くことなく結局そのまま流してしまった。
仲睦まじいとはこういうことを言うのだろうか。
大切な贈り物を持ち帰るその少し丸まった背中とは正反対に、足取りはしっかりしていて、道路脇に寄せられた馬車の中に入っていく彼らの姿を私は無言で見つめていた。
「・・・・スージー」
「っ・・・」
「あ、ごめん。でも・・・」
ボーっとしていた私は、カイに名前を呼ばれるまでもしかしたらずっとそのままだったかもしれない。突然頬に触れた冷たい指先に少しビクっとして、反射的にその手の主を見上げた。
「なんで泣いてるの」
心配そうな声色に、いきなりそんな行動を取ったカイの表情は曇っている。
泣いているのは自分でも気が付いていた。泣いているというよりかはむしろ涙が流れ出てきたという感じのほうが正解かもしれない。そんな状態を気が付かれたくなくて、わざと流れる涙を手で拭こうとしなかったのに、まさかカイに指摘されてしまうとは。
「ご、ごめんなさい。少し嫌なことがあって、ちょっと一人になりたかったの」
降る雪が肌に触れて、その肌の体温で溶けて滴になった雪がただ頬をつたっただけだと言ってしまっても良かった。でも、そんなことを言いながらそこまで綺麗に笑える気がしなくて、頬に触れたカイの指先をギュッと握ってそのまま下に下ろした私は、赤くなった鼻をすすりながらまた涙を流した。
――――――――
「・・・・ジー・・・スー・・・」
(・・・・?)
「スージー・・・大丈夫?」
「・・・」
「起きれる?」
「・・・カ・・・イ?」
「うん。そうだよ」
一瞬暗い闇に包まれ、それから夢うつつのようなぼんやりとしたオレンジの光をなんとなく感じた私は、数秒してようやく焦点が合った。
視界の先にあったのは、心配そうに私を見つめるカイと、2匹の猫達。
「なんかうなされてたみたいだったから起こしたけど」
「・・・・っ」
「お腹痛い?」
「・・・」
カイの手を借りてゆっくりと起き上がった私は、背を後に預け、一息ついた。
「ううん・・・違うの・・・」
お腹はもう仰向けで寝ていられないほど大きくなっている。もうそろそろ時期的に産まれてもいい頃だ。
「・・・・夢を見て」
「夢?」
「うん」
中途半端なところというよりかは、嫌なところで終わった夢の続きはどんな展開だったのだろうか。あんな昔のこと、一切思い出さなかったからきっと記憶に残すほどのものでもない続きなのかもしれない。
「どんな夢?」
「えっと・・・」
今は何時だろう。まだきっと夜中のような気がする。変な時間帯にカイを起こしてしまった。猫達はもともと夜行性だから眠たくはなさそうだけど…。
「昔の・・・夢かな」
「昔?」
「うん。パーティーの帰りに母親に怒られて、そのまま家から何も言わずに外に出掛けた時のことよ。雪の中一人で飛び出して」
「・・・」
背中を擦ってくれるカイの胸元に左耳をつけて、目を瞑りながら私は話し始めた。私が覚えてなかったのだから彼も当然覚えてないはずだ。あの時、女子生徒に言われたことも、パーティーでの騒動のことも、カイが何であんなことを聞いてきたのかも、全部あの夢が終わった瞬間で止まっていて、その後どうなったのか全く思い出せない。
私の話に割り込むことなく静かに聞いていたカイは、私が話すのをやめて少ししてから聞こえた猫の鳴き声がやむのを待って、口を開いた。
「そうだったんだ」
「・・・うん」
「スージー、あの時泣いてたよね。だからうなされてたの?」
「・・・覚えてるの?」
カイのセリフに思わず目を開けて顔を上げた私は、カイを見つめた。そして少し気まずそうな笑いとともに口角を上げた彼は私の手を握った。
「覚えてるよ」
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