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番外編3
「覚えてる・・・?」
「うん」
カイのその言葉に私は一瞬言葉をなくしてしまった。そんな私の動揺を知ってか知らずか、彼がふと流した視線の先には猫達がいて、一匹はつまらなさそうに尻尾を振り回して別の猫の頭にぶつけている。
「けっこう昔のことだと思うけど・・・」
自分の口から吃りながら出た言葉には、思いのほか気まずさが含まれていた。結末がどうなったのかもカイは覚えているのだろうか。
「まぁそうだけど、僕からしたらかなり鮮明な記憶だから」
「・・・・」
どうしよう。
気になるけど聞きたくない。というか私が覚えていればいいんだけど、頭を打って記憶を失ったのかなんなのか、そこだけすっぽり抜け落ちていたから、余計に聞きにくい。
「な、なんで・・・・覚えてるの」
うなされて起こされた私の服の下は少し汗ばんでいる。お腹の方は私が状態を起こしたからか、中で子どもが動き回っているようだ。そして数秒してから、脚をピンっと伸ばして固まったような姿勢を取っているのかお腹の左側が突き出できるように感じて、左手でそこを擦ってみた。
「スージーが僕の前で初めて泣いた日だったからってのもあるかな」
「・・・え」
「びっくりしたんだ。それまで1回も取り乱したりすることがなかったから」
「と、取り乱した?私が?」
「うん」
「そ・・・そうだっけ」
「そうだよ。もしかして覚えてない?」
「・・・・」
「そっか」
黙りこくった私を察してか、カイは切なそうに笑った。
「スージーにとっては思い出したくないくらい嫌な記憶だったのかもしれないね。ごめんよ。知らないふりしとけば良かったかも」
「・・・いや・・・そうだったのかな。でもぜんぜん覚えてなくて」
「気になる?」
「え?」
「話さないでおくこともできるけど」
「・・・」
「っていうかそれ以上に僕が取り乱したから覚えてるって言うのはあるかな。あんまり大きな声で言えることじゃないけど」
「・・・・今なんて?」
私はカイが自虐気味に笑いながら言い放ったセリフに違和感を覚えて、思わず聞き返してしまった。カイが取り乱した?私以上に?いったいどういうこと?
「怒ったんだよ・・・怒ったというか・・・キレたというか」
「・・・・」
「恥ずかしいよね、感情的になるなんて。スージーの前じゃなかったのがせめてもの救いかな。あれ見られてたら絶対嫌われてたと思う」
口を片手で微かに覆いながら昨日のことのように話すカイは、今でも反省しているかのようにため息をついた。
「何があったの?」
「・・・聞く?」
私を見つめてきたカイに、同じように見つめ返して口をポカンと開けたまま首を縦に振った。そして私のその姿に目を細めて口を覆っていた手を下げてカイは少し間を置いてから話し始めた。
「スージーが泣いたあの日、しばらく雪の中で泣いてたんだよ。少し場所移動してからもずっと泣いてて」
「・・・・」
「どうすればいいか分からなくて、とりあえず抱き締めたんだけど、そうしたら余計に泣き出して」
擦ったお腹の左側は、いつの間にか逃げ出したのか突っ張りがなくなっている。そして猫達は寝に入ったのか、静かな部屋にイビキなのか寝息なのか、話し声以外の音が漂っている。
「それからなんか胸元グーで何回か殴られて、『私何も悪くないのに』って・・・言われた」
「あ・・・・」
話し始めたカイに耳を傾けていると、心当たりがある単語が出てきて、無意識に息が漏れた。
(夢で私が思ったことと同じ言葉)
「それ聞いて、スージーに何も聞けなくなって。それでその後はスージーを家に連れて帰ったんだ。いつまでも寒い雪の中に居させるのも嫌だったし」
「・・そう・・・」
