ガチケモナーは猫耳男子を許せない

某千尋

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51 誤解を正す

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 結論として、ルーカスは無事だった。
 経緯を説明させられたルーカスはヴァイツに文字どおり締め上げられたが、ユージーンがとりなしたため、その息の根が止まることはなかった。
 けれど、呼吸を整えたルーカスは兄に訴える。

『兄上は!騙されているのです!』

『言うに事欠いてなんということを!まだユージーンを侮辱するか!』

『だって見てください兄上!ユージーンは33歳だと言いましたね!?全然そんな年齢に見えないじゃないですか!しかもこんなに美しくて……絶対たくさんパトロンがいて、恋愛経験の乏しい兄上は弄ばれているに決まってます!』

『……ルーカス、遠回しに私を貶しているのか?』

 ユージーンの前で被っていた猫をすっかり脱ぎ捨てたルーカスはどうとでもなれとばかりに喚き、その内容にうんざりしたようにヴァイツがため息をつく。
 ユージーンも、褒められているのか貶されているのかよく分からないな、と眉を下げる。

『ほら!今もそうやって!眉を下げて兄上に流し目を!あんな、あんな目で見つめられたら兄上なんてちょろいからぁ……』

『お前、本当に私をなんだと思ってるんだ』

 しくしくと泣き始めたルーカスに、ヴァイツの怒りは呆れに変わっていく。
 ユージーンも、あまりのことにとっくに涙は引っ込んで、どうしたものかと困惑するばかりだった。泣きながら訴えるルーカスは幼く見え、とても怒る気がしなかった。

『あのぉ、なぜ、私がヴァイツを弄んでりぅと?』

『兄上は恋愛なんてからっきしの朴念仁で、筋肉を磨くことしかしてなかったような人なんだ!貴方とは経験値が違いすぎる!この国を探ろうと兄上を誑かして懐に入ったんだろう!』

 それは一体誰のことだろうか。
 ユージーンはいつの間にか自分が恋愛経験値豊富な人扱いされていて、頭の中がハテナでいっぱいになる。

『いい加減にしろ。ユージーンはな、こんなに美しくて魅力的なのに、私と出会うまで前も後ろも純潔だったんだ!』

『う……うそだ!こんなに、こんなにエロいのに!』

『お前、そんな目でユージーンを見ていたのか!』

 言い合う二人の間に割り込むことができず右往左往しながらも、聞き捨てならない台詞にユージーンは顔を赤くする。エロい?エロいってなんだ。ユージーンのなにをもってエロいと断ずるのか。
 しかもこの歳まで真っ新だったことまで暴露された。別に経験がないことを気にしたことはなかったが、殊更に指摘されるのはなんとも恥ずかしい。

『本当だ!ユージーンはな、心が通じ合った後、手を繋ぐだけで顔を真っ赤にしていたし、男の交わり方すら知らなかったんだ!』

『ちょ』

 手を繋ぐだけで照れていたとか、性的なことに関する知識が不足していたとか、果たして今それを言う必要があるのだろうか。

『そ、そうやって清純アピールしてただけでしょ!この顔にこの身体だよ!?入れ食いだよ!?なのに誰にも手を出さないなんて、そんなの、不能でなきゃおかしい!』

 ルーカスもなぜこんなに頑ななのか。ユージーンとしては現実逃避してこのまま放っておきたい気持ちもあるが、不能疑惑まで出されてはさすがに耐えられない。扉の向こうがざわつき始めているのも感じる。
 早くこの不毛な言い合いを止めなければ、あっという間にユージーンの不名誉な噂が広がってしまうだろう。

『いい加減にしちぇくれ!わ、私は、研究一筋で恋愛に興味がにゃかっただけだ!!』

 真っ赤な顔で主張するユージーンに、二人分の視線が集まる。

『ルーカス様は、誤解しちぇますぅ。私は、心よりヴァイツに想いを寄せちぇいますぅし、弄ぶなんてそんなことしません』

『っ! でも……』

『いい加減にしろ、ルーカス。実際、ユージーンがお前の誘惑に乗ったか?少しでもユージーンからお前に性的な接触はあったか?』

『ない……です』

 興奮状態だったルーカスの勢いが、みるみるうちに萎んでいく。頭の上でピンと張っていた耳も、へにょりと折れてしまう。
 ユージーンとしては勝手に妄想を繰り広げられて非常に迷惑な話だが、そうはいってもルーカスはまだ17歳の未成年。今回の行動も、大好きな兄を思ってのことなのだと思うと、強く責めるのもなんだかなぁと頬を掻く。

『まぁ、誤解だとぅわかったなら、私は別に』

『いや、ユージーン。私の伴侶となる者を愚弄したのだ。なにもなしというわけにはいかない』

 しかし、ヴァイツは違うようだった。先ほどまでの強い怒りは落ち着いているようだが、厳しい顔でルーカスを見つめる。

『……このことは、母上に伝えよう』

『なっ!待ってください兄上!』

 母と聞いた瞬間目を見開くルーカス。ひどく怯えた様子にユージーンは首をかしげる。晩餐の時に見た美しい女性を思い出すが、いかにも庇護欲をそそる様なほっそりとした美女に告げ口することに、なぜこんなに怯えるのだろうか。

『……でも本当に?本当にユージーンは、兄上を弄んでいるわけじゃないの?』

『くどいぞ!』

『だって、心配なんだ!もしそうなら、後で傷つくのは兄上じゃないか!』

『それは……』

 ルーカスが純粋にヴァイツを心配して行動したのだとわかるから、ヴァイツが思わず言葉に詰まる。
 ユージーンはルーカスの言い分を聞きながら、でも、と思う。ユージーンに誰かを弄んだ経験などないことや、ヴァイツを想っていることなど、どうやって証明できるというのだろう。
 この国へ来てからユージーンはできる限り愛想良く振る舞ってきた。もしかして、そのせいで疑われているのか。けれど、かといってかつてのようなぶっきらぼうで自分勝手な振る舞いをしていいわけでもない。

『どうしたら、ルーカス様は私を信じてくれるぅのですぅか?』

『どうって……』

 ルーカスとて、その答えは持っていないのだろう。ユージーンが純粋にヴァイツを好いているなどと最初から思っていないのだ。

 なにをしても信じてもらえない。

 そう理解した瞬間、ユージーンはだんだんと腹が立ってきた。あまりに理不尽ではないか、と。誤解される様な振る舞いをしていたわけでもないのに、因縁をつけられているのだ。先ほどまで兄を心配した弟が暴走しただけだと許そうとしていたことなどすっかり忘れ、頭に血が昇っていく。
 そして気付く。ルーカスはやけにユージーンの顔の作りに言及していた。ユージーン自身、自分の顔が整っていることはわかっているが、信じてもらえないのはこの顔が原因だというのか。

『失礼!なにかトラブルが……』

 待機していた騎士が、中の様子のおかしさについに踏み込んできた。それを目の端に捉えたユージーンは一直線に騎士に向かう。そして怒りを纏って向かってくるユージーンに動揺する騎士の腰に下げられた剣を引き抜いた。

『ユージーン!!』

 焦ったヴァイツの声。それは確かに耳に届いていたが、ユージーンは止まらない。
 刃を顔に当て、ルーカスをみやる。
 ルーカスは顔面を蒼白にして震えている。

『私の顔が気に食わないのだろう。ならば、この顔に傷をちゅければ満足か』

『ちがっ!やめっ』

 正直、ユージーンは自分の顔などどうでもいいのだ。ヴァイツはこの顔を好んでくれているようだが、多少傷がついたくらいで捨てる薄情な人ではないことはもうわかっている。
 だから躊躇することなく刃をひいて……

 ひけなかった。

『!ヴァイツ……』

 ひこうとした手は後ろからヴァイツに片手で強く握られ、ピクリとも動かない。

『そんなことやめて、ユージーン』

 そのまま刃は顔から遠ざかっていく。ユージーンが反対に動かそうとしても、力の差が大きすぎてなんの抵抗もないように剣は離れた。

『なんだ!私の顔に傷がついたら愛せぇないと言うにょか!?』

『そんなことあるわけないだろう!たとえ君の顔が焼け爛れたって愛してる!』

 後ろを振り向くと、力強くユージーンを見つめる瞳と目があってたじろぐ。しかし、ユージーンの怒りは収まらない。

『それならいいだろ!私の顔のせいで疑わりぇるんだろ!?そぉんなもの不要だ!』

『だめだ!なんの非もない君がどうして傷付かないといけないんだ!』

 剣をユージーンの手から抜き取ったヴァイツはそれを騎士の方へ投げ、ユージーンを抱きしめた。
 抱きしめるヴァイツの腕が震えていることに気付き、ユージーンは少し冷静さを取り戻す。

『でも、こうでもしないと信じてもりぁえない』

『こんな勝手な妄想で言いがかりをつけてくる者の信用など不要だ!』

 ヴァイツの怒りを孕んだ声に、ルーカスは肩を跳ねさせる。ここへきて、やっとルーカスは己のしでかしたことを理解していた。
 
 ルーカスが兄を心配していたのは本当だ。けれど、心配しているからってなにをしてもいいわけではない。それなのに、ユージーンを人間だからと最初から色眼鏡で見て侮辱したのだ。その誤解を正された後も、根拠のない疑いの目を向け、ユージーンを追い詰めた。

『ご、ごめんなざいぃぃぃぃ』

 真っ赤な瞳から大粒の涙を零しながら、その場に崩れ落ちたルーカスを見て、やっと誤解が解けたのだと、ユージーンは身体から力が抜けるのを感じた。
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