honeybee

RBB47

文字の大きさ
24 / 58
7.白い戦場と戦士

凄惨な戦場

しおりを挟む

「風が強いな。」

外の風は冷たく、葉の色も変わり始めた。


「国王に即位して、大きな仕事が舞い降りたと思えば、戦の指揮とはな。想像もしていなかったよ。」
「……陛下。」

アンドレは乾燥した落ち葉を拾い、呟いた。黒のロングコートの裾が風に靡く。短くなった白銀の髪も風に吹かれている。

戦場は敗れた兵士達の遺体の処理に追われた。まともに葬儀を行えずに、簡易的な墓場を設けることしか出来なかった。

「花も少なくなってきたな。蜜はあるのか?」
「今は貯蔵していた蜜を少しずつ消費している状態です。」
「…あぁ。ブッドレアの花畑はどうなっているんだ?」
「ブッドレアでしたら、まだ開花しているかと。長期に渡って花が咲くのが、特徴の花ですから。」
「……それは良かった。」

ブッドレアの話を切り出された時、エリソンドはふとリシャールの存在を思い出してしまった。

アンドレもエリソンドも、リシャールの行先を知らない。今、どこで何をしているのか。もし、ペリシエかシャンパーニにいるなら、戦の被害を受けていないかと心配する。

「……無事でいればいいんだ。」
「?」

二人の考えていたことは同じだったようだ。


「久しく、穏やかな時間を過ごした気がするよ。」
「そうですね。…気を休めない時間が長いもので。」
「あぁ。まだ、先は長そうだ。頼んだぞ、エリソンド。」
「はい。陛下。」

「未だに、陛下と呼ばれるのに慣れない」

アンドレは笑った。エリソンドも思わず笑みがこぼれた。



_________ その夜の事だった。



「……陛下!シャンパーニの民家が!」
「何?」

空から流れ星が流れるかのように、次々と炎が放たれる。狙われたのは、シャンパーニの民家。国民の殆どは避難しているため、無事だと思うのだが。

アンドレが軍を引き連れて街へ向かうと、強い風のせいで隣から隣へと炎が移っていた。


「……グエルション…。」


街の大通り、ペリシエの向かい側からやって来たのはスアレム軍であった。

炎の道ができ、炎の灯りで戦場が照らされていた。


「かなり油断しているように伺えますね、ペリシエ国王。」
「……お前も卑怯だとは。類は友を呼ぶ、とはこの事か。」
「…数では劣るため、この手を使うしかないのですよ。数が多いからと油断しているのは、何とまぁ情けない。」
「…これ以上、シャンパーニを壊すのは許せない。…年下に泣かせられないように。」
「…臨む所ですよ。」


「ペリシエを殲滅しろ!!!」
「受けて立つ!スアレムを攻撃しろ!!!」


炎に囲まれて、スアレム軍とペリシエ軍の闘いが繰り広げられた。

空中にいたスアレム軍の矢が、ペリシエ兵を次々と撃ち抜いていく。


「…くっ……!」

矢を除けつつ、アンドレとグエルションは戦場の中心で一騎打ちとなった。

二人の剣戟は激しいものだった。


「的が大きくて助かります。」
「うっ!」

グエルションはアンドレの左肩を斬った。

「切断すれば良かったのですが。」
「黙れ……!」

左手に力が全く入らない。大量に出血しているのが感覚で分かる。

片手で何とかグエルションに攻め入る。

俊敏でしなやかな彼の動きは、何だか気に食わない。攻撃を全て避けられて腹が立つ。

周りにいる兵士達で余計に動きにくい。

「時間の問題ですね、ペリシエ国王。」
「…何も効いてねぇよ」
「強がりはいけませんねぇ。」
「……っ!」

すると、空から羽音が聞こえてきた。

「……何?!」

「どこ見てんだ!!!」

「っ!?」

剣と剣がぶつかり合った。

「よそ見すんなよ……!」
「……雑魚の援軍ですか。」

空からやって来たのは、シャンパーニ軍だった。きっと、ルシアン王妃が手配したのだろう。

「雑魚はお前らだ!!」
「ぐっ……!」

アンドレはグエルションの腹を斬った。しかし、また避けられて傷は浅かった。

「……お返しだ。」
「…効きませんよ。かすり傷ですから。…重症ですね、ペリシエ国王。」
「はぁ……。」

周りの炎のせいでやけに暑く、体力を消耗される。呼吸は浅くなり、いつか倒れそうだ。

気付けば、兵士達は次々と倒れ込んで炎と血の海と化していた。これまでの穏やかで美しい街並みのシャンパーニは、ここには無かった。

「もう限界ですか?その大きな身体では、余計に疲れますよね。出血も止まらずに……可哀想に。」
「…デカい口叩くんじゃねぇよ…。気が変わったよ。今夜、お前の首取って飾ってやるよ。」
「……やれるものならやってご覧なさい」
「やってやるよ」

