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18-1.手がかりを駒鳥はつかめたの?
しおりを挟む俺は骨董品店の店先に飾られた駒鳥を硝子越しに見て、傷みがないことを確かめていた。
「ああ、それは骨董というには、新しいものなのですが、美しいでしょう?
魔道具のようですが、動かないのですよ。特定の魔力にしか反応しない特別注文の品でしょうね」
穏やかな声がする方に目を向けると、背の高い痩せぎすの男性がいた。灰色の髪をした知的で上品な雰囲気の人物だ。
「初めまして。ご店主ですか? この品物を見せて頂きたいのですが」
「初めまして。どうぞご覧ください。繊細な魔道具なので、触ることはご遠慮願っておりますけれど」
店主であるかを確認する言葉に頷いて、彼は愛想の良い表情を浮かべながら、俺の依頼を承諾した。今の俺は、陛下の私邸からの帰りなので、かなり身なりが良い。上客だと判断されたのだろう。
俺だって店に立っていればそう考える。
「ありがとうございます」
店主は白い手袋をはめて、鳥籠を持ち上げ、白い布帛を広げた卓の上に置き、俺を側に招いた。
近くで見ても傷はなく、大切に扱われていたことがわかる。魔鉱石を填め込んである部分にも細工をした形跡はない。
「素晴らしいでしょう? 少しばかり高価ですけれど、お客様にお似合いですよ。髪の色も目の色も同じではありませんか。貴方のために作られたかのようだ」
そうだ、俺の髪と目の色に合わせて作ったのだから、同じ色に決まっている。俺のために作られたのではないけれど。
気配を感じて振り向くと、俺の後ろでジーンが笑いを堪え、エディが肩を震わせているのが見える。笑うところではないはずだ。くそ。
「高価なものですし、即断が難しいのであれば、お取り置きしておきますよ」
親切な店主だ。しかし俺はもう決めている。
「いえ、買います。手付金をお支払いして、残りは明日でも大丈夫でしょうか?」
「ええ、ええ、大丈夫でございますよ。では、明日、お宅へお届けしましょう」
「お願いします。
ジーン、支払いを頼む」
「はい、ロビン様」
初見の客なので、全額即金でなければ、すぐに持って帰ることはできない。店主に求められる通りに住まいと名前を書いていく。俺の手元を見ている店主の様子が変化していくのがわかる。
「ああ、ブラッフォード様の縁者の方でいらっしゃいましたか」
俺を見る店主の表情が一気に緩む。身元を明かして警戒心を解かれるのは、ブラッフォードの威光だろう。
「はい、そうなのです。
鳥籠は、十時にブラッフォード商会の隣にある自宅に届けてください」
明日は商会が休みの日で、朝の話では、ファルも家にいる予定だった。アイリスを探してもらうのに、ちょうど良いだろう。どう頑張っても、自分だけの力では探せないのだから。
「かしこまりました。十時ですね」
機嫌良く書類に書き込みをしている店主を見て、良い頃合いだと判断した俺は、質問をすることにした。
「実は、これは、行方知れずになっている、俺の弟の持ち物だったのです。弟を捜しているのですが、これをどこで手に入れたのか教えていただくわけにはいきませんか?」
ブラッフォード公爵からは、アイリスの行方についての情報は、今のところ入っていない。確実になるまで俺に知らせない可能性はあるけれど、いずれにしても、知らせることができる状況でないのだろう。
「ああ!なんという偶然でしょう。そんな事情がおありだったのですね。それはご心配でしょう!」
人の良さそうな店主は、俺の様子を見て、いたく同情したようだった。
店主は、これを取引のある古道具店の伝手で、手に入れたそうだ。その店は鳥籠を持ち込まれたものの、自分の店で取り扱うような代物ではないと言って、高級な骨董を扱うこの店を紹介したという。古道具店の店主は、盗品ではないと確認して、勧めてきたそうだ。
「ただし、売りに来た方の情報は……その…」
「明日、商品を受け取るときには、ブラッフォード商会の会長にも同席してもらうことにします」
俺は王子の微笑みを浮かべ、店主を見つめる。俺の意図を、正確に察してくれるであろうと信じて。
「ああ、そうですか!では、事業者同士の情報提供などができるということですね」
「はい、有益な情報を頂けることと思っています」
俺は笑顔のまま頷いた。
「ああ、お任せください。
弟様を早く見つけることができるとよろしいですね」
店主はそう言って、俺に笑顔を返した。
「これをきっかけにして、アイリス様の行方がわかるとよろしいですね」
帰りの馬車の中で、ジーンが俺に話しかけてくる。
「そうだね。お父様がお持ちの情報と合わせたら、目星が付くのかもしれない。どこまで調査が進んでいるのかわからないけれど」
「ご無事で再会できることを、祈るばかりでございますね」
「うん……」
鳥籠が見つかったからと言って、アイリスが無事だとは限らない。手がかりが1つ、見つかっただけだ。
可愛いアイリス、無事でいて……
俺が家に帰ると、ファルはもう帰宅していた。
夕食を食べてから、ファルの書斎で話をする。長椅子に座ったファルが、いつものように自分の隣の座面を叩くので、その場所に座る。頬に口付けをされて、俺も口付けをするのはお約束だ。
「あの、ファル、叔父様の金糸雀(カナリア)の件の前に、話があるんだ」
「どんな話だい?」
「今日、叔父様の私邸からの帰りに骨董品店で買い物をした。明日、それが届けられる。そのとき、店主との話にファルも同席して貰いたいのだけれど」
「骨董品店? 珍しいね。ロビンの好きなものを買うのはいいけれど、どうして俺が同席するの?」
「そこで買ったのは……俺がアイリスの成人祝いに作った駒鳥(ロビン)の鳥籠なんだ」
「え!アイリス殿の?」
俺の言葉を聞いたファルは、翠玉の瞳を大きく見開いた。
骨董品店で駒鳥(ロビン)の鳥籠を見つけたこと。明日、家に届けてもらう約束をしたこと。そこに、ブラッフォード商会の会長が同席すると話したこと。俺は、それらを詳しくファルに話した。
「なるほど。店として、客に売り手の情報は簡単に明かせないけれど、ブラッフォード商会の会長に、事業者同士の情報提供という形で知らせるなら、大丈夫ということか。うまく話をまとめてきたね」
そう言いながら、ファルは俺の髪を梳くように撫でた。
「だって、お客様には話せない情報も、店同士の横のつながりだったら交換するだろう?じいちゃんの魔道具店でもそうしていたよ」
「だったら、ロビンが情報交換をしてもいいんじゃないの?」
「俺では駄目だ」
俺は膝に乗せた自分の手を握りしめた。
「ロビン?」
「ファルに助けてもらわないと駄目だ。俺が相手だったら、あの店主は事業者同士の話をしてはくれないと思う。ファルコン・レイ・ブラッフォードでないと駄目だよ」
俺は、握りしめた手をただ見つめて声を絞り出した。自分の力のなさが悲しかった。
ファルは右手を俺の手の上に乗せ、左手で肩を抱くと、こめかみに口付けをした。
「ロビン。ロビンはそう思ったんだ。今はまだ、俺の名前の方がラプターでは知られているからね。
ロビンは魔道具技師として天才なだけじゃなくて、商売の才能もあると思う。これから名前を売って行けばいいよ」
「ファル…俺のこと、そんなに甘やかしてはいけないよ」
俺はファルの首元に顔を乗せた。
大好きなファル。俺を慰めて、励ましてくれる。ファルは俺を過大評価し過ぎだと思う。
「大丈夫だよ。商売のことになったら、ロビンにも厳しくするから」
「本当にそうして欲しい。何もできないのが辛い」
ファルには、俺がどうして落ち込んでいるのかは、わからないと思う。だけど、黙って俺を抱きしめてくれた。
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