ガチケモナーは猫耳男子を許せない

某千尋

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69 決闘とは

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 初夜の翌日、当然の如くユージーンはベッドの住人になっていた。
 婚姻休暇でしばらく休みのヴァイツはそんなユージーンを嬉々として世話している。

『過去一番で腰に感覚がない』

『大丈夫。移動する時は私が抱いて運んであげるから』

 なにが大丈夫なのか。ユージーンが眉を寄せて不満を示すも、ヴァイツは常になくご機嫌だ。
 文句を言ったところでこの浮かれ具合ではなにも響かないだろう。そもそもユージーンだって、腰を犠牲にすることを理解しながら応じたのだから、文句を言える立場ではない。
 はぁ、とため息をついたユージーンは、一晩経って冷静になった頭で疑問に思ったことを口に出した。

『ところで、当たり前のように決闘と言っていたが、どういうことだ?』

 婚約者のある者に求愛。ユージーンの感覚からすればそんなことはそもそもあり得ないことなのだが、獣人にとってはあり得るということは理解している。
 けれど、そこで決闘、というのはピンとこない。婚約者側にそんなものを受けるメリットがあると思えないからだ。己の婚約者に求愛されたら、婚約者の立場としては権力をもって潰すか金で解決するか、はたまた話し合うか。そこら辺が妥当なところではないだろうか。

『ああ、決闘というのはかつての慣習の名残なんだ』

 ヴァイツ曰く、今でこそ貴族であっても恋愛結婚が主流となっているが、昔は政略結婚が当然だったらしい。
 しかし、そんな中で結ばれぬ恋に落ちる者たちも多くいた。決闘とは、そういった者たちのための救済措置だったのだという。

『要は、政略相手から愛しい相手を奪うための方法だったんだ』

 求愛し、受け入れてもらうことで政略相手に決闘を申込む。それに勝ちさえすれば、政略結婚を拒否することができた。

『それでは政略結婚の意味がないではないか』

『そんなことはない。政略結婚には必ずなんらかの理由がある。ただ単に家同士のつながりを強化する、くらいの意味合いのものならまだしも、具体的な共同事業の遂行のためだったり金銭的な援助ありきのものだったりすれば、いくら秘密の恋人がいたって迂闊に求愛を受け入れることなどできない』

 それに、とヴァイツは続ける。
 この場合の決闘では、申込まれた側は代理を立てることができるが、申込む側は代理を立てることができない。己の力で相手が選んだ者に勝たなければならないのだという。

『つまり、ある程度腕に覚えがある者でないと勝ち目がないんだ。申込んだにもかかわらず負けてしまう、そんなことになれば恋人を失うだけでなく、その恋人が嫁ぎ先で肩身の狭い思いをすることになる。なかなか踏み切れないものだ』

『しかし、実際に使われていた制度なのだろう?』

『ああ。だが、次第に当事者同士で事前に話をつけてしまう事案が増えていったらしい』

『どういうことだ?』

『あらかじめ政略結婚の相手の協力を得ていたということだ。つまり、わざと負けてもらう』

『なんの意味があってそんな不毛な……』

『政略結婚なんだ。基本的に当事者の意志は関係なく親が決める。当事者双方とも婚姻を望んでいないことも多かったんだ』

『とんでもないな……』

『だからこそ政略結婚というものが廃れたともいえる。本人の意志を無視して婚姻を結ぼうとしても決闘で覆される。なら、最初から本人の意志を尊重した方がいい、ってね』

『いや、それなら決闘制度をなくせばよかったんじゃないか?』

『当然その動きもあったらしいが、いかんせん反発が強かった。八百長決闘になる前にも決闘で政略結婚を免れた者たちはいたわけだから、自分たちは良くて下の世代はダメ、というのは筋が通らないだろう?』

 暴動が起きる、とヴァイツ。かくして、獣人は貴族においても恋愛結婚が主流になった。政略結婚がないわけではないが、当事者の意志を完全に無視するようなものはまずなくなった。これによって決闘制度自体も有名無実化していたのだが。

