ガチケモナーは猫耳男子を許せない

某千尋

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50 百戦錬磨の毒花

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 ルーカスは焦った。
 思っていたのとはちょっと違う、というのは薄々感じていたことだったが、まさかこんな反応になるとは思っていなかったのだ。

 尊敬する兄の婚約者。

 ルーカスにとってヴァイツはヒーローだった。
 猫獣人として生まれた兄は、小柄であることが決定づけられていた。
 それは兎獣人であるルーカスも同じ。
 ルーカスは、庇護される兎獣人であることを早々に受け入れてしまった。
 誰もが可愛いという容姿で、母に似たのか華奢な身体つきで。そう生きるしかないと思ったのだ。
 そしてそれは、二つ上の兄もそうだと思っていた。
 けれど、ヴァイツは抗った。
 ルーカス以上に小柄な兄は、鍛錬を続けて逞しい筋肉を身につけ、騎士団長も舌を巻くほどの強さを手に入れた。

 ルーカスは別に可愛いと言われることは嫌ではないし、庇護されるべき存在とされることに不満もなかった。持って生まれたものに流された方が楽だったし、否やはなかった。
 
 けれど、心のどこかでは憧れがあったのかもしれない。雄々しい父の存在感。一番目と二番目の兄のような凛々しさ。
 自分では絶対手に入れることのできないそれに、羨望を持っていたのかもしれない。見ないようにしていただけで。
 だからヴァイツがその強さを認められた時、少しだけ面白くない気持ちになった。そんなことやっても無駄なのに、と。
 無駄であって欲しかったのだ。そうでなければ、手を伸ばせば手に入る物を自分がみすみす逃したことを認めることになってしまうから。

 けれど、ルーカスの思いに反してヴァイツはどんどん強くなっていった。身体が小さいというハンデをものともせずに大柄な獣人を倒すヴァイツに抱いた感情は複雑で、嫉妬を隠すことができなかった。
 しかし、そんなルーカスの様子に気付いた二番目の兄に投げかけられた質問で、ルーカスはそれを吹っ切ることができた。

『ルーカスは、ムキムキになりたいのか?』

 答えは否だった。自分が最初から選択肢に入れなかった物を手に入れたヴァイツを羨んでいただけで、仮に選択肢に入っていてもそれに手を伸ばしたかというとそうではない。
 せっかく可愛く生まれたのに、それを無駄にする選択はしない。ルーカスは、可愛いと言われることが嫌ではなかったのだから。

 そこからはすとんと、純粋にヴァイツの努力を認められるようになった。選ばなかった自分の姿を投影するほどにもなって、どんどん憧れの気持ちは増していった。
 きっとヴァイツは、猫獣人には難しいと言われている他の壁も乗り越えていくんだと、物語の主人公のような快進撃を演じるのだと、いつの間にかファンのように応援していた。

 そんな兄が、最愛を見つけたという。
 庇護される立場ではなく、庇護する立場でありたいヴァイツ。しかも、好みは自分より小柄というなかなか難しいオーダー。
 それでも、きっとヴァイツはこの国のどこかで己の理想を見つけると思っていたのだ。

 まさか、人間の中で見つかるなんて思ってもみなかった。

 ただ、人間だというだけなら歓迎するつもりだった。学んだ歴史から人間に対し好意的な感情は抱いていないまでも、それだけで否定するつもりはなかった。
 きっと、種族の壁を越えるほどの素敵な女性を見つけたのだと思っていたのだ。

 ところが、詳しく聞くと様子が変わってくる。
 男で、しかもかなりの年上。一番上の兄のディートリヒよりも年上だという。

 ルーカスは思った。
 絶対騙されている、と。

 ヴァイツはルーカスが知る限り恋愛とは無縁な生活をしてきた。己の肉体を鍛えあげることにストイックで、どれだけ秋波を送られようとそれに応えることはなかった。

 そんな恋愛初心者なヴァイツを、小柄で美しい男が堕とすのはそれはもう簡単だったのではないだろうか。それだけ年上ということはきっと恋愛については百戦錬磨で、初心なヴァイツを掌の上で転がしているに違いない。なんせ、人間は狡猾だというし。

