41 / 58
10.愛と幸せと、嫉妬と
儚い小さな命
しおりを挟む「リシャール様、ヴァレンティナ妃がお呼びです…」
「ヴァレンティナ妃が?…珍しいわ。分かった、今行くわ…リア、手伝ってくれない?」
「はい…!」
お腹も膨らんで、立ち上がるのも少し大変になってきた。
「…ヴァレンティナ妃、お呼びですか」
「まぁ、大変な時に呼び出してごめんなさい」
「いいえ、何かご用ですか」
「リシャール妃とお話がしたくて。…いいかしら?」
「えぇ、喜んで。」
「良かった。…さ、座って。」
「ありがとうございます」
呼び出されたヴァレンティナの部屋は、香の匂いが漂って居心地が良かった。しかし、リシャールの部屋より少し狭い気がした。
「ロール、お茶をお出しして。」
「はい。」
ヴァレンティナは働き蜂のロールを呼んだ。
暫くすると、茶の入ったカップを持って戻ってきた。
「…このお茶はね、体に良いって云われてるのよ。少し匂いは独特だけど、私もよく飲んでいるのよ」
そう言って出された茶は確かに独特な匂いがした。
というより、腐った匂いがした。
「…腐ってるような匂いが…」
「…?腐ってないわ、そういうものなのよ。」
「……」
目の前で茶を飲み、そう言ったヴァレンティナ。
「皆、二人にしてくれる?」
ヴァレンティナは働き蜂を部屋から出させた。
「二人きりでゆっくり話したいの。」
「……あはは…」
苦笑いしてしまった。
薬膳にしては、おかしいとリシャールは疑った。
でも、ヴァレンティナ妃がそんなことするはずない。そんな思いが勝ってしまった。
一口啜ると、苦味が強くて思わず目を見開いた。
「ふふっ、お口に合わない?」
「…い、いえ…苦味が強いのですね…」
「少しね。良薬は口に苦し、というでしょう?」
想像以上に苦い茶を飲んで驚くリシャールを見て、ヴァレンティナはくすくすと笑った。
リシャールは手が止まった。
「…飲めないのは仕方ないわ。…でも…レステンクールでは、出された茶は全て飲み干すのが礼儀なんだけど…まぁ、最近レステンクールに来たリシャール妃ですから」
「……」
全部飲め、と遠回しに言われてる。
それは手に取るように分かった。
「……」
でも飲むしかないよね…、リシャールはそう言い聞かせて、少しずつだったが会話が終わる頃には全部飲み干した。
本当は吐き出したいくらいだけど。
ヴァレンティナとは他愛もない会話を楽しんだ。ペリシエでの暮らしや、シャンパーニのこと。異国から嫁いだ二人の間には、通じるものがあった。
「またいらして。」
「はい、ではまた。」
ヴァレンティナの部屋を出て、リシャールはふぅと一息ついた。
「リシャール様!」
「リア、カミーユ。」
リシャールを見つけた二人は飛んで来た。
「…あの…お茶は…大丈夫でしたか」
「えぇ、大丈夫よ。」
「だって、腐ってる匂いなんて…」
「…失礼なことを言ってしまったわ」
「そんな!でも…」
「いいのよ、薬臭いけど。」
リシャールは笑って自室に戻った。
正直なところ、お腹を下すとか、何か異変があるかも と不安がっていたが、そんなことは特に無かった。
「…失礼ね、私。」
リシャールは申し訳なく思った。
そしてまた別の日、
「リシャール様、エルビラ王妃がいらっしゃいましたよ」
「まぁ、王妃が?」
エルビラがリシャールの元を訪れた。
「…ご機嫌よう、リシャール妃。」
「エルビラ王妃にご挨拶を。」
お辞儀したリシャールを見て、エルビラは微笑んだ。
「すっかりお腹が膨れたなぁ」
「はい、もう少しの辛抱だと…。」
「そう、体調には一番気を付けなあかんからなぁ、」
「仰る通りです。」
エルビラと最初に出会った時の冷たさは感じられなかった。
「せや、リシャール妃にこれを。」
「なんでしょう?」
エルビラのお付が持ってきたのは乾燥した花弁だった。
「これな、お茶に浮かべるととってもええ香りがするんやで。それに、体にええって言うのよ。私もアルバンを妊娠していた時に飲んでたわ。良かったらリシャール妃も飲んで。」
「まぁ!嬉しいです!」
「リア、カミーユ、お茶の淹れ方は分かるな?」
「はい!只今お持ちします」
二人はエルビラからの花を持って部屋を出た。
「…エルビラ王妃から来て下さるなんて、とっても嬉しいです。私から出向こうと思ったのですが…」
