【本編完結】オメガの貴公子は黄金の夜明けに微笑む

中屋沙鳥

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36.愛を告げる

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「フロレル、次の時間のプラネタリウムを予約してありますから、すぐに観覧できます」
「アントワーヌ、流石だね。ありがとう」

 フロレルはアントワーヌの気遣いに礼を言いながら、エスコートされるままに予約された座席に向かった。
 王都の天文館内のプラネタリウムエリアには、ボックス席がある。貴族以外にも、動き回ったりおしゃべりをしたりする子どもたちが、活用している。子どもたちにプラネタリウムを見せることが推奨されていることもあり、ボックス席の予約金はそれほど高くない。しかしその分、ボックス席の予約は取りにくいのだ。

 しかし、取りにくくてもその予約を取るのが、アントワーヌの政治力ではある。

「初夏の星座が投影されるようです。楽しみですね」
「ふふ。前のように、学芸員の方の説明を憶えておいて家に帰ってからも調べようか」
「ええ……」

 フロレルがアントワーヌの言葉にいたずらっぽく微笑を返す。その顔を見て、アントワーヌが耳を赤く染めて頷く。

『今夜の空を投影します。東の地平線から満月が昇ってきました……』

 学芸員の言葉とともに会場が徐々に暗くなり、陽が沈んだばかりの青い夕闇色に天球が染められる。

「アントワーヌの瞳の色だね」
「フロル……」

 フロレルは空の濃い青色を見て思わず呟く。それを聞いたアントワーヌは、たまらずにフロレルの手元に自分の手を伸ばしてそっと握った。アントワーヌの手のぬくもりを感じたフロレルの手は、反射的にぴくりと動いたものの、その手をはねのけることはない。結局フロレルは、天球の夜が明けてプラネタリウムが終わるまで、アントワーヌに自分の手を握らせていた。

 フロレルとアントワーヌが子どもの頃、二人は手を繋いでプラネタリウムを鑑賞するのが当たり前だった。最初は暗闇を怖がるアントワーヌを落ち着かせるために、フロレルが手を繋いでやったのだ。それが習慣のようになり、プラネタリウムを観覧するときには、フロレルとアントワーヌは手を繋ぐようになった。アントワーヌは、そもそもその頃からフロレルを慕ってたし、現在ではそれが恋情であると明らかに意識をしている。

 フロレルにはアントワーヌの本心は全く伝わっていないが。


 プラネタリウムが終わり、フロレルとアントワーヌは子どもの頃のように売店を見て回ってから天文館を去るために馬車に向かった。

「フロレル、この後、王都の丘陵公園に、満月が昇るのを見に行きませんか?」
「そうだね。少しだけなら……」

 アントワーヌのエスコートを受けて乗り込んだ馬車の中で、フロレルはその提案に戸惑いながらも笑顔で頷いた。
日暮れが遅くなっているので、ゆっくりと満月を見ていると晩餐に間に合わないかもしれない。しかし、プラネタリウムのおさらいもしたいと思ったフロレルは、ショコラ公爵家に使いをやることにして、アントワーヌと満月を見に行くことにしたのだった。

「ああ、この公園に来るのも久しぶりだ」
「子どもの頃は、よく一緒に来ましたね」

 フロレルは馬車を降りてから、アントワーヌに手を引かれながら小高い丘になっている王都丘陵公園に足を踏み入れた。
 王都の中では小高い丘となっているこの公園は、王都を囲む城壁の東から南にあたる部分が見渡せる場所にある。アントワーヌは東側が見渡せるベンチにハンカチを広げると、フロレルに座るよう促した。

「フロレル、どうぞお座りください」
「ありがとうアントワーヌ。ああ、日暮れが近いね」

 アントワーヌはフロレルの隣に座り、ともに空を見上げる。見たばかりのプラネタリウムの話をしながら、二人は陽が暮れて月が昇って来るのを待った。
 やがて黄昏が訪れ、その後には、アントワーヌの瞳のような濃い青色の夕闇が空に広がる。

 東の空に昇り始めた月は大きく丸く、辺りを照らす。

「美しい月だね……」
「ええ、本当に美しい……」

 周りの星をかき消すほどの月の明るさに感動しているフロレルの隣で、ふとアントワーヌが立ち上がる気配がした。

「アントワーヌ?」

 どうしたのかと首を傾げるフロレル。その金色の瞳を先ほど二人で見た夕闇のような濃い青色の瞳で見つめながら、アントワーヌはその場に跪き、フロレルの手を取った。

「フロレル、わたしに少しだけ時間をください」
「あらたまってどうしたのだ? アントワーヌ」

 月明かりに半分ほど照らされたアントワーヌの顔からは、先ほどまでの笑みが消えていて、真剣な表情が浮かんでいる。
 フロレルは戸惑っていたものの、アントワーヌに掬われた手をそのまま彼に預ける。アントワーヌはフロレルの手を取ったまま息を大きく吸い込み、そして言葉を発した。

「フロレル、わたしは貴方を愛しています。どうぞ、わたしの伴侶となり番となってください」
「……え?」

 アントワーヌに愛を告げられたフロレルは、驚いたように目を見開いた。そのまま何も言わなくなってしまったフロレルを、アントワーヌは見つめ続ける。

 その沈黙の時間は、アントワーヌにとってまるで永遠のようであった。

「アントワーヌには、望む人を伴侶に迎えてほしいと……」

 やっと絞り出したかのようなフロレルの掠れたような声を聞いて、アントワーヌは握ったままのフロレルの手の甲にキスを落とす。

「フロレル、わたしが望むのはフロレルだけです。他の誰かを望むことなどありません。愛しています。どうかわたしの気持ちに答えてください」
「でも……」

 アントワーヌはフロレルの手を握り、その手に額をあてた。

「お願いです。フロレル、ずっとわたしの側にいてください。愛している。ねえ、フロル。お願いだから」
「アンヌ……」

 自分の手に額を擦りつけるようにして愛を乞うアルファを見れば、オメガは多少なりとも心を動かすものだ。ましてやそれが、幼い頃には可愛がっていた従兄弟であればなおのこと。

「ねえ、フロルはわたしがずっと側にいるのは嫌? わたしと番になるのは嫌だと思う?」
「そんなことは……ない」

 フロレルはアントワーヌにこうして手を握られていても不快ではないし、抱き着かれたときにも嫌悪感を抱いたことはない。

「それならば、わたしの愛を受け入れて、どうか番になってください」

 アントワーヌの真剣な眼差しを受け止めたフロレルは、その申し出を断る理由がないと考えてしまった。

 そもそもフロレル自身には、番になりたい相手がいるわけではないのだ。数日前にも、アントワーヌが望む相手が現れなければ伴侶になり、番となっても良いと言ったばかりである。

 可愛いアンヌが相手であれば、まあいいかと。

「わかった。アントワーヌの気持ちを受け入れるよ」
「ありがとう、フロレル! ずっと、ずっと大切にするから!」

 その答えを聞いたアントワーヌはフロレルを抱き上げた。

「あっ、アントワーヌ何を」
「うれしい、フロル。愛している。愛しているよ」

 フロレルを抱いたまま歌うように愛していると言いながら、アントワーヌはくるくると回った。
 やがて、丘陵の上でそれを続けるのは危ないからと、護衛に止められることになるのだが。

 結局、フロレルは、自分の気持ちがはっきりしないままアントワーヌの気持ちを受け入れた。しかし、アントワーヌが喜ぶ顔を見ていると、それで良いのだろうとフロレルは思う。


 間もなくフロレルは、上位アルファの愛するオメガに対する執着心を甘く見ていたと、思い知ることとなる。



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