あの人は私を名前で呼ばない

某千尋

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【番外編】勅使河原譲の考察

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 みずきさんから、片想い相手とうまくいったと連絡が入った。
 まあ、想定はしていた。

 思うに、みずきさんは別に十年間ずっと相手に恋をしていたわけではないだろう。本人はそう思っているみたいだが。
 初恋は特別なものだ。俺だって、初恋の相手はよく覚えているし、何となくそれ以降の恋愛より印象が強い。誰だって少なからずそうであるはずだ。

 みずきさんは、気持ちすら伝えないまま初恋を終わらせてしまった。
 だから、ずっと心の中に伝えなかった後悔が残っていたのだろう。でもそれは後悔であって、恋ではなかったはずだ。

 そうでないとおかしいだろう。その相手に会っていたのに、大学の時は落ち着いていたなんて。
 忘れたと思い込もうとしていた?そんなわけない。事実忘れていたんだ。そして元夫に恋をした。

 みずきさんは元夫への恋情を否定していたけれど、それは違うだろう。恋には色んな種類がある。燃え上がるような恋もあれば、穏やかな温かさの恋もある。きっとみずきさんの元夫に対する恋は後者だったのだろう。
 ただ、初恋は前者だった。だから、みずきさんは元夫への気持ちを恋だと思わなかった。あれだけ素敵だと言っていた相手に恋はしていない?そんなのどう考えてもおかしいだろう。初恋のような恋はしていなかったのかもしれないが、どう聞いても恋だった。

 みずきさんの元夫が、何故みずきさんが自分に対して恋をしていないと思ったのかはわからない。けれど、もし元夫が前者の恋をしていたのだとすると、温度差からみずきさんの気持ちは違うと思ったのかもしれない。

 では、みずきさんの今の恋はどうなのか。
 これについては恋をしてるのは間違いないだろう。
 けれど、それは久しぶりに会って、再び恋に落ちたってだけの話だ。よく聞く話だろう。初恋の相手に久しぶりに会ってときめくことなんて。本当はそれだけの話のはずなのに、みずきさんは気持ちを伝えなかった後悔をずっと抱えていたから、十年間ずっと思い続けていたと勘違いしたのだろう。

 まあ、結果としては恋している相手とうまくいった、という話なのだから、過程なんて関係ないのかもしれない。

 俺はみずきさんへ「おめでとう」と返信する。

 さて、初恋とは美化されるものだ。
 しかも、みずきさんは十年間思い続けていた相手だと思っている。
 きっとみずきさんの中で相手の評価は実際よりだいぶ高くなっているだろう。
 実際に付き合い始めたらどうなるんだろうね。

 そこまで考えて自嘲する。
 負け惜しみのようなことを考えてしまったな。

 久しぶりに出会えた理想に合う人だったから、思っていたよりショックだったようだ。

 俺は好みがはっきりしている。
 正直俺はかなり打算的な人間である。常に相手の真意を探っているし、損得計算もしている。そして、人に隙を見せないようにしている。そんな付き合い方をしているから、結構疲れる。
 だからこそ、パートナーには癒しを求めている。打算のない人を求めている。

 奈々恵さんにも打算のなさは感じたが、いかんせん見た目が華やかすぎた。美しいとは思うけれど、あの人の隣に立つのはしんどそうだ。
 というのも、男の嫉妬は案外面倒だ。宮田みたいなタイプであればあれだけの美人と付き合っていても、キャラクター的にいじったりからかったりできるからそうでもないだろうが、俺のようなタイプの人間だとそういう対応が取れないから、シンプルに妬まれるだろう。恋人に癒されたいのに、恋人が理由で妬まれて疲れるのはごめんである。

 まあ、そもそもが華やかな人より、素朴な人の方がタイプなのだけれど。

 だから、みずきさんはまず見た目がタイプだった。
 穏やかな雰囲気も、好印象だった。
 そしてあの正直さ。打算のかけらも感じなかった。合コンで離婚したばかりだと話すなど、俺がみずきさんの立場なら絶対にやらないことだ。そんなのは、実際に相手と付き合う時に言えばいいことだ。

 年齢を重ねるほど、打算のない人に出会うのは難しくなっている。将来のことを考えたり、それまでの経験から考えたりして、人はどんどん打算的になっていく。
 もちろん、一切打算のない人間はいないだろう。
 けれど、俺はとにかく癒されたい。
 自分が面倒な性格をしているのを知っている分、最もプライベートな部分では気を抜きたい。隙を見せられる相手と付き合いたい。

 だから、みずきさんのことは逃したくなかったのだけれど……。

 みずきさんの夢みがちな恋心を聞いた後だと、どうにも俺の気持ちは汚いように思えてならない。

 でも、俺のこの気持ちも恋なんだ。
 でなければ、この胸が締め付けられるような痛みの説明がつかない。
 これは、失恋の痛みだ。

 思わずため息を洩らす。

 俺はきっとこの失恋を誰にも言わないだろう。
 小森に何か指摘されたとしても、笑って誤魔化すだろう。
 本当に俺は面倒な人間である。

 でも、俺はそんな自分が嫌いじゃない。
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