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12 混迷を極める
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思わず叫んだユージーンだったが、その様子を見ていた王とマリウスは全く事態が把握できていなかった。
ヴァイツからはユージーンに謝罪をしたいと聞いていたのでそういう話をしているのだと思っていたのに、突然ヴァイツが跪いたのだ。よもやユージーンがヴァイツからの謝罪を受け入れず、さらなる誠意を求めたのではないかと疑った。
そこへきて、なにか言ったヴァイツに対してユージーンがこともあろうに、「は!?」などと無礼な反応。マリウスはもう胃がキリキリして痛かったし、王は大事な訪問を台無しにするつもりかと怒りを抱いていた。
王は眉間に皺を寄せ、低い声を出す。
「ユージーン、どういうことだ。ことと次第によっては処罰は免れぬぞ」
その声に、王のそばに控えていた護衛がすぐ動けるように少し前傾姿勢をとる。
王を振り返ったユージーンは、しかし泣きそうな顔をしており、ヴァイツに高圧的な対応をとったようには見えなかった。
「ちがっ……いえあの……伴侶って……」
混乱しているユージーンはうまく言葉を紡げない。さらに眼光を鋭くした王を見て肝が冷える。
ユージーンはなんとか状況を説明しようと一度浅く呼吸をしてからもう一度口を開く。
「……失礼いたしました。ヴァイツ殿下はなにを考えたのか、私を伴侶にしたいと……」
「な……伴侶だと!?」
「いえあの……私は獣人言語の研究者ではありますが、獣人文化についてはその道の者に比べれば浅学でございます。もしかしたら、なにか違う意味があるのかと……」
ユージーンの混乱が王にも伝播する。マリウスも目を見開いている。
そのやりとりを聞いていたヴァイツはやっと立ち上がった。ユージーンの手は握ったまま。
「違う意味はない。私は今、ユージーンに結婚の申し込みをした」
「結婚!?決闘ではなく!?」
普段は冷静沈着なマリウスが思わず立ち上がって聞き返すと、ヴァイツは首を傾げる。
「決闘?なぜですか?人間は結婚を申し込むのに決闘をするのですか?」
「……ヴァイツ殿下、結婚とは夫婦となる、という意味で間違いないか?」
王は慎重に問うた。まさか本当にユージーンとの結婚を望んでいるはずがない、何か意味があるはずだと。というか、そうであってほしいと。
しかしそんな希望も虚しくヴァイツの返事はそのままそれを肯定するものだった。
「もちろんです。私はユージーンと夫婦になりたいと考えています」
「わ……私は男です!」
相手は他国の王族。しかも今後国交を回復させていこうとか目論んでいる国。
ヴァイツが強く望めばユージーンの意志など無視されてしまうだろう。ユージーンとて貴族としての教育は受けてきているのでそれくらいはわかる。
ユージーンは慌てて、ヴァイツの申し出のおかしさを主張しようとした。しかし、ヴァイツはまた首を傾げる。
「私の国では同性婚も認められているのですが……こちらではないのですか?」
「いや……何年か前に同性同士の婚姻を認める法律ができておる。もう施行されておったな?」
「はい、陛下。昨年には施行されていて、平民の間では既に複数の同性で婚姻を結んだ者達がいると聞き及んでいます。ただ、貴族間ではまだ一件もなかったかと」
「……ふむ。確かヘンリックが推し進めておったな。ヘンリックから聞く限り、貴族でも同性婚を望む者達が複数いたはずだが……なかなか家の理解が得られぬのかもしれぬな」
ユージーンは二人のやり取りを聞きながら冷や汗をかいていた。このままでは和平の証のみならず、同性婚のモデルケースとして差し出されそうだった。
ふざけるな!俺は同性愛者ではない!と叫びたい。
けれどユージーンの立場で二人の会話に割り込むこともできない。
「しかし陛下、まだヘンリック殿下がお戻りになっていないのに話を進めるのは早計かと……」
そんな中救いの手を差し伸べてくれたのはマリウスだった。それはユージーンのためではないかもしれないが。
「……ふむ。ヴァイツ殿下、こちらとしては、その話はヘンリックが我が国へ戻ってからでなければ難しいと考えるがいかがか」
「……私もこの後は国へ戻らねばなりません。次にこちらへ来られるのがいつになるかわかりませんし、できれば戻る際に共に来てほしいのですが」
