【完】キスのその先

ぷりん

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番外編4 終

 
 「・・・え?」
 「み、水が漏れて」
 
 病院から言われたのは、普通の破水ならすぐに分かるけど、破水ならなかなか気付きにくいから、少しでも違和感があればすぐにドクターを呼ぶようにだった。

 「病院、病院に連絡してくる。っていうかドクターに来てもらう!!ちょっと待って、スージーは絶対動かないで!!」
 
 私のつたない言葉を聞いて、少し身体を硬直したカイは数秒してからすぐにベッドから出て慌ただしく部屋を後にした。

 「・・・・は、はや」
 「ニャ~"」

 主人のただならぬ雰囲気と怒号のような音量に目をこれ以上ないほどに開いて部屋のドアと私の顔を交互に忙しなく見る猫達は、私の近くに寄ってきて体を擦り寄せてきた。

 「もう、産まれてきていいはずだけど・・・この始まり方は嫌だわ」

 苦い表情をしながら呟いたけど、内心動揺している。
 とりあえず動いてはダメだ。
 
 ドクターに言われた。それに、両家の親にも古い友人にも言われた。
 妊娠して不安なことはあるけど、一番山場なのは出産時だって。分かってはいるけど、願ったとおりにいかないのがお産だ。どれだけ気をつけていても、その日は誰にも分からない。

 「というか妊娠が分かった時だけだ…嬉しくて喜んだの」

 あとは不安の連続だった。
 胎動があるかな。
 へその緒が首に巻き付いてないかな。
 ちゃんと成長してるかな。
 お腹の中で…亡くなったりしないよね。

 「・・・私はどうなってもいいから」

 無事に産まれてきてほしい。
 漠然とした願いに、過ぎ去るこの僅かな時間でも不安が積もっていく。元々不安だらけの妊娠生活だった。積もりに積もった不安がここにきて爆発してはダメだと、暴れ出しそうな心をなんとか落ち着けようとして深呼吸して、カイの言うとおりベッドの上で彼が戻ってくるのを待っていた。

 (破水じゃなければ・・・動いても問題ないけど)

 「あ、カイっ」
 「ごめんよ、待たせた。今かかりつけのドクター呼んだから。あとスージーのお母さん達にも連絡しといた。僕のとこのドクターも一応呼んだから少しは安心かも」
 「・・・ありがとう」
 「多分破水してるなら、動けないから産む場所はここになるね。ドクターに言われて準備できるものはしておくからスージーはずっとここに居て。何かあれば僕の名前呼んで」
 
 カイの焦りを含んだ言葉に、私はコクンと頷いた。
 もし破水じゃなければ、両親への連絡も空振りになる。
 でも何度空振ってもこればっかりは気にしてられない。
 彼らも楽しみにしているから。

 そうだ、何度もシュミレーションしたはず。
 きっと大丈夫、きっと大丈夫、きっと大丈夫。

 お腹を擦りながらそう願って、静かな部屋の中じっと深呼吸をしていると、段々とお腹に痛みが出てきて、そこからは、嵐のような時間が過ぎていった。
 






 ―――――――――
 

 
 「おめでとうございます。元気な男の子ですよ!!」

 お腹が痛くなってから、すぐにカイがドクターを連れて部屋に来てくれた。間隔が狭まっていってどれくらい経ったのか分からなかったけど、診察をしてもらうとやっぱり破水していて、陣痛も始まっているようだった。
 カイと一緒に入ってきたのは、カイの家の専属ドクターで、かかりつけ医のドクターは少し遅れてやってきた。

 痛みの間隔がもっと狭まるにつれて、自我を忘れたように声を出し、痛みが遠のくと何事もなかったかのように出された僅かな補食を食べていた私は、精神が少しおかしくなったのかと思うくらい激動と静寂を行き来していた。
 このいきみ逃しはいつまで続くのか、もうちょっと、もうちょっとと思いながらかなりの時間が経過したことにふと気が付いたのは、窓を覆っていたカーテンの隙間から日の光が入ってきたのに気が付いた時だった。
 そして意識が朦朧としてきた時、ようやくいきんでいいというドクターの指示で最後の力を振り絞って何回かいきんだけどなかなか出てきてくれなくて、結局最後はお腹の上に助産師が乗り、赤ちゃんを押し出してくれた。