「あら、大きなお腹を抱えて来いなんて言わへんわ」
エルビラは優しい微笑みを見せた。
「…リシャール妃には、王子を産んで貰わんとなぁ」
「王子、ですか」
「せやで。陛下の子供で王子は、アルバンだけやねん。産まれるのは雌ばっかで。」
「そうなのですね」
「…まぁ、初めての出産で不安もあるやろうから、私もリシャール妃の力になれるとええんやけど。」
「……ぁ、あぁ…あはは…」
出産は初めてなんかじゃない。リシャールはきっと、エルビラよりも早く出産している。
フレデリックが何処まで周りに話しているのかよく分からない。
リシャールがシャンパーニの平民であること、雄であること、既に子供が二人いること…話した方がいいのか、それとも黙っていたらいいのか。よく分からなかった。
「エルビラ王妃、リシャール様、お茶をお持ちしました、どうぞ」
「ありがとう。」
「…とっても綺麗。」
「せやろ?」
カップに注がれた茶に、花弁が浮かんでいる。見た目も美しく、香りも凄く良い。
「…美味しい。」
「喜んでくれて嬉しいわ」
何より、味も良かった。茶の苦味が抑えられた気がする。
「エルビラ王妃、この花弁、とっても気に入りました。」
「ほんま?良かった、好みが合いそうやわ。」
それからリシャールは、毎日飲む茶にエルビラからの花弁を浮かべるようにした。
リシャールのお腹は少しずつ膨らみ続けた。
「…リシャール様、楽しみですね」
「…そうね。もう少しの辛抱だわ」
「はい、」
「リア、お茶をいれてくれない?何か飲みたい気分だわ。」
「はい。お持ちします。」
リアが部屋を出たのと同時に、フレデリックが部屋に来た。
「リシャール!」
「陛下、来てくださったのですね」
「…マキシムが出てきたの見たけど…産まれるんか!?」
「まだ、です。予定日はまだ先と言われました。」
「なんやぁ、もう会えるか思うたのに。」
「私も早く会いたいです」
フレデリックはいつもリシャールの腹を暖かい手で撫でてくれる。
「そうだ、陛下。」
「なんや?」
「…王妃達には、何処まで話されているのですか?」
「何をや?」
「…私が…シャンパーニの平民だったこととか、子供が既にいること、雄蜂だということも。」
「んーと…何処まで話したかなぁ、でも平民の子やけど、えらい上品な子やって話したのは記憶あるなぁ、」
「…そうですか……」
「なんや、全部言うたんか」
「いいえ。」
「そうか……まぁ、言うても隠してもどっちでも良さそうやけどなぁ」
「…なんだが、悪いことをしている気分です」
「ええやんか、別に。」
フレデリックは楽観的で羨ましいと思った。
フレデリックの笑顔は、不安なことも全て取り除いてくれる。リシャールもつられて、微笑んだ。
「…やっと、リシャールと俺の血を継いでくれる子が生まれてくれるなんて、嬉しいこっちゃなぁ」
「ふふっ、そうですね」
フレデリックは心底楽しみにしているようだ。
「リシャール様、お茶をお持ちしましたよ」
「ありがとう、リア。」
「陛下にもお茶を…」
「ええよ、気遣わんといて」
「……は、はい…」
エルビラから貰った花弁の浮かんだ茶を見たフレデリック。
「ええもん飲んでるやんか。…それ、エルビラからか?」
「はい。エルビラ王妃がこの花弁を下さったのです。」
「そういや、エルビラもよう飲んどったわ。」
「とても気に入って、毎日飲んでいるんです」
「あぁ、エルビラも喜ぶで。」
「陛下も飲まれますか」
「ええて、リシャールが飲み」
「ふふっ、」
二人が見つめ合って笑う姿を見ていたリアとカミーユもつられて笑った。
次の日の深夜。
「…は…っ……、」
突然の腹痛で目が覚めたリシャール。
この日、フレデリックはリシャールの元にはいなかった。
「……だ、誰か…いないの?」
必死に振り絞った声は小さかった。
「…だ、誰か!」
「リシャール様?はっ!!リシャール様!」
やっと聞こえたカミーユが飛んで来た。
「リシャール様!お腹が痛むのですか?!」
「…痛い……」
「侍医を呼んできます!リアーーっ!!!」
カミーユは急いでリアをリシャールの元に残し、侍医を呼びに走った。
「リシャール様、大丈夫ですよ!私共がいますから!!!!」
「……っ」
「リシャール様!来ましたよ!」