ユージーンは顔面を蒼白にしてマリウスを見た。昨日会ったばかりの男になぜ連れて行かれなければならないのか、と混乱していた。
「……此度の件の申し出はそちらからなされたこと。殿下とヘンリックが共に国へ帰ることで初めて我が国と貴国の信頼が築かれるのではないか?」
「それは私を信用できないということですか」
「そうは言っておらん。殿下はあの結界を渡ってきたのだ。殿下が人間を害する意図を持たないことはわかっておる。が、貴国の他の者達についてはヘンリックが無事に戻ってくるまではどちらとも言えぬのだ」
「しかし……」
ヴァイツも王の言っていることはよくわかっている。今回の訪問は今後和平協定を結ぶための布石だ。今の段階で人間を獣人の国へ連れ帰る、というのは現実的ではない。けれど、今後ヴァイツが再びグラディア国へ来る予定もない。当然、ユージーンもスターヴァー王国を訪れる予定はないだろう。ここで離れてしまえば二度と会えない可能性が高い。
「殿下の真剣な気持ちはわかった。けれど、和平協定すら結ばれていない国へユージーンに単身で準備もなく行けと命ずることなどできぬし、なによりユージーンも混乱しておるようだ。この話を無かったことにはせぬ。ヘンリックが戻ればこの件も含めて話し合いの場を設けようではないか」
「っ……」
自身の要求が難しいことがわかっているヴァイツは反論する術がなかった。
渋々といった様子で王の提案を承諾したヴァイツはユージーンに向き合う。
「必ず迎えにくる。待っていてくれ、ユージーン」
ユージーンはぽかんと呆けた顔でそれを聞く。その言い方ではまるで、二人が思い合っている恋人のようではないか。
怒りと羞恥でじわじわと顔を赤く染めたユージーンは、ヴァイツを睨みつける。
「あの」
「ご理解いただきありがとうございます、殿下。今後のことについて話を進めていきたいのですが、そろそろよろしいでしょうか」
あのなぁ!と怒鳴りつけようとしたユージーンをマリウスが遮る。
マリウスはユージーンのことをよく知っている。これ以上場を乱さぬよう、ユージーンを止めたのだ。
不満気な顔をするユージーンをひと睨みしてからヴァイツを席へ促す。勢いを失ったユージーンも、通訳として仕方なくその横へ控える。
それにしても大変なことになった。ユージーンは、ヘンリックが帰ってきませんように、と薄情にも念じた。
ヴァイツからはユージーンに謝罪をしたいと聞いていたのでそういう話をしているのだと思っていたのに、突然ヴァイツが跪いたのだ。よもやユージーンがヴァイツからの謝罪を受け入れず、さらなる誠意を求めたのではないかと疑った。
そこへきて、なにか言ったヴァイツに対してユージーンがこともあろうに、「は!?」などと無礼な反応。マリウスはもう胃がキリキリして痛かったし、王は大事な訪問を台無しにするつもりかと怒りを抱いていた。
王は眉間に皺を寄せ、低い声を出す。
「ユージーン、どういうことだ。ことと次第によっては処罰は免れぬぞ」
その声に、王のそばに控えていた護衛がすぐ動けるように少し前傾姿勢をとる。
王を振り返ったユージーンは、しかし泣きそうな顔をしており、ヴァイツに高圧的な対応をとったようには見えなかった。
「ちがっ……いえあの……伴侶って……」
混乱しているユージーンはうまく言葉を紡げない。さらに眼光を鋭くした王を見て肝が冷える。
ユージーンはなんとか状況を説明しようと一度浅く呼吸をしてからもう一度口を開く。
「……失礼いたしました。ヴァイツ殿下はなにを考えたのか、私を伴侶にしたいと……」
「な……伴侶だと!?」
「いえあの……私は獣人言語の研究者ではありますが、獣人文化についてはその道の者に比べれば浅学でございます。もしかしたら、なにか違う意味があるのかと……」
ユージーンの混乱が王にも伝播する。マリウスも目を見開いている。
そのやりとりを聞いていたヴァイツはやっと立ち上がった。ユージーンの手は握ったまま。
「違う意味はない。私は今、ユージーンに結婚の申し込みをした」
「結婚!?決闘ではなく!?」
普段は冷静沈着なマリウスが思わず立ち上がって聞き返すと、ヴァイツは首を傾げる。
「決闘?なぜですか?人間は結婚を申し込むのに決闘をするのですか?」
「……ヴァイツ殿下、結婚とは夫婦となる、という意味で間違いないか?」
王は慎重に問うた。まさか本当にユージーンとの結婚を望んでいるはずがない、何か意味があるはずだと。というか、そうであってほしいと。
しかしそんな希望も虚しくヴァイツの返事はそのままそれを肯定するものだった。
「もちろんです。私はユージーンと夫婦になりたいと考えています」
「わ……私は男です!」
相手は他国の王族。しかも今後国交を回復させていこうとか目論んでいる国。
ヴァイツが強く望めばユージーンの意志など無視されてしまうだろう。ユージーンとて貴族としての教育は受けてきているのでそれくらいはわかる。
ユージーンは慌てて、ヴァイツの申し出のおかしさを主張しようとした。しかし、ヴァイツはまた首を傾げる。
「私の国では同性婚も認められているのですが……こちらではないのですか?」
「いや……何年か前に同性同士の婚姻を認める法律ができておる。もう施行されておったな?」
「はい、陛下。昨年には施行されていて、平民の間では既に複数の同性で婚姻を結んだ者達がいると聞き及んでいます。ただ、貴族間ではまだ一件もなかったかと」
「……ふむ。確かヘンリックが推し進めておったな。ヘンリックから聞く限り、貴族でも同性婚を望む者達が複数いたはずだが……なかなか家の理解が得られぬのかもしれぬな」
ユージーンは二人のやり取りを聞きながら冷や汗をかいていた。このままでは和平の証のみならず、同性婚のモデルケースとして差し出されそうだった。
ふざけるな!俺は同性愛者ではない!と叫びたい。
けれどユージーンの立場で二人の会話に割り込むこともできない。
「しかし陛下、まだヘンリック殿下がお戻りになっていないのに話を進めるのは早計かと……」
そんな中救いの手を差し伸べてくれたのはマリウスだった。それはユージーンのためではないかもしれないが。
「……ふむ。ヴァイツ殿下、こちらとしては、その話はヘンリックが我が国へ戻ってからでなければ難しいと考えるがいかがか」
「……私もこの後は国へ戻らねばなりません。次にこちらへ来られるのがいつになるかわかりませんし、できれば戻る際に共に来てほしいのですが」
ユージーンは顔面を蒼白にしてマリウスを見た。昨日会ったばかりの男になぜ連れて行かれなければならないのか、と混乱していた。
「……此度の件の申し出はそちらからなされたこと。殿下とヘンリックが共に国へ帰ることで初めて我が国と貴国の信頼が築かれるのではないか?」
「それは私を信用できないということですか」
「そうは言っておらん。殿下はあの結界を渡ってきたのだ。殿下が人間を害する意図を持たないことはわかっておる。が、貴国の他の者達についてはヘンリックが無事に戻ってくるまではどちらとも言えぬのだ」
「しかし……」
ヴァイツも王の言っていることはよくわかっている。今回の訪問は今後和平協定を結ぶための布石だ。今の段階で人間を獣人の国へ連れ帰る、というのは現実的ではない。けれど、今後ヴァイツが再びグラディア国へ来る予定もない。当然、ユージーンもスターヴァー王国を訪れる予定はないだろう。ここで離れてしまえば二度と会えない可能性が高い。
「殿下の真剣な気持ちはわかった。けれど、和平協定すら結ばれていない国へユージーンに単身で準備もなく行けと命ずることなどできぬし、なによりユージーンも混乱しておるようだ。この話を無かったことにはせぬ。ヘンリックが戻ればこの件も含めて話し合いの場を設けようではないか」
「っ……」
自身の要求が難しいことがわかっているヴァイツは反論する術がなかった。
渋々といった様子で王の提案を承諾したヴァイツはユージーンに向き合う。
「必ず迎えにくる。待っていてくれ、ユージーン」
ユージーンはぽかんと呆けた顔でそれを聞く。その言い方ではまるで、二人が思い合っている恋人のようではないか。
怒りと羞恥でじわじわと顔を赤く染めたユージーンは、ヴァイツを睨みつける。
「あの」
「ご理解いただきありがとうございます、殿下。今後のことについて話を進めていきたいのですが、そろそろよろしいでしょうか」
あのなぁ!と怒鳴りつけようとしたユージーンをマリウスが遮る。
マリウスはユージーンのことをよく知っている。これ以上場を乱さぬよう、ユージーンを止めたのだ。
不満気な顔をするユージーンをひと睨みしてからヴァイツを席へ促す。勢いを失ったユージーンも、通訳として仕方なくその横へ控える。
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