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7.白い戦場と戦士

凄惨な戦場

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「風が強いな。」

外の風は冷たく、葉の色も変わり始めた。


「国王に即位して、大きな仕事が舞い降りたと思えば、戦の指揮とはな。想像もしていなかったよ。」
「……陛下。」

アンドレは乾燥した落ち葉を拾い、呟いた。黒のロングコートの裾が風に靡く。短くなった白銀の髪も風に吹かれている。

戦場は敗れた兵士達の遺体の処理に追われた。まともに葬儀を行えずに、簡易的な墓場を設けることしか出来なかった。

「花も少なくなってきたな。蜜はあるのか?」
「今は貯蔵していた蜜を少しずつ消費している状態です。」
「…あぁ。ブッドレアの花畑はどうなっているんだ?」
「ブッドレアでしたら、まだ開花しているかと。長期に渡って花が咲くのが、特徴の花ですから。」
「……それは良かった。」

ブッドレアの話を切り出された時、エリソンドはふとリシャールの存在を思い出してしまった。

アンドレもエリソンドも、リシャールの行先を知らない。今、どこで何をしているのか。もし、ペリシエかシャンパーニにいるなら、戦の被害を受けていないかと心配する。

「……無事でいればいいんだ。」
「?」

二人の考えていたことは同じだったようだ。


「久しく、穏やかな時間を過ごした気がするよ。」
「そうですね。…気を休めない時間が長いもので。」
「あぁ。まだ、先は長そうだ。頼んだぞ、エリソンド。」
「はい。陛下。」

「未だに、陛下と呼ばれるのに慣れない」

アンドレは笑った。エリソンドも思わず笑みがこぼれた。



_________ その夜の事だった。



「……陛下!シャンパーニの民家が!」
「何?」

空から流れ星が流れるかのように、次々と炎が放たれる。狙われたのは、シャンパーニの民家。国民の殆どは避難しているため、無事だと思うのだが。

アンドレが軍を引き連れて街へ向かうと、強い風のせいで隣から隣へと炎が移っていた。


「……グエルション…。」


街の大通り、ペリシエの向かい側からやって来たのはスアレム軍であった。

炎の道ができ、炎の灯りで戦場が照らされていた。


「かなり油断しているように伺えますね、ペリシエ国王。」
「……お前も卑怯だとは。類は友を呼ぶ、とはこの事か。」
「…数では劣るため、この手を使うしかないのですよ。数が多いからと油断しているのは、何とまぁ情けない。」
「…これ以上、シャンパーニを壊すのは許せない。…年下に泣かせられないように。」
「…臨む所ですよ。」


「ペリシエを殲滅しろ!!!」
「受けて立つ!スアレムを攻撃しろ!!!」


炎に囲まれて、スアレム軍とペリシエ軍の闘いが繰り広げられた。

空中にいたスアレム軍の矢が、ペリシエ兵を次々と撃ち抜いていく。


「…くっ……!」

矢を除けつつ、アンドレとグエルションは戦場の中心で一騎打ちとなった。

二人の剣戟は激しいものだった。


「的が大きくて助かります。」
「うっ!」

グエルションはアンドレの左肩を斬った。

「切断すれば良かったのですが。」
「黙れ……!」

左手に力が全く入らない。大量に出血しているのが感覚で分かる。

片手で何とかグエルションに攻め入る。

俊敏でしなやかな彼の動きは、何だか気に食わない。攻撃を全て避けられて腹が立つ。

周りにいる兵士達で余計に動きにくい。

「時間の問題ですね、ペリシエ国王。」
「…何も効いてねぇよ」
「強がりはいけませんねぇ。」
「……っ!」

すると、空から羽音が聞こえてきた。

「……何?!」

「どこ見てんだ!!!」

「っ!?」

剣と剣がぶつかり合った。

「よそ見すんなよ……!」
「……雑魚の援軍ですか。」

空からやって来たのは、シャンパーニ軍だった。きっと、ルシアン王妃が手配したのだろう。

「雑魚はお前らだ!!」
「ぐっ……!」

アンドレはグエルションの腹を斬った。しかし、また避けられて傷は浅かった。

「……お返しだ。」
「…効きませんよ。かすり傷ですから。…重症ですね、ペリシエ国王。」
「はぁ……。」

周りの炎のせいでやけに暑く、体力を消耗される。呼吸は浅くなり、いつか倒れそうだ。

気付けば、兵士達は次々と倒れ込んで炎と血の海と化していた。これまでの穏やかで美しい街並みのシャンパーニは、ここには無かった。

「もう限界ですか?その大きな身体では、余計に疲れますよね。出血も止まらずに……可哀想に。」
「…デカい口叩くんじゃねぇよ…。気が変わったよ。今夜、お前の首取って飾ってやるよ。」
「……やれるものならやってご覧なさい」
「やってやるよ」

