【本編完結】オメガの貴公子は黄金の夜明けに微笑む

中屋沙鳥

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21.婚約はなくなった

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 このごろ、アントワーヌの態度が非常に軟化しているとフロレルは感じていた。そう、以前のようにフロレルによそよそしい態度を取ることはなくなったのだ。
 いや、距離が近くなったという方が適切だろう。
 アントワーヌは、学園へ通うフロレルをエスコートしているし、屋敷にいる時もよく話しかけてくるようになった。話題は、ショコラ公爵家の領地経営のことや事業のことだ。
 アントワーヌがショコラ公爵家の継嗣となることがほぼ決定したということが、彼を明るくしているのかもしれない。
 フロレルはそう思っていた。

 フロレルとシャルルの婚約がなくなっても、アントワーヌがショコラ公爵家を継ぐことは変わらない。決定するのは学園卒業後であるが、おそらくフロレルとシャルルの婚約が解消されたことの発表と同時期になるだろう。

「アントワーヌの婚約もそのときに発表されるのだろうか……」

 アントワーヌには自分の望む婚姻をしてほしい。フロレルはジョゼフにアントワーヌの望むようにしてほしいと言った。それは本心ではあるが、寂しい気持ちが拭えないというのもフロレルにとっては本当のことだ。
 アントワーヌが外出した後で時々香っていた花の香油とオメガフェロモン。あれは、ルネのものだという確信をフロレルは持っている。




「シャルル殿下は相変わらずですのね」
「ええ、ボンボン子爵令息もお気の毒に」

 カフェテリアでランチをとりながら、クロディーヌとルイーズが言葉を漏らす。二人の視線の先には、シャルルがルネを自分の隣に座らせようとしている姿があった。学園内のカフェテリアでは、みながランチプレートを自分で運んでいるのに、最近のシャルルは護衛にランチプレートを運ばせている。
 明らかに腰が引けているルネを自分の隣に座らせて、ランチプレートを本来その役割を担っていない護衛に運ばせる。
 シャルルはあのように自分勝手な人間だったのだなと思いながら、フロレルは改めてその姿を見やった。
 ルネは以前と比べると、シャルルから離れようとしている様子が見られるようになった。それは、最近になってシャルルからの接触が増えているからだろう。以前はルネの肩を軽く抱く程度だったその手が、今は背中を撫でたり腰に回ったりしているのだ。オメガとしてはアルファから接触されるのは好ましいことではない。
 実のところ、アントワーヌやカミュ、ジャックといった側近たちは、それをさり気なく妨害しているのだが、相手が王子ともなればあまり強引なことはできない。
 アルファにべたべたと触られるなどとは、オメガにとっては辛いことだろう。

 ましてや、他に愛しいアルファがいれば……

 そこで浮かんだアントワーヌの面影を、フロレルは振り払うように首を左右に小さく振った。

「カミュ様もジャック様も、卒業後の進路が決まってクロディーヌ嬢もルイーズ嬢もひと安心だね。婚姻式の準備も進んでいるのだろう?」
「ええ、フロレル様もぜひご出席くださいね」
「ああ、わたくしの婚姻式にもご出席をお願いしますわ」

 話をかえるかのようなフロレルの問いかけに、クロディーヌとルイーズは顔を綻ばせて答える。
 卒業間近になって、シャルルの側近といわれる者たちの進路も決定した。
 カミュは、シュクレ王国の商都ミエルにあるガレット伯爵家が経営する支店を任されることになっている。そしてジャックは、騎士団への入団が決まり、早くも警察騎士団へ配属となった。
 全くないわけではないものの、王子の側近になる者が王宮勤めでないことは珍しい。
 シャルルの立太子を不安視する噂は密やかに語られ、本人の耳に入ることはないのだが。

 フロレルが婚約者でなくなった時点で、シャルルの立太子はほぼ見送られることになるだろう。
力を失ったラッテ王国の王女を母に持ち、ショコラ公爵家の後ろ盾がなくなったシャルルを、いったい誰が支持するのか。
 シャルル自身はそのようなことに全く気づいていない。自分が王太子になるということに疑いを持ったことはないだろう。
 アルチュールが十八歳になるその時まで、次の王太子を指名する予定はなくなった。学園でのシャルルの振る舞いを見て、フロレルとの不仲を察した貴族の中には様子見をするものが増えている。更には、現時点でアルチュール派に乗り換える者も見られるようになっているのだ。シャルルが巻き返すには、かなりの努力をしなければならないが、本人にはその気持ちはないだろう。


◇◇◇


「フロレル、王命は白紙になった。シャルル殿下との婚約は解消でも破棄でもなく、そもそも無きこととなった。おめでとう」
「ありがとうございます。お父様」

 フロレルが、王命が白紙になりシャルルとの婚約がなくなったとジョゼフから聞いたのは、卒業式の二日前のことだった。
 フロレルは素直に婚約がなくなったことを喜んだ。そして、最近のシャルルの様子に生理的な嫌悪を感じるようになっていたフロレルは、そのようなアルファと番にならずに済んだことに安心した。ただし、それは誰にも言わずに置いたのだが。
 アントワーヌも、フロレルの婚約がなくなったことを心から喜んでくれた。その様子を、フロレルは不思議な出来事が起きているかのように見つめた。継嗣としてショコラ公爵家に来てからのアントワーヌは、いつも感情を押し殺した態度を取っていたのだ。それなのに。

 どうしてアントワーヌは、フロレルの婚約がなくなったことがそんなにうれしいのだろうか。

 フロレルは、その不思議も胸の中にしまった。なぜならば、ジョゼフとシャルロットは、そのアントワーヌの態度を当然のように受け止めていたからだ。自分にはわからない何かがあるのだろうと、フロレルは自分を納得させたのだ。

 結局フロレルは、アントワーヌに王命を白紙にできるほどの何があったのかを聞くことができずに卒業式の日を迎える。


 そして、シュクレ王立学園の卒業式終了後、学園のホールで行われていた卒業生を囲むパーティーでその事件は起きる。



「フロレル・ド・ショコラ公爵令息! シュクレ王国第一王子シャルル・ド・シュクレの名において、ここに俺とお前との婚約を破棄する!」

 そのように宣言するシャルルの声が、ホール中に響き渡った。




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