【本編完結】オメガの貴公子は黄金の夜明けに微笑む

中屋沙鳥

文字の大きさ
22 / 53

21.婚約はなくなった

しおりを挟む

 このごろ、アントワーヌの態度が非常に軟化しているとフロレルは感じていた。そう、以前のようにフロレルによそよそしい態度を取ることはなくなったのだ。
 いや、距離が近くなったという方が適切だろう。
 アントワーヌは、学園へ通うフロレルをエスコートしているし、屋敷にいる時もよく話しかけてくるようになった。話題は、ショコラ公爵家の領地経営のことや事業のことだ。
 アントワーヌがショコラ公爵家の継嗣となることがほぼ決定したということが、彼を明るくしているのかもしれない。
 フロレルはそう思っていた。

 フロレルとシャルルの婚約がなくなっても、アントワーヌがショコラ公爵家を継ぐことは変わらない。決定するのは学園卒業後であるが、おそらくフロレルとシャルルの婚約が解消されたことの発表と同時期になるだろう。

「アントワーヌの婚約もそのときに発表されるのだろうか……」

 アントワーヌには自分の望む婚姻をしてほしい。フロレルはジョゼフにアントワーヌの望むようにしてほしいと言った。それは本心ではあるが、寂しい気持ちが拭えないというのもフロレルにとっては本当のことだ。
 アントワーヌが外出した後で時々香っていた花の香油とオメガフェロモン。あれは、ルネのものだという確信をフロレルは持っている。




「シャルル殿下は相変わらずですのね」
「ええ、ボンボン子爵令息もお気の毒に」

 カフェテリアでランチをとりながら、クロディーヌとルイーズが言葉を漏らす。二人の視線の先には、シャルルがルネを自分の隣に座らせようとしている姿があった。学園内のカフェテリアでは、みながランチプレートを自分で運んでいるのに、最近のシャルルは護衛にランチプレートを運ばせている。
 明らかに腰が引けているルネを自分の隣に座らせて、ランチプレートを本来その役割を担っていない護衛に運ばせる。
 シャルルはあのように自分勝手な人間だったのだなと思いながら、フロレルは改めてその姿を見やった。
 ルネは以前と比べると、シャルルから離れようとしている様子が見られるようになった。それは、最近になってシャルルからの接触が増えているからだろう。以前はルネの肩を軽く抱く程度だったその手が、今は背中を撫でたり腰に回ったりしているのだ。オメガとしてはアルファから接触されるのは好ましいことではない。
 実のところ、アントワーヌやカミュ、ジャックといった側近たちは、それをさり気なく妨害しているのだが、相手が王子ともなればあまり強引なことはできない。
 アルファにべたべたと触られるなどとは、オメガにとっては辛いことだろう。

 ましてや、他に愛しいアルファがいれば……

 そこで浮かんだアントワーヌの面影を、フロレルは振り払うように首を左右に小さく振った。

「カミュ様もジャック様も、卒業後の進路が決まってクロディーヌ嬢もルイーズ嬢もひと安心だね。婚姻式の準備も進んでいるのだろう?」
「ええ、フロレル様もぜひご出席くださいね」
「ああ、わたくしの婚姻式にもご出席をお願いしますわ」

 話をかえるかのようなフロレルの問いかけに、クロディーヌとルイーズは顔を綻ばせて答える。
 卒業間近になって、シャルルの側近といわれる者たちの進路も決定した。
 カミュは、シュクレ王国の商都ミエルにあるガレット伯爵家が経営する支店を任されることになっている。そしてジャックは、騎士団への入団が決まり、早くも警察騎士団へ配属となった。
 全くないわけではないものの、王子の側近になる者が王宮勤めでないことは珍しい。
 シャルルの立太子を不安視する噂は密やかに語られ、本人の耳に入ることはないのだが。

 フロレルが婚約者でなくなった時点で、シャルルの立太子はほぼ見送られることになるだろう。
力を失ったラッテ王国の王女を母に持ち、ショコラ公爵家の後ろ盾がなくなったシャルルを、いったい誰が支持するのか。
 シャルル自身はそのようなことに全く気づいていない。自分が王太子になるということに疑いを持ったことはないだろう。
 アルチュールが十八歳になるその時まで、次の王太子を指名する予定はなくなった。学園でのシャルルの振る舞いを見て、フロレルとの不仲を察した貴族の中には様子見をするものが増えている。更には、現時点でアルチュール派に乗り換える者も見られるようになっているのだ。シャルルが巻き返すには、かなりの努力をしなければならないが、本人にはその気持ちはないだろう。


◇◇◇


「フロレル、王命は白紙になった。シャルル殿下との婚約は解消でも破棄でもなく、そもそも無きこととなった。おめでとう」
「ありがとうございます。お父様」

 フロレルが、王命が白紙になりシャルルとの婚約がなくなったとジョゼフから聞いたのは、卒業式の二日前のことだった。
 フロレルは素直に婚約がなくなったことを喜んだ。そして、最近のシャルルの様子に生理的な嫌悪を感じるようになっていたフロレルは、そのようなアルファと番にならずに済んだことに安心した。ただし、それは誰にも言わずに置いたのだが。
 アントワーヌも、フロレルの婚約がなくなったことを心から喜んでくれた。その様子を、フロレルは不思議な出来事が起きているかのように見つめた。継嗣としてショコラ公爵家に来てからのアントワーヌは、いつも感情を押し殺した態度を取っていたのだ。それなのに。

