27 / 90
27.デビュタントの夜会へ
しおりを挟むデビュタントの夜会は、通常の夜会より早い時刻から開催され、短時間で終了する。ちょうど夏至のあたりで行われる夜会は、明るいうちに始まり、暗くならないうちに終わるのだ。
これは、まだ未成年の令息令嬢に負担がかからないようにと考えられて夜会が開催されているからである。
アラステアは、ラトリッジの祖父母とジェラルドとともに、魔導車で王宮へ向かう。コートネイ伯爵夫妻も本当は参加したかったのだが、領地が大雨に見舞われたことによる対応のため、急に不参加となってしまった。
コートネイ伯爵夫妻はアラステアがクリスティアンと婚約をしたときに、王都を訪れている。その際にも、デビュタントの夜会を楽しみにしていたので、さぞや残念に思っていることだろうとアラステアは思った。
「父上も母上も、間が悪かったね。だけど、幹線道路の補修は早く済みそうだし、大事には至らなかったから良かった、良かった」
次期領主であるジェラルドは、暢気に車の中で軽口をたたいているが、幹線道路の補修のための資材の調達と運搬の手続きを早々にやってのけている。
このような能力の高さが、クリスティアンの言う攻略対象としての特徴なのかもしれない。
アラステアはそのようなことを考えながら、ジェラルドを見て微笑んだ。しかし、その笑顔はぎこちなく、緊張しているさまが読み取れる。
「アラステア、笑顔が強張っているわ。そんなに緊張しなくても大丈夫よ」
「そうだ、わしがちゃんとエスコートするからな」
「ダンスは、クリスティアン殿下のリードにお任せすれば良いんだから、安心しておけ」
「はい……」
ラトリッジの祖父母は、そう言いながら満面の笑顔をアラステアに向け、ジェラルドは更に軽い口調で励ましの言葉を口にする。
アラステアは、三人に笑顔を向けて頷いたが、その笑顔は強張ったままである。
王宮でのデビュタントの夜会においては、デビュタントする者は家族をパートナーとして入場することとなっている。
アラステアは、第一性が男性であり、第二性がオメガであるため、アルファ男性の祖父、父、兄、オメガ女性の祖母、母の誰もが入場パートナーとなることができる。
ちょうどアラステアの婚約が決まって、全員がラトリッジ侯爵家に集まっていた夜は、家族が紛糾していた。
皆が望んでいたアラステアのデビュタントでのファーストダンスの役割を、婚約者となったクリスティアンに任せなければならなくなってしまったのだ。残るは、入場する際のパートナーだ。
母は、入場パートナーは荷が重いからと最初から立候補をしなかった。しかし、あとの四名は、自分がアラステアの入場パートナーになりたいという主張をした。
どのような方法でその立場を決めたのか、アラステアは知らない。
結果としては、祖父がアラステアをエスコートしてデビュタント会場へ入場することになったのだ。
そのときのアラステアは祖父と会場へ入場し、クリスティアンの元へ行って合流してから、デビュタントする者たちに混じってファーストダンスを踊れば良いと思っていた。
王族が並ぶ場所へ行き、クリスティアンに手を取られるのだと思うと不安になるが、注目されるのはそのときだけだ。美しい姿勢や所作は、祖母からもローランドからも厳しく指導されている。きっと何とかなるだろう。アラステアはそう考えて、自分を鼓舞していたのであるが。
「アラステアは、わたしの婚約者だから王族のダンスに参加するのだと……、言っていなかったか?」
「いえ、聞いておりません……」
それは三日前のことだ。デビュタントの夜会前二日と、夜会後二日、合計五日間は学院が休日となる。王宮の夜会以外の、下位貴族や平民が行うデビュタントパーティーなどもこの間に行われることが多い。
休日前にデビュタントの話をいつものようにアラステアとクリスティアン、アルフレッドとローランドの四名でしていたときにその話題は出た。
何と言っても王宮で開かれる夜会である。デビュタントをする者たちのファーストダンスの前には、国王と王妃のダンスが行われるのが通常だ。そして今年は、第一王子アルフレッドの婚約者であるローランドと第三王子クリスティアン、そしてその婚約者のアラステアがデビュタントを迎えるということで、国王と王妃とともに三組でダンスを踊ることになっているというのだ。
二年前のアルフレッドとレイフがデビュタントであったときも、二人の祖母にあたる王太后と、国王の妹であるローランドの母とがパートナーとなり、三組で王族のダンスを披露したという。
王都のことに疎いアラステアは、このタイミングでそれを知って、愕然とした。三日後には皆の前で王族のダンスを踊らなければならないのだ。アラステアは、そのような大役があるとは、想像すらしていなかった。
青くなっているアラステアを見て、ローランドはその細い体を抱きしめた。
「ああ、わたしが話しておけば良かったね。ごめんねアラステア」
「ローランドのせいじゃないから、気にしないで」
謝りながらアラステアをぎゅうぎゅうと抱きしめるローランドを見て、クリスティアンもアルフレッドも複雑な笑みを浮かべていたのは、誰も見ていない。
車の窓から、まだ明るい時刻であるのに灯されている王宮の灯りが見えてくる。
アラステアは、ここから逃げることはできないのだ。
「ダンスの授業では高得点を頂いたのですから、全力を尽くします」
「まあ、やる気が出てきたようね。良かったわ」
「そうだ、わしの孫でラトリッジの跡継ぎなのだから、立派にふるまえると思うぞ」
思い悩んでも仕方がない。祖父母の励ましを聞いて、それはやり遂げなければならないことなのだと思う。自分を鼓舞するように、アラステアは両手を強く握った。
「そんなに、頑張らなくてもいいようなことだと思うんだけどな……」
ジェラルドはそんな冷めたことを呟く。
それは、アラステアは十分綺麗で可愛くて所作も美しいのだから、そのままで十分なのだと思う気持ちから出た言葉だった。
全方位に優秀なジェラルドの弱点は、ブラコンなところであるのだろう。
