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14 早すぎる再会
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あれよあれよと準備を整えられ、書簡を握らされて気付けば結界の前まできていたユージーン。ここまでほんの数日間。
既に先方にはユージーンが赴く旨が伝えられ、ヘンリックに困らされていた先方からもすぐにでもきてくれと懇願されたらしい。一体ヘンリックはなにをしているんだと、怒りが沸き上がるがぶつける相手はいない。
「ユージーン・ギュスターブよ、此度は通訳としてではなく、我が国を代表して赴くことを忘れるなよ」
王に家名まで出され、ユージーンに逃げる術はなかった。それこそトムソンにでも役割を押し付けたかったが、当然ヘンリックの件を外部に漏らすことはできない。
最近のトムソンは次は自分が選ばれるためにと研究室に篭って熱心に研究に明け暮れているというから、前のようにうっかりセインから話が漏れることもなかったようだ。
ユージーンとしても耳尻尾説が正しかったと己の口からトムソンに伝えるのは癇に障ったのでトムソンのことは避けていた。
「……国の代表というのに、単身で行けというのか」
というのも、ヘンリックが戻らないということはヘンリックに付いて行った護衛も帰ってきていないということ。
短い期間で結界を通り抜けられそうな護衛を選別することはできず、ユージーンは一人でスターヴァー王国へ向かうことになったのだ。
結界の向こうに迎えがきているとはいうが……。
ユージーンは一縷の望みを持っていた。
もしかしたら、自分は結界を通過できないかもしれないと。
悪感情、というものが具体的にどのようなものを指すのかはわからないが、ユージーンは二足歩行の動物説が否定された時点で獣人に抱いていた憧憬のようなものをなくしてしまった。
憎いとは思わないが、耳尻尾であったことに対する落胆はある。
ごくり、と喉が鳴る。
周りに促されて塀にしか見えない結界へ向かって歩いていく。もし通り抜けられなかった場合、あの塀にぶつかるのかと思うと身が竦む思いがしたが、一時の痛みで済むのならば通り抜けた後の苦労を思えばずいぶんマシな気がした。
歩くごとに迫りくる塀。どくどくと大きな音を鳴らす心臓の音を聞きながら、いよいよあと数歩で塀にぶつかる距離まで近付く。
ええいっままよ!と目をぎゅっとつぶって歩を進めると、なにかにぶつかる感覚もなく進んでいく。とっくに塀まで到達しているだけ歩いているのにその歩が妨げられることはなかった。
安堵と、失望と、さまざまな感情がないまぜになった状態でおそるおそる目を開けると。
「ようこそ、スターヴァー王国へ」
そこにいたのは、スターヴァー王国の迎えとして今か今かとユージーンを待ち侘びていたヴァイツだった。
「っ……!わざわざ……殿下が迎えにこられたのですか」
「まさかこんなに早く会えるとは。待ち侘びたぞ、ユージーン」
ヴァイツは嬉しそうにユージーンに近付いてくる。
さすがにヴァイツ自身が迎えにはこないだろうと考えていたユージーンは僅かに動揺するも、ヴァイツの周りに目を向け今度は目を大きく見開く。
「なっ……でか……」
思わず声が漏れたが、それも無理からぬことだった。
ヴァイツを取り囲む護衛たちが、あまりに大きかったのだ。
ヴァイツだって、ユージーンより頭一個分ほど大きい。しかし、ヴァイツを取り囲む護衛たちは、そのヴァイツよりさらに頭一個分以上大きいのだ。黒の隊服に身を包んだ彼らは全員鍛え抜かれた逞しい身体をしており、その威圧感はユージーンが今まで感じたことのないほどのものだった。
「ああ、彼らは私の護衛だ。人間からするとかなり大きいかもしれないが、取って食ったりはしないから安心してほしい」
そう言われ、あらためてぐるりと護衛たちを見回す。全員が微動だにせずこちらを見ている。その目からは感情が読み取れない。
そこではたと、まだ挨拶をしていないことに気づく。しかもヴァイツがグラディア語で話しかけてきたものだから、ユージーンもついグラディア語で会話をしてしまった。
国の代表、そのことを思い出してユージーンはヴァイツに向かって礼をとる。
『グラディア王国からまいりまちた。ユージーン・ギュスターブでごじゃいまちゅ。このたびは、我が国の第二王子殿下がご迷惑をおかけちまちた』
ゆっくりと、周りの護衛たちにも聞こえるように挨拶をすると、周囲がわずかに騒ついた。
訝しみながら顔を上げると、先ほどまで無感情な目を向けてきた護衛たちが、困惑するように目を泳がせている。中にはうっすらと頬を染めている者もいる。
彼らは、ヴァイツが見初めた人間とはいかなる者かと見極めるつもりでついてきていた。
ユージーンの美貌を見て、なるほどこの姿に惚れたのか、しかし美しいには美しいが獣人にだって美しい者はいる、ヴァイツが小柄なためそれ以上に小柄であるユージーンは確かに庇護欲をそそるが、一目惚れで求婚するほどの魅力があるかといえば……などと値踏みしていた。
小柄ながらたゆまぬ努力で強靭な肉体を手に入れ、大型獣人とすら互角以上の戦いができるヴァイツは彼らにとって憧れであり、突然現れたヴァイツの思い人、しかも人間をすぐには受け入れられないでいた。
しかしその色気のある風貌とは噛み合わない、舌ったらずな喋り方を聞き、一気にその評価が覆った。
これが、ギャップ萌えというやつか……!
