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7-2.やっと駒鳥は契約内容がわかったの?
しおりを挟む「エディがチェスターに俺の護衛を命じられたのは、ここまでだよね。これからどうするの?」
「俺は、このままロビン様の護衛を続けられたらありがたいのですが。ブラッフォード家で雇用してくださるように、ロビン様からお口添えいただけませんか?」
「ああ、俺の護衛かどうかはともかく、当面はファルのところで雇ってもらうのがいいだろうね」
エディのように腕の立つ美丈夫なら、ラプターの上流階級に高年棒で雇ってもらえると思うのだけれど、最初は安心できるところの方が良いだろう。
「どうなるかわからないけれど、俺からはお願いしておくよ」
「いや、ロビン様が頼んでくださったら、絶対大丈夫ですよ」
「そうですよ。エディはブラッフォード様の大切なロビン様を、ここまで無傷で護衛してきたのですから。そのあたりを、きちんとお話しくださいませ」
ジーンが無用な圧力をかけてくる。絶対大丈夫なことはないと思うけれど。そして、言っていることがよくわからないのだけれど。
「わかった。頑張るよ」
俺は、安請け合いをする。
「ありがとうございます」
亡命の道行きは、エディがいなければ達成できなかっただろう。ここで恩を返さなければと、俺は強く思った。
エディは、チェスターの命を受けてラプターへの入国手続きをしてくれただけではない。騎士として野営の訓練を積んでいたエディのおかげで、俺とジーンは安全に過ごすことができたのだ。有能な近衛騎士としての未来がなくなったエディが、ラプターで生活するために、俺ができることをしよう。
その後も花茶を楽しんでいたところ、部屋の扉が叩かれた。ファルが訪れたことを、対応したジーンが告げる。
立ち上がってファルを迎えると、両肩に手を添えられて頬に口付けられた。通常、こういう挨拶は雇用契約関係ではしないと思う。しかし、俺と考え方が違うらしいファルが、期待に満ちた翠玉の瞳で俺を見ているので、俺もファルの頬に口付けた。
「着替えたんだね。よく似合うよ。可愛い」
白いブラウスに蒼天色のベスト、象牙色のトラウザーズという俺の簡素な服装を見て、ファルは嬉しそうに微笑むと、もう一度俺の頬に口付けをした。
既に俺も、こういうことでは驚かなくなってきている。
慣れてしまったというのか。
ファルは、俺のことを昔と同じ子どもだと思っているのではないだろうか。だから、簡単に口付けをしたり、可愛いと言ったりするのだろう。
でも、俺は子どもじゃない。
俺は、ファルのことが好きなのだろうと思う。多分、ヴァレイの王都で最初のお得意様になってくれたあの頃から。
抱きしめられても嫌じゃない。それどころか、嬉しいぐらいだ。
好きな人の側で、好きな人のために、好きな魔道具を作り続ける。
それは、案外幸せかもしれない。
ファルは椅子に座り、俺を向かいの長椅子に座らせた。
ジーンが、手際よく新しい茶器でお茶を用意していく。
それから、ファルは2人きりで話をしたいからと言って、ジーンとエディを下がらせた。
「商談は、終わったの?」
「ああ、もともとロビンが到着するのを待って長逗留していたのだから、問題はない。パロットの支店に指示を出しておいたから、後は俺がいなくても進められる話だ。ロビンも疲れているとは思うけれど、明日にはシュライクに出発しよう」
シュライクは、ラプター連合王国の首都だ。ブラッフォード家の当主である公爵閣下……ファルの御父上は、現在そこに滞在しているという。首都の屋敷は、国会議員である兄上が主に管理しているようだ。
フラッフォード家はラプターの南西、大きな運河を擁するキャノメラナに本家があり、広大な農地を所有している。キャノメラナは、運河沿いに大きな商業地があるのも特徴で、ブラッフォード家の三男であるファルの経営するブラッフォード商会の本店もそこにある。
「シュライクで、ブラッフォードの親族にロビンを紹介してから、キャノメラナに行くことになる。ロビンの家族はキャノメラナの本店にいるから、そこで会えるよ。それでいいかな?」
「わかった。シュライクでの挨拶が終わったら、じいちゃんたちに会えるね」
「そうだね。先に家族に会わせてあげたいけれど、父がどうしてもロビンに早く会いたいというんだ。ごめんね」
「ううん、大丈夫。俺、契約をしたのだから、ブラッフォード公爵閣下に認めてもらえるように頑張る。じいちゃんたちが無事なら、会うのは後になってもいい」
ブラッフォードの親族に、魔道具技師として認めてもらえる仕事をしなければならない。贅沢なおもちゃばかり作っていて、鈍くなっている勘を取り戻さなければ。
「ありがとう、ロビン。
シュライクに着いたら、すぐにお披露目用の衣装を作るからね。布地やお針子の手配はできているから、急いで仕立てさせて、お披露目をして、なるべく早くキャノメラナに向かおう」
「お披露目用の衣装? そんなのが必要なの?」
「それは必要だろう。俺の伴侶をお披露目するのだから。美しいロビンが、もっと素晴らしく見える衣装を作らないとね」
ファルがにこやかに話すその内容が、俺には飲み込めない。
ファルの伴侶のお披露目? それは……?
「伴侶……? ファルの伴侶? ……誰が?」
ファルが驚いたように目を見開いた。
「ロビン、何を言っているの。ロビンが、俺の伴侶だろう?
さっきロビンも、契約をしたのだから認めてもらえるように頑張ると言ってくれたじゃないか
その耳飾りに、お互いに血液で魔力登録をして、契約したでしょう?」
「え……」
契約……専属契約とは、そういう意味だったのか。
婚姻の契約なら、『婚姻を結ぶための契約』と言うのではないだろうか。
でも、確かに昔と違って、今は婚姻の契約でしか血液による契約は行わない。自分の道具に血液で魔力登録するのとは、わけが違う。
あれは、あの契約は、婚姻であると言われればそうだろう。
あのとき俺は、契約に了承したのだ。
俺、俺は。
「ロビン?」
「俺、あれは、魔道具技師としての雇用契約だと思っていた」
俺の言葉にファルが息を呑んだあと、絞り出すように呟いた。
「ロビン……、ヴァレイ王国のサルビア王子殿下と、雇用契約を結べるはずがないじゃないか」
そう、あのときも……、あれからも……ずっと、俺はおかしいと思っていたはずだ。
「そうだね。冷静に考えれば、わかるはずのことだね」
チェスターもジーンも、そして、エディもわかっていた。みんなは、その前提で話していたのだと俺も今ならわかる。じいちゃんだってあの耳飾りを作った時点でそう思っていただろう。俺だけが、その可能性を排除していたのだ。
「ロビンは、俺の伴侶になるのは不本意かい? 考えられなかった?」
ファルが翠玉の瞳を揺らしながら、俺の蒼天色の瞳を覗きこむ。
「ロビンが、どうしても嫌だと言うのであれば……、契約を解除することもできるよ……」
ファルが、今までに聞いたことのないような冷たい、抑揚のない声で俺にそう告げた。
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