傷が効いているのも、暑さに耐えられなくなっていきているのも、互いに同じだった。

「……っ!」

また剣がぶつかり合う。アンドレは片手で、上手く力が入らない。

「ぐっ!」

グエルションの長い足で蹴りを入れられた。アンドレはその反動で後ろに下がると、即座に剣を振り下ろされた。

「……あ…!あぁぁっ!!!」

斬られたのはアンドレの左目。痛いのも全てを通り越して、よく分からない感覚に陥った。

「……お前……!!!」

「…次は右目を頂こうか?」
「……次はお前の首を取ってやる」
「目が見えないのに。」
「この……!!!」




「……ぐはっ…。」

激しい激戦の後、アンドレはグエルションにとどめを刺した。剣は彼の腹部を貫通していた。

「……っ………」

それでも尚、グエルションは剣を振り続けた。


「……ぁ…」

彼の服は徐々に赤く染まり、呼吸も浅くなり始めた。

「……いい加減くたばれ。その方が楽だ」
「……っ…うる…さい…こんな…ところで…」

グエルションはその場に倒れ込んだ。

「…遺言書は書いたか?」
「…だま…れ…。」
「潔く負けを認めろ。」

「…娘…だけは…殺さないで…くれ…」
「……」

グエルションが掠れた声で呟いた。そして、ぱたりと動かなくなった。
「……。」


「スアレムの君主は死んだ!!!スアレム軍は直ちに降伏しろ!!!!」

アンドレの声を聞くと、兵士たちの動きが止んだ。

「……っ!」

そして、スアレム軍の兵士はグエルションの遺体を向き、膝を着いた。


「………。」

アンドレは戦場を見渡した。

数え切れない兵士達の遺体と、足元に倒れているグエルションの遺体。

民家は燃え尽きて、原型も留めていない。

ここにいる兵士の数は大幅に減った。


「「国王陛下!万歳!万歳!万歳!」」
ペリシエの兵士達は手を挙げて喜んだ。

こんなにも嬉しくない万歳は初めてだった。

「……」
そして、アンドレはその場に倒れた。

「陛下!陛下!しっかりなさってください!!陛下……」








_______ アンドレ様、アンドレ様。




「……。」

アンドレはゆっくりと目を開いた。眠っている間に、かなり時間が経っていた。

右目でしか見えていない。

身体は上手く動かず、斬られた箇所は未だ痛む。


「……ぃぁ…ぅ…」

「アンドレ様?」

「………」

アンドレは霞んでよく見えない視界の先にいる誰かの手を握った。

「…アンドレ様!」

「……。」

ようやく目のピントがあった矢先、咄嗟に手を離してしまった。


「…マデリーン。」


「アンドレ様!怪我を負ったと聞いて駆けつけたら……、ずっと眠っていらっしゃって。…とても心配したのですよ!」
「……」
「…アンドレ様ったら、1度も私に文も出して下さらないんですもの。」

「……ペリシエは放ったらかしか。」
「え?」
「…城はどうした?文はやったはずだ。ペリシエは君に託したと。」
「……それは……!」
「君は王妃だ。国を守るのが優先だろ」
「……そんな事仰らないでください。妻として、夫を心配するのも最優先なのです。ほら、目も……!」
「…これくらいの傷で、大袈裟なんだよ。戦には付き物だ。分かるだろ」

「…スアレムとトゥクリフなど直ぐに倒せるではありませんか」
「……はぁ。帰ってくれ」
「まぁ……酷いわ!」

「……エリソンド。マデリーンをそこまで送ってやってくれ。」
「かしこまりました。王妃様、こちらへ。」
「……」

アンドレは呆れた。


「……陛下。只今、侍医を呼びました。…お怪我の具合は?」
「あぁ、大分楽になったよ。」
「良かった。」

そして、エリソンドが呼んだ侍医がやって来た。


「陛下にご挨拶を。」
「あぁ。」
「…怪我や体調はいかがでしょうか」
「……楽になった。…なぁ、この左目はどうにもならないのか。」
「……陛下。恐れながら申し上げますと、陛下が負われた傷は深いもので、視力の回復の見込みは無く、さらには、感染症の危険性もあります故…。」
「……もう二度と、見えないのか。」
「仰る通りでございます、陛下……。」
「……」
「それと…、陛下、かなりお疲れのご様子です。疲労回復の薬も出しておりますので、どうかお飲みになってください。」
「あぁ。ありがとう。下がっていいぞ」
「失礼致します。」