彼らの頭の中でそんな思考が巡っているなど思いもよらないユージーンは、もしかして自分が獣人言語を話すことに驚いたのだろうか、と明後日の方向に誤解していた。
既に先方にはユージーンが赴く旨が伝えられ、ヘンリックに困らされていた先方からもすぐにでもきてくれと懇願されたらしい。一体ヘンリックはなにをしているんだと、怒りが沸き上がるがぶつける相手はいない。
「ユージーン・ギュスターブよ、此度は通訳としてではなく、我が国を代表して赴くことを忘れるなよ」
王に家名まで出され、ユージーンに逃げる術はなかった。それこそトムソンにでも役割を押し付けたかったが、当然ヘンリックの件を外部に漏らすことはできない。
最近のトムソンは次は自分が選ばれるためにと研究室に篭って熱心に研究に明け暮れているというから、前のようにうっかりセインから話が漏れることもなかったようだ。
ユージーンとしても耳尻尾説が正しかったと己の口からトムソンに伝えるのは癇に障ったのでトムソンのことは避けていた。
「……国の代表というのに、単身で行けというのか」
というのも、ヘンリックが戻らないということはヘンリックに付いて行った護衛も帰ってきていないということ。
短い期間で結界を通り抜けられそうな護衛を選別することはできず、ユージーンは一人でスターヴァー王国へ向かうことになったのだ。
結界の向こうに迎えがきているとはいうが……。
ユージーンは一縷の望みを持っていた。
もしかしたら、自分は結界を通過できないかもしれないと。
悪感情、というものが具体的にどのようなものを指すのかはわからないが、ユージーンは二足歩行の動物説が否定された時点で獣人に抱いていた憧憬のようなものをなくしてしまった。
憎いとは思わないが、耳尻尾であったことに対する落胆はある。
ごくり、と喉が鳴る。
周りに促されて塀にしか見えない結界へ向かって歩いていく。もし通り抜けられなかった場合、あの塀にぶつかるのかと思うと身が竦む思いがしたが、一時の痛みで済むのならば通り抜けた後の苦労を思えばずいぶんマシな気がした。
歩くごとに迫りくる塀。どくどくと大きな音を鳴らす心臓の音を聞きながら、いよいよあと数歩で塀にぶつかる距離まで近付く。
ええいっままよ!と目をぎゅっとつぶって歩を進めると、なにかにぶつかる感覚もなく進んでいく。とっくに塀まで到達しているだけ歩いているのにその歩が妨げられることはなかった。
安堵と、失望と、さまざまな感情がないまぜになった状態でおそるおそる目を開けると。
「ようこそ、スターヴァー王国へ」
そこにいたのは、スターヴァー王国の迎えとして今か今かとユージーンを待ち侘びていたヴァイツだった。
「っ……!わざわざ……殿下が迎えにこられたのですか」
「まさかこんなに早く会えるとは。待ち侘びたぞ、ユージーン」
ヴァイツは嬉しそうにユージーンに近付いてくる。
さすがにヴァイツ自身が迎えにはこないだろうと考えていたユージーンは僅かに動揺するも、ヴァイツの周りに目を向け今度は目を大きく見開く。
「なっ……でか……」
思わず声が漏れたが、それも無理からぬことだった。
ヴァイツを取り囲む護衛たちが、あまりに大きかったのだ。
ヴァイツだって、ユージーンより頭一個分ほど大きい。しかし、ヴァイツを取り囲む護衛たちは、そのヴァイツよりさらに頭一個分以上大きいのだ。黒の隊服に身を包んだ彼らは全員鍛え抜かれた逞しい身体をしており、その威圧感はユージーンが今まで感じたことのないほどのものだった。
「ああ、彼らは私の護衛だ。人間からするとかなり大きいかもしれないが、取って食ったりはしないから安心してほしい」
そう言われ、あらためてぐるりと護衛たちを見回す。全員が微動だにせずこちらを見ている。その目からは感情が読み取れない。
そこではたと、まだ挨拶をしていないことに気づく。しかもヴァイツがグラディア語で話しかけてきたものだから、ユージーンもついグラディア語で会話をしてしまった。
国の代表、そのことを思い出してユージーンはヴァイツに向かって礼をとる。
『グラディア王国からまいりまちた。ユージーン・ギュスターブでごじゃいまちゅ。このたびは、我が国の第二王子殿下がご迷惑をおかけちまちた』
ゆっくりと、周りの護衛たちにも聞こえるように挨拶をすると、周囲がわずかに騒ついた。
訝しみながら顔を上げると、先ほどまで無感情な目を向けてきた護衛たちが、困惑するように目を泳がせている。中にはうっすらと頬を染めている者もいる。
彼らは、ヴァイツが見初めた人間とはいかなる者かと見極めるつもりでついてきていた。
ユージーンの美貌を見て、なるほどこの姿に惚れたのか、しかし美しいには美しいが獣人にだって美しい者はいる、ヴァイツが小柄なためそれ以上に小柄であるユージーンは確かに庇護欲をそそるが、一目惚れで求婚するほどの魅力があるかといえば……などと値踏みしていた。
小柄ながらたゆまぬ努力で強靭な肉体を手に入れ、大型獣人とすら互角以上の戦いができるヴァイツは彼らにとって憧れであり、突然現れたヴァイツの思い人、しかも人間をすぐには受け入れられないでいた。
しかしその色気のある風貌とは噛み合わない、舌ったらずな喋り方を聞き、一気にその評価が覆った。
これが、ギャップ萌えというやつか……!
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