家族の温かい気持ちに支えられながら、アラステアはデビュタント会場に到着した。
816
あなたにおすすめの小説
5回も婚約破棄されたんで、もう関わりたくありません
くるむ
BL
進化により男も子を産め、同性婚が当たり前となった世界で、
ノエル・モンゴメリー侯爵令息はルーク・クラーク公爵令息と婚約するが、本命の伯爵令嬢を諦められないからと破棄をされてしまう。その後辛い日々を送り若くして死んでしまうが、なぜかいつも婚約破棄をされる朝に巻き戻ってしまう。しかも5回も。
だが6回目に巻き戻った時、婚約破棄当時ではなく、ルークと婚約する前まで巻き戻っていた。
今度こそ、自分が不幸になる切っ掛けとなるルークに近づかないようにと決意するノエルだが……。
悪役令息に転生したので婚約破棄を受け入れます
藍沢真啓/庚あき
BL
BLゲームの世界に転生してしまったキルシェ・セントリア公爵子息は、物語のクライマックスといえる断罪劇で逆転を狙うことにした。
それは長い時間をかけて、隠し攻略対象者や、婚約者だった第二王子ダグラスの兄であるアレクサンドリアを仲間にひきれることにした。
それでバッドエンドは逃れたはずだった。だが、キルシェに訪れたのは物語になかった展開で……
4/2の春庭にて頒布する「悪役令息溺愛アンソロジー」の告知のために書き下ろした悪役令息ものです。
婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。
黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」
豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。
しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。
義理の家族に虐げられている伯爵令息ですが、気にしてないので平気です。王子にも興味はありません。
竜鳴躍
BL
性格の悪い傲慢な王太子のどこが素敵なのか分かりません。王妃なんて一番めんどくさいポジションだと思います。僕は一応伯爵令息ですが、子どもの頃に両親が亡くなって叔父家族が伯爵家を相続したので、居候のようなものです。
あれこれめんどくさいです。
学校も身づくろいも適当でいいんです。僕は、僕の才能を使いたい人のために使います。
冴えない取り柄もないと思っていた主人公が、実は…。
主人公は虐げる人の知らないところで輝いています。
全てを知って後悔するのは…。
☆2022年6月29日 BL 1位ありがとうございます!一瞬でも嬉しいです!
☆2,022年7月7日 実は子どもが主人公の話を始めてます。
囚われの親指王子が瀕死の騎士を助けたら、王子さまでした。https://www.alphapolis.co.jp/novel/355043923/237646317
転生したら同性の婚約者に毛嫌いされていた俺の話
鳴海
BL
前世を思い出した俺には、驚くことに同性の婚約者がいた。
この世界では同性同士での恋愛や結婚は普通に認められていて、なんと出産だってできるという。
俺は婚約者に毛嫌いされているけれど、それは前世を思い出す前の俺の性格が最悪だったからだ。
我儘で傲慢な俺は、学園でも嫌われ者。
そんな主人公が前世を思い出したことで自分の行動を反省し、行動を改め、友達を作り、婚約者とも仲直りして愛されて幸せになるまでの話。
巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく
藍沢真啓/庚あき
BL
11月にアンダルシュノベルズ様から出版されます!
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。
目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり……
巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。
【感想のお返事について】
感想をくださりありがとうございます。
執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。
大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。
他サイトでも公開中
悪役令息(Ω)に転生したので、破滅を避けてスローライフを目指します。だけどなぜか最強騎士団長(α)の運命の番に認定され、溺愛ルートに突入!
水凪しおん
BL
貧乏男爵家の三男リヒトには秘密があった。
それは、自分が乙女ゲームの「悪役令息」であり、現代日本から転生してきたという記憶だ。
家は没落寸前、自身の立場は断罪エンドへまっしぐら。
そんな破滅フラグを回避するため、前世の知識を活かして領地改革に奮闘するリヒトだったが、彼が生まれ持った「Ω」という性は、否応なく運命の渦へと彼を巻き込んでいく。
ある夜会で出会ったのは、氷のように冷徹で、王国最強と謳われる騎士団長のカイ。
誰もが恐れるαの彼に、なぜかリヒトは興味を持たれてしまう。
「関わってはいけない」――そう思えば思うほど、抗いがたいフェロモンと、カイの不器用な優しさがリヒトの心を揺さぶる。
これは、運命に翻弄される悪役令息が、最強騎士団長の激重な愛に包まれ、やがて国をも動かす存在へと成り上がっていく、甘くて刺激的な溺愛ラブストーリー。
[離婚宣告]平凡オメガは結婚式当日にアルファから離婚されたのに反撃できません
月歌(ツキウタ)
BL
結婚式の当日に平凡オメガはアルファから離婚を切り出された。お色直しの衣装係がアルファの運命の番だったから、離婚してくれって酷くない?
☆表紙絵
AIピカソとAIイラストメーカーで作成しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる