攻略対象の婚約者でなくても悪役令息であるというのは有効ですか

中屋沙鳥

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28.緊急事態か

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 デビュタントの会場への入場は、家格が下位の者からとなる。王宮の文官は、定められた序列通りに並べているのだが、年によっては苦情を言う家もあって悩ましい。

 今年デビュタントを迎える者の中で最後に入場するのは、ローランドだ。アラステアの入場は、最後から二番目になる。王族は全員が入場してから、前方の扉から入場するので、ダンスの前はそこへ向かって礼を取らなければならない。
 時間の余裕もそれほどなく、アラステアは事前にクリスティアンに会うことができなかった。アラステアは握りしめた自分の手が、緊張のあまり冷たくなっていくのを感じていた。

「緊張するね」

 待機場所でローランドが、発した言葉にアラステアは目を見開いた。

「ローランドでも緊張するの?」
「当たり前じゃないか。王族のダンスを踊らないといけないのだよ?」

 ローランドの微笑みはいつも通り完璧で、そんな緊張など微塵も感じさせない。周囲から見れば、ローランドはアラステアと余裕のある会話を楽しんでいるように見えるだろう。二人が話している内容は、すぐそばにいるウォルトン公爵とラトリッジの祖父にしか聞こえていないのだから。
 アラステアも最近は表情を動かさない訓練ができているものの、ローランドの言葉に驚いていたのは皆に伝わっていることだろう。しかし、ウォルトン公爵とラトリッジ侯爵の間でローランドと話をしている彼を侮っても良いと考える者は、高位貴族と王宮の衛士と侍女だけがいるこの場には不在である。
 二人のデビュタントのために仕立てられた衣服は、恐ろしく上質なものだ。そして、アラステアの髪にはルビーとエナメル加工された金で作られた柊が飾られ、ローランドの髪には金細工の薔薇にルビーとダイヤモンドがちりばめられた髪飾りが煌めいている。その装飾品の豪華さとそれに込められた象意を見るだけで、それぞれが婚約者の王子殿下にどれだけ愛されているかがわかる。
 アラステアとローランドは、緊張を紛らわせるだけに話をしているだけだ。しかし、美しい二人が語りあう光景は、その周囲の者たちにとっては、ただただ目の保養となるだけのものであった。
 
 そして、ウォルトン公爵とラトリッジ侯爵も、その二人の様子を見て満足していた。
 

 別の待機場所にいた下位貴族たちの入場に続いて、高位貴族たちも入場を始める。


 家名を呼ばれて順に入場したアラステアとローランドは、デビュタントの令息令嬢が並ぶ中、会場の前方に立つ。デビュタントの衣装は白か白と黒の組み合わせと決まっている。そして、黒のテイルコートを着ている者以外は、白のテイルコートやドレスを着ているので、デビュタントの令息令嬢が並ぶ光景は、白が大半を占めている。
 その中に、主人公であるノエルの姿もあった。レイトン男爵家はそれなりに裕福であり、それなりに上質な白いテイルコートを身につけたノエルは可愛らしい。
 男爵家の令息令嬢は市井のパーティーで人脈を広げることが多いため、王宮の夜会に出席する者はあまりいない。しかし、レイトン男爵は可愛らしいオメガのノエルが、できるだけ上位の貴族のアルファと縁づくことを望んでいたため、王宮でデビュタントを迎えさせたのだ。

 家格に差があるアラステアとノエルの立ち位置は離れている。このまま『イベント』もなく、そして何の関りもなく夜会が終れば良いのにとアラステアは願う。

 やがて、夜会の開催が告げられ、皆は上座に目を向けて国王の入場を待つ。

 国王は王妃を伴って登場した。その後ろには側妃が続き、そして三人の王子が会場に入る。
 国王と三人の王子は黒のテイルコート、王妃と側妃は、それぞれに華やかなイブニングドレスを身につけている。

 こうして王族が並んでいるのを見ると、第一王子アルフレッドは、金色の巻き毛と赤い瞳を持った精悍なアルファである国王の面差しを受け継いでいて、相似形のようである。そして、第二王子レイフは側妃とよく似た顔立ちで、青い瞳と髪の栗色も同じだということがよくわかる。第三王子クリスティアンは、父と同じ赤い瞳と王妃である母と同じ黒髪を受け継いでいるが、その美しい顔立ちは王太后譲りだといわれていた。
 王族の並ぶ麗しい姿に、会場の皆はうっとりと見惚れた。

 やがて国王の祝いの挨拶が終り、王族のダンスの時間となる。
 アラステアは、ローランドとともに王族の前に出て見事なボウ・アンド・スクレイプをする。アルフレッドがローランドの手をまず取り、そしてクリスティアンがアラステアの手を取る。
 国王と王妃、アルフレッドとローランド、クリスティアンとアラステアの三組が微笑みあい、広間の中央へと足を向けた。

 ちょうどそのときだ。

 下座の方からぱたぱたと走って来る足音が聞こえた。

 ここにいるのは夜会に来るような貴族ばかりで、足音を立てることなどまずない。

 そう、この会場の中で足音を立てて走ることがあるとすれば、騎士が緊急事態を告げるために入室したときぐらいだろう。

 何か緊急事態でもあったのかと、アラステアは足音のする方に目をやった。

 そこにいるのは、ピンク色の髪にピンク色の瞳の可愛らしい小柄な少年。天真爛漫な笑顔を浮かべて、前に向かって走って来る。

「レイフさまー! 僕も一緒に踊りたいー!」

 男爵家の立ち位置である最後方から前方へ駆けてきたノエルの甲高い声が、会場に響き渡った。



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