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美しい遊男
桔梗紫苑胡蝶
しおりを挟む「…紫苑がここにいるのか…?」
男遊郭のとある遊男屋を眺めていたのは、街の有名な歌舞伎役者だった。顔を見られないように、笠を被っている。
天鷲藤十郎。舞台があれば、必ずと言っていいほど、主人公役に抜擢される。正統派な二枚目。
そんな彼が、なぜ男遊郭に来たのか。
「…女将。」
「いらっしゃいませ。」
「ここに…紫苑が…、あぁ、それは芸名か。今は何と……」
「……胡蝶かしらね。」
「…?」
「桔梗紫苑胡蝶でございます。」
「……胡蝶?あははっ!あいつらしい名だ。きっとそうだ!いるのか?」
「えぇ。ですが、今は…」
「あぁ、いいんだ。知りたかっただけだ」
「……胡蝶のお知り合いで?」
「まぁ、そうだな」
「……」
女将は片方の眉を上げて頷いた。
「紫苑は元気なのか?」
「はい。秀外恵中、うちの自慢の子です」
「それはそれは。」
藤十郎は何かを安心したように笑っていた。
「女将。…また、来るよ。」
「はい。お待ちしております。」
そう言って藤十郎が去ろうとした時、丁度良く客の見送りに胡蝶が降りて来た。
「…また会いに来て下さい」
「勿論だ」
客は僧侶だろうか、頭は丸く刈られていた。
「……藤十郎さん…?」
降りて来た胡蝶に気付かず藤十郎は去って行った。
「…胡蝶、あんたの知り合いかい?」
「まぁ……」
胡蝶、と呼ばれた遊男は色白の肌に、美しい黒髪を下ろしていた。
「…女将、驚かないの?」
「何がだい?」
「…あれ、今人気の役者よ?」
「あら、そうなの?」
「全く、女将は流行りに疎いのね!」
「そうだねぇ…参ったわ」
胡蝶は名前のように妖艶な雰囲気を纏っている。紫苑色の着物は彼にしか似合わないかもしれない。
「…綺麗な街だ……」
夜の男娼の街を練り歩いていた藤十郎。彼にとって、この街は懐かしい風景だった。だが、昔と比べるとかなり発展した。建物も増え、人も増えた。
昔、陰間としてこの街にいた一人として藤十郎は嬉しく思った。
陰間として働いていたのは、ほんの少し。すぐに役者としての実力が認められ、大きな舞台へ立った。
「…藤十郎さんだ…!」
「……?」
見つかってしまった。
「えぇっ、あの藤十郎さん!?」
「どこどこ?!」
遊男や客、店の者も何から、藤十郎の名前を聞いてわらわらと道へ出てきた。
「……まずい…!!」
藤十郎は走って逃げた。
「…はぁ。…稽古してないで怠けていると思われるだろう?」
街の人気者は、決して油断出来ないようだ。
街と街を繋ぐ一本の橋。間を流れる川には、月が綺麗に映っていた。
藤十郎は月を見て呟いた。
「…また、君と舞台に立ちたかったな」
川に独り言を吐き捨てると、煙管を咥えた。
「まぁ……仕方ないか」
そして彼は街へと帰って行った。
また別の日、藤十郎は胡蝶のいる男遊郭へと出向いた。あの店の格子の向こうに、胡蝶がいた。他の遊男達と駄弁っていた。
「……紫苑」
格子越しに藤十郎は話し掛けた。
「……!?」
胡蝶は驚いて藤十郎の方を振り向いた。
「…探したよ」
「……と、藤十郎さん…」
傍にいた遊男たちは、ちらりと藤十郎を見て少し口元が緩む。
「……何故、ここにいるんだ?」
「…ただでは話さないわよ」
「指名すれば、話してくれるか?」
「えぇ」
「……分かったよ」
ふいと顔を背けた胡蝶を藤十郎は鼻で笑った。
「女将。…胡蝶を」
「かしこまりました。ご案内します。…胡蝶、ご指名よ」
「はぁい…」
藤十郎は部屋へ案内され、胡蝶も同行した。食事と酒が運ばれ、もてなされた。
「……紫苑、何故……」
「ここでは紫苑じゃないわ。」
「…胡蝶」
「よく出来ました」
「はぁ…、相変わらずだな。いい加減、俺を揶揄うな」
「何よ。」
「それが、客に対する態度か?」
「いいえ、貴方に対する態度よ!」
「狡いな」
藤十郎は暫く胡蝶を見つめていた。
「……綺麗になったな。昔から綺麗だったが」
「…知ってるわ」
「あぁ、はいはい。」
「でも何故…、女方を諦めたんだ?」
藤十郎の一言で胡蝶の表情は変わった。
「……その話、したくないわ。」
「指名したら話すと言ったじゃないか。」
「言ったけど。」
胡蝶も彼の整った顔を見つめた。
「はぁ…嫌だわ、貴方の顔。」
「…俺は嫌われているんだな。」
「自覚あるのね」
「もう少しいれば、君は売れる女方になれていた。…それなのに、なぜ捨てたんだ?」
「捨てたって言い方しないでよ。」
「…悪い」
「どっちにしろ無理だったのよ。私じゃなくても、立派な菊五郎だっていたでしょう?」
「……俺は…。…君の女方が一番好きだった。」
「それは、ただの貴方の好みでしょう?親方、師匠に認められなきゃ意味が無いわ。」
「…それなら、今からでも遅くない。」
「遅いわよ!何を言ってるの?」
「……」
藤十郎は悲しそうな表情を見せた。
胡蝶とは舞台の稽古を共にした仲。当時、胡蝶は名を 紫苑 と名乗っていた。
藤十郎の方が年上で、胡蝶をよく可愛がっていた。しかし、藤十郎が売れていく影で、中々上手くいかなかった胡蝶は役者を諦め、誰にも言わずに去ってしまった。
「…私は、こっちの方が向いてるの。」
胡蝶は彼に笑って見せた。
彼はじっと胡蝶を見つめた。そして、胡蝶の顔を引き寄せ優しく口付けした。
「…相変わらず色男ね。」
「それは君もだ。」
酒を飲んだせいか、身体が熱い。
二人の距離がぴたりとついた。雰囲気に飲まれるように、互いの舌を絡ませた。
すると、中郎が知らせに来た。
「…失礼致します、お床が…あっ…。」
少し気まずそうにして、すぐ去った。
「……支度を…」
「いらない。」
そして、藤十郎は胡蝶をひょいと軽々しく担ぎ、布団へ倒した。
「……夜を共にするのは、何年ぶりだ?」
「もう忘れたわ」
「それは残念」
藤十郎は胡蝶の耳を舐め、囁いた。
「……お前の耳が弱いってことは…他の誰が知ってる??」
「…はっ……」
「…変わらず耳が弱いんだな?あぁ…こうやって、他の男にも抱かれてるのか……。」
「……っ」
違う。耳が弱いんじゃない。貴方の吐息と、甘い声に弱いの。とても低くて、耳がぞくぞくするような甘い声。
藤十郎は胡蝶の心を仕留めた。
その甘い声を武器にして。
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