 死ぬかと思ったというのはこういうことをいうものなんだと、途切れ途切れに息を吐き出しながら思った。悶絶しながら途中叫び声を上げていたに違いない。

 「・・・あぁ・・・良かった」


 赤ちゃんを顔の近くに持ってきてくれたドクターは、「触れても大丈夫ですよ」と一言言ってくれた。声を上げて泣くその小さな姿に、指をそっと伸ばすとぎゅっと握ってくれた彼の右手は爪が立派に生えていた。





 ――――――――

 
 
 「スージー」
 「・・・カイ」

 これまた痛い処置がひととおり終わり、カイがドクターと入れ替わりで部屋に入ってきた。どうやら両親は今赤ちゃんと対面しているらしい。

 「大丈夫?まだ辛いよね。起き上がらないで」
 「・・・・大丈夫」

 心配そうな表情を浮かべてベッドの脇に来たカイは、きっと私の叫び声を部屋の外からずっと聞いていたに違いない。今の格好だってきっと酷いもんだろう。
 
 「よく頑張ったね」
 
 そう言いながら、遠慮がちに握ってくれた手がなんだか妙に震えている気がして、ぎゅっと無意識にその手を握り返した。

 
 「ちょっと休めば動けると思うけど」
 「え?・・・何言ってるの?動いちゃダメだって!!赤ちゃんの世話は僕がするからスージーは横になってなきゃだめだよ」
 「・・・・」
 「あと・・・渡したい物があって」
 「渡したい物?」 
 「うん」

 そう言ったカイの手には私の手が握られているだけであって他には何も見当たらない。

 「えっと・・・産まれてくるまで性別分からなかったから・・でもなんかずっと女の子だって勝手に思ってて」
 「・・・・」
 「あぁ、っていうか僕の両親とスージーの両親からの贈り物はリビングにあるよ。みんな事前に買ってたみたい。僕もそのうちの1人なんだけど」
 「そうなの?」
 「うん。みんな同じお店で買ってたから、包が同じだけど、別にみんなで一緒に行って買ったわけじゃないから勘違いしないでね」

 何故か恥ずかしそうに、場当たり的に言葉を繋げたカイ。いまいち意味が飲み込めなかった私は、贈り物が何か気になって、その日の夕方、リビングへと向かった。

 (・・・ま、股が痛い・・)

 何回か起き上がってお手洗いに行ったけどそれも痛かった。お手洗いに行くたびにそんな思いをしなくちゃいけないなんて、いっそのことずっと行かずに我慢してたい。そんなことを思いながら、リビングの戸を開けた。




 ◇◇◇
 

 「・・・小さい」

 赤ちゃんはリビングに用意されたベッドの上でスヤスヤ眠っている。産まれたばかりの赤ちゃんはまだ目が見えないから、外の世界に居ることに気が付いてない。

 ふにゃふにゃですぐにでも溶けてしまいそうなその柔らかさをじっと眺めていると、カイが小さな声で話しかけてきた。
 

 「今眠ったところなんだ。僕の父さんとスージーのお父さんは遠慮して抱っこしなかったけど、母さん達は抱っこしてたよ。やっぱりあやすのがうまいからすぐに寝てくれた」
 「カイは抱っこしたの?」
 「うん。したけど、抱き方が下手くそなのか泣きやんでくれなかった」
 
 苦笑いしながら、私が居ない間のことを話してくれたカイは、今私の代わりに夕食を作ってくれているようだ。

 「そういえば仕事は?大丈夫なの?」
 「うん。問題ないよ。電話して今日から2週間ほど休みをもらったから」
 「そうだったの?・・・ごめんなさい。2週間も休みって・・・」
 「なんで謝るの?そこは謝らなくていいよ。本当はもっと休みたかったけど」