そこまで聞いてそのまま帰ったなら、カイは怒っではないのでは?と一瞬思ってしまった。
キレたってやっぱり嘘なのでは…。
「うん。それからスージーの家に帰って・・・・そこからかな。全部聞いたのは」
「全部?」
「全部・・・・。パーティーであったことと、スージーがお母さんに言われたことも」
「・・・・」
「それから、ケイティーに変なこと吹き込まれてたことも」
「・・・ケイティー?」
「うん。スージーが泣く原因になった子だよ。僕が『スージーのことウザい』って言ってたってでまかせ言ったヤツ」
「・・・そうなんだ」
なんだろう、なんか少しカイが怖い。その時のことを思い出してイライラしてるのだろうか。そういえばホテルで抱かれたときも少し性格変わってたような…。
「あんなこと思ったこともないし、ましてや冗談でも言うわけがない。僕のいないところであんな嘘吐かれて胸中穏やかに流せるわけもないだろう。父さんにも言ってあの家との取引を中止にしてもらった」
「・・・と、取引って」
「事業の拡大で彼女の家とも関係を持とうとしてたみたいだったんだよね。僕は跡継ぎになるつもりはなかったけど、僕を理由に嘘垂れ込むやつなんかと仕事ができるのかって、人として終わってるって。そんな女がいる家と取引なんてふざけるなって。年齢が年齢だから家のことにも多少口出せるし」
「そうだったんだ・・・」
「ケイティーが男だったら殴りたかったけど、女だしね。流石にこらえたけど視界にはいるだけでもイライラした」
思ったよりけっこう修羅場になっていたらしい。
カイの雰囲気とは正反対な猫達の寝姿になんだか聞いている内容が作り話のようにも思えてくるけど、実際にあった話なのだ。
だからあの女の子のこと覚えてないのか…。実際に会ったのはあれ1回きりで、パーティーの時私は顔を合わせていないから。
「スージーには詳しいことは伝えてなかったよ。ぶり返したくなかったし、僕のせいで嫌な思いさせてたから、なんて言えばいいかわからなくて、そのまま何もなかったように接してた。今更だけど本当にごめんね」
「・・・・ううん。それは大丈夫なんだけど」
100%今初めて聞く話だ。それにしても本当に覚えてない。何か引っかかる所があればと思ったけど、綺麗に記憶が抜け落ちている。
「私は?」
「ん?」
「家に帰ってから、私がどうなったかカイは知ってる?」
そして自分で聞いたわりに余りにもばかげた質問だなと思ってしまった。それでも仕方がない。それにカイは私に事を伝えてなかったって言ってたけど普通噂話でも耳に入るものではないのか。ここまで大事になっていたのであればなにかしら私も記憶しているはずなのに。
(私ってそんなに鈍感だったっけ・・・)
「あぁ、スージーは僕と一緒に帰って、翌朝から高熱で寝込んでたよ。あんな寒い中ずっと居たからね。抱き締めた時身体が相当冷えてたから焦ったけど」
「熱?」
「うん。3日間ぐらい高熱で、それからようやく下がり始めて。でも1週間は見舞い禁止されてたな」
「そうだったの・・・」
だから記憶がなかったのか。3日間高熱ってかなりキツイ気がする。多分寒さもそうだけど、精神的にきてしまってのほうが寝込んでた理由としてはしっくりくるかも。
昔の事を今更掘り返しても、考えてもどうしようもないけど、夢で見た事の続きがこんな事実だったとは。
(というかカイの胸元泣きながら叩いたって・・・あの女の子に言われたことが相当嫌だったのかしら)
考え込むように右手を口元に持ってきた私は、頭に何かが触れた気がしてその方向を見ようと顔を上げた。
(あ・・・カイの)
「怒った?」
触れていたのはカイの唇で、キスをしてくれていたようだった。昔から私のことを子ども扱いするように頭によくキスをしてくる彼だったからなんら不快ではないけど。
(久しぶりにこのキスされた)
