honeybee

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10.愛と幸せと、嫉妬と

儚い小さな命

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「リシャール様、ヴァレンティナ妃がお呼びです…」

「ヴァレンティナ妃が?…珍しいわ。分かった、今行くわ…リア、手伝ってくれない?」
「はい…!」

お腹も膨らんで、立ち上がるのも少し大変になってきた。


「…ヴァレンティナ妃、お呼びですか」
「まぁ、大変な時に呼び出してごめんなさい」
「いいえ、何かご用ですか」
「リシャール妃とお話がしたくて。…いいかしら?」
「えぇ、喜んで。」
「良かった。…さ、座って。」
「ありがとうございます」


呼び出されたヴァレンティナの部屋は、香の匂いが漂って居心地が良かった。しかし、リシャールの部屋より少し狭い気がした。


「ロール、お茶をお出しして。」
「はい。」

ヴァレンティナは働き蜂のロールを呼んだ。
暫くすると、茶の入ったカップを持って戻ってきた。


「…このお茶はね、体に良いって云われてるのよ。少し匂いは独特だけど、私もよく飲んでいるのよ」

そう言って出された茶は確かに独特な匂いがした。

というより、腐った匂いがした。


「…腐ってるような匂いが…」
「…?腐ってないわ、そういうものなのよ。」
「……」

目の前で茶を飲み、そう言ったヴァレンティナ。

「皆、二人にしてくれる?」
ヴァレンティナは働き蜂を部屋から出させた。

「二人きりでゆっくり話したいの。」

「……あはは…」
苦笑いしてしまった。

薬膳にしては、おかしいとリシャールは疑った。
でも、ヴァレンティナ妃がそんなことするはずない。そんな思いが勝ってしまった。

一口啜ると、苦味が強くて思わず目を見開いた。

「ふふっ、お口に合わない?」
「…い、いえ…苦味が強いのですね…」
「少しね。良薬は口に苦し、というでしょう?」

想像以上に苦い茶を飲んで驚くリシャールを見て、ヴァレンティナはくすくすと笑った。

リシャールは手が止まった。

「…飲めないのは仕方ないわ。…でも…レステンクールでは、出された茶は全て飲み干すのが礼儀なんだけど…まぁ、最近レステンクールに来たリシャール妃ですから」
「……」

全部飲め、と遠回しに言われてる。
それは手に取るように分かった。

「……」

でも飲むしかないよね…、リシャールはそう言い聞かせて、少しずつだったが会話が終わる頃には全部飲み干した。

本当は吐き出したいくらいだけど。


ヴァレンティナとは他愛もない会話を楽しんだ。ペリシエでの暮らしや、シャンパーニのこと。異国から嫁いだ二人の間には、通じるものがあった。


「またいらして。」
「はい、ではまた。」

ヴァレンティナの部屋を出て、リシャールはふぅと一息ついた。


「リシャール様!」
「リア、カミーユ。」

リシャールを見つけた二人は飛んで来た。

「…あの…お茶は…大丈夫でしたか」
「えぇ、大丈夫よ。」
「だって、腐ってる匂いなんて…」
「…失礼なことを言ってしまったわ」
「そんな!でも…」

「いいのよ、薬臭いけど。」
リシャールは笑って自室に戻った。


正直なところ、お腹を下すとか、何か異変があるかも と不安がっていたが、そんなことは特に無かった。

「…失礼ね、私。」

リシャールは申し訳なく思った。







そしてまた別の日、


「リシャール様、エルビラ王妃がいらっしゃいましたよ」

「まぁ、王妃が?」

エルビラがリシャールの元を訪れた。


「…ご機嫌よう、リシャール妃。」
「エルビラ王妃にご挨拶を。」

お辞儀したリシャールを見て、エルビラは微笑んだ。

「すっかりお腹が膨れたなぁ」
「はい、もう少しの辛抱だと…。」
「そう、体調には一番気を付けなあかんからなぁ、」
「仰る通りです。」

エルビラと最初に出会った時の冷たさは感じられなかった。



「せや、リシャール妃にこれを。」
「なんでしょう?」

エルビラのお付が持ってきたのは乾燥した花弁だった。

「これな、お茶に浮かべるととってもええ香りがするんやで。それに、体にええって言うのよ。私もアルバンを妊娠していた時に飲んでたわ。良かったらリシャール妃も飲んで。」
「まぁ!嬉しいです!」

「リア、カミーユ、お茶の淹れ方は分かるな?」
「はい!只今お持ちします」

二人はエルビラからの花を持って部屋を出た。





「…エルビラ王妃から来て下さるなんて、とっても嬉しいです。私から出向こうと思ったのですが…」
「あら、大きなお腹を抱えて来いなんて言わへんわ」

エルビラは優しい微笑みを見せた。

「…リシャール妃には、王子を産んで貰わんとなぁ」
「王子、ですか」
「せやで。陛下の子供で王子は、アルバンだけやねん。産まれるのは雌ばっかで。」
「そうなのですね」