 どうしてアントワーヌは、フロレルの婚約がなくなったことがそんなにうれしいのだろうか。

 フロレルは、その不思議も胸の中にしまった。なぜならば、ジョゼフとシャルロットは、そのアントワーヌの態度を当然のように受け止めていたからだ。自分にはわからない何かがあるのだろうと、フロレルは自分を納得させたのだ。

 結局フロレルは、アントワーヌに王命を白紙にできるほどの何があったのかを聞くことができずに卒業式の日を迎える。


 そして、シュクレ王立学園の卒業式終了後、学園のホールで行われていた卒業生を囲むパーティーでその事件は起きる。



「フロレル・ド・ショコラ公爵令息! シュクレ王国第一王子シャルル・ド・シュクレの名において、ここに俺とお前との婚約を破棄する!」

 そのように宣言するシャルルの声が、ホール中に響き渡った。




しおりを挟む
感想 37

あなたにおすすめの小説

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /チャッピー AI比較企画作品

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

自己肯定感低めの不幸な義弟が完璧な義兄と大揉めに揉める話

あと
BL
「こんな僕をお兄ちゃんは嫌ってるだろうな」 トップ俳優な完璧超人の義理の兄×不幸な自己肯定感低めのネガティブ義理の弟です。 お金ない受けが追い詰められて変なアルバイトしようとしたら、攻めと再会して……?みたいな話です。 攻めがヤンデレ気味で、受けがマジで卑屈なので苦手な人はブラウザバックで。 兄弟は親が離婚してるため、苗字が違います。 攻め:水瀬真広 受け:神崎彼方 ⚠️作者は芸能界にもお葬式ににもエアプなので、気にしないでください。 途中でモブおじが出てきます。 義理とはいえ兄弟なので、地雷の人はブラウザバックで。 初投稿です。 初投稿がちょっと人を選ぶ作品なので不安です。 ひよったら消します。 誤字脱字はサイレント修正します。 内容も時々サイレント修正するかもです。 定期的にタグ整理します。 批判・中傷コメントはお控えください。 見つけ次第削除いたします。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

新年に余り物でおせちを作ったら、冷酷と噂の騎士団長様に「運命の番」だと求婚されました

水凪しおん
BL
料理人だった俺が転生したのは、男性オメガというだけで家族に虐げられる不遇の青年カイ。 新年くらいはと前世の記憶を頼りに作ったのは、この世界にはない『おせち料理』だった。 それを偶然口にしたのは、氷のように冷酷と噂される最強の騎士団長リアム。 「お前は俺の運命の番だ」 彼の屋敷に保護され、俺の作る料理が彼の心を溶かしていく。 不器用で、だけどまっすぐな愛情を注いでくれる彼と、美味しい料理で紡ぐ、甘くて温かい異世界スローライフ。

僕を振った奴がストーカー気味に口説いてきて面倒臭いので早く追い返したい。執着されても城に戻りたくなんてないんです!

迷路を跳ぶ狐
BL
*あらすじを改稿し、タグを編集する予定です m(_ _)m後からの改稿、追加で申し訳ございません (>_<)  社交界での立ち回りが苦手で、よく夜会でも失敗ばかりの僕は、いつも一族から罵倒され、軽んじられて生きてきた。このまま誰からも愛されたりしないと思っていたのに、突然、ろくに顔も合わせてくれない公爵家の男と、婚約することになってしまう。  だけど、婚約なんて名ばかりで、会話を交わすことはなく、同じ王城にいるはずなのに、顔も合わせない。  それでも、公爵家の役に立ちたくて、頑張ったつもりだった。夜遅くまで魔法のことを学び、必要な魔法も身につけ、僕は、正式に婚約が発表される日を、楽しみにしていた。  けれど、ある日僕は、公爵家と王家を害そうとしているのではないかと疑われてしまう。  一体なんの話だよ!!  否定しても誰も聞いてくれない。それが原因で、婚約するという話もなくなり、僕は幽閉されることが決まる。  ほとんど話したことすらない、僕の婚約者になるはずだった宰相様は、これまでどおり、ろくに言葉も交わさないまま、「婚約は考え直すことになった」とだけ、僕に告げて去って行った。  寂しいと言えば寂しかった。これまで、彼に相応しくなりたくて、頑張ってきたつもりだったから。だけど、仕方ないんだ……  全てを諦めて、王都から遠い、幽閉の砦に連れてこられた僕は、そこで新たな生活を始める。  食事を用意したり、荒れ果てた砦を修復したりして、結構楽しく暮らせていると思っていたのだが…… *残酷な描写があり、たまに攻めが受け以外に非道なことをしたりしますが、受けには優しいです。

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

処理中です...