傷が効いているのも、暑さに耐えられなくなっていきているのも、互いに同じだった。

「……っ!」

また剣がぶつかり合う。アンドレは片手で、上手く力が入らない。

「ぐっ!」

グエルションの長い足で蹴りを入れられた。アンドレはその反動で後ろに下がると、即座に剣を振り下ろされた。

「……あ…!あぁぁっ!!!」

斬られたのはアンドレの左目。痛いのも全てを通り越して、よく分からない感覚に陥った。

「……お前……!!!」

「…次は右目を頂こうか?」
「……次はお前の首を取ってやる」
「目が見えないのに。」
「この……!!!」




「……ぐはっ…。」

激しい激戦の後、アンドレはグエルションにとどめを刺した。剣は彼の腹部を貫通していた。

「……っ………」

それでも尚、グエルションは剣を振り続けた。


「……ぁ…」

彼の服は徐々に赤く染まり、呼吸も浅くなり始めた。

「……いい加減くたばれ。その方が楽だ」
「……っ…うる…さい…こんな…ところで…」

グエルションはその場に倒れ込んだ。

「…遺言書は書いたか?」
「…だま…れ…。」
「潔く負けを認めろ。」

「…娘…だけは…殺さないで…くれ…」
「……」

グエルションが掠れた声で呟いた。そして、ぱたりと動かなくなった。
「……。」


「スアレムの君主は死んだ!!!スアレム軍は直ちに降伏しろ!!!!」

アンドレの声を聞くと、兵士たちの動きが止んだ。

「……っ!」

そして、スアレム軍の兵士はグエルションの遺体を向き、膝を着いた。


「………。」

アンドレは戦場を見渡した。

数え切れない兵士達の遺体と、足元に倒れているグエルションの遺体。

民家は燃え尽きて、原型も留めていない。

ここにいる兵士の数は大幅に減った。


「「国王陛下!万歳!万歳!万歳!」」
ペリシエの兵士達は手を挙げて喜んだ。

こんなにも嬉しくない万歳は初めてだった。

「……」
そして、アンドレはその場に倒れた。

「陛下!陛下!しっかりなさってください!!陛下……」








_______ アンドレ様、アンドレ様。




「……。」

アンドレはゆっくりと目を開いた。眠っている間に、かなり時間が経っていた。

右目でしか見えていない。

身体は上手く動かず、斬られた箇所は未だ痛む。


「……ぃぁ…ぅ…」

「アンドレ様?」

「………」

アンドレは霞んでよく見えない視界の先にいる誰かの手を握った。

「…アンドレ様!」

「……。」

ようやく目のピントがあった矢先、咄嗟に手を離してしまった。


「…マデリーン。」


「アンドレ様!怪我を負ったと聞いて駆けつけたら……、ずっと眠っていらっしゃって。…とても心配したのですよ!」
「……」
「…アンドレ様ったら、1度も私に文も出して下さらないんですもの。」

「……ペリシエは放ったらかしか。」
「え?」
「…城はどうした?文はやったはずだ。ペリシエは君に託したと。」
「……それは……!」
「君は王妃だ。国を守るのが優先だろ」
「……そんな事仰らないでください。妻として、夫を心配するのも最優先なのです。ほら、目も……!」
「…これくらいの傷で、大袈裟なんだよ。戦には付き物だ。分かるだろ」

「…スアレムとトゥクリフなど直ぐに倒せるではありませんか」
「……はぁ。帰ってくれ」
「まぁ……酷いわ!」

「……エリソンド。マデリーンをそこまで送ってやってくれ。」
「かしこまりました。王妃様、こちらへ。」
「……」

アンドレは呆れた。


「……陛下。只今、侍医を呼びました。…お怪我の具合は?」
「あぁ、大分楽になったよ。」
「良かった。」

そして、エリソンドが呼んだ侍医がやって来た。


「陛下にご挨拶を。」
「あぁ。」
「…怪我や体調はいかがでしょうか」
「……楽になった。…なぁ、この左目はどうにもならないのか。」
「……陛下。恐れながら申し上げますと、陛下が負われた傷は深いもので、視力の回復の見込みは無く、さらには、感染症の危険性もあります故…。」
「……もう二度と、見えないのか。」
「仰る通りでございます、陛下……。」
「……」
「それと…、陛下、かなりお疲れのご様子です。疲労回復の薬も出しておりますので、どうかお飲みになってください。」
「あぁ。ありがとう。下がっていいぞ」
「失礼致します。」

アンドレは、目を瞑りため息をついた。
左目には包帯が巻かれていたのは感覚で分かった。片目でしか見えない視界は狭く、違和感を感じる。




「エリソンドさん……!!」

そこに兵士が飛び込んできた。

「何だ、陛下は今お休みに…!」

「トゥクリフ軍が……!」

「……トゥクリフだと…?」
アンドレは痛む身体を起こした。

「……は、はい。トゥクリフ軍が君主のいなくなったスアレム軍を統括し始めたそうです。それに、トゥクリフの兵が近くを彷徨うのを見かけた者も。…いつか、ここに攻め入るつもりではないかと……。」

