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32.楽しい『狩』の始まりです
しおりを挟む『狩』に行くための準備は、楽しいものだ。ワイバーンの革を加工して作った籠手と脛当て、胸当てを身につけ、長剣とダガーナイフをベルトに取りつける。
魔法攻撃と物理攻撃を組み合わせることによって、魔獣討伐を効率的に行うのは、ヒムメル侯爵領で子どものころから身につけてきたことだ。
基本的には魔獣は息の根を止めて討伐する。生け捕りにするのは魔法の研究に使う時で、ディートフリート様のご希望で『狩』に行くときはそれも視野に入れる。
今回は、ロルバッハ魔法騎士団長が連れて行ってくださるので、生け捕りは必要ないと考えてよいだろう。ビュッセル侯爵令息とヴァネルハー辺境伯令息が、どのような戦い方をするのかにも興味がある。二人の様子は、校内で行う合同演習で疑似魔獣相手のものしか見たことがない。
魔法騎士団で行った対人戦と魔獣相手では、まったく戦い方が違うはずだ。
「ラファエル、楽しそうだね」
「はい、ラインハルト様、久しぶりの『狩』でございますから。気持ちが高揚しております」
「ラファエルの討伐は素晴らしく上達したと聞いている。楽しみだな」
「ロルバッハ騎士団長と『狩』に行くのは三年ぶりですから、僕の戦い方を見て、改善点をぜひご教示ください」
王都郊外の森に向かう馬車には、ラインハルト様とロルバッハ魔法騎士団長、そして僕が乗っている。後のメンバーは騎馬だ。僕も騎馬で向かいたかったのだが、護衛の関係でラインハルト様が馬車に乗られることになったのでその道連れと言っては語弊があるが、そうなったのである。通常なら、ラインハルト様も騎馬で良いのであるが、昨今の魔獣の状況を見て、魔法騎士団から馬車で移動するようにとの強い要望があったということだ。
いまだに実地演習の時のヘルハウンドがなぜ巨大化していたのか、最大の個体を凍らせたら残りの個体が倒れていったのはなぜなのかは、解明されていない。通常の戦いで討伐できることはわかったのだけれど、まず、凶暴化の原因を突き止めないと各騎士団に負担がかかりすぎる。機能不全になる前に、何とかしなければならないはずだ。
この『狩』は、魔法騎士団では訓練の扱いになっている。ラインハルト様と僕には、王宮からの護衛騎士もついているのでなかなかの大所帯だ。
魔法騎士団では、どの部隊がこの『狩』に参加する権利を得るかで、各部隊の代表による競技会が行われたそうだ。非公式ではあるものの、王族とともに『狩』に出ることは騎士にとって名誉なことでもある。しかも、『狩』の最中であれば、王族に声をかけることも許されるとあっては、またとない機会だと思う人物もいるだろう。そのようなことで競技会をするのだろうかと考えたものの、それも訓練の一環になるのだそうだ。
それでなくても、今は魔獣の異常発生が続いていて、気が抜けない時期だ。こういうときには、やる気を鼓舞するような行事がある方が良いらしい。
このやる気鼓舞は、騎士団や魔法騎士団には有効であるけれど、魔術師団や文官にはそれほどの効果がないらしい。
王都郊外の森の入り口に、テントを建てて本部を作る。治療魔術師や一部の団員が待機してくれるのだが、どうやら、食事も本部で用意してくれると聞いたのは馬車の中でだ。
ヒムメル侯爵領にいるときのように携帯食を持ってきたのであるが、必要なかった。
「ヒムメル侯爵領ではどのような携帯食を持っていかれるのですか?」
「そんなに変わったものはございませんよ。魔獣の干し肉と乾燥野菜、ラスクぐらいでしょうか。長期になると、現地調達が基本になるのは王都の魔法騎士団と同じだと思います」
魔法騎士の方たちは、ヒムメル侯爵領の携帯食が気になるようだ。味見をしてもらうと美味しかったらしく、作り方を教えてほしいと要望された。頬を染めて魔獣肉を口にする魔法騎士たちは可愛らしい。いかつい人もいるのに不思議だ。
我が家の私兵に魔獣の干し肉を作るのが得意な者がいるので、派遣できるかどうか確かめてお知らせする旨を伝える。
「あ……ヒムメル侯爵令息が来てくださるわけではないのですね……」
「僕も作れるのですが、得意な者から聞いた方が良いでしょう?」
「ま、まあそうですね……」
僕が行かないと言うと、魔法騎士の皆さんは、ひどく残念そうにされた。僕も、魔法騎士団にお伺いした方が良いのだろうか。僕が王子の婚約者だから来てほしいのかな。
今日も、魔法騎士団の皆が『狩』に参加したがっていたというし、王家やそれに連なる人間が珍しいのかもしれない。
これからも顔を出すということを、お知らせしておいた方が、良いのだろうか。
「干し肉の作り方の話には伺いませんが、研修のための訓練にはこれからも参加いたしますので、よろしくお願いいたします」
「あっ、そう、そうですか。来てくださるのを楽しみにしています」
「しっしっかり、訓練しましょうね」
魔法騎士団の皆さんは、うれしそうな笑顔でそう言ってくださった。僕たち魔法学校の生徒の研修に、こんなに協力的なのだな。
良い人たちだ。
「ラファエル、何をうれしそうにしているのだ」
僕の名前を呼んで、腕を引くのはラインハルト様だ。
「ラインハルト様、魔法騎士団の方と魔獣の干し肉の話をしていたのですが……」
僕は、魔法騎士団の方々にヒムメル侯爵領の魔獣の干し肉のお話をしていたこと、僕たちの研修のための訓練を快く受け入れてくださっていることなどをラインハルト様にお話しした。
「ヒムメル侯爵令息は、うれしいと思ってくださっていたのか……」
「あの『よろしく』は、社交辞令じゃなかったんだな」
「表情が変わらない方だからな」
魔法騎士団の方には、うれしい気持ちが伝わっていなかったようだ。ラインハルト様には僕の感情が伝わるようなので、不自由はしていなかったが、『氷の貴公子』と呼ばれているのだから、当然なのかもしれない。
こういうことで悪役令息という悪い印象がつくのだろうか。
だったら、それでちょうどいいのか。
よし、悪役令息として頑張ろう。
「では、『狩』を開始する。出立するぞ!」
そして、『狩』が始まるという合図がロルバッハ騎士団長から示され、僕たちは高揚した気持ちで森に入って行った。
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