上 下
12 / 27
葬られた虚空絶海

キャプテンのジャケット

しおりを挟む

「…倒すしかねぇだろ。ストーリーが進まない。」
「…よくよく考えたら、そうですよね」
「……。」

「ハインリヒは何もしなくていい。」
ゲルトの一声で、メンバーは渋々であったが構えた。

「えっ……」


ゲルト
 通常攻撃 9845ダメージ

ハインリヒ
 通常回復 全体を8962ずつ回復


🧜‍♀️「クァゥ……!!!!!」


フィラットへの単体攻撃。ダメージと身体全体を毒でできた鎖で縛られた。

「くっそ……次のターンできねぇのかよ」

「……本当に倒さなきゃいけないのですか。何か…まだ調査すべきことがあったのでは…?」
ハインリヒが声を震わせて言った。

「…もう全体のマップも把握済みだ。これ以上はないだろ。」
ゲルトが吐き捨てるように言った。

「…ハインリヒさん。」
レオポルトは頷いた。



そうして結局、ハインリヒの声も届かないままで戦闘は続いた。




そして、17ターン目の時。



メンバーは何度か戦闘不能になってしまったが、バスティアンの新しい回復術で戦闘不能から復活をした。

また、危篤状態と回復をも何度も繰り返していた。


そのお陰でメンバーは全員残っている。



「ふぅ……。…炎明連放……」


レオポルトがバスティアンの炎属性の薬を使った矢で、人魚の眉間を射抜いた。


まさかの 115260ダメージ を与えた。


「……ダメージ、10万って……」
「最初からそこ狙っときゃ良かったんじゃないか??」
「これまで苦戦してたの何だったんだ!?」
メンバーは口を揃えて言っていた。


🧜‍♀️「クァゥ……」


メンバーの目に見える怪物には、射抜かれた所から流血するようにドバドバと毒が流れ出る。



“ぁ……あぁ……ぁ…”



「……はぁっ……」

ハインリヒはそれを見て身体を震わせ、足に力が入らず膝から崩れ落ちてしまった。


美しい人魚の青年は、後ろにぱたりと倒れた。


「ハインリヒさん……」

「…ほ……ほんとうに……ぉ…よかったの?」
レオポルトの目には、静かに涙を流すハインリヒが映っていた。

「最初から眉間狙ってりゃ1発だったかもな」
「あぁ、早くそうしたら良かったなぁ」
ゲルトとフィラットは軽快に話していた。


「……ハインリヒ…。」
「……。」

一方、本当にこれで良かったのだろうかと考え直すアルベルトとバスティアン。



メンバーが見えている怪物は、地面に大きな衝撃を与える程に勢いよく倒れた。



♪ テッテレテッテレテレレッテレー⤴︎︎⤴︎︎


 勝利!!