「…まぁ、の出産で不安もあるやろうから、私もリシャール妃の力になれるとええんやけど。」
「……ぁ、あぁ…あはは…」

出産は初めてなんかじゃない。リシャールはきっと、エルビラよりも早く出産している。

フレデリックが何処まで周りに話しているのかよく分からない。

リシャールがシャンパーニの平民であること、雄であること、既に子供が二人いること…話した方がいいのか、それとも黙っていたらいいのか。よく分からなかった。


「エルビラ王妃、リシャール様、お茶をお持ちしました、どうぞ」
「ありがとう。」

「…とっても綺麗。」
「せやろ?」

カップに注がれた茶に、花弁が浮かんでいる。見た目も美しく、香りも凄く良い。

「…美味しい。」
「喜んでくれて嬉しいわ」

何より、味も良かった。茶の苦味が抑えられた気がする。

「エルビラ王妃、この花弁、とっても気に入りました。」
「ほんま?良かった、好みが合いそうやわ。」


それからリシャールは、毎日飲む茶にエルビラからの花弁を浮かべるようにした。






リシャールのお腹は少しずつ膨らみ続けた。

「…リシャール様、楽しみですね」
「…そうね。もう少しの辛抱だわ」
「はい、」
「リア、お茶をいれてくれない?何か飲みたい気分だわ。」
「はい。お持ちします。」

リアが部屋を出たのと同時に、フレデリックが部屋に来た。


「リシャール!」
「陛下、来てくださったのですね」
「…マキシムが出てきたの見たけど…産まれるんか!?」
「まだ、です。予定日はまだ先と言われました。」
「なんやぁ、もう会えるか思うたのに。」
「私も早く会いたいです」

フレデリックはいつもリシャールの腹を暖かい手で撫でてくれる。

「そうだ、陛下。」
「なんや?」
「…王妃達には、何処まで話されているのですか?」
「何をや?」
「…私が…シャンパーニの平民だったこととか、子供が既にいること、雄蜂だということも。」

「んーと…何処まで話したかなぁ、でも平民の子やけど、えらい上品な子やって話したのは記憶あるなぁ、」
「…そうですか……」
「なんや、全部言うたんか」
「いいえ。」
「そうか……まぁ、言うても隠してもどっちでも良さそうやけどなぁ」
「…なんだが、悪いことをしている気分です」
「ええやんか、別に。」

