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52 大きい護衛
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騎士が乗り込んできた時点で騒ぎは大きくなっており、駆けつけた第二王子、ギルベルトの指示でルーカスは別室に連れられていった。
そして今、落ち着きを取り戻したユージーンは、ヴァイツと並んでギルベルトと向き合っている。
『つまり、ルーカスが妄想で突っ走って失礼を働いたと』
『失礼なんて生ぬるい。尊厳を貶められたのだ』
話を聞いたギルベルトが話をまとめると、ヴァイツが噛み付く。ユージーンがすっかり怒りを収めているのに対し、ヴァイツは苛立っている様子だった。
『落ち着けヴァイツ』
『落ち着けるわけがない!兄上は義姉上のことを淫売だと言われて落ち着けるのか!?』
『それはっ!……わかった、わかったよ。では、どうしたいんだ?』
『金輪際ルーカスをユージーンに接触させないでくれ』
ヴァイツの要求に目を丸くしたのはギルベルトだけではなかった。同様に驚いたユージーンは、思わず口を出す。
『そぉこまでの必要は』
『あるだろ!ユージーンは自分の顔を傷つけなければならないと思うくらい追い詰められたんだ!弟といえど、許せるわけがない!』
『あー、お前の気持ちはわかった。けれど、現実問題それが難しいことはわかるな?お前たちの婚姻は注目の的だ。夜会も控えている。そのときにあからさまに他の王族と対立しているところなんて見せてみろ、うるさい奴らが騒ぎ立てるぞ』
『そこをなんとかするのが兄上の仕事だろう!』
『無茶言うなよ……ただでさえなにが起こるかとピリピリしてるんだ。ルーカスには夜会まで謹慎を言い渡すし、母上から厳しく指導してもらう。……それでは許せませんか?』
言いながら気遣うような視線をユージーンへ向けるあたり、ギルベルトもそれでは甘いと考えているのかもしれない。
ユージーンが腹を立てていたのはルーカスの行動というより、最初からユージーンを悪と決めつけ弁明を受け付けなかった姿勢である。性的な触れ方をされたことについては嫌悪感があるが、今思えばルーカスからユージーンを本気で襲うような気配は感じなかったため恐怖心はなかった。むしろ、あれはユージーンからの襲われ待ちだった。恋人の弟を襲うような男に見えていたのかと思うとそれはそれで不快だが。
これがどこぞの見知らぬ成人した男であれば触るだけでも許せないが、ルーカスは未成年でヴァイツの弟。しかも、暴走したとはいえヴァイツを思っての行動なのだから、情状酌量の余地はあるとユージーンは考えていた。なにより、被害者であるユージーンがそこまで重い罰を求めていないのだ。
『私は、誤解さえ解けたなりぁそれでよいのですぅが』
『さすがにそれは甘すぎるのでは?先ほど言ったとおり、与えられる罰には限界がありますが……ヴァイツの弟であるからとか、未成年だからとか、そういうことは考えずともよいのですよ』
『いや、本当になにも。その、彼は私に性的な欲求を向けてきたわけではないですぅし』
ルーカスより、学生時代に下心丸出しで肩やら背やらにベタベタと触ってきた奴らのほうがよっぽど不快だった、と思い出す。それに、彼がヴァイツの弟であることを切り離して考えることも難しかった。
『処分が必要なりぁ、ギルベルト様のおっしゃった内容で問題ないですぅ』
『そうですか。……ヴァイツ、ユージーン殿はこう言っているが、どうだ?』
『……ユージーンがそう言うなら。大丈夫?私たちに気を遣って我慢はしていない?』
ユージーンはふるふると頭を横に振る。
もちろん、しばらくルーカスに会いたくはないが、最後の様子では反省しているように見えた。ならばユージーンにはそれ以上求めることはなかった。
『よし、じゃあこの話はここまで。もしルーカスのことでまたなにかあれば言ってくれ。それでだな、護衛の話をしたいんだが、大丈夫か?』
『ごえい?』
ユージーンはなんの話かわからず首を傾げる。護衛ならいつも移動の際に日替わりで騎士がついてくれている。なにか問題があったのだろうか。
『ああ、決まったのか。ユージーンの専属護衛の選定をしていたんだ。候補は私が絞ったが。今後表に出る機会が増えれば、信頼できる護衛が必要だろう?』
『わざわざ私にですぅか?』
『わかっていると思うが獣人は人間より力が強い。狙われてはユージーンが自分で身を守ることは難しいだろう。だから、なにがあっても守れる強い護衛が必要なんだ』
わかるようなわからないような顔で頷く。
ユージーンではそこら辺の使用人の女性にすら勝てないことはわかる。
『大袈裟だとは思いますぅが、わかりました』
