ガチケモナーは猫耳男子を許せない

某千尋

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57 夜会

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『なんなんだ!もう!』

 ユージーンはブチ切れ寸前だった。

『あの、今回のも……?』

『っああ、すまない。これら全部だ』

 ユージーンは片手で額を押さえながら指示を出す。
 目の前には数々の贈り物。しかし、どれもこれも人を選ぶものばかり。
 多くは食べ物だったが、そればかりではない。見た目は美しいが嗅ぐとくしゃみがとまらない花粉を持つ花だとか、独特すぎる風味の茶葉だとか。
 熊の頭の剥製を送られた時など、思わずエーミールを凝視してしまった。

 そんな、好きな人は好きなのだろうがユージーンには全くハマらない、なんなら嫌がらせのような贈り物が、多くの貴族から届くのだ。

『あー、またなのか?』

 様子を見にきたヴァイツは、怒りに震えるユージーンを見て眉を下げる。

『いっそ、贈り物の受取自体を拒否するか?』

『そんなことをすれば、獣人からの贈り物を拒否する差別主義者とでも噂が流されるだろう!』

 すっかり発音は矯正され、あとは夜会に挑むだけ。夜会はもう二日後に迫っており、準備は整っている。
 けれど、思っていた以上に贈り物攻撃はきつかった。

『贈られてくる物は、どれも入手が難しいものばかりだ。貴族を唆しているのはエスターニャ卿だろうが、それに動かされている貴族たちは善意に違いないんだ!』

 そう、キュラスは、親切めかして故郷から離れたユージーンをお慰めしようなどと人間に比較的好意的な貴族をたきつけ、文献で調べた人間の好む物(人を選ぶ)をわざわざそのお仲間と共有して集団戦法でユージーンに贈りつけてくるのだ。
 ヴァイツの調べによると、キュラス以外はそれを本当にユージーンが好むと思って送ってきてくれている。しかもいやらしいことに、喜ばしい贈り物が届くこともある。だから、どれだけ嫌な物を贈られても、嫌がらせと断じることもできない。

『だが……手紙も大変だろう?』

『ああ、こんな地味な嫌がらせをされるとは思わなかった』

 贈り物に対しては必ず礼状をしたためる。けれど、面倒だからと贈り物を喜ぶような感謝を伝えてしまえば、良かれと思って今後も同じ物を贈られてしまう可能性がある。
 だから気持ちが嬉しいことを最大限伝えた上で、選ばれた贈り物がユージーンの好みには合わないことを失礼がないように伝える必要があった。

 ちなみに、バッタのピクルスに対しても礼状はしたためたが、これに対しては仰々しく謝罪の手紙が届いた。几帳面さが滲み出る精緻な文字で、一分の隙もない丁寧な文言。
 直接謝罪にうかがいたいとまで書かれており、まだお披露目前ですからと断りの手紙まで書く羽目になった。

『とはいえ、さすがにそろそろ贈り物のバリエーションも尽きるだろう。もうすぐ終わると思えば我慢できる』

『油断するな。あいつはしつこい』

 執拗さはすでに身にしみているユージーンは深く頷く。

『この程度で帰りたくなるとは思っていないだろうからな。こんなのは、挨拶だろう』

 貴族の陰湿さならユージーンだって多少は知っている。確かに困った贈り物に多少神経はすり減るが、これはただの小手調べだろう。贈り物だけで終わるはずがない。

『……夜会の間、エーミールも貴族として参加する。私かエーミール、どちらかの傍に必ずいるようにしてくれ。とにかく一人にはなるな』

 当たり前だ、と答えながら、そんなにうまくいかないことくらいユージーンにはわかっていた。










「ほら、こうなる」

 直前まで慌ただしくしながらもなんとか無事に迎えた夜会。歓声の中、ヴァイツと連れ立って正式に婚約を宣言した。

 その後は二人で挨拶に対応していたが、やはりずっと二人で、というのは難しい。

『すまない、エーミールの傍にいてくれ』

 なにやら仕事の話で呼び出されたヴァイツに促されしばらくエーミールの傍にいたが、これまたエーミールを呼びにくる人がきた。エーミールはあうあう言いながら連れて行かれた。
 こんなのは、予想通り。案の定一人になったユージーンは、壁側に移動する。

 バルコニーに移動したりはしない。できる限り人の目がある中にいる方が安全だからだ。会場内は見回りの騎士たちもいるし、よっぽどなことはできない。

 ちらちらとユージーンを見てくる人たちもいるが、できる限り目を合わせずに手に取った飲み物を口にする。アルコールも口にしない。
 戦場で油断するほど、ユージーンは若くない。

 壁側から会場を見渡すと、あらゆる種族の獣人たちが集っている。数ヶ月前のユージーンにはまったく想像していなかった光景に、どこか現実味がなかった。誰もがユージーンより大きく、まるで巨人の国に迷い込んだようだった。
 ユージーンは自身が異物のように感じられて、緊張からか胸が騒ぐ。
 何事も起こってくれるな。
 なんでもないような顔をしながら心の中で念じる。けれど、トラブルは無情にも向こうからやってくる。
 