「……フレデリックはどうした」
「まだ不明です。基地にも戻られていないようです。」
「はぁ……。無事だと良いが…。」


トゥクリフはレステンクールでフレデリックらを待ち伏せしていたようだが、帰ってきたとの報告が。フレデリックの帰還の報告は未だ無い。

ここに残されたレステンクール軍は、シャンパーニの守備を任せていた。

しかし、フレデリックが不在になってからかなり時間が経ってしまった。体調不良で感染症かもしれないから…との旨を言ったが、そろそろ兵たちも怪しんできた。

「ペリシエ国王にご挨拶を。」
「…フランツ…。」
「お休みの最中、申し訳ありません。」

丁度その時、レステンクール親王のフランツがアンドレの元を訪れた。

「フランツ。どうした」
「……私たちの国王の具合はどうなのですか。顔を出さなくなってから、数日が経過したと思いますが。それに、なぜペリシエが指揮を?」
「それは、フレデリックに頼まれたからだ。私は、レステンクール軍の指揮について、その国の君主に従うよ。」
「……そうですか。…ここにいないという可能性は捨てきれないと思うのですが?」
「それは無いよ。フレデリックは家族を第一に考える奴だ。信じてくれ」
「……承知しました。では、私はこれで。」
「あぁ…。」

アンドレは冷や汗をかいた。

明らかにフランツは疑っているが、そうするしかない。フレデリックの帰りを待つ。

「……陛下。フレデリック国王は、お帰りになるでしょうか。」
「……大丈夫だろう。トゥクリフ軍が帰ってきているのに、フレデリックがやられたなんていう報告が来ないのはおかしいからな。きっと、トゥクリフ軍が退却してきたのでは?」
「……なるほど…それなら良いのですが。」
「…なんだか、そろそろ来る気がするよ」
「何故分かるのですか」
「いや、ただの勘だよ」

アンドレは微笑んだ。その勘は的中した。その日の夜、帰ってきた。



「アンドレ!!!死んだのか!?!?」

「フレデリック。」

ようやく帰還したフレデリックも負傷していた。彼は包帯だらけのアンドレを見て、眉間に皺を寄せた。


「……なんや、病んだのか?」


「違ぇよ。俺の勲章だ。」
「やっぱ病んどるんか」
「悪かった、斬られたんだよ。グエルションに。」

「…グエルション討ち取ったって聞いたで。ほんまかいな」
「あぁ、グエルションはもういない。ところで、トゥクリフは?」
「それがなぁ、トゥクリフが俺らを待ち伏せしてたみたいでな。応戦してたら、そのグエルションの訃報が飛び込んだみたいで、一気にトゥクリフが退却したんや。…もぉそんなん悔しゅうて、追っかけついでに帰ってきた」
「…無事で良かったよ。それと、お前の兵士らが怪しんできた。早く顔を見せてやってくれ。」
「分かった。ありがとうな。」
「あぁ。」


ペリシエ軍の基地を去ろうとしたフレデリックは、アンドレを振り返った。

「……。」

「……どうした?」

「アンドレ。…まさかお前もう、左目…見えないんか?」

「……あぁ。そうだよ。」

「……そうか…。ほな、また明日来たるわ。」

「いらねぇよ。」

「素直になりぃや。ほな」

フレデリックは手を振って去った。


「……あいつ、重症やんな。俺が…やらな」










しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /チャッピー AI比較企画作品

三ヶ月だけの恋人

perari
BL
仁野(にの)は人違いで殴ってしまった。 殴った相手は――学年の先輩で、学内で知らぬ者はいない医学部の天才。 しかも、ずっと密かに想いを寄せていた松田(まつだ)先輩だった。 罪悪感にかられた仁野は、謝罪の気持ちとして松田の提案を受け入れた。 それは「三ヶ月だけ恋人として付き合う」という、まさかの提案だった――。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

手紙

ドラマチカ
BL
忘れらない思い出。高校で知り合って親友になった益子と郡山。一年、二年と共に過ごし、いつの間にか郡山に恋心を抱いていた益子。カッコよく、優しい郡山と一緒にいればいるほど好きになっていく。きっと郡山も同じ気持ちなのだろうと感じながらも、告白をする勇気もなく日々が過ぎていく。 そうこうしているうちに三年になり、高校生活も終わりが見えてきた。ずっと一緒にいたいと思いながら気持ちを伝えることができない益子。そして、誰よりも益子を大切に想っている郡山。二人の想いは思い出とともに記憶の中に残り続けている……。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

俺達の関係

すずかけあおい
BL
自分本位な攻め×攻めとの関係に悩む受けです。 〔攻め〕紘一(こういち) 〔受け〕郁也(いくや)

流れる星、どうかお願い

ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる) オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年 高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼 そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ ”要が幸せになりますように” オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ 王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに! 一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが お付き合いください!

処理中です...