ユージーンはそこまで必要とは思わないが、それはこの国の情勢などをまだ把握できていないからかもしれない。国の中枢にいる者たちが必要だというのならば、そうなのだろう。
『よし、では待機させているから連れてきますね。ちょっと待っててください』
立ち上がったギルベルトは部屋を出たと思ったらすぐに戻ってきた。どうやら扉の外に待たせていたようだ。
豹の獣人であるギルベルトはかなり大柄なのだが、その後ろにギルベルトよりさらに一回り以上大きい男がはみ出ている。
『彼が君の護衛になる』
『エーミール・ゾルフィルドであります。よろしくお願いいたします』
ギルベルトに促されて挨拶をした男は感情の読めない顔でユージーンを見つめる。大男に見下ろされ、生理的な恐怖心に一瞬身を震わせたが、頭の上に可愛らしい丸い耳を見つけて肩の力が抜ける。
『……熊?』
『はっ。自分はグリズリーの獣人であります。ユージーン様には、兄が世話になったとうかがっております』
『兄?』
『ああ。エーミールはアドルフの弟なんだ』
ユージーンはまじまじとエーミールの顔を眺める。確かに、不機嫌に見えるむっつりと結ばれた口なんかはアドルフに似ている気がする。眉間に皺もある。しかし、ユージーンはアドルフと直接話したことはなく、当然世話をした覚えもない。彼について語れることはなにも無かった。
『そぉうなんですぅね。雰囲気が似てますぅね』
だから、中身がない当たり障りのないことしか言えなかったのだが。
『……似ておりますか?』
エーミールはきょとりと驚いたように目を見開く。
『あ、ああ。口元とか、硬派そうな雰囲気とかが』
『……そうですか』
エーミールの感情は読めず、似ているという発言をどのように受け止めたのかはよくわからなかった。だが、怒ってはなさそうなのでひとまず安心する。専属護衛ということはこれから短くない時間を共に過ごすことになるだろう。いきなり嫌われるのはさすがにやり辛い。
『では、私は失礼するよ。ヴァイツ、諸々の説明は任せた。あと、今日はこの後仕事に戻らなくていいから、ユージーン殿の側についていてやれ』
忙しい中、来ていたのだろう。ギルベルトは慌ただしく去っていった。
部屋に残されたのは三人。しばしの静寂の後、ヴァイツとユージーンをちらりと見たエーミールは、頭を下げて扉に向かった。
『扉の前で待機しております』
『ああ、誰かきても断ってくれ』
『かしこまりました』
パタンと静かに扉が閉まるのと、ヴァイツがユージーンに顔を向けるのは同時だった。
『さて、ユージーンには色々聞きたいことがあるよ』
その顔を見てユージーンはびくりと肩を揺らす。一見優しく微笑むヴァイツだが、その目は笑っていなかった。
そして今、落ち着きを取り戻したユージーンは、ヴァイツと並んでギルベルトと向き合っている。
『つまり、ルーカスが妄想で突っ走って失礼を働いたと』
『失礼なんて生ぬるい。尊厳を貶められたのだ』
話を聞いたギルベルトが話をまとめると、ヴァイツが噛み付く。ユージーンがすっかり怒りを収めているのに対し、ヴァイツは苛立っている様子だった。
『落ち着けヴァイツ』
『落ち着けるわけがない!兄上は義姉上のことを淫売だと言われて落ち着けるのか!?』
『それはっ!……わかった、わかったよ。では、どうしたいんだ?』
『金輪際ルーカスをユージーンに接触させないでくれ』
ヴァイツの要求に目を丸くしたのはギルベルトだけではなかった。同様に驚いたユージーンは、思わず口を出す。
『そぉこまでの必要は』
『あるだろ!ユージーンは自分の顔を傷つけなければならないと思うくらい追い詰められたんだ!弟といえど、許せるわけがない!』
『あー、お前の気持ちはわかった。けれど、現実問題それが難しいことはわかるな?お前たちの婚姻は注目の的だ。夜会も控えている。そのときにあからさまに他の王族と対立しているところなんて見せてみろ、うるさい奴らが騒ぎ立てるぞ』
『そこをなんとかするのが兄上の仕事だろう!』
『無茶言うなよ……ただでさえなにが起こるかとピリピリしてるんだ。ルーカスには夜会まで謹慎を言い渡すし、母上から厳しく指導してもらう。……それでは許せませんか?』
言いながら気遣うような視線をユージーンへ向けるあたり、ギルベルトもそれでは甘いと考えているのかもしれない。
ユージーンが腹を立てていたのはルーカスの行動というより、最初からユージーンを悪と決めつけ弁明を受け付けなかった姿勢である。性的な触れ方をされたことについては嫌悪感があるが、今思えばルーカスからユージーンを本気で襲うような気配は感じなかったため恐怖心はなかった。むしろ、あれはユージーンからの襲われ待ちだった。恋人の弟を襲うような男に見えていたのかと思うとそれはそれで不快だが。
