ガチケモナーは猫耳男子を許せない

某千尋

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48 獣人言語の発音は難しい

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 目が覚めた時、ユージーンは見慣れない部屋に寝ている理由がわからなかった。
 柔らかいベッド、肌触りのいいシーツ、軽くて暖かい布団。なぜこんなところにいるのだろう、と。
 疑問を感じながらも居心地の良さにそのまま身を任せていると、緩慢だった思考が徐々に明瞭になっていく。そうして、最後の記憶を思い出し飛び起きた。

「あの後なにが……」

 喋り方が幼児だと指摘され、怒髪天を衝いたところでどうなったのか。
 ヴァイツに向かって怒鳴ろうとしたことは覚えているが、その後の記憶はまったくない。実際に怒鳴った記憶はないが、あまりの怒りに我を忘れて部分的な記憶喪失にでもなったのか。
 考えてもわからないので、とりあえずサイドテーブルに置いてあったベルを鳴らす。いずれにせよ、なぜあんな恥ずかしい思いをする羽目になったのか、どうしてユージーンの喋り方の問題を教えてくれなかったのか、ヴァイツに問いたださなければならない。

 ほどなくして部屋に入ってきた使用人は、ユージーンの要望に頷いてヴァイツを呼びにいった。
 喋り方の問題を理解した以上できる限り獣人言語を使いたくなかったが、コミュニケーションの手段がそれしかないためどうしようもない。ヴァイツが教えてくれていれば、直せていたかもしれないのに。
 そう思うと、落ち着いていたはずの怒りが再び沸いてくる。

「ユージーン!!」

 どう責め立ててやろうかと思案していると焦った様子のヴァイツが部屋に飛び込んできた。
 
「大丈夫!?ユージーン、いきなり倒れたんだ!医者はなんともないと言っていたけど、具合が悪いところはないか?」

 ユージーンが嫌味の一つでも言おうかと口を開く前に捲し立てられ、出すはずの言葉を飲み込む。
 ベッドの横に跪いてユージーンを見上げるヴァイツの顔に浮かぶのは心配の色。心からユージーンを案じているその様子に、少し冷静さを取り戻す。ここまでユージーンを想っているヴァイツが、果たしてユージーンにとって不利益になることを放置するだろうか、と。
 なにか事情があるかもしれない、と思い当たり、まずは話を聞くことにした。
 人とコミュニケーションを持つようになり、癇癪持ちのユージーンだって成長したのだ。

「ヴァイツ、なぜ私の喋り方について教えてくれなかったんだ」

 ユージーンの疑問を予想していた様子のヴァイツは、気まずそうに目を泳がせながらもそれに答えた。

「……私は人間の言語を学んでいるからわかるけど、獣人言語には人間の言語にない舌の使い方をする発音が多くあるんだ。そのせいでユージーンの喋り方は私たちにとっては舌ったらずに聞こえてしまう。そういう事情があるからそれは仕方ないと思って」

 曰く、ユージーンの使う文法や語彙には問題がない。もとより違う種族なのだから、ここまで獣人言語に精通しているならば発音がたどたどしくとも問題はないと考えたのだという。

「確かに話していて少し発音が違うように感じるところはあった。だが、そうとわかっていれば練習だってできた。そうすれば、幼児よりはマシになったのではないか?」

「それは……そうかもしれない」

「ならば、なぜ教えてくれなかった!私に恥をかかせたかったのか!?」

 煮え切らないヴァイツな態度に苛立ってきたユージーンの語尾はどんどん強くなる。
 人間には絶対に発せない音があるというのならば仕方がないが、そうではなさそうなのだから。

「……かったから」

「なんだ、聞こえない」

「可愛かったから……」

「…………は?」

 バツの悪そうな顔で告げられたのは、冷たい美貌のユージーンが喋り方だけたどたどしいところが、可愛くて変えたくなったということ。

「いや、だからといって、そんっ」

 あまりに予想外の答えにどう怒ればいいのか混乱するユージーンに対し、拗ねたように口を尖らせ、ぺしょりと耳を下げるヴァイツ。
 ごりごりの筋肉男がしおらしくしたって可愛くないはずなのに、これが可愛く見えてしまうのだからユージーンも重症だ。恋は盲目とはよくいったものである。

「わかってる。いくら可愛いからって君になにも伝えずそのままにしていたことは悪かった。でも、直してほしくない……」

「ん゛んっ」

 倒した耳をそのままに、うかがうようにユージーンを見つめるヴァイツに思わず変な声が出る。
 
「……っいやだめだ!直す!絶対直す!」

 一瞬ヴァイツが望むのならと思いかけ、我に返って否定する。
 幼児だ。幼児のような喋り方だ。さすがに受け入れられない。
 しかし、「そんな……」としょげるヴァイツに対してすっかり怒るタイミングを失ってしまい、ユージーンは深くため息をついたのだった。









