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8.降り積もる想い

シャンパーニの街

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「ママ?どうしたの?」

リシャールの嗚咽する声を聞いて、階段を駆け上がってきたリビオ。

亡き夫の手紙を抱いて泣いていた。

「…リビオ…」
「…ママ、泣かないで…」

リビオはリシャールの肩を優しく摩った。

「パパ、何て書いてあった?」
「……幸せになってほしいって…、ロナルドらしい手紙だわ。…リビオ、知ってたの?」
「内容は知らなかったけど。良かった、ママが読んでくれたから、パパきっと安心してると思うよ。このまま放置されたらどうしよかと思った」

リビオは笑った。この笑顔を見ると、リシャールはいつも安心させられた。

「…あ……そうだわ。靴屋のお客さんに、靴の修理が出来たからって…ロナルドに頼まれていたの。」
「…あぁ。じゃあ明日、渡しに行こうか」
「うん。」





シャンパーニの街中にある市場。
大通りに沿って、多くの店が並ぶ。

その中にロナルドが開いた小さな靴屋。

「ママ、この靴だっけ?」
「そう、確かこれ……」

靴屋の奥から出てきた古びた靴箱。客がロナルドに靴の修理を頼んだものだ。
これが、ロナルドの靴作り最後の品だろう。

靴箱についた札を確認していると、店の外から声がした。

「……あれ、リシャールさん?」

「?」
「あっ!ブラウンさんだ!」

顎髭を蓄えた雄蜂。名前はブラウン。

靴の修理を頼んだ客で、ロナルドの友人でもある彼。ロナルドがリシャールと結婚した時から、彼はリシャールを狙っているのではないか、とリビオは勘づいていた。

「リシャールさんにリビオ君まで。久しぶりだね?」
「まぁ、ブラウンさん。」

彼はロナルドが亡くなったと聞いて直ぐに駆けつけ、葬儀なども手伝ってくれた。

「リシャールさん、お元気でしたか?」
「えぇ、何とか…。そうだわ!ブラウンさんにお預かりしていた靴を。ごめんなさい、遅くなってしまったわ。」
「いいんですよ、それどころじゃなかったでしょうから。」

リシャールにはブラウンが優しい人に見えていたが、リビオには下心丸出しに見えていた。

ブラウンがリシャールに近付こうとすると、その後ろでリビオは〝近付くな、離れろ〟と顔を顰めて睨んだ。
「……!」

「ブラウンさん、貴方には色々とお礼したいのだけど……」
「リシャールさん、それでしたら…リシャールさんからのキスで十分ですよ」
「????」
リシャールは戸惑って、一歩引いた。ブラウンはじりじりと詰め寄ってくる。


「ママに、近付くなぁぁっ!!!」

リビオは外に出していた看板で殴りつけた。

「痛ってぇ!!」

「……まぁ…」
リシャールは助かった。

痛がるブラウンを見て、リシャールはありがとうと言わんばかりにリビオに目配せした。

「ママ、お買い物行ってみたら?」
「あっ、そうね、じゃあ行ってくるわ。早く戻るから。お店、お願いね。」


リシャールは逃げるようにして市場の方へ走った。

「……ふぅ……」

市場は賑やかだ。この大通りを歩くと明るい雰囲気にわくわくしてくる。ロナルドと結婚して店に出るようになってから、市場の人々がリシャールを認識しているので沢山声をかけられる。


「リシャールさん!」

「あっ、クリストフさん!」
「久しぶりだね、最近顔を出してくれなかったから寂しかったよ。」

出店に寄りかかって声をかけたのは、様々な種類の珍しい花から作り出した蜜を売り出すクリストフ。
彼はシャンパーニ市場で一番のハンサムだと有名。くるくると毛先の巻いた金髪と引き締まった顔立ちが相まって尚更ハンサムだ。
実は、彼も密かにリシャールを狙う一人。

「リシャールさん、いつものかな?」
「えぇ、あるかしら?」
「もちろん、リシャールさんに取っておいたのに、来てくれないからさ」
「あら…ごめんなさいね」
「でもまた会えて嬉しいよ、はい、これサインフォインとボダイジュね。ありがとうございます、」
「やったぁ嬉しい、これ好きなの」

小さな瓶に入った蜜を渡されて喜ぶリシャールを見て、クリストフは満更でもない顔をして鼻をすんと鳴らした。

「…旦那さんの事聞いたよ、気の毒だったね」
「えぇ…子供たちがいたから、救われたわ。」
「やだなぁ、俺もいるってのに」
「そうね、嬉しいわ」

二人が話していると、ブラウンが割って入ってきた。

「…僕もいますよ、リシャールさん…」
「まぁ、ブラウンさん…。」

「ブラウンさん、またリシャールさんにちょっかい出して。迷惑ですよ」
「クリストフ!僕はリシャールさんを心配して……!!」

二人はリシャールを取り合う仲だ。

「うーん……」
リシャールは正直どうでもいい。リシャールの目に映るのはアンドレとロナルドだけ。

クリストフとブラウンはまだ言い合っている。
「クリストフ!お前なぁ!」
「あー、そうやって手を出すんだ、酷い人だ、ブラウンさん」
「年下のくせに、この生意気小僧め!」
「ブラウンさん口が悪いよ……って、あれ?」
「リシャールさん?…行っちゃった…」
「ブラウンさんのせいだよ。」
「そんなことは…!」