こんなにも喜びを感じられない勝利はメンバーにとって初めての事だった。

素材とEXPが与えられた。

New 人魚の青い鱗 人魚の涙 

『レベルが上がりました!』

ゲルトLv93→94
バスティアン Lv93→94
ハインリヒ Lv53→55


ハインリヒは力が入らない足で、ふらふらと倒れた人魚に寄り添った。

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

ハインリヒは人魚の青年の開いたままの美しい瞳を優しく閉ざしてあげた。



「ゲームの世界なのに、敵に感情移入すんなよ…」
フィラットは誰にも聴こえないくらいの小声で呟いた。


今まで敵を倒すことに精一杯だったゲルトもハインリヒの姿を見て、何故か心を打たれていた。


「……人魚の鱗と涙……」

勝利して受けた素材は、メンバーに見えていたものとは全く異なるものであった。

「…そんなもの…どこにもなかったのに…」
バスティアンは事を察した。


_______あぁ、ハインリヒが見えていたものは真実だったのか。


「…騙されたのは…僕らなのか……」

「……?」
レオポルトはバスティアンを見た。

被り物を外し、静かに目を閉じていた。
その姿は人魚を哀悼するようであった。

「…ハインリヒ…」
アルベルトは人魚の髪を泣きながら撫でるハインリヒの肩を抱いた。


「…あぁ…お母さんを探してたのね……」


そう呟いたのをアルベルトは聞いていた。


そして、人魚の青年は水泡となって美しく消えてしまった。
ハインリヒだけには、そう見えていた。



すると、


「皆さん……私を助けてくださってありがとうございます…!」


メンバーの目に映っていた大木に張り付けされていた人魚の青年が解放され、メンバーの目の前にいた。


「…皆さんに助けていただいて…もう感謝しきれません…!…この島と海のことは王子である私にお任せ下さい…!」
「……。」


♪ テッテレテッテレテレレッテレー⤴︎︎

『メインクエストをクリアしました!』

New 人魚の爪 真珠貝 海綿の布 

『レベルが上がりました!』
ハインリヒ Lv55→57


すると、歩いて来た道の方に大きな扉が現れた。


「ハインリヒ、行こう。」

ハインリヒの肩を抱き、早歩きで連れ出した。

メンバーも急いでアルベルトに続いた。

「皆、早く入れ!」
「何だよ…分かったって」
「おぉぉ押すな押すな」

アルベルトは他のメンバーを先に行かせた。



「……。」
ハインリヒが戦場の場を振り返った。


ハインリヒの目線が止まり、アルベルトも振り返った。
「……?!」


そこにいたのは、人魚の青年ではなく、
アルベルト達がさっき倒したはずの怪物。


青白く光る不気味な目と牙は、確かにこちらを見て笑い、その手を振っている。


青年が倒れ、水泡となって消えた場所には、ぽつんと 墓 が置かれていた。



「ハインリヒ!!行くぞ!!」

アルベルトはハインリヒと共にメンバーの後ろを追った。

静かに虚空絶海への扉は閉じていく。


怪物は最後までこちらを笑って見ていた。


階段を上がり、また大きな扉を開けた。

大群であろう鴉の大きい鳴き声が聴こえてくる。

「…俺らってホラーゲームやってんの…?」
「……あぁ、全くだ…。」



立ちはだかるのは、次のステージ。





・.━━━━━ † 死境に彷徨う死神の † ━━━━.・






「…うぉぉ!おおい!!!避けろ!!!」

ゲルトの叫び声を聞いた途端に、扉が崩壊し始めた。


メンバーは急いで扉から離れる。
大きな音を立てて崩壊し、扉は原型を留めていない。


「……?!」
驚きのあまり、誰も言葉が出ない。



「……。」
アルベルトはハインリヒの肩を離さなかった。



「…虚空絶海は…封鎖ってことか?」
「あぁ…そうみたいだ。」
フィラットとバスティアンが後ろで話した。


「封鎖……?」
アルベルトは、あの怪物の最後の笑みを思い出した。

「…また、あの島に行くのはごめんだよ」
フィラットが呟く。



「おぉぉ、ハインリヒ、大丈夫か?」
「……すみません……」

ハインリヒの足は震え、よろけてしまった。


「……こっち来い。」
「わっ……」
アルベルトはハインリヒをお姫様抱っこ。

「…ここでお姫様抱っこすんなよ…」
ゲルトはため息をついた。

「行こう。今日は帰る。」

崩れた扉の横に、街へ戻るワープの輪が現れた。


メンバーは順に輪を潜り、街へワープした。

「……。」
最後に潜ろうとしたバスティアンが新ステージを見た。


不吉な赤い月が枯れ果てた木々を照らす。そこに無数の鴉が留まり、鳴いている。
1本の長い長い橋が繋がった先には、

非常に大きな城があった。
全て黒で塗り潰され、上の方は雲で覆われている。進むのにはかなり時間がかかりそうだ。

「……。」
バスティアンは水晶に透かして見た。

「……巨大な生体反応…いや…城全部か…?」
水晶には、城の中に巨大な何かがいると反応を出していた。
「…行くか……。」

___________



「「お帰りなさいぃぃー!!!」」

今日はティナとクラウス、2人で出迎えられた。

「ハインリヒさん…だ、大丈夫…なんですか…?」
「はい。疲れてしまっただけかと。」

気付けば、ハインリヒは気を失ったようにアルベルトの腕の中で眠っていた。
「すみません、お先に。」