 喋り方をどうするかについては決着がついたが、現実が変わるわけではない。

「……行かないわけにはいかないんだろうな」

 謁見の最中に気を失ったユージーンは、予定されていた王族たち―ヴァイツの家族との個別の顔合わせができなかった。
 そしてそれは、晩餐の時間に持ち越されることになったのだ。
 身なりを整えられ、迎えにきたヴァイツの手をとりながらユージーンはため息をつく。

「私から父上たちには説明したからみんな事情はわかっているよ」

「そういうことじゃない。私の矜持の問題だ」

 幼児のような喋り方をしなければならないこと自体が苦痛なのだ。一応あの後にヴァイツから多少のレクチャーは受けたが、すぐに改善するわけがなく。しかも、一生懸命舌の使い方に間違いないか確認するユージーンの姿に興奮したヴァイツにしょっちゅう唇を奪われ、なかなか練習も進まなかった。

「……教師はお前以外がいいかもしれないな」

「そんなっ!危ないからダメだ!」

「なにが危ないんだ」

「あんな風に舌を見せつけられてユージーンの魅力に抗える奴なんていない!獣人は力が強いから、無理やり押さえつけられて……」

「待て、なんの話をしている」

 ヴァイツはなにを想像しているのか、わなわなと震えながら危ない、ダメだの一点張り。
 
「私は33の……自分で言うのもなんだが、おじさんだぞ?」

「こんな愛らしいおじさんがいるわけないだろう!」

 揶揄っているとは思えない真剣な物言いに、ユージーンは言葉を失う。きっと、ヴァイツにはユージーンがなにか別のものに見えているに違いない。
 いかにユージーンが魅力的かを熱弁するヴァイツに遠い目をする。
 絶対教師は別の者をあてがって貰おうと固く決意して。

 食堂に着くと、既に他の王族たちは集まっており、自然と背筋が伸びる。
 改めてヴァイツに紹介されたユージーンに、王が王族を紹介していく。

『私の左にいるのが我が妃のマリアンネだ。その隣に続くのが王太子のディートリヒ、王太子妃のシャルロッテ……』

 王が次々と王族を紹介するが、ユージーンは全員を一気に覚えられるだろうかと冷や汗をかく。謁見の間にいたのはヴァイツの家族全員ではなかったらしい。人とのコミュニケーションが苦手なユージーンは、人を覚えるのも苦手だった。紹介されるごとに挨拶しながら、必死に名前を記憶する。

『そして最後に、第五王子のシュタインだ。シュタインは世話になったらしいな。礼を言う』

『いえ、しょんな』

 ユージーンと目が合って嬉しそうにするのは第五王子のシュタイン。やっと知った顔を見てなんとなくホッとしたところで食事が始まった。

『しかしヴァイツがすまなかったな。発音については二人の婚姻を祝う夜会までまだ時間があるから、その間に学ぶといい』

 早々に発音の話題になったため、ユージーンは教師の件を話すことにした。

『ありがとうごじゃいまちゅ。そのこちょでしゅが、指導しちぇくれりゅ方をご紹介いちゃぢゃきたいのでちゅが』

『ああ、そうだな。ふさわしい者を選んでおこう』

『待ってください陛下!それなら私が!』

 王がユージーンに頷いたところでヴァイツが口を挟む。己をユージーンの教師に指名をするようにと。けれど王はすげなく却下する。

『お前に任せていてはちゃんと直させないかもしれないからダメだ』

『なっ!先程少し私が教えましたが、発音を練習するユージーンはあまりに……っ!危険です!考え直してください!』

『お前は何を言っているんだ?』

 本気でユージーンを心配しているヴァイツが力説するが、ユージーンからすればあまりに的外れでいたたまれない。王も困惑した様子である。

『あら、でも貴方だって、私に他の者をほとんど近付けないではありませんか』

 ヴァイツを宥めようとする王に対し、これまでユージーンが会った獣人の中では最も華奢で嫋やかな印象の王妃が口を挟む。

『む』

『貴方だって同じようなことをおっしゃっていたわ。おかげで私の王妃教育の教師はみんな老齢の方ばかりだったじゃありませんか』

 王妃はころころと笑いながら過去の王の所業を語る。が、成人した子がいるとは思えない美貌の王妃の若かりし頃と、いい年した男のユージーンを同列に語っていいのだろうか。ユージーンが虚無の心地に浸っていると、それまでやり取りを眺めていた王子の一人が手を挙げた。

『じゃあ、教師は私が引き受けるよ』

 その声にその場にいた全員がそちらを向く。
 声の主は第四王子のルーカスだった。全員の視線を受けて挙げていた手を降ろした彼は、『俺なら安心でしょ?』、とヴァイツを目を向ける。
 ヴァイツはしばらく葛藤した様子で唸っていたが、最後には不本意そうな顔をしながらも頷いた。それを見て王も了承する。

『ということで、よろしくねユージーン』

『あ、はい。よろしくお願いしましゅ……』

 ユージーンは改めてルーカスを見た。先程は名前を覚えることばかりに気を取られ、顔をよく見ていなかったのだ。
 ルーカスの頭の上に生えているのは白くて長い耳。王妃方の祖母譲りだという兎の獣人である彼は、ユージーンに向かって赤い目を細めて微笑んだ。
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