「「綺麗だなぁ……」」
二人はリシャールの後ろ姿に見惚れた。

「「?!」」

「なんだよ、狙ってんのか!?」
「あんたこそ!!」
「あんただと?年上だぞ?!」
「リシャールさんは年上に興味無いだろ、俺みたいな爽やかな方がお似合いだよ」
「分からないだろ!!年下だからって生意気だな!!」
「はぁ??」
「なんだよ!……」



リシャールはまた逃げるようにして別の店へ走った。
「もう……やんなっちゃう。」

次に向かったのは花屋。飾る用と、蜜を作る用で買う。

「あら、リシャール!いらっしゃい」
「こんにちは、コラリーさん」

花屋のコラリー。大勢の子供を育てる母親。とても明るい性格で客を元気づけてくれる。

「リシャール、久しぶりね?」
「そうですね、会えて嬉しいです」
「元気そうで良かったわ、ロナルドのこと聞いてから心配だったの。」
「葬儀の時、お花をくださってありがとうございました。」
「いいえ、うちはそれくらいしか出来なくて申し訳ないくらいだわ」
「いえ、そんな。」
「そうだ、子供たちは元気?」
「はい、お陰様で。」

店前と店奥まで並ぶ花。とても良い香りが外まで漂ってくる。リシャールも深く香りを吸い込む。

「とってもいい香り。」
「そうでしょう?でもね、冬に入っちゃって、品揃えは少なくなってしまったんだけれど……何にする?」
「うーんと…」

店に並ぶ花は、種類は少なくとも巣の周りでは見ないような花ばかりで楽しくなる。

「スノードロップとノースポールにしたいわ、あと…クリスマスローズもいいわ」
「分かったわ。それと……これなんだけど、良かったら育ててみない?」
「チェッカーベリー?」
「そうよ、可愛いでしょう?」
「まぁ、いいの?」
「うん、ロナルドも喜んでくれればいいんだけど。」
「絶対喜ぶわ!ありがとう、コラリーさん」


リシャールは買い物用の木籠いっぱいに詰め込んだ。


リビオは靴屋でリシャールの帰りを待っていた。

「ん、ブラウンさん、ママを追いかけたんじゃないの?」
「逃げられた……」
「そりゃそうだよ、しつこいよ。」

ブラウンは落ち込んで、店の柱に寄りかかった。

「……ブラウンさん、それ何?」
「あぁ、これか?」

リビオが指さしたのは、ブラウンのポケットに丸めて入れていた紙。

「ほら。」
「……レステンクール?」
「あぁ。レステンクールで祭りが開かれるらしい。朝、街で配られていたんだよ。」

「へぇ……」
レステンクール国王の凱旋パレードと帰国を祝う祭の広告だった。

「でもなんでシャンパーニにこれが?」
「さぁな。国同士の親交を深める、みたいな?」
「なるほどね…。レステンクールかぁ、僕、行ったことない。」
「そうか、これ誰でも行ってもいいみたいだから、一度行ってみたらどうだい?」

リビオはシャンパーニから出たことが無い。他国の名前は知っていても、どんな国なのかは全く想像がつかなかった。

「ブラウンさんは行ったことあるの?」
「まぁ…一回だけ、だけどな。」
「どんなのところなの?」
「海の青い国って言うくらいだからな。海は綺麗だったよ」
「えっ、海?!いいなぁ……!!」

リビオは目を輝かせた。本でしか見たことがなかったから尚更、夢が広がる。

「リシャールさんも一緒に行ったらいいよ。レステンクールの人達も、雰囲気良さそうだし。僕が行った時も歓迎してくれたよ」
「へぇ…良いね!」

リビオがブラウンと話をしていると、リシャールが帰ってきた。


「ママ!」
「リビオ、ただいま!ごめんね遅くなって……!あら、ブラウンさんもまだ居たのね」
「ママ、見てみて、」
「ん?…レステンクール、国王凱旋パレード?」
「そう、レステンクールで祭もやるんだって、行ってみない?」
「えぇっ、ママ、行ったことないよ」

息子の希望を聞いて、少しだけ困った。自分もレステンクールなんて行ったこともみたこともない土地にいけるだろうか。

「大丈夫ですよ、僕も行きますよ」

「えっ、ブラウンさんも?」
「リシャールさんとリビオ君を案内します」

「って、一回しか行ったことないんでしょ」
リビオは口をとがらせた。

「ま、まぁな。でも場所は分かりますから。不安を抱えて行くよりは良いでしょう?」
「嬉しいわ!リビオ、どう?三人で。」
「う、うん!行こう!」


そうして、後日行われるレステンクールの祭に三人で行くことになった。


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