あの人は私を名前で呼ばない

某千尋

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贖罪と覚悟3

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「……すっかりコーヒー冷めちゃったな」

 隆哉はコーヒーカップを持ち上げ、半分ほど中身が残ったそれを弄ぶようにくるくると揺らす。

「新しいの頼む?」

「……いや、これ以上話すこともないだろ」

 隆哉は冷たくなったコーヒーをぐっと飲み干して席を立つ。

「俺さ、平気そうに見えるかもしれないけど、ぶっちゃけ無理してる。ダサいから言わないでおこうと思ったけど、平気だと思われて今後恋愛相談なんて持ちかけられたらたまったもんじゃないから言っとく。いつか友人の頃みたいに戻れる……かはちょっと約束できないけど、まあ、頑張るわ。ここのコーヒー代は慰謝料ってことでみずきにご馳走になることにする」

 隆哉は子供っぽい笑顔を見せて背を向ける。その背中が店外に消えるまで、目で見送った。

 隆哉は、本当に自分にはもったいない程の人だった。どうしてあの素敵な人を好きになれなかったのだろう。何故、私を友達としか思っていないゆうきだったのだろう。自分の心なのに、なんてままならない。

 冷めたコーヒーをゆっくりと口に運びながら思考を巡らせる。
 ゆうきから逃げようとしていた。けれど、ゆうきから逃げても、きっと私はゆうきを好きな気持ちから逃げられない。

 こんなにこの気持ちを引きずっているのはきっと高校の時に決着をつけなかったからなんだろう。
 誰にだって初恋はある。実らない人なんてごまんといる。けれど、それを十年も引きずる人はそうそういないだろう。みんな事実を受け止めて、前に進んでいるんだ。

 私は情けなくも事実を受け止めず逃げ続けてきた。その結果、隆哉を傷付けた。そして、私は同じことを勅使河原さんにしようとしていたのかもしれない。

 そこまで思考してコーヒーカップをソーサーに戻す。
 もう逃げるのはやめよう。なんでもない顔でゆうきと友人関係を続けていくのは無理だ。何かしらの結論を出さないと、私はずっとここから抜け出せない。その結論が何かは、まだ決められないけれど。

 伝票を掴んで席を立つ。たった一杯のコーヒーを慰謝料なんて、そんなことでは私を許してしまうなんて。
 あんなに沈んでいた気持ちが嘘のように、暫くぶりのすっきりとした気持ちで店を出た。すっかり日が落ちてしまっていた。
 都会の夜空に星なんて見当たらないはずなのに、ふと見上げた空には確かに星が輝いているように見えた。
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