フレデリックは楽観的で羨ましいと思った。

フレデリックの笑顔は、不安なことも全て取り除いてくれる。リシャールもつられて、微笑んだ。

「…やっと、リシャールと俺の血を継いでくれる子が生まれてくれるなんて、嬉しいこっちゃなぁ」
「ふふっ、そうですね」

フレデリックは心底楽しみにしているようだ。


「リシャール様、お茶をお持ちしましたよ」
「ありがとう、リア。」
「陛下にもお茶を…」
「ええよ、気遣わんといて」
「……は、はい…」

エルビラから貰った花弁の浮かんだ茶を見たフレデリック。

「ええもん飲んでるやんか。…それ、エルビラからか?」
「はい。エルビラ王妃がこの花弁を下さったのです。」
「そういや、エルビラもよう飲んどったわ。」

「とても気に入って、毎日飲んでいるんです」
「あぁ、エルビラも喜ぶで。」

「陛下も飲まれますか」
「ええて、リシャールが飲み」
「ふふっ、」

二人が見つめ合って笑う姿を見ていたリアとカミーユもつられて笑った。






次の日の深夜。


「…は…っ……、」

突然の腹痛で目が覚めたリシャール。

この日、フレデリックはリシャールの元にはいなかった。


「……だ、誰か…いないの?」

必死に振り絞った声は小さかった。


「…だ、誰か!」

「リシャール様?はっ!!リシャール様!」
やっと聞こえたカミーユが飛んで来た。

「リシャール様!お腹が痛むのですか?!」
「…痛い……」
「侍医を呼んできます!リアーーっ!!!」

カミーユは急いでリアをリシャールの元に残し、侍医を呼びに走った。


「リシャール様、大丈夫ですよ!私共がいますから!!!!」
「……っ」

「リシャール様!来ましたよ!」

侍医がリシャールの元へやって来た。
「リシャール様!」

侍医の後ろに着いてきたのは、産婆。
出産を控えたリシャールが腹痛を訴えるので、産婆も連れてきたようだ。

「…リシャール様…」
心配そうに見つめるリアとカミーユは、出産に立ち会うのは初めてのことでオドオドしてしまった。

「…でも、リシャール様の予定日はまだ先って……」
「確かに…でも、早まることもあるんでしょ?」
「早すぎない…?」
「リア!やめてよ、不安を煽らないで」

「…その通りです」

そう言ったのは侍医。

「…早すぎます。」
「……まずいいから!」
産婆に怒られた侍医。



もう出産の体勢に入ったリシャール。

足を開き、布で覆われたが。


「…お、雄蜂…?」
産婆は少し戸惑っていた。

「……シャンパーニでは、よくあることだそうですよ」
侍医はこそっと伝えた。

「そ、そうなのね……」


「………」
リシャールは少し気まずい思いをした。





「リシャール様…!」
「う、うぅ…!!」
リシャールの腹痛は、確かに陣痛だった。


産婆がリシャールの出産に対応している後ろで、侍医は渋い表情を浮かべていた。

「………」
「あの。リシャール様は…」

気になったリアとカミーユは思い切って聞いた。

「…流産の可能性が…」
「えっ?」
「…予定日より早いですから。」
「で、でも早まることも…」
「早まり過ぎたんです。」
「……早産、じゃなくて?」
「はい、流産の方が可能性は高いです」

「…流産…?」
「卵が形を留めていない場合が殆どとされています。」
「…それって」
「…はい、卵は産まれても…孵化が出来ない状態です。」
「酷い…!」
「…ですが、孵化出来るように対応可能な場合もあるんです、今はそれに賭けるしかないかと。…可能性はかなり低いですが…。」
「………」

リアとカミーユは言葉を失った。

勿論、この話は産婆にもリシャールにも聞こえていた。







「…なんや…、外、騒がしいねんけど。何事なん?」

寝ていたフレデリックは目を覚ました。

「…陛下、リシャール様がご出産を…」
「なんやて!?!?」
「はい。今は侍医と産婆が対応しているそうです。」
「なんで早よ起こしてくれへんねん!アホ!」
「申し訳ありません!」

「…早よ、リシャールのとこ行くで!」

「陛下!」
フレデリックを止めたのはヴァレンティナ。
この夜は、ヴァレンティナの元で寝ていたフレデリック。

「…俺の子供が生まれるんや。行かなあかん」
「……陛下!」

ヴァレンティナの手を振り払い、フレデリックは颯爽と部屋を出た。


「リシャール…!!」

フレデリックがリシャールの元に行った時、既に出産は終えていた。起きるのが遅かったようだ。


「……な、なんや??」


出産の喜びで溢れるはずの部屋は葬式のように静まり返っていた。


「…陛下…」
「…なんや、産まれたんちゃうんか」


侍医が膝を着いてこう言った。


「…陛下。恐れながら申し上げます。」
「…なんや」

「…流産されました。」
「流産?」
「はい。リシャール妃がご出産された卵は、形を留めておらず、この状態では孵化が出来ません。」
「…は…?」

フレデリックは目を上げると、リシャールが抱き上げていた卵は、確かに形がなっていなかった。

「…ごめんなさい…ごめんなさい……」

リシャールはぼろぼろと大粒の涙を流していた。

「…リシャール……!」

フレデリックはリシャールに駆け寄り、抱きしめた。

「…リシャールは悪ない。この子も悪ない。泣かんで…」
「うぅ…っ」

リシャールはフレデリックの肩に顔をうずめて泣いた。

「…リシャール。大丈夫や。」
暖かい手で、リシャールの背中を摩った。

「ごめんなさい…陛下…」
「頼むから謝るな。リシャールは悪ない。」
「…うぅっ…ひっく……」

リシャールの顔を覗き込んで、フレデリックは優しく微笑んだ。

「…リシャール。」
「陛下…」
「…また、頑張ってくれるか?」
「……はい。」

フレデリックはリシャールをまた抱きしめた。







リシャールが流産したことは、周りにすぐ広まった。


「…リシャール妃が流産されたそうです」
「…まぁ……そんな……!」

エルビラはとても悲しんだ。

「陛下が傍にいらっしゃるようですので、きっと、お気持ちも少しは和らぐかと……」
「せやな…。そうだとええんやけど……何か、私に出来ることはないかしら…」

エルビラは静かに涙を流していた。




「リシャール妃が流産したって聞いたで」
「…はい、そのようです」
「…まぁ…気の毒に。」

そんなことを微塵も思ってなさそうに言うルチア。流石に働き蜂も少し気まずい。

「…まぁ、せやろなぁ。あんな華奢すぎる身体で、陛下のお子を産もうなんて、無茶な話しやんな~。」

ルチアは爪を磨きながら淡々と言った。

「……」
「…何や、あんたもそう思ってるくせに」

引きつった表情を見せる働き蜂を睨んだ。





「…リシャール妃が流産?」
「はい。昨夜のご出産で……」
「あぁ…そう、……それは…残念ね…。」

ヴァレンティナは茶を啜った。

「……流産なんて誰も悪くないわ、受け入れるべき運命なのかもしれないわね…。」
「……」

彼女の働き蜂は黙って聞いていた。




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