これがどこぞの見知らぬ成人した男であれば触るだけでも許せないが、ルーカスは未成年でヴァイツの弟。しかも、暴走したとはいえヴァイツを思っての行動なのだから、情状酌量の余地はあるとユージーンは考えていた。なにより、被害者であるユージーンがそこまで重い罰を求めていないのだ。
『私は、誤解さえ解けたなりぁそれでよいのですぅが』
『さすがにそれは甘すぎるのでは?先ほど言ったとおり、与えられる罰には限界がありますが……ヴァイツの弟であるからとか、未成年だからとか、そういうことは考えずともよいのですよ』
『いや、本当になにも。その、彼は私に性的な欲求を向けてきたわけではないですぅし』
ルーカスより、学生時代に下心丸出しで肩やら背やらにベタベタと触ってきた奴らのほうがよっぽど不快だった、と思い出す。それに、彼がヴァイツの弟であることを切り離して考えることも難しかった。
『処分が必要なりぁ、ギルベルト様のおっしゃった内容で問題ないですぅ』
『そうですか。……ヴァイツ、ユージーン殿はこう言っているが、どうだ?』
『……ユージーンがそう言うなら。大丈夫?私たちに気を遣って我慢はしていない?』
ユージーンはふるふると頭を横に振る。
もちろん、しばらくルーカスに会いたくはないが、最後の様子では反省しているように見えた。ならばユージーンにはそれ以上求めることはなかった。
『よし、じゃあこの話はここまで。もしルーカスのことでまたなにかあれば言ってくれ。それでだな、護衛の話をしたいんだが、大丈夫か?』
『ごえい?』
ユージーンはなんの話かわからず首を傾げる。護衛ならいつも移動の際に日替わりで騎士がついてくれている。なにか問題があったのだろうか。
『ああ、決まったのか。ユージーンの専属護衛の選定をしていたんだ。候補は私が絞ったが。今後表に出る機会が増えれば、信頼できる護衛が必要だろう?』
『わざわざ私にですぅか?』
『わかっていると思うが獣人は人間より力が強い。狙われてはユージーンが自分で身を守ることは難しいだろう。だから、なにがあっても守れる強い護衛が必要なんだ』
わかるようなわからないような顔で頷く。
ユージーンではそこら辺の使用人の女性にすら勝てないことはわかる。
『大袈裟だとは思いますぅが、わかりました』
ユージーンはそこまで必要とは思わないが、それはこの国の情勢などをまだ把握できていないからかもしれない。国の中枢にいる者たちが必要だというのならば、そうなのだろう。
『よし、では待機させているから連れてきますね。ちょっと待っててください』
立ち上がったギルベルトは部屋を出たと思ったらすぐに戻ってきた。どうやら扉の外に待たせていたようだ。
豹の獣人であるギルベルトはかなり大柄なのだが、その後ろにギルベルトよりさらに一回り以上大きい男がはみ出ている。
『彼が君の護衛になる』
『エーミール・ゾルフィルドであります。よろしくお願いいたします』
ギルベルトに促されて挨拶をした男は感情の読めない顔でユージーンを見つめる。大男に見下ろされ、生理的な恐怖心に一瞬身を震わせたが、頭の上に可愛らしい丸い耳を見つけて肩の力が抜ける。
『……熊?』
『はっ。自分はグリズリーの獣人であります。ユージーン様には、兄が世話になったとうかがっております』
『兄?』
『ああ。エーミールはアドルフの弟なんだ』
ユージーンはまじまじとエーミールの顔を眺める。確かに、不機嫌に見えるむっつりと結ばれた口なんかはアドルフに似ている気がする。眉間に皺もある。しかし、ユージーンはアドルフと直接話したことはなく、当然世話をした覚えもない。彼について語れることはなにも無かった。
『そぉうなんですぅね。雰囲気が似てますぅね』
だから、中身がない当たり障りのないことしか言えなかったのだが。
『……似ておりますか?』
エーミールはきょとりと驚いたように目を見開く。
『あ、ああ。口元とか、硬派そうな雰囲気とかが』
『……そうですか』
エーミールの感情は読めず、似ているという発言をどのように受け止めたのかはよくわからなかった。だが、怒ってはなさそうなのでひとまず安心する。専属護衛ということはこれから短くない時間を共に過ごすことになるだろう。いきなり嫌われるのはさすがにやり辛い。
『では、私は失礼するよ。ヴァイツ、諸々の説明は任せた。あと、今日はこの後仕事に戻らなくていいから、ユージーン殿の側についていてやれ』
忙しい中、来ていたのだろう。ギルベルトは慌ただしく去っていった。
部屋に残されたのは三人。しばしの静寂の後、ヴァイツとユージーンをちらりと見たエーミールは、頭を下げて扉に向かった。
『扉の前で待機しております』
『ああ、誰かきても断ってくれ』
『かしこまりました』
パタンと静かに扉が閉まるのと、ヴァイツがユージーンに顔を向けるのは同時だった。
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