 そう考えたルーカスは、ユージーンを見て確信した。
 
 聞いていた年齢とは思えない若々しさ。中性的ではないものの、まるで物語の中の妖精のように美しい容貌。悪戯好きの妖精のように、その美しさで人を惑わせることができそうなほど魅力的で、これでは恋愛慣れしていないヴァイツはイチコロだろうと納得した。

 そして口を開けば幼児のような舌ったらずな喋り方。ルーカスも、そのギャップにちょっとときめいた。自分の倍くらいの年齢の相手なのに。

 ヴァイツを見ると、見たことないくらい蕩けた顔でユージーンを見つめていて、完全に手の内に堕ちていた。きっと、ルーカスがなにを言ったところで信じてくれないだろう。
 だから、ユージーンがヴァイツの思うような人間ではないことを証明してやろうと思ったのだ。
 その化けの皮を剥がしてやる、と意気込んで発音の教師に立候補することにした。

 ルーカスはユージーンを、きっとシモの緩い人間なのだと決めつけていた。
 聞くと、ユージーンは人間の中では大きく、もともと同性愛者ではないらしい。
 そうであれば、筋骨隆々な男らしいヴァイツにもしかしたら不満を感じているかもしれない。ユージーンが受け入れる側なのだろうし。きっと、己の雄を使えずやきもきしているはずだ。
 そういうことなら、華奢で可愛いルーカスの出番である。ルーカスが気のあるそぶりを見せれば、乗ってくるのではないだろうか。
 そう考えたルーカスは、自身が囮になることにした。
 恋愛の手練れといえど、ヴァイツのことはもう完全に攻略しているのだから、気が緩んでいる可能性が高い。まだ若いルーカスのことも簡単に転がせると思えば、己の手管に驕って手を出してくるに違いない。

 しかし、いざ発音の練習が始まってみると、いたって健全な時間が流れていった。必ず距離を取られるし、近付こうとしてもあまり嬉しくなさそうだった。
 少しでも触れると身体が強張るのも感じ、なにかおかしいな、と思っていた。まるで初心な乙女のような反応だ。

 いやまさか、この美貌で、この年齢で、そんなことがあり得るはずがない。きっと、ルーカスの意図を感じ取っているのだ。

 ルーカスは、ユージーンが対人能力については絶望的で、まさに初心な乙女のように恋愛経験がからっきしだなんて、思いもよらなかった。
 そうして、勘違いは加速していく。

 さりげないアプローチでは、警戒されてしまうのかもしれない。既に堕ちていることをアピールしないと、さすがに乗ってこないのかもしれない。さすが熟練の恋愛マスター。そうそう浮かれた行動は取らないのか。

 そう考えて、この上なくあからさまに好意を示して性的なアピールをしたのだが。

『その、えっと、ちょっと?』

 目の前には無言で滂沱の涙を流すユージーン。
 反応しているはずと握った雄の象徴はピクリとも膨張の兆しがない。
 
 おかしい、こんなはずではなかった。

 この男はヴァイツを淫欲の沼に引き摺り込む毒花ではなかったのか。
 目の前でめそめそと止めどなく涙を流す男はなんなのか。これすらも計算なのか。

 ぐるぐると混乱している中で、最も来て欲しくない人物がタイミング悪くやってきた。

『ユージーン!練習は進んでる?』

 いつもノックをしろとうるさいヴァイツが、浮かれているのかノックもせずに部屋へ入ってくる。
 笑みを浮かべながら入ってきたのに、ユージーンを目に入れるとぴたりと動きを止め、どんどん口角が下がる。
 そして、目にはどろりと強い怒りが。

『……ルーカス?どういうことだ?』

 地獄の底から沸き上がってきたような低くて重い声。
 ルーカスは、終わった、と思った。
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