 火は止まっているから音はしないけど、代わりにいい匂いがリビングに漂っている。

 「僕が居ない間はシッターさんに頼んで来てもらうからスージーは無理しちゃだめだよ」
 「・・・うん。ありがとう」
 
 夕食の続きを作りに火元へ戻ったカイの背中を見ていた私は、赤ちゃんに目を移した。
 
 「・・・名前、まだ考えてなかった。どんな名前が似合うかな・・・」

 話しかけても返ってくることのない返事。
 目を閉じて眠るその姿に、自分が産んだ赤ちゃんだと少し信じられなくて、ぎゅっと握りしめている小さな手を擦った私は少し泣いた。

 「ありがとう」

 何にお礼を言ったのか。
 色々な感情が込み上げる前に勝手に出てきた涙は、視界を遮って溢れ出てくる。

 
 「あっ・・・」

 そういえば、贈り物がリビングに置いてあるはず。
 そんなことを考えて、涙腺に蓋をしようとした私は、涙を手で拭って、リビングを見渡した。
 かなりの量の贈り物が積まれているその場所に目をやった私は一瞬ギョッとして、カイが言っていた包が同じという言葉を思い出して少し苦笑い。そしてその贈り物が置いてあるところまでゆっくりと近付いて、包を一つ手に取った。

 「・・・これは・・・誰からだろう」

 正四角形の箱にはリボンが巻かれている。
 よくよく見ると他の箱にも色違いのリボンが巻かれていて、その隙間にはメッセージカードのような物が挟まっている。あぁ、これを読めば誰からなのか分かるのねと、そのメッセージカードを抜き取った私は、二つ折りのそれを右手の人差し指と親指でゆっくりと開いた。
 

 
 ――――――
 スージーへ

 ここまでよく頑張ったね。僕ができることなんて限られてるし、君の不安を全部取り除けるわけじゃないけど、僕は君のためにずっとそばにいるから、これからは一つの遠慮もなく僕を頼ってほしい。
   
 愛を込めて カイ

 ――――――


 広げたメッセージはカイからだった。
 
 「・・・・」

 書かれた文字を親指でなぞった私は、唇を少し噛んで、反対の手で頬を拭いた。しばらくはこの感情的になる衝動は抑えられそうにないようだ。

 (中身なんだろう・・・)

 そう思ってすぐにメッセージカードを閉じてから、箱に巻いてあるリボンを取ってみた。きれいな包装もゆっくりはがして、最後は蓋をパカっと開けてみた。



 「・・・・ふふ」
 
 笑いと同時にまた涙。
 バレないように口元を手で覆って、ついでに頬を伝う数滴の涙も手で拭いた私。
 

 「可愛い」
 
 目の前のプレゼントを見ながら無意識に出てきた言葉に、夢で見たあの日のことを思い出した。

 たまたま目について立ち止まったあのショーウィンドウの前。当時はこんなことになるなんて思わなかった。

 「ありがとう」

 そして声を出して言うともっと酷く泣けてきそうだった私は、声を押し殺してそう呟いた。
 カイは、どんな気持ちでこのプレゼントを選んだのだろうか。産まれてきて男の子だと分かったから、あのセリフだったのかと、今ようやく納得した。


 「スージー、ご飯できたよ。あれ?もうプレゼント開けてる?」
 「っ・・・・うん。ごめん」
 
 笑いと涙が同時に出るなんて、こんな日は二度と来ないのではないだろうか。プレゼントを開けたことに焦ったように反応したカイは、少し顔が赤かった。

 「ご飯冷めるから早く食べよう」
 「そうだね。ありがとう」
 
 箱の中身を取り出して蓋を閉めた私は、そのうえに贈り物をそっと乗せてから、ゆっくり立ち上がりテーブルの方へと足を運んだ。
 
 「カイ」
 「なに?」

 プレゼントがよほど恥ずかしかったのか、少しぶっきらぼうに返事をする彼に、愛しさが込み上げてくる。
 
 「ずっとそばにいてくれて、ありがとう」
 




 カイがくれた贈り物。
 それはあの日ショーウィンドウで惹き寄せられて見入っていた、赤いリボンをつま先の上にお行儀良く乗せた、可愛らしい白い一足の靴だった。
 
  


 end.
  

 
 
 
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