ガチケモナーは猫耳男子を許せない

某千尋

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38 臆病な男の決断

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「私を、裏切らないか?」

 口から溢れた言葉は、ユージーンが最もおそれていることだった。
 母が亡くなるまで確かに感じていたはずの愛情がことごとく失われていく日々。
 感じた絶望は、ユージーンの深いところで癒えない傷としてずっと残っている。真実は父とのすれ違いだったということはわかっても、ユージーンを蔑ろにした者たちは確かに存在したのだ。可愛げのないユージーンを複数の目が疎んでいた事実に誤解はない。

「なにをおそれている?私の愛が失われることか?」

「……そうだ。もし私を手に入れたいというのなら、私以外に愛を分けることを許さない。私から離れることを許さない。私に、冷たい目を向けることを許さない」

 ユージーンはこわいのだ。手に入れたものを失うことが。失うくらいならば、最初から手に入れない方がいい。
 こんなことを言えば面倒だとヴァイツは離れるかもしれないと思いながら、これくらいで離れるくらいの覚悟なら近づかないで欲しいと願った。
 ずっと殻の中に篭っていたユージーンは、酷く臆病だった。

 ユージーンの言葉に目を丸くしたヴァイツは、一瞬の後にその相好を崩して彼を抱きしめた。頭の上の耳はぴるぴると嬉しそうに動いている。

「当たり前じゃないか。私が愛を捧げるのはユージーンだけだ。ユージーンこそわかっているのか?私は目移りなど許さないし、長年の友人といえどヘンリック殿下と必要以上に親しくするのも許さないからな」

「ヘンリック?なぜヘンリック?」

 ユージーンの重い要求を当然のように受け止めたヴァイツに胸が熱くなりながらも、ヘンリックの名前を聞いて首を傾げる。

「それは、だって貴方たちは私が生まれる前から交流があったんだろう?過去は仕方ないとはいえ……妬けるんだ」

 そして得た解答にユージーンは硬直する。

「……は?」

 ユージーンは耳を疑った。
 今、ヴァイツはなんと言った?生まれる前?つまり?
 混乱する頭の中で、ユージーンはこれまでヴァイツの年齢など聞いたことがなかったことに気付いた。

「ん?どうした?」

「……ヴァイツ殿下、今おいくつでいらっしゃるのですか?」

「ふふ、ユージーンが私のことを聞いてくれるなんて嬉しいな。ついこの間19回目の誕生日を迎えたところだ」

「じゅう……きゅう」

 ユージーンは自分に絡みついていた腕をそっと振り解き、ヴァイツの膝から降りた。

「どうしたんだ、ユージーン」

「……ヴァイツ殿下、このお話はなかったことに」

 そのまま脱兎の如く逃げようとヴァイツに背を向けるも、瞬時に腕を掴まれ逃げ損ねる。
 諦め悪くぶんぶんと腕を振るも、まったく離れない。

「逃がさないと言っただろう?どういうことだ?ことと次第によっては……」

「わっ、私は!33歳だ!」

 半泣きになりながらユージーンは訴える。
 ユージーンはこれまで自分も年齢を明かしていないことに気付いたのだ。ユージーンの存在が思いの外獣人たちに受け入れられていることは、スターヴァー王国での獣人たちの対応から理解していた。けれど、ユージーンの年齢を知ったら別だろうと考えた。
 いくらなんでも14も歳が離れていては釣り合いが取れない。立場が逆ならまだしも。
 それこそ、ヴァイツ自身、まさかユージーンがそんなにおじさんだと思っていないかもしれない。

 一瞬で巡ったその考えは、怯えながら一歩踏み出したユージーンの足を竦ませるのに十分だった。

「だからなんだというんだ。年齢なんて関係ない。それとも、私が若いのがいけないのか?そんな私にはどうすることもできない理由で私から逃げるのか?」

「そうじゃない。私はいい歳したおじさんなんだ……14も下の王子に手を出すなど……」

「それを言うなら手を出したのは私だろう。なにを気にしているのかわからない。驚いたのはわかったが、少し落ち着かないか」

 ひょいと持ち上げられて再びヴァイツの膝の上に戻されたユージーン。今度はヴァイツの太ももを跨ぐようにして向かい合った状態で座らされる。

「人間は歳の差があるといけないのか?」

「そういうわけでは……」

「ならいいじゃないか。もしユージーンの年齢を揶揄する者がいれば私が潰してやる。ほら、そんな顔するな」

 ヴァイツはすっかり眉を下げてしおらしい様子のユージーンを諭すように囁く。

「ユージーン、私は貴方を諦める気は毛頭ないが、貴方の愛を得られなければ、きっと私はどこぞの貴族令嬢と婚姻させられることになる。それを許すのか?」

「は?」

 瞬間、目を吊り上げたユージーンはそこに激情の火を灯してヴァイツを睨みつける。

「私にしか愛を捧げないと語ったその舌の根も乾かぬうちに他の者を愛すと言うのか!!」

「そんなこと言ってないだろう。ユージーン以外と婚姻したとして、相手を愛せるはずがない。……愛がなければ他の者が私の隣に立つのは構わないのか?」

「それは……」

 ヴァイツの隣にどこぞの馬の骨が立って二人が腕を絡める場面を想像し、ユージーンは下唇を噛む。
 沸き上がってくるどろりとした昏い感情。それが形式的なものであったとしても、一欠片の愛もなかったとしても。

「……許さん。私と結ばれないなら一生独身を貫くがいい」

「ならば私のそば傍にいてくれ。私を一生孤独な寂しい男にしないでくれ」

 ヴァイツの年齢を聞いた直後の動揺は鎮まっていた。あまりの年齢差に反射的に逃げそうになったユージーンだったが、さりとてヴァイツが誰かのものになるのは許せない。
 そうやって縛るのであれば、身を引くことに意味はない。

「……お前がそこまで私を望むと言うなら、考えてやらんでもない」

 捻くれたユージーンの口は愛想のない言葉を吐くが、その顔はほのかに赤らんでいる。ヴァイツは満面の笑みを浮かべてユージーンを抱きしめた。
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