ガチケモナーは猫耳男子を許せない

某千尋

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39 友の悩み

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 ユージーンは高鳴る鼓動を感じていた。ヴァイツの大きな身体に包まれ、長年欲しかったものが手に入ったような満足感に満たされていた。

 「ユージーン……」

 耳元で囁くヴァイツの声は甘い。しばらくの抱擁ののちにゆっくりと動き出したヴァイツは、ユージーンの耳に口付けを落とし、首元や頬にも同様に唇を這わせていく。
 ユージーンの背に回していた手も怪しく動き始め、ユージーンの細い腰を形を確かめるように撫で上げた。

「まっ……」

 その官能的な触れ合いに動揺したユージーンがヴァイツを止めるために「待て」と口を開けようとしたところ。

「それ以上はやめてもらってもいいかな?」

 その前に冷ややかな声が二人に投げかけられた。







 ヘンリックは急いで応接室へ向かっていた。
 ユージーンを連れてヴァイツの元へ向かったマリウスが、クライスと二人で歩いているのを見て胸騒ぎがしたからだ。聞くと、ユージーンとヴァイツを二人残してきたという。

 ヘンリックには友人としてユージーンの初めての恋を応援したい気持ちがある。ポッと出のヴァイツにユージーンが心を許すことをどこか面白く思わない感情を抱いてもいるが、誰にも寄りかからず危ういバランスで気を張っているように見えたユージーンに頼れる相手ができることは望ましいと感じていた。
 だが、今二人がまとまってしまうのは彼にとって都合が悪い。
 王に啖呵は切ったが、あんな発言一つで自身の希望が叶うとは思っていなかった。そして、王族として個人的な想いに蓋をしなければならないことがあることくらい、ヘンリックにもわかっていた。

 だから、ヘンリックとアドルフの婚姻は、国にとって意味のあるものでなければならない。

 ユージーンとヴァイツがうまくいけば、それだけで獣人と人間の今後の和平の象徴となるに十分である。
 ヘンリックの婚姻は、もっと別の目的に使ったほうがいい、と判断されてしまう。生涯独身を宣言してはいるが、それはあくまで後継争いを起こさないための牽制として捉えられている。王太子であるリチャードの子がもう少し育ち、後継としての立場が確立されれば、ヘンリックが婚姻から逃げることはできないだろう。

 頭の中で様々な状況を想定してなにが最善か計算しながら、ヘンリックは自嘲する。

 これまでヘンリックは、他人の感情を慮って判断を変えたことなどなかった。
 幸いにして戦時中ではないため人の生き死にを分けるような決断をしたことはないが、今後そういう判断が国のために必要になれば、ヘンリックは躊躇わず命を下すだろう。
 その者を想う大切な相手がいようとも。

 今のヘンリックが国のために本当の意味での最善の選択をしようとしているとは、ヘンリック自身思えなかった。
 他者の感情を無視してきたにもかかわらず、自身の想いを叶えようとするなど、あまりに身勝手なことだった。

 けれど。

 ヘンリックはかぶりを振る。
 まずはユージーンたちの様子を見てからだ、と言い聞かせて歩く速度を上げた。

 そして目的の部屋に入って見たものは。








「くっついたんだね、君たちは。ほんっとに……まあ仕方ないか」

 ヴァイツの膝からユージーンを降ろさせたヘンリックは、二人をソファに座らせた上で自身もその向かいへ腰を下ろした。
 不満げなヴァイツの視線は黙殺する。

「そうだ。文句でもあるのか?ヘンリック殿下」

 挑発的な顔のヴァイツを見てヘンリックはため息をつく。ヘンリックがからかったせいで、ヴァイツは彼を敵視しているようだった。
 ユージーンはいちゃついてるところを見られた羞恥心からか、ヘンリックから目を逸らして居心地悪そうにしている。

「文句はあるよ。おかげで私とアドルフが結ばれることが難しくなったからね」

「それはどういうことだ?」

「……ああそうか、殿下の国とこちらの国では感覚が違うのか」

 心底不思議そうな顔をするヴァイツに、ヘンリックは獣人たちの価値観を思い出す。
 愛を尊いものとする獣人たちの恋愛は自由だ。それがどこまでのものなのかは正確にはわからないが、少なくとも人間よりはよっぽど。

「我が国ではそもそも貴族に自由に恋愛する権利がないんだ。婚姻とは家同士の繋がりをつくるためのものでしかない。もちろん、運良く利害が一致したために恋愛結婚できる場合もあるけどね。……私のように王族は、国のために婚姻しなければならない」

「よくわからないな。アドルフとの婚姻のなにが問題だ?獣人との関係の改善を望むなら、喜ばしいものでは?」

「それは君たち二人が婚姻すれば果たされるからね。私の婚姻が必要なくなる」

「……ヘンリック、この前陛下に啖呵を切っていたじゃないか。お前なら、認められなければ出奔くらいすると思ってたんだが」

 肩を落とすヘンリックに、ユージーンが困惑したような声で問う。ヘンリックがその選択をすることに躊躇うとは思ってもいなかった様子で。

「アドルフを見つけて向こうに居座るくらいだからね。そう思われても仕方ないか。けどね、あの時だって私の中でのタイムリミットはあったんだよ。私がこの国を空けていてもなんとかなる期間くらい、わかるからね」

 そもそも、スターヴァー王国へ残ることを決めた時、ヴァイツがユージーンにプロポーズしていたことなどヘンリックは知らなかった。
 ヴァイツがグラディア王国から戻ってきた際にその話を聞いたが、まさかユージーンが求愛を受け入れるとは考えてもみなかった。
 だから、アドルフの心さえ掴めば押し通せると考えていたのだ。
 ユージーンのヴァイツへの態度からその思惑が外れそうだと気付き、表には出さなかったがヘンリックは内心では焦っていた。
 だからこそ、早めに言質を取ろうとしたのだが。

「ヘンリック。らしくないな」

「おや?私らしさが分かるほど、ユージーンは私のことを知らないんじゃないか?」

「なっ……!」

「……私は案外保守的な人間だよ」

 ヘンリックの珍しく気を落とした様子に、ユージーンは怒りのやり場を失う。
 しかしユージーンは気付いていた。ヘンリックの状況を悪くしているのに、ユージーンにヴァイツとの関係を諦めるようには言わないことを。
 そしてそれは、ヴァイツも。

「ならばヘンリック殿下、私に手助けさせてくれないか。これから友好を築いていこうと話しているところだ、多少の我儘は聞いてもらえるかもしれない」

「そんなことをすれば、そちらの国益を損なうことにならないかい?」

「さて、そんな愚行を犯すつもりはない。それに、周到なヘンリック殿下のことだ。こんなことが起こった場合に我儘を通すための下準備くらいしているんじゃないのか?」

「……それはそうだね」

「こんなところでうじうじしている場合じゃないだろう。さっさと根回しを済ませてそちらの王を頷かせろ。私がするのは後押しだ」

 ヴァイツの激励にヘンリックはその目に光を取り戻す。

「……確かに、私としたことが焦っていたようだね。思いの外陛下の反発が強くてまいっていたんだ。でも、そうだね。らしくなかった」

 立ち上がったヘンリックは、口角を上げる。

「恋人の時間を邪魔して悪かったね。でも、ここは不埒なことをする場所じゃないから、ちゃんとそういうことは寝室でするんだよ」

 真っ赤になったユージーンと苦笑するヴァイツを置いて、ヘンリックは部屋を出て行った。
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