アンドレは、目を瞑りため息をついた。
左目には包帯が巻かれていたのは感覚で分かった。片目でしか見えない視界は狭く、違和感を感じる。




「エリソンドさん……!!」

そこに兵士が飛び込んできた。

「何だ、陛下は今お休みに…!」

「トゥクリフ軍が……!」

「……トゥクリフだと…?」
アンドレは痛む身体を起こした。

「……は、はい。トゥクリフ軍が君主のいなくなったスアレム軍を統括し始めたそうです。それに、トゥクリフの兵が近くを彷徨うのを見かけた者も。…いつか、ここに攻め入るつもりではないかと……。」

「……フレデリックはどうした」
「まだ不明です。基地にも戻られていないようです。」
「はぁ……。無事だと良いが…。」


トゥクリフはレステンクールでフレデリックらを待ち伏せしていたようだが、帰ってきたとの報告が。フレデリックの帰還の報告は未だ無い。

ここに残されたレステンクール軍は、シャンパーニの守備を任せていた。

しかし、フレデリックが不在になってからかなり時間が経ってしまった。体調不良で感染症かもしれないから…との旨を言ったが、そろそろ兵たちも怪しんできた。

「ペリシエ国王にご挨拶を。」
「…フランツ…。」
「お休みの最中、申し訳ありません。」

丁度その時、レステンクール親王のフランツがアンドレの元を訪れた。

「フランツ。どうした」
「……私たちの国王の具合はどうなのですか。顔を出さなくなってから、数日が経過したと思いますが。それに、なぜペリシエが指揮を?」
「それは、フレデリックに頼まれたからだ。私は、レステンクール軍の指揮について、その国の君主に従うよ。」
「……そうですか。…ここにいないという可能性は捨てきれないと思うのですが?」
「それは無いよ。フレデリックは家族を第一に考える奴だ。信じてくれ」
「……承知しました。では、私はこれで。」
「あぁ…。」

アンドレは冷や汗をかいた。

明らかにフランツは疑っているが、そうするしかない。フレデリックの帰りを待つ。

「……陛下。フレデリック国王は、お帰りになるでしょうか。」
「……大丈夫だろう。トゥクリフ軍が帰ってきているのに、フレデリックがやられたなんていう報告が来ないのはおかしいからな。きっと、トゥクリフ軍が退却してきたのでは?」
「……なるほど…それなら良いのですが。」
「…なんだか、そろそろ来る気がするよ」
「何故分かるのですか」
「いや、ただの勘だよ」

アンドレは微笑んだ。その勘は的中した。その日の夜、帰ってきた。



「アンドレ!!!死んだのか!?!?」

「フレデリック。」

ようやく帰還したフレデリックも負傷していた。彼は包帯だらけのアンドレを見て、眉間に皺を寄せた。


「……なんや、病んだのか?」


「違ぇよ。俺の勲章だ。」
「やっぱ病んどるんか」
「悪かった、斬られたんだよ。グエルションに。」

「…グエルション討ち取ったって聞いたで。ほんまかいな」
「あぁ、グエルションはもういない。ところで、トゥクリフは?」
「それがなぁ、トゥクリフが俺らを待ち伏せしてたみたいでな。応戦してたら、そのグエルションの訃報が飛び込んだみたいで、一気にトゥクリフが退却したんや。…もぉそんなん悔しゅうて、追っかけついでに帰ってきた」
「…無事で良かったよ。それと、お前の兵士らが怪しんできた。早く顔を見せてやってくれ。」
「分かった。ありがとうな。」
「あぁ。」


ペリシエ軍の基地を去ろうとしたフレデリックは、アンドレを振り返った。

「……。」

「……どうした?」

「アンドレ。…まさかお前もう、左目…見えないんか?」

「……あぁ。そうだよ。」

「……そうか…。ほな、また明日来たるわ。」

「いらねぇよ。」

「素直になりぃや。ほな」

フレデリックは手を振って去った。


「……あいつ、重症やんな。俺が…やらな」










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