『あ、あら!ユージーン様こんなところに!』

 ユージーンは気配を消しているつもりだったが、本日の主役である彼の纏う衣装は華やかで、目につきやすかった。あっという間に見つかった相手が彼女でよかったのかどうか。兄よりはよかったかもしれない。

『メロディ殿、本日は楽しんでいただけているでしょうか?』

『ええ。お二人の立ち並ぶ姿には惚れ惚れしましたわ。天使と妖精というのでしょうか。この世の尊きものをかき集めたかのような光景で……』

 美辞麗句を尽くして賞賛されているのだろうが、なにを言っているのかわからない。ユージーンは頬をひくつかせながら、楽しんでいただけたようでなによりです、と応じた。

『そうだわ!私の兄もユージーン様に会いたがっていましたのよ!』

『え、いや、あの』

『あらっ、あんなところに!』

 ユージーンが止める間もなく、一番会いたくない人物を見つけて手招きするメロディ。少し離れたところにいた人物がすっとこちらへ近づいてくる。

『これはこれは……ヴァイツ殿下が席を外されたので後でご挨拶にうかがうつもりでしたが、先にユージーン様にご挨拶させてください。直接お会いするのは初めてですね、侯爵の身分を預かっております、キュラス・エスターニャと申します。どうぞ、お見知りおきを』

 キュラスは、その陰湿さに反して好印象を抱かせるような爽やかな風貌だった。
 メロディより明るいアッシュの髪に、同色の少し垂れた目。文句なしの若々しい美形に怯みながら、その内心を出さずに挨拶をする。

『エスターニャ卿、単身こちらへ赴いた私をおもんぱかって様々に心を尽くしてくれて感謝しています。私も、直接会って礼を言いたいと思っていたんです』

 心にもないが、嘘を笑顔で覆うのも貴族の嗜み。苦手なことではあるが、散々訓練させられ、それなりに様になっていた。

『いえ、私の調査が不足していて、かえってお手間をかけてしまったようで。大変申し訳なく思っています。今後、挽回させていただきたいものです』

 きっと、これも心にもないことなのだろう。見た目は柔和な好青年然とした男は、自然な仕草で近くの給仕からシャンパンのグラスを二脚受け取る。

『さあ、こちらで乾杯させてください』

 見ると、いつの間にか飲みきってしまったのか手に持っていたグラスは空だった。しくじった、と思いつつ断る理由もないので受け取るしかない。
 ちらりとキュラスを見ても、そのにこやかな表情からはなにも読み取れなかった。

 絶対、なにか入ってる。

 わかっているのだ。わかっているのだが、飲むしかない。これからの人間と獣人の和平に乾杯、とグラスを傾けられ、ユージーンも同じ仕草をしてからグラスを口へ運ぶ。
 変なにおいはしない。しかし、無臭の毒などいくらでもある。ほんの少しだけ口に含んでゆっくり嚥下する。
 その様子を、キュラスは変わらぬ微笑みで見守っていた。

『どうです?人間の国の物を知らないで言うのもなんですが、こちらのお酒もなかなか悪くないでしょう?』

『ああ、そうですね。こちらはとてもすっきりとした味わいで美味しいですね』

『ふふ、でも、少ししか飲まれてないですね。私のこと、警戒されていますか?』

 キュラスが冗談めかしたような口調で眉を下げる。この野郎、と思いながらユージーンも口元の笑みを崩さない。

『いえ、私はもともとあまり嗜まないもので、少しずつしか飲めないのですよ』

 とりあえず、シャンパンには変なものは入っていなさそうだった。ちょっとしか飲んでいないからわからないが、体調に変化はない。
 このまま切り抜けたいところだったがそこまで甘くなかった。

『そうだ!でしたらあちらを是非飲んでください!』

 目を輝かせたキュラスは少し離れたところにいた給仕を呼んで、グラスを受け取る。見慣れない黄緑色の飲み物に嫌な汗が背を伝う。

『こちらはジュースなのですが、私の領の特産の果物を用いたものなんです。今回のために、僅かばかりですが提供させていただきまして』

『あら、スタルミナですか。ユージーン様、こちら甘酸っぱくて美味しいんですのよ』

 二人に勧められ、ユージーンは内心で舌打ちする。
 こっちが狙いだったか、と。
 スタルミナという果物を口にしたことはないが、おそらく人間になんらか害のある果物に違いない。

 残念ながらヴァイツはまだ戻ってきていない。エーミールもだ。
 なんとか断る理由を探るが、思い当たらない。これが本当に人間に害があるかなんて、ユージーンにはわからないのだ。

『いい香りですね』

 ユージーンは覚悟を決めてグラスを口にした。
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