ガチケモナーは猫耳男子を許せない

某千尋

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56 警戒対象

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『つまりですね、彼女の一族はラーテルの獣人で、先ほどのヴァイツ殿下のようにラーテルになることができるのです』

 なんの話だったか。そう、待ち伏せしていたメロディの話である。

『私はそぉの、ラーテルという動物がわからないのだが、グリズリーより強いというのか?』

『いえ、十分勝算はあります。でも、あいつらは鼻まで潰してくるので、あまり戦いたくはないです』

『鼻を潰す?』

『防御のために悪臭を放つんです。それがきつくて……』

 嫌そうに歪む顔からして、本当に臭いのだろう。

『獣化している時は嗅覚も鋭くなるからな』

 ヴァイツも深く頷いている。

『でも、先ほどの感じだと、私にもヴァイツにも戦いは挑んでこないのでは?』

 獣人から見て小さくて可愛いユージーンのことを気に入ったようであるし。不本意ではあるが。
 すると、ヴァイツが違う、と首を振る。

『メロディ嬢のことはもともとそこまで懸念していない』

『そうなのか?』

『彼女はあのとおり直情型で、行動が読みやすい。今回のように、なにかするにしても真正面から向かってくる』

 戦闘も、種族としての優位はあれど彼女自身はそこまで戦闘特化ではなく、エーミールでなくとも鍛えられた肉食獣人の騎士であれば対処できるとのことだった。

『では、なにに警戒しているんだ?』

 守られる側としても、敵がなにかわかっているのならば把握しておくべきだとユージーンは促す。

『……彼女の兄だ』

『兄?』

 うんざりするように大きなため息をついたヴァイツは、そのまま項垂れる。

『なぜかあのラーテル兄妹は、ヴァイツ殿下がお気に入りなのです』

『つまり、彼女の兄もヴァイツに懸想していると』

 モテるだろうとは思っていたが予想通り男女問わず魅了しているとあれば、ユージーンとしてはなんとも気分が悪い。

『そいつがやっかいなんだ。メロディ嬢とは真逆のタイプで動きが読みづらい』

『真逆のタイプ』

 メロディが直情型の猪突猛進タイプだとすると。

『かなり策略家でなにをしてくるかわからない。まあ少なくとも今回メロディ嬢をあの通路に入れたのは奴だろうな』

 メロディだけでは的確にユージーンの行動を把握して進路に立ち塞がるなどできるわけがないとのことだった。

『おおかた、今回のことは情報収集だろう。家に戻ったメロディからユージーンのことを聞き出すはずだ』

『……特段知られて困ることはないが』

『とこちらが思っていても、手に入れた情報を使ってあの手この手でこちらが嫌なことをするんだ』

『それは本当にヴァイツのことが好きなのか?』

 嫌なことをされた経験を思い出してか顔を歪めるヴァイツに思わずつっこんでしまう。策略家なのに好意を向けている相手に嫌われているではないか。

『いや、そこも歪んでいるというか……自分が私の対象にならないことをわかっているから、周りを排除することに余念がない』

 つまり、選んでもらえないのならば自分以外の選択肢を無くしてしまおう、ということか。
 昏い執念を感じてぶるりと震える。

『狙われるのはユージーン、君なんだ。どんな手を使ってくるかわからないが……』

『そぉの、暗殺とか?』

『あれでも有能なんだ。国家間の問題になるからそこまではしないと思うが……ユージーンが帰りたくなるようなことはするかもしれない』

 帰りたくなるようなこと。ユージーンは考えてみて、なにも思いつかなかった。

『いずれにせよ、メロディ嬢がきたということは、動き出したということだ』

 一層警戒するよう言い含められるも、いまいちピンとこない。
 なにせ、スケジュール通りに動いているだけで、それ以外は部屋から出ていない。下手に出歩くことがトラブルの元になり得ることくらいわかっているし、新天地で浮かれてはしゃぐほど幼くもない。そもそもが引きこもりの研究者だったユージーンは、自由に出歩けないことに不満がなかった。
 部屋から出る際は日中だけで、必ずエーミールがついている。

『エーミールは兄の方にも勝てるのか?』

『……五分五分というところです。ただ、私は彼の同級生ですが、五分五分程度じゃ私に挑んできません』

 なんとも不安な回答だった。ユージーンは一切戦力にならないのでエーミール頼みなのに。もちろん、低く見積もってのことなのだろうが。

『なので本当は、護衛は私ではないはずだったんです』

『そぉうなのか?』

 ユージーンが驚いてヴァイツを見ると、バツが悪そうな顔をしていた。

『他の候補は癖が強すぎたんだ。延々と話しかけてくるやつ、戦闘狂、シモが緩すぎるやつ、そんなのは嫌だろう?』

『そぉれは、嫌だ』

 ユージーンはお喋りではないからずっと話しかけられるのは苦痛だし、常に闘志を燃やしているような者が傍にいるのも勘弁である。シモが緩い、というのは別にプライベートがどうであろうと気にしないが、わざわざ排除するということは公私混同するタイプなのだろう。でかい肉食獣人に迫られるなど、恐怖しかない。

『……というのは建前で、殿下は相手のいない獣人をユージーン様の傍に置きたくなかっただけです』

 すん、とした表情でエーミールが訂正する。ヴァイツを見ると、不機嫌そうに口を引き結んでいた。

『それは……そうだろう』

 なんだかそれが可愛くて、思わず吹き出す。
 そして気付く。

『ということは、エーミールには相手がいるのだな』

『はい。婚約者がおります』

 そう言って僅かに目尻を緩めるのを見逃さない。どうやら婚約者との関係は良好なようだ。

『とにかく、なにかおかしい、と思う方があればすぐに報告してほしい』

 心配性なヴァイツに頷きながら、厳重な警護されているユージーンにできることなど限られているだろう、とあまり深くは考えていなかった。
 しかし、その翌日から地味な嫌がらせが始まった。








『な、なんだこれは』

 使用人が持ってきた瓶の中身を見てユージーンは戦慄する。持ってきた使用人も顔色が悪い。

『あ、あの、こちら人間の方がお好みになられるからとエスターニャ様からの差し入れで……』

 警戒せよと注意された人物は、キュラス・エスターニャ。侯爵家の者で、若くしてその地位を継いでいるらしい。
 早速か、と頭の冷静なところで考えつつ、目の前に差し出された物に顔を歪める。

『少なくとも、私に虫を食す習慣はない』

 瓶詰めにされたバッタのような虫のピクルス。
 事実として、こういうものを食べる文化のある地域はある。だから、人間がこれを食べるというのは間違いではない。けれど、ユージーンは違う。ついでにいうと、動物は好きだが虫は好まない。

『下げてくれ』

 瓶の中の多数の目に見られているような背筋が寒くなる感覚に、目を逸らしながら伝えると、使用人が弱々しく返事をしてから退室していった。
 これか、これが嫌がらせか。確かに、嫌だ。しかも、慣れない土地でせめて故郷の物を提供したいという親切心の皮を被っているところが嫌らしい。
 これが全く事実無根のものなら抗議もできようが、実際ああいうものは存在している。好むものにとってはたまらなく美味であるらしい。だから、ユージーンが好むものじゃないということは、あくまですれ違い。文句を言えることじゃないことが、地味にストレスになる。

 けれど、この程度なら帰りたくなるようなことではないな、と安堵する。
 こういう贈り物が続くのならばうんざりはするが、それだけだ。

 とりあえず情報の共有は必要だろう、とヴァイツに報告することに決め、その日の予定を済ませた。

 しかし、この程度の嫌がらせで済むわけがなかった。
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