「ううん。怒ってないよ、むしろ・・・なんかごめんなさい・・・」
なんて言えばいいのか分からないけど、怒るわけがない。家族の事柄に変更を生じさせてしまった私のほうが…。
「あ!!!」
カイの話を聞き終わったあと、何かスッキリしなくてこのもやもやはなんだろと思っていた私は、言いかけた言葉の途中でそれを急に思い出して、前触れなくいきなり大きな声を出した。
ビクっとしたのは隣にいたカイだけじゃなくて、呑気に寝ていた猫達も然りで、顔をあげてしきりに周囲を警戒するように首を回している。
「ごめん、ごめんね、いきなり大きな声出して」
「いや・・・ちょっとびっくりしたけど、どうかした?」
「そういえば、なんであの時っ・・・」
「あの時?」
焦ってカイを見上げると、自分がこれから聞こうとする事を途端に自覚して、恥ずかしさが込み上げた。こんなこと聞いても大丈夫なのか。自意識過剰と思われやしないだろうか。でも見た夢は実際の出来事だったから、カイが言ったあの言葉も空想ではないはずだ。
(というかそうだと困る)
「あっ・・・あのね」
「うん?」
「私を迎えに来てくれた時、お店の前に居て・・・その時に」
部屋が薄暗くて良かった。今の私の顔はきっと熱を帯びて少し赤くなっている気がする。きっと、聞かなくてもなんら支障はないけど、ここで聞かないとずっと気になってしまう。
(いつか聞く羽目になるなら今・・・)
「スージー?」
「あ・・・えっと・・・カイが『誰か好きな人でもいるの』って聞いてきたの」
「・・・・」
「覚えてる?あ、あれなんで聞いたのかなって、ちょっと気になって。ごめん、夢で見た時カイがそんなセリフ言ってたな~って・・・はは」
誤魔化し半分で笑いながら言ってみたけど、カイは少し固まっていた。もしかして、そんな発言したっけ?いや、してないけどコイツ何言ってんだ?的な事を考えているかもしれない。
「ご、ごめんなさい。私の勘違いなら」
「いや」
「・・・・・」
「勘違いじゃない・・・。あれは・・・普通に嫉妬しただけ」
「嫉妬?」
余りにも予想外の回答でキョトンとしてしまった私は、しばらくカイを見つめた。さっきまでの恥ずかしさはどこへやら。逆に今はカイの方が恥ずかしそうにしてる。
(・・・っていうかあんな場面で嫉妬とかどうしてするの)
ただ靴を見ていただけだ。そして可愛いと言っただけ。
「・・・スージーは14歳だったろう?結婚を視野に誰かと付き合うことなんて当たり前にあったし、子どもだって・・・」
「それは・・・そうだけど」
今なら考えないけど、昔は結婚して家庭に入ったら子どもなんてすぐにできると思ってた。でもそれと何の関係が?
「だからスージーに好きな人ができたのかと」
「・・・?」
「スージーが立ち止まって見てたのって、赤ちゃん用品のお店だったよね。だから好きな人ができてその人との・・・子どものこと考えて・・・ああいうの見てるのかと思って」
「え・・・・」
「だから、あんなこと聞いたんだ。今考えるとかなり自分本位な質問だったけど・・・。僕はスージーのことずっと好きだったから」
腑に落ちたような腑に落ちないような、そんなあやふやな感情が駆け巡ったあとに最後にそんな言葉を言われて、私は開いた口から何も発することができなくなり終始パクパク口を開いては開けてを繰り返していた。
(あれ・・・・?)
「どうかした?」
「あ・・・」
そして少ししてから、股の間に妙な違和感を覚えて、心臓が一気にドクドクと鳴りだした。
「カイ・・・」
汗ばんでいると思っていた下着。
なんだかさっきより濡れていると感じた私は、震える声でカイに一言告げた。
「破水・・・してるかも」
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