颯爽と部屋へ戻ってしまった。



「……すみません、うちの弟がお世話になったみたいで…」
「本当にありがとうございました…」

兎姉弟はぺこりと礼をした。

「いえいえ、2人のお願いなら何でも聞きますよ♡」
フィラットが対応した。

「ご、ご夕食は……?そろそろ帰られるかと思って用意していたんです…」

「腹減ったよなぁ、皆?」
「あぁ、腹減った。」
「勿論、頂きますよ!お魚だって聞いて!」
「…僕もお腹空いた。」

4人はすぐ夕食を食べた。


__________



「…よいしょ……」
ハインリヒを部屋へ連れてきたアルベルト。

ベッドですやすやと眠っているハインリヒを寝巻に着替えさせ、布団をかけて傍に座った。

「…本当に悪かった。最初からハインリヒを信じるべきだった。あいつらを説得して、何か他の方法を探して……」

何故だろう、涙が出てきた。

「…探して……そう…させるのも俺の役目なんだ。…悔やんでも遅いのは分かってる…。」


  見えたんだ。君の見えていた世界が。


アルベルトは目を擦り涙を拭いた。

そして装備衣装のまま、ハインリヒに添い寝をした。


「…ハインリヒ。…寒くないか?」
どうせ聴こえないだろうと思いつつも囁いた。

ジャケットを脱ぎ、腹部辺りにかけてあげる。

「んん……」
ハインリヒは寝返り打ち、アルベルトの方を向いた。

「…俺がいるから。」

囁いて、優しく抱きしめた。



__________


「…あぁ、いけない……」
アルベルトはハインリヒの横で少し寝てしまった。

「……起きないか…。」

偶然を装い、もう添い寝をしてしまおうか迷ったが起きて部屋を出た。

夜はさらに更け、もう深夜だ。

「はぁ……」
何か飲もうかと欠伸をしながらロビーへ降りた。

「…アルベルトさん!大丈夫ですか…?」
深夜、ロビーにいたのはクラウス。
新しいメニューを考えていたという。

「あぁ…はい。目が覚めてしまって。」
「お腹空いたんじゃないですか?」
「そうかもしれませんね」

「…もし良かったら食べて欲しいものがあるんです!!感想を聞かせて欲しいです…!」

そう言って食堂のテーブルに出されたのは、ハンバーグとサラダのプレート。

「…美味しそうですね。」
「えへへ…」

「…お。アルベルト、夜食?」
そこに風呂上がりで水を飲んでいたフィラットが現れた。

「…あぁ、夜食をクラウスさんに作って貰ったんだ。」
「作ったっていうか、勝手に作って食べて貰ってるんです…!」
「ふぅん…いいなぁ、美味しそう。」
フィラットも席に着いた。

「…アルベルトさん…どうですか?」
「……美味しいです。」
「本当ですか!良かったぁ!じゃあ今度からメニューに入れようかな!」

「…アルベルト、ハインリヒは?」
「…部屋で寝てる。」
「ふぅん…相当精神的にやられたんかな」
「あぁ。」

「何かあったんですか?喧嘩?!」
「喧嘩じゃないですよ。」
「…ちょっと複雑なことがあってね」
「複雑?今日はボス戦だったと聞きました」
「はい。そのボスが複雑だったんですよ。」

アルベルトとフィラットは、クラウスに今日あった出来事を話した。


「…それは…複雑でしたね…」
「…ハインリヒが、あの人魚はお母さんを探していたって…。」
「ふぅん、じゃあ…お母さんみたいなハインリヒだけに本当の事を見せてたってこと?」
「……多分。」
「…てことは俺らが殺したの?」
「殺したって言い方やめてくれ。」
「だってそうじゃん。」
「……???」

クラウスは話に追いつけなかった。
だが、2人の話から複雑な事が起きていたことは十分に察しがついた。

「…そんな深く考えない方が…。それに、メインステージはクリア出来たのでしょう?」
「…まぁ…クリアっちゃクリアしたのか…」
「あぁ。だが、虚空絶海は封鎖された」

「えっ、あの島、封鎖されたんですか?!」
「はい。扉が崩壊して、もう行けなくなりました。」
「え~…魚釣れない…」
「…なんかごめんね…」

「いえ、誰も悪くありませんから…。あっ!そういうストーリーなのかもしれませんよ、ねぇ?」
「…それは…ありそうですね…」


メインステージが封鎖。

まさか、そんなことがあるのかと3人は考えた。


___________



朝日が登った。窓から光が差し込んで、顔に当たる。

「…んん………。ん?」

ハインリヒは目を覚ました。


「…これって…」
腹にかけられていた、アルベルトのジャケット。

首元に付いているファーを触った。
「……ふわふわだ。」


廊下からメンバーが歩く音が聴こえた。

「行かなきゃ……」


ぐぅ。


「あぁ…お腹空いた…」
夕食も食べず、ずっと寝ていた。

すぐに支度して、部屋を出た。
アルベルトのジャケットを抱いて。


食堂にはアルベルトとフィラット、レオポルトが集まっていた。ゲルトとバスティアンはまだ来ていないという。

「おはよう、ハインリヒ。」
「おっはよー、ハインリヒちゃん♡」
「ハインリヒさん、おはようございます」

「おはようございます…。あ、アルベルトさん……これ…」
「あぁ…。ありがとう。」
「お礼を言うのは僕の方です…」
アルベルトは黒のシャツ姿であった。
普段は見えない、逞しい腕が見えている。


「アツアツだ」
「…そうですね」
フィラットはレオポルトを肘で小突く。


それから残りの2人が合流し、朝食を終えるとメンバーは宿を出た。

「さ、行こうか。」
しおりを挟む

処理中です...