侍医がリシャールの元へやって来た。
「リシャール様!」
侍医の後ろに着いてきたのは、産婆。
出産を控えたリシャールが腹痛を訴えるので、産婆も連れてきたようだ。
「…リシャール様…」
心配そうに見つめるリアとカミーユは、出産に立ち会うのは初めてのことでオドオドしてしまった。
「…でも、リシャール様の予定日はまだ先って……」
「確かに…でも、早まることもあるんでしょ?」
「早すぎない…?」
「リア!やめてよ、不安を煽らないで」
「…その通りです」
そう言ったのは侍医。
「…早すぎます。」
「……まずいいから!」
産婆に怒られた侍医。
もう出産の体勢に入ったリシャール。
足を開き、布で覆われたが。
「…お、雄蜂…?」
産婆は少し戸惑っていた。
「……シャンパーニでは、よくあることだそうですよ」
侍医はこそっと伝えた。
「そ、そうなのね……」
「………」
リシャールは少し気まずい思いをした。
「リシャール様…!」
「う、うぅ…!!」
リシャールの腹痛は、確かに陣痛だった。
産婆がリシャールの出産に対応している後ろで、侍医は渋い表情を浮かべていた。
「………」
「あの。リシャール様は…」
気になったリアとカミーユは思い切って聞いた。
「…流産の可能性が…」
「えっ?」
「…予定日より早いですから。」
「で、でも早まることも…」
「早まり過ぎたんです。」
「……早産、じゃなくて?」
「はい、流産の方が可能性は高いです」
「…流産…?」
「卵が形を留めていない場合が殆どとされています。」
「…それって」
「…はい、卵は産まれても…孵化が出来ない状態です。」
「酷い…!」
「…ですが、孵化出来るように対応可能な場合もあるんです、今はそれに賭けるしかないかと。…可能性はかなり低いですが…。」
「………」
リアとカミーユは言葉を失った。
勿論、この話は産婆にもリシャールにも聞こえていた。
「…なんや…、外、騒がしいねんけど。何事なん?」
寝ていたフレデリックは目を覚ました。
「…陛下、リシャール様がご出産を…」
「なんやて!?!?」
「はい。今は侍医と産婆が対応しているそうです。」
「なんで早よ起こしてくれへんねん!アホ!」
「申し訳ありません!」
「…早よ、リシャールのとこ行くで!」
「陛下!」
フレデリックを止めたのはヴァレンティナ。
この夜は、ヴァレンティナの元で寝ていたフレデリック。
「…俺の子供が生まれるんや。行かなあかん」
「……陛下!」
ヴァレンティナの手を振り払い、フレデリックは颯爽と部屋を出た。
「リシャール…!!」
フレデリックがリシャールの元に行った時、既に出産は終えていた。起きるのが遅かったようだ。
「……な、なんや??」
出産の喜びで溢れるはずの部屋は葬式のように静まり返っていた。
「…陛下…」
「…なんや、産まれたんちゃうんか」
侍医が膝を着いてこう言った。
「…陛下。恐れながら申し上げます。」
「…なんや」
「…流産されました。」
「流産?」
「はい。リシャール妃がご出産された卵は、形を留めておらず、この状態では孵化が出来ません。」
「…は…?」
フレデリックは目を上げると、リシャールが抱き上げていた卵は、確かに形がなっていなかった。
「…ごめんなさい…ごめんなさい……」
リシャールはぼろぼろと大粒の涙を流していた。
「…リシャール……!」
フレデリックはリシャールに駆け寄り、抱きしめた。
「…リシャールは悪ない。この子も悪ない。泣かんで…」
「うぅ…っ」
リシャールはフレデリックの肩に顔をうずめて泣いた。
「…リシャール。大丈夫や。」
暖かい手で、リシャールの背中を摩った。
「ごめんなさい…陛下…」
「頼むから謝るな。リシャールは悪ない。」
「…うぅっ…ひっく……」
リシャールの顔を覗き込んで、フレデリックは優しく微笑んだ。
「…リシャール。」
「陛下…」
「…また、頑張ってくれるか?」
「……はい。」
フレデリックはリシャールをまた抱きしめた。
リシャールが流産したことは、周りにすぐ広まった。
「…リシャール妃が流産されたそうです」
「…まぁ……そんな……!」
エルビラはとても悲しんだ。
「陛下が傍にいらっしゃるようですので、きっと、お気持ちも少しは和らぐかと……」
