あの人は私を名前で呼ばない

某千尋

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真実と失恋3

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 家に着いた途端、我慢していた涙が溢れた。昨日とは違い、嗚咽が漏れる。

 苦しい、苦しい。

  私がゆうきの恋愛対象でないことなんて、高校の頃からわかっていた。でも、それは私が「女」だからだと思っていた。ゆうきは男性が好きな女性で、そもそも恋愛対象に入るはずがないのだと、そう信じていた。
 私は、全ての女性が対象ではないのだから、自分が恋愛対象ではないことは仕方ない、そう自分を慰めてきた。

 でも、違った。

 ゆうきの恋愛対象は女性だった。けれど、私はゆうきの恋愛対象にならなかった。この事実は、私を打ちのめした。

 妄想したことがある。もし、ゆうきが女性も恋愛対象だったのならば、私とゆうきは結ばれたのではないかと。あり得ない妄想だと思いながら、何度も何度も繰り返し妄想した。
 妄想の中の私とゆうきは仲睦まじく、永遠を誓い、寄り添っていた。幸せな妄想だった。妄想から現実に引き戻されると酷く落ち込んだけれど、妄想の中で幸せでいられることは、私の心を多少なりとも慰めた。

 しかし、もうそんな妄想もできない。

 ゆうきの恋愛対象は女性なのだ。けれど、私はゆうきと結ばれない。 
 こんな現実、知りたくなかった。昨日のことなんて見なかったことにすればよかった。そうすれば、私は少なくとも妄想の中で幸せでいられた。

 事実を受け止める覚悟をしていたはずなのに、その実私の心はなんの準備もできていなかった。

 涙はいつまでも止まらない。このまま体中の水分が全部瞳から流れ落ちて枯れ果てて消えて無くなってしまえればいいのにと思う。

 くだらないことを考えていることはわかっている。数多の人がいるのに、その中のたった一人のことでここまで取り乱すなんておかしい。けれど、止まらない。
 私にとってゆうきは唯一無二の存在なのだ。それが何故かなんて考えても仕方ない。私にとってそうなのだ。私の心がそう叫ぶのだ。

 もしかして……悪い想像が私の頭を支配する。ゆうきは私とぎくしゃくしたくないから自身がレズビアンであることを言わなかったと言っていた。けれど、そもそも女性を恋愛対象にしているゆうきなら、女性から向けられる視線の意味を正確に理解できるのではないか。女性から自分に向けられる感情が恋愛感情かどうかわかるのではないか。
 そうであるならば、私の気持ちはやはりゆうきにバレていたのではないか。ゆうきが私にレズビアンであることを言わなかったのは、私に期待を持たせないようにするためだったのではないか。
 他の友人たちを名前で呼ぶのに、私だけ名字で呼ばれていたのもそのためだったのではないか。ななちゃんとは二人で飲みに行くのに、私とは飲みに行かないのも同じ理由ではないか。

 そういえば、この前の合コンでゆうきの様子がおかしい時があった。あの時ななちゃんは、参加者全員がゆうきの知り合いであったことに対し、悪いことをしたわねとゆうきに言った。
 よく考えたらおかしい。ゆうきの恋愛対象が男性ならば、謝罪すべきは宮田さんのはずだ。宮田さんがゆうきの知り合いである勅使河原さんを連れてきたことを謝罪すべきはずだ。けれど、ななちゃんが謝った。

 ななちゃんは知っていたのだ。ゆうきの恋愛対象が女性であることを。そして、ゆうきの恋愛対象ではない私を合コンに連れてきたことを謝罪していたのだ。だから、ゆうきはななちゃんが私を誘った時に困ったように笑ったのだ。

 高校時代に私を縛り付けていた悪い想像が、突然現実味を帯びてくる。全ての辻褄が合う。
  あぁ、私は警戒されていたのだ。そしてそれは見事に功を奏した。私はゆうきに告白できず、友人として振る舞い続けた。

 相変わらず涙はとめどなく流れる。

「…………告白……しなくてよかった……」
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