『形だけ残っていた決闘制度が今回利用された、ということか』

『そういうことだ。ミズガルド卿が求愛を取り下げれば回避できるだろうが……』

『明日の話し合い次第か』

 言いながら、ユージーンは視線を落とす。あんな大勢の前で求愛しておいて、取り下げるとは思えなかった。
 きっと、あの求愛には別の意味があるはず。けれど、あまりに目撃者が多い。最終的に決闘を回避するつもりがあるならあの場ではしないだろう。

『まあ、昨日も言ったとおりさすがにアドルフが負けるとは思えないし、決闘になったとしても問題はない』

 けろりとのたまうヴァイツに、獣人と人間の感覚の違いを知る。
 そんな決闘制度、人間にはないのだ。決闘それ自体は存在するが、一方的に手袋を投げつけて決闘が決まることなどない。決闘は申込に対して承諾があってこそ成立する。つまりは、受ける側にも何かメリットがなければ決闘は成立しないのだ。
 ユージーンは生まれてこの方、母国で決闘が行われたなんて話を聞いたことがなかった。

『人間にとっては、婚姻が決まっているのにその婚姻をめぐって決闘が行われるなど、とんでもない醜聞だ』

『ヘンリック殿下の立場が悪くなる?』

『その可能性は十分にある。獣人の男との婚姻というだけで一大事件だったんだ。他の獣人を誑かしたとされれば、母国での立場はまだしも国際的には侮られる要因になる。私の母国もそうだが、それ以外の人間の国でも貴族はまだまだ政略結婚が主流で、それを決闘で覆すなんていう文化はないからな。……その文化そのものについても拒否反応が強いかもしれない』

 決闘で政略結婚を覆すなんて、政略結婚が主な国からしたらとんでもないことだ。そんなことが罷り通ってしまえばたまらないという国は多いだろう。けれど、若い貴族たちの恋愛結婚への憧れは強い。この制度が知られれば、人間の国にも影響があるかもしれない。
 だからこそ、上の者たちはこの決闘制度を否定するはずだ。それこそ、野蛮な文化として貶めて。

『ふむ……この制度の存在について今はまだ知られない方がよさそうだな。兄上とも相談しよう』

『それがいい。幸い今回の披露宴に参加していた人間は私とヘンリックだけだ。今回の騒動をグラディア国に隠すことは可能だと思う。獣人たちから漏れる可能性も現時点では低いだろう』

 人間とのやりとりを担っているこの国の上層部たちがわざわざ今回の件を人間に伝えるとは思えない。
 そう考えて、やっとユージーンは息を吐いた。

『とりあえず、醜聞として広まることはなさそうだな』

 ヘンリックの婚姻は綱渡だ。ユージーンの婚姻がある分、彼の婚姻は政治的な意味も薄い。彼の婚姻を王が拒否できなかったのはまさに世論を味方につけたから。けれど、ヘンリック自身の評価が下がれば、どう転ぶかわからない。いまさらなかったことにはされないだろうが、それも定かではない。

『……昨日からヘンリック殿下のことばかり気にして。君の夫になったばかりの私のことも考えてくれよ』

 少し口を尖らせて拗ねるヴァイツに、ユージーン呆れたため息をついてからその額を指で弾いた。

『私の夫になったのだからもっと心に余裕を持て』
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感想 1

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みんなの感想(1件)

h
2025.11.20 h

人間にとっては大柄でも獣人の中では小柄な攻めなのが良いですね。ヴァイツのモノも人間にとっては凶悪だけど、獣人の中では小さい方なのかなぁ〜(ヴァイツはそのことでも劣等感を感じてたり…)
あと逆に小柄なヴァイツを嫁にしたい獣人とかいそうですね。ヴァイツがユージーンを愛撫している途中で乱入してユージーンの目の前で愛撫されるヴァイツとか妄想してしまいました。

2025.11.21 某千尋

コメントありがとうございます!
おっしゃるとおり、ヴァイツは獣人の中では諸々小さいのでコンプレックスはあります。ただ、筋肉を鍛え上げたことで自信もあるので卑屈さは控えめです。
ヴァイツが攻められる…作者もちょっと見てみたいです。ヴァイツは攻めメンタルかつ物理の力があるので相手がのされてしまいそうですが(あとユージーンがブチギレますね)、IF番外などで書けたら楽しそうです。
今後の展開も楽しんでいただけたら幸いです。

解除

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