「せやな…。そうだとええんやけど……何か、私に出来ることはないかしら…」
エルビラは静かに涙を流していた。
「リシャール妃が流産したって聞いたで」
「…はい、そのようです」
「…まぁ…気の毒に。」
そんなことを微塵も思ってなさそうに言うルチア。流石に働き蜂も少し気まずい。
「…まぁ、せやろなぁ。あんな華奢すぎる身体で、陛下のお子を産もうなんて、無茶な話しやんな~。」
ルチアは爪を磨きながら淡々と言った。
「……」
「…何や、あんたもそう思ってるくせに」
引きつった表情を見せる働き蜂を睨んだ。
「…リシャール妃が流産?」
「はい。昨夜のご出産で……」
「あぁ…そう、……それは…残念ね…。」
ヴァレンティナは茶を啜った。
「……流産なんて誰も悪くないわ、受け入れるべき運命なのかもしれないわね…。」
「……」
彼女の働き蜂は黙って聞いていた。
0
あなたにおすすめの小説
大嫌いなこの世界で
十時(如月皐)
BL
嫌いなもの。豪華な調度品、山のような美食、惜しげなく晒される媚態……そして、縋り甘えるしかできない弱さ。
豊かな国、ディーディアの王宮で働く凪は笑顔を見せることのない冷たい男だと言われていた。
昔は豊かな暮らしをしていて、傅かれる立場から傅く立場になったのが不満なのだろう、とか、
母親が王の寵妃となり、生まれた娘は王女として暮らしているのに、自分は使用人であるのが我慢ならないのだろうと人々は噂する。
そんな中、凪はひとつの事件に巻き込まれて……。
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
-----------------------------------------
0時,6時,12時,18時に2話ずつ更新
生まれ変わりは嫌われ者
青ムギ
BL
無数の矢が俺の体に突き刺さる。
「ケイラ…っ!!」
王子(グレン)の悲痛な声に胸が痛む。口から大量の血が噴きその場に倒れ込む。意識が朦朧とする中、王子に最後の別れを告げる。
「グレン……。愛してる。」
「あぁ。俺も愛してるケイラ。」
壊れ物を大切に包み込むような動作のキス。
━━━━━━━━━━━━━━━
あの時のグレン王子はとても優しく、名前を持たなかった俺にかっこいい名前をつけてくれた。いっぱい話しをしてくれた。一緒に寝たりもした。
なのにー、
運命というのは時に残酷なものだ。
俺は王子を……グレンを愛しているのに、貴方は俺を嫌い他の人を見ている。
一途に慕い続けてきたこの気持ちは諦めきれない。
★表紙のイラストは、Picrew様の[見上げる男子]ぐんま様からお借りしました。ありがとうございます!
手紙
ドラマチカ
BL
忘れらない思い出。高校で知り合って親友になった益子と郡山。一年、二年と共に過ごし、いつの間にか郡山に恋心を抱いていた益子。カッコよく、優しい郡山と一緒にいればいるほど好きになっていく。きっと郡山も同じ気持ちなのだろうと感じながらも、告白をする勇気もなく日々が過ぎていく。
そうこうしているうちに三年になり、高校生活も終わりが見えてきた。ずっと一緒にいたいと思いながら気持ちを伝えることができない益子。そして、誰よりも益子を大切に想っている郡山。二人の想いは思い出とともに記憶の中に残り続けている……。
告白ごっこ
みなみ ゆうき
BL
ある事情から極力目立たず地味にひっそりと学園生活を送っていた瑠衣(るい)。
ある日偶然に自分をターゲットに告白という名の罰ゲームが行われることを知ってしまう。それを実行することになったのは学園の人気者で同級生の昴流(すばる)。
更に1ヶ月以内に昴流が瑠衣を口説き落とし好きだと言わせることが出来るかということを新しい賭けにしようとしている事に憤りを覚えた瑠衣は一計を案じ、自分の方から先に告白をし、その直後に全てを知っていると種明かしをすることで、早々に馬鹿げたゲームに決着をつけてやろうと考える。しかし、この告白が原因で事態は瑠衣の想定とは違った方向に動きだし……。
テンプレの罰ゲーム告白ものです。
表紙イラストは、かさしま様より描いていただきました!
ムーンライトノベルズでも同時公開。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる