ガチケモナーは猫耳男子を許せない

某千尋

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49 兎の王子

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 ヴァイツとの婚姻式の前に、ユージーンをお披露目する夜会が予定されている。
 それまでの間にユージーンはスターヴァー王国での作法などを学ぶことになっていた。夜会に参加する貴族たちの確認や当日の進行の調整も含めると、スケジュールはぎちぎちだ。ただでさえ多忙な中、僅かに空いた時間に発音練習を捩じ込む日々。
 この日も、ユージーンに与えられた執務室の応接間でルーカスの指導を受けていた。

『うん、そうそう。だんだんいい感じになってきたよ』

『そぉれはよかったですぅ』

『まだちょっと変な感じは残っているけど、このままいけば夜会までには間に合いそうだね』

 微笑むルーカスはヴァイツの二つ下の弟。つまりユージーンとの歳の差は……と考えるとげんなりするため、ユージーンはそのことを考えないようにしている。

 ルーカスのおかげでだいぶ発音は改善されてきたが、ユージーンはこの時間が少し苦手だった。

『ちょっと休憩しようよ』

 控えていた使用人に指示を出し二人きりになると、対面に座っていたルーカスはユージーンの隣にやってきた。
 ユージーンはまただ、と思いながらも表情に出さずに少し距離を取るも、ぴったり密着してくるルーカス。

『あの、どうして移動を?』

『だって、ヴァイツ兄上と結婚するってことは、ユージーンは私の義兄になるんでしょう?なのにいっつも他人行儀なんだから、休憩中くらい仲良くしよう?』

 上目遣いで甘えられ、ユージーンは困惑するばかりだった。
 そう、なぜかルーカスはぐいぐいと距離を詰めてくるのだ。ユージーンとて、できるならヴァイツの家族とは良好な関係を築きたいと思っているし、疎まれるよりは懐かれる方がいいとは思っている。
 しかし、そもそも人との接触が苦手なユージーン。いくらヴァイツの弟といえど、密着されるのは居心地が悪いし正直なところ、結構嫌だ。

『ですが、この距離はさすぅがに』

『ん?弟と仲良くしていて誰が文句を言うの?それに、ちゃんと扉は開いてるから誤解されることもないよ?』

 二人きりと言っても密室ではない。しかも、扉の向こうには騎士も待機している。しかし、ユージーンが言いたいのはそんなことではない。
 普段のユージーンならば不愉快だから離れてくれと言うところだが、ヴァイツの家族だと思うと言えない。しかも、年齢でいえばルーカスは未成年なのだ。そう考えるとユージーンがルーカスからの好意を無碍にするのはさすがに大人気ない、と我慢を重ねてきた。

『ほら、ユージーンはどのお菓子が好き?』

 戻ってきた使用人がお茶とお菓子を机に並べる中、はしゃいだルーカスがするりと腕を絡めてくる。
 ユージーンは背筋にぞっと寒気が走るのを感じながら、さりげなく腕を抜こうとする……が抜けない。全然抜けない。がっちり掴まれている。

『あの』

『ねぇユージーン、私の相談を聞いてくれる?』

 さすがにこれは我慢ならないと指摘しようとするも、そこに被せてルーカスが話しかけてくる。
 いい加減うんざりしながらも、邪気を感じない無垢な目で見つめてくるルーカスを見ると口を閉じてしまう。自分の半分くらいの年齢の子どもにどう対応するのが正解かなど、これまで乏しいコミュニケーションしかとってこなかったユージーンにわかるわけがないのだ。

『あ、内緒の話をするから控えてくれる?』

 ユージーンは相談を聞くなんて了承していないのに勝手に使用人を下げられてしまい、抗議する気力は無くなってしまった。
 またもや二人きりになると、絡められる腕の力が強まった。どうしたものかとルーカスに目を向けると、下から覗き込むようにユージーンを見つめていた。
 ルーカスは大きくて丸い赤い目が特徴的で、少女的な顔をしている。そんなルーカスに目を潤ませて見つめられれば男といえども思わずどきりとするだろう。

 獣人の男ならば。

 でかいのだ。人間にとっては。
 他の獣人に比べれば兎の獣人は小柄である。けれど、人間からすると十分にでかいのだ。猫獣人のヴァイツよりもでかいのだから、いくら顔が可愛かろうと絡みつかれれば可愛いより怖いが勝つ。
 今も、普通にユージーンを見つめようとすれば上から見下ろす形になってしまうからか、体勢を低くして無理矢理上目遣いの姿勢をつくりあげており、その不自然さがさらに怖い。

『ねぇ、ユージーンは私のことが嫌い?』

『いや』

 正直に苦手と言うことができず口籠ると、拗ねたように口を尖らせながらほんとにー?と甘ったるい声で身を寄せてくる。

『あのね、私ユージーンのことすっごく素敵だなって思って。私が先に出会えていたら、私とユージーンが恋人になれたのかなぁ?』

『……は?』

 言われた内容が衝撃的過ぎて頭の処理能力を超え、ユージーンはぴしりと固まった。

『今なら、まだ間に合うよね?ねぇ、どうかな?』

 先程までの無垢な様子はなんだったのか、妖艶さを含んだ笑みでルーカスが右手をユージーンの中心へ伸ばす。
 ユージーンにはその手の動きがスローモーションに見えた。ゆっくりと、ユージーンより二回りくらいでかい手が伸びてくる。
 その手が向かう先がどこかはわかっている。絶対に嫌なのに、身体が動かない。

 ユージーンはスターヴァー王国へ来てからずっと気を張っていた。狭い研究室だけが世界だったユージーンにとって、王城はあまりに広かった。
 その王城でたった一人の人間。100年人間との交流がなかった獣人たちにとってユージーンは人間の代表であって、ユージーンの一挙手一投足が人間のイメージに大きな影響を与えるという事実。
 ユージーンが下手を打てば、今後の国交に多大な影響を与えることになるだろう。ヴァイツと共に在ることも許されなくなるかもしれない。
 癇癪持ちでコミュニケーションが苦手なユージーンは、それが怖くてできる限り感情を抑えつけ、無理矢理笑顔を作ってきた。
 ルーカスは苦手だが、教師としての役割は果たしているし、なによりヴァイツの家族に悪印象を抱かれたくないから、一層我慢してきた。

 その仕打ちが、これなのか。

 ヴァイツからの重苦しい程の愛情を一身に受け、ユージーンは愛されることを知った。愛することも知った。
 愛とは、相手との信頼関係を構築することなく無遠慮に身体を蹂躙することではないと知っている。
 だから身勝手に性的な場所へ触れようとするルーカスが、ヴァイツのような愛をユージーンへ向けていないことくらいわかっている。

 では、この行為の目的はなんなのか。

 これまでルーカスから悪意は感じなかった。近過ぎる距離は彼の個性なのだと納得させてきた。
 けれど、それは勘違いだったらしい。愛がないのにあるように振る舞うなんて、ユージーンを陥れるつもりであるとしか考えられない。

 伸ばされた手が、ユージーンに触れる。

『あれ?全然反応してない。もしかして不能……え!?ちょっ』

 ルーカスの意図について結論を出したユージーンは、ヴァイツの家族に陥れられるほど疎まれていること、これから己の身に起こるであろうこと、それによってヴァイツに見放されるかもしれないことを一瞬の間に想起する。
 その想像はユージーンを絶望させ、それは形に